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【bayfm78】ビートルズから始まる。14【小林克也】 [無断転載禁止]©2ch.net

1 :ジョン・キロックノン:2015/12/24(木) 14:06:33.00 ID:OPe80ysJ0
●bayfm78 毎週日曜夜6:00〜7:00
石井食品提供
小林克也の司会でお送りする、ビートルズ特集番組

番組内コーナー
□ビートルズ・カレンダー
□ビートルズ・ストーリー
□リクエスト・コーナー
(紹介された人には石井食品の詰め合わせをプレゼント!)
メールアドレス beatles@bayfm.co.jp

▼前スレ
13 http://wc2014.2ch.net/test/read.cgi/beatles/1433132494/
12 http://wc2014.2ch.net/test/read.cgi/beatles/1413639594/
11 http://wc2014.2ch.net/test/read.cgi/beatles/1395720697/
10 http://ai.2ch.net/test/read.cgi/beatles/1377163455/
9 http://uni.2ch.net/test/read.cgi/beatles/1359722581/
8 http://uni.2ch.net/test/read.cgi/beatles/1341307124/
7 http://uni.2ch.net/test/read.cgi/beatles/1320067779/
6 http://toki.2ch.net/test/read.cgi/beatles/1295841403/
5 http://toki.2ch.net/test/read.cgi/beatles/1268562055/
4 http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/beatles/1242461057/
3 http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/beatles/1213526085/
2 http://bubble6.2ch.net/test/read.cgi/beatles/1172396227/
1 http://bubble5.2ch.net/test/read.cgi/beatles/1104052809/

2 :ジョン・キロックノン:2015/12/24(木) 14:07:59.13 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2015年12月20日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(12月20日)
 ・1966年、来日の年、今から48年前の今日。
  ビートルズの専用スタジオというかw いつもスタジオ2なんですよね。
  ここで、午後スタートで「When I'm Sixty-Four」という有名なポールの曲を録音したり、オーバーダビングやったりしています。

  これは1966年というとね、もうビートルズはコンサートを奏らないバンドになった。
  レコーディングバンドになった。
  そして1966年はねえ・・・年明けて早々に、アメリカの方からリクエストが来るんですよ。
  「ちょっと間が空いてるから、曲を、シングルを、ちょうだいよ」っていう。
  「しょうがないなあ」ていうんで、「Penny Lane」と「 Strawberry Fields Forever」これを録音して。
  その後で「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band)」
  まあ、史上最高と言われるバンド・アルバムの録音に入るわけですけど。 
  だけど、アメリカからの要請が無かったら「Penny Lane」も「 Strawberry Fields Forever」も「サージェント・ペパー」に入ったかもわかんない、ですよね

  で、まあその、「サージェント・ペパー」の最初の仕事がこれなんですよ。今日なんですよ、ね。  
  ポール・マッカートニーが高校生の時に書いたという。
  「64歳になって、そして朝帰りしても 入れてくれるかなぁ」っていうw
  これはまあ、お父さんの影響も有ったらしいんですけど。
  ポール・マッカートニーはお父さんの影響があって、ミュージックホールなんかのね。
  当時の、だから、笑いや音楽の演芸場ですね、街の。
  そこで流行っていたような音楽にしたかった。
  で、実際に録音して聴いてみると、「なんか、もったりしている」ていうことで。
  実際、この曲は テレコの、テープレコーダーの速度を速くして、キーを半音上げたそうですね。

3 :ジョン・キロックノン:2015/12/24(木) 14:08:54.42 ID:???0
  でまあ、64歳と言えば、ポールが64歳になったのは2006年、64歳になってます。
  でもこの年にね、2番目の上さんのヘザー・ミルズ(Heather Mills)、ちょっと評判悪くなっちゃったヘザー・ミルズと離婚して。
  数十億円持ってかれたわけですよね。
  で、子供たちが「お父さん、だから プリナップ(Prenup)契約を」
  ほら、だいたい億万長者てのは 結婚する前に「離婚のときはこれだけ払う」っていう契約をするんです。
  それを「プリナップ」って言うんです。
  「プリナップをしておけば良かったのにい」って まあ慰めて。
  子供全員が、この曲を歌って、録音して、ポールをお祝いして慰めた、そうであります。

  じゃあw、その「サージェント・ペパー」のアルバムの中から、この曲。

  〜 The Beatles / When I'm Sixty-Four
  ttps://www.youtube.com/watch?v=eCss0kZXeyE

  (小林)ビートルズの、いや、ロックの歴史で一番の名アルバム。
  ローリングストーンマガジンは、あれだもんね「ロックの一番のアルバム」としてますね。
  「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」

  それの仕事の最初の曲がw これだとはw。
  びっくりしちゃいますよねw
  これはもう、古ーいようなイギリスの昔ーしを感じさせるような。
  だから、ビートルズ、この曲を作った時点で、相当古い感じの曲じゃないですか?
  それですねえ、そのアルバムの凄さっていうのは。
  もう 新しいやつ、古いやつ、同しやつが無いんですね。
  いろんなものが入ってる、っていう曲のね。
  いろんな価値感の曲が、集まってあの雰囲気を出している、ってことなんですよねえ。

4 :ジョン・キロックノン:2015/12/24(木) 14:10:01.36 ID:???0
□ストーリー
 ・「どうもありがとうございます。
  次の曲では、皆さんの ちょっとした手助けをお借りしたい。
  普通の安い席で聴いてくれている皆さんは、拍手をお願いします。
  そして、高い席にお座りの皆さんは、宝石でもジャラジャラ鳴らして頂けますか?」

  ジョンがイギリス王室主催のライブで発したこのジョークは、次の日のあらゆる新聞の第一面を飾り。
  「生意気だけれど、愛すべき若者たち」というビートルズのイメージを決定づけ、定着させるのに一役買った。
  通常ならば、ポピュラー音楽のような大衆的な記事など載せない「タイムズ」や「デイリーテレグラフ」といったお堅い新聞までが
  まるでタブロイド紙のように、かなりのスペースを割いて力を入れて報道したのだ。

  こういったビートルズに関するエピソードのほとんどはジョン・レノンの最初の妻となった女性シンシア・レノンの手記に記されている。
  そんなシンシアが遺した著書の中から 今週もお送りしたいと思う。

  その後、間もなくして5枚目のシングル「I Want To Hold your Hand」が発売された。
  その予約注文枚数、百万枚。
  そしてもちろん、発売後には、チャート初登場1位を獲得。
  その瞬間、彼らはガードマン無しではどこにも行けなくなってしまった。
  生まれてから ずっと当たり前にしてきたこと。
  例えば、パブにビールを飲みに行ったり、通りを歩いたり、
  友達や彼女を訪ねたり、ということの全てが、もはや不可能となってしまった。

  ひとことで言うと、「人生最大の凄まじい変換」
  車を降りて数メートル先のドアまで行くだけのことに、大作戦を立てなければならなくなってしまったのだ。
  これは笑い事では済まされない。
  メンバーが有名になって成功を収めたいという夢を描いていた時、まさかそんなことまでは考えも及ばなかったことだろう。
  いや、まだ二十歳そこそこの青年、というよりは少年時代の延長の時期の若者たちである。
  その人気を楽しんでいるうちならまだしも、これが精神的なプレッシャーになるのに、そう時間はかからなかった。

5 :ジョン・キロックノン:2015/12/24(木) 14:10:42.92 ID:???0
  〜 The Beatles / Money
  ttps://www.youtube.com/watch?v=Ilnz6hyk3oU
 
  〜 The Beatles / Old Brown Shoe
  ttps://www.youtube.com/watch?v=2LXzRp05VJo

  (小林)2曲続きましたが。
  
  初期のね Money、これはカバーバージョン。
  モータウンの バレット・ストロング(Barrett Strong)という人のカバー。
  
  そして今聴いたのが Old Brown Shoe 
  これはB面ですよね。
  「ジョンとヨーコのバラード(The Ballad of John and Yoko)」のB面。
  1969年。
  ボブ・ディラン(Bob Dylan)の「Highway 61 Revisited」の影響を受けたとされています。

6 :ジョン・キロックノン:2015/12/24(木) 14:11:22.20 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「私自身はまだ、生後半年そこそこの息子ジュリアンの育児で毎日が過ぎていたので、
  正直言ってビートルズの大人気ぶりも よくわかっていませんでした。
  ただ、ジョンが家に帰って来るたびに、何かプレッシャーみたいなものを感じていることは
  何となく、見て取れていたんです」
  この言葉の主は、ジョンの最初の妻となった女性シンシア・レノン。
  こういったリアルな史実の全てはシンシア・レノンの手記にまとめられているもの。
  この名著の中から続けてみよう。
 
  ビートルズが、そうした強いプレッシャーの中で過ごさなければならなかったこの頃。
  ジョンはシンシアには、できるだけ いつもそばにいて欲しいと願っていた。
  狂気じみた外の世界を、玄関のドアでシャットアウトし、自分自身を取り戻して。
  安心した気持ちで、ごく普通の正常な家庭生活を送りたいと、それだけを願っていた
  もちろん、その家にはシンシアとジュリアンがいた。
  その妻と息子の元も安心安泰とは言えなくなってきた。

  1963年11月1日から12月13日まで、ジョンとビートルズが再びツアーに出かけている間に。
  とうとうリバプールのホイレイク地区にあるシンシアの実家までが騒がしくなって来てしまった。
  ジョンに妻子があるという噂をマスコミが聞き付けて、嗅ぎ回り始めたのだ。
  幸い 友達や近所の人たちがシンシアを守ってくれた。
  「ジョンに奥さんと子供?。なにかの間違いじゃないですか?」
  という具合に マスコミを追い払ってくれたのである。
  しかし、時にはシンシア自身にも記者が寄って来て。
  「すみません。ビートルズのリーダー=ジョン・レノンの奥様ですよね?」
  と取材をされそうになったこともあったが、シンシアも負けじと
  「あらあ、ジョンの奥さんなら もっと綺麗な人なんじゃないですか?」
  と、しらばっくれた。
  シンシアとジュリアンにとって、この頃はまだ平和な時代であった。

7 :ジョン・キロックノン:2015/12/24(木) 14:12:48.01 ID:???0
  〜 The Beatles / This Boy(LIVE)
  ttps://www.youtube.com/watch?v=B-D_SJTgfBI

  〜 The Beatles / I Want To Hold Your Hand(Live)
  ttps://www.youtube.com/watch?v=8pQ0gX-fjKE

  (小林)1963年 ビートルズがね、ちょっとツアーに行っている間に。
  近所を嗅ぎ回・・・その、嗅ぎにやってきたっていう。
  新聞記者たちがね。
  「ジョンの奥さんじゃないですか?」

  その後で、帰って来て、実は「ATVスタジオ」っていうのに出るわけですね。 
  ロンドンの郊外にあるテレビのスタジオで、コメディアン二人のテレビのショーの中でのライブを聴いていただきました。

  「I Want To Hold Your Hand」のB面からスタートしました。This Boy
  こうやってB面から聴くと、B面の良さが すごい目立ちますねw。
  
  I Want To Hold Your Hand

  2曲、ライブで、テレビのスタジオの中のライブでお送りしました。

8 :ジョン・キロックノン:2015/12/24(木) 14:13:42.79 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「1963年12月、ジョンがツアーから戻る前のことなんですが。
  私は息子のジュリアンを、実家のあるホイレイクの教会で、洗礼を受けさせることにしたんです」
  これはジョン・レノンの最初の妻となった女性シンシア・レノンの発言。
  こういったジョンに関するエピソードのほとんどは彼女の手記に記されている。
  そんなシンシアが遺した著書の中から もう少し続けてみよう。

  シンシアの家のお向かいにある教会で、シンシアが子供のころ日曜学校に通っていた場所。
  洗礼式は、ある日曜の午前中に、デベル司教によって静かに執り行われた。
  シンシアの母親と、息子のジュリアン、そしてシンシア本人の他に、
  母親の友達のフランシーヌ・リーブスとその友達のジャクリーンが出席しただけの ささやかな儀式であった。
  ジャクリーンはシンシアの幼馴染み。
  ジュリアンの洗礼式に関して、実はジョンには、あらかじめ話しをしていなかった。
  その理由は2つある。
  1つは、マスコミに騒がれたくなかったから。
  もう1つは、ジョンがキリスト教の洗礼を受けることには反対するだろう、と思ったから。
  しかし、シンシアにとっては大切な事であった。
  彼女も特別信心深いわけではなかったが、シンシアの実家パウエル家にとっては、伝統になっていて。
  誰もが 代々洗礼を受けて来た。
  ジョンは伝統に関わるものには、ことごとく反対する主義であった。
  数日後、ジュリアンに洗礼を受けさせたことを ジョンに話したところ
  「洗礼なんて、そんなものジュリアンには必要ないだろう?
  そんなこと、して欲しくなかったね」
  と ジョンはそう言った。
  特に怒っていたわけではなかったが、やはり、自分には親としての責任があるので、相談をしてほしかったのである。
  もちろん ジョンは怒ったりはしない。
  ただ、いつも仕事で、家庭の全てを任せっきりのシンシアを心配していたのである。
  実は、いい夫いい父親だったジョンの日常を垣間見るエピソードである。

9 :ジョン・キロックノン:2015/12/24(木) 14:14:30.08 ID:???0
  〜 The Beatles / It's Only Love
  ttps://www.youtube.com/watch?v=bkanfxxGfI4

  〜 The Beatles / Girl
  ttps://www.youtube.com/watch?v=AVr_6kE1vio

  (小林)ビートルズ 1965年、2曲。
  
  「HELP!」の中に入っている It's Only Love

  それから、これはもう楽しく笑いながら、ケタケタ笑いながら、これは録音したはずですよ。
  Girl お送りしました。

10 :ホワイトアルバムさん:2015/12/25(金) 20:51:45.18 ID:???0
.
最初の一行はポールので、残りは、基本的に僕のだ。
ポールは、結婚式の最中の教会にいるエリナー・リグビーというメイン・テーマだけを持っていた。
彼はこのテーマが手元にあって、手助けが必要なことを知っていながら、僕に詞をつけてくれと頼まなかった。
そのかわりに、あの時、「オイ、“君たち”、詞を書き上げちゃってくれよ」と僕らに声をかけたんだ。
EMIのどでかいスタジオの向こうで、録音したり、アレンジや、何か他の事をしながらね。
その時、僕は、昔、電話工事をやっていたロードマネージャーのマル・エバンスと、そして後のロードマネージャーだがその頃は会計士見習いだったニール・アスピノールといた。
ポールは、この“3人”に向かってそう声をかけたんだ。

ものをそのへんに放り投げるみたいなやり方を彼にされて、僕は馬鹿にされたような気がして、傷ついた。彼は実際は僕に詞をつけてくれと言おうとしたんだけど、彼は、頼もうとしなかった。

僕が頭にきたのは、末期の頃のポールのこういった無神経さなんだ。彼はとにかくそういう男だった。彼にとってはそんなことどうでもいい事なんだ。
僕は差し迫って一曲作らなければならなかったから、そこにあったテーブルに、彼らと一緒に座りながら曲を書いたんだ。ポールはなんで、あんな風なやり方をしなきゃならないんだろうと思いながらね。

ジョン・レノン
(1980年 PLAYBOYインタビューより)
http://www.amazon.co.jp/dp/B000J80BKM
.

11 :ホワイトアルバムさん:2015/12/25(金) 20:53:10.60 ID:???0
.
ジョージの歌のうちじゃ傑作に入る「タックスマン」を作ってた時に、ジョージは僕に、電話で、助けてくれって頼んできた。
いくつかパンチの効いたことを考えてやった。助けてくれ、というのはそのことだったからね。僕のところに来たのは、ポールのところへは行けなかったからなんだ。
そのころなら、頼みに行っても、ポールはジョージを助けなかったからさ。僕だって助けたくはなかったさ。ジョージの歌に手を貸してやるなんて、まっぴらだと思ったよ。
自分自身のとポールのとで手一杯だったからね。
でも、ジョージが好きだったし、あの日の午後電話をかけてきて「この歌で手助けしてくれないかな」って言ったとき、ジョージを傷つけたくなかったんだ。
僕は自分の気持ちを押さえて、オーケーしたんだ。

ジョン・レノン
(1980年 PLAYBOYインタビューより)
http://www.amazon.co.jp/dp/B000J80BKM
.

12 :ジョン・キロックノン:2015/12/26(土) 18:24:53.85 ID:???0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。


  (千葉市/男性)
  63年頃のビートルズサウンド、ロックンロール色が強くて、たまりません。
  シンシアが綴った著書、毎週楽しみにしています。
  これからどんな展開になるのか、興味深く聴かせていただきます。
  リクエストですが、このアーティストもビートルズに影響を受けてバンドを組んだお一人です。
  広島から上京して苦労されながら、星をつかみ取った素晴らしいアーティスト。 
  
  (小林)はいw
  [千葉市/男性]さんのリクエストはキャロルです。
  「ファンキーモンキーベイビー」 

  〜 キャロル / ファンキーモンキーベイビー
  ttps://www.youtube.com/watch?v=llOFCaM-L4c

13 :ジョン・キロックノン:2015/12/26(土) 18:26:06.09 ID:???0
  〜 Joe Cockerr / With a little help from my friends
  ttps://www.youtube.com/watch?v=nCrlyX6XbTU

  (小林)これは、ジョー・コッカー(Joe Cockerr)の名唱。
  カバーです。リンゴが歌ってる所のカバーだからねえ。
  ジョー・コッカー、With a little help from my friends

  (横浜市都筑区/男性)
  こんばんは、克也さん。
  何度かリクエストさせて頂いて、息子のただのすけが克也さんの番組を聴いて育ち。
  ビートルズに夢中な話しを番組で紹介して頂きました。
  ビートルズ以外にも聴く幅が広がって、曲に合わせて歌も歌いますが。
  歌詞は完全に耳コピでなかなかの発音。
  お父さんが間違いを指摘されることも・・・   (小林)お父さんが間違いをね 指摘されることもしばしば。
  前はエバリー・ブラザーズ(Everly Brothers)の「Bye, Bye Love」を歌っていて。
  「お前まだ ラブって何か知らないでしょう?」と上さんが突っ込んで爆笑になったこともありました。
  ジョー・コッカーが亡くなった時には、「今ごろお空で ジョンとかジョージとか会ってるよね」とか言って
  ホロリとさせられたりもしました。
  そんなわけで、リクエストは息子の大好きなこの曲。(小林)ということで
  きっと例のシャウトの所で、「アーッ!」と一緒に叫ぶことでしょう。

  (小林)叫んでいましたかぁ?

14 :ジョン・キロックノン:2015/12/26(土) 18:26:57.84 ID:???0
  (川崎市高津区/男性)
  番組の放送時間は、秋から春先にかけては、日が暮れていますが。
  なんとなく暗くなってから聴くこの番組が大好きです。
  自分は外を歩く時は、ラジオで音楽番組を聴いています。
  雰囲気が良い場所を歩いていて、風もなんだか心地良い、なんて時に。
  ラジオから初めて聴く自分好みの曲が流れて来たりするのは 本当に至福の瞬間です。
  聴きたいのは ポール・マッカートニーが作って ダイアナ・クラール(Diana Krall)が歌った「If I Take You Home Tonight」
  この曲とは、夕焼けが綺麗でキンモクセイの香りが心地良い日に出会いました。
  曲を聴きながら、歩道橋から見た夕日を、今でも鮮明に覚えています。

  (小林)[川崎市高津区/男性]さんはあれですね。
  外で、なんか景色とw 見事に調和させるわけですね。
  いい楽しみ方じゃあないですか。
  それじゃ、あなたのリクエストです。
  ダイアナ・クラール

  〜 Diana Krall / If I Take You Home Tonight
  ttps://www.youtube.com/watch?v=jIKrLDyBmGc

  〜 The Beatles / Let It Be
  ttps://www.youtube.com/watch?v=0D5JJZl6MB0

  (小林)
  いや、ダイアナ・クラールに続いて、この本家本元アルバムバージョンで聴いていただきました。

  (三郷市/男性)
  今、岸谷香さんの「M」を聴きながら、今朝買ってきた「ビートルズ1」DVDのライナーノーツを眺めています。
  やっぱりリクエストは「Let It Be」をお願いします。  (小林)w

15 :ジョン・キロックノン:2015/12/26(土) 18:28:33.97 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがでしたでしょうか?

  リクエスト、どうもほんとにありがとうございます。
  いろんなビートルズの・・・
  いや、ビートルズの曲ばっかりじゃなくて。 
  音楽の聴き方、皆さんのライフスタイルみたいなものも、ちょっとうかがい知ることができます。
  
  リクエスト採用の方にはイシイ食品のミートボールなどをセットにして用意しております。
  メールは
  beatles@bayfm.co.jp
  こちらで お願いします。

  お話しの方は。
  ジョン・レノンの最初の上さんのw 本。
  残念ながら、今年 彼女は亡くなってしまいましたけど。
  まだ、「ジョン・レノンが結婚してる」ってことは 世間にバレていないんだよね。
  まだ、バレてないんだよねw。
  よくやりましたよ。
  日本の芸能界でも、そういう話しってけっこうあるんでけども。
  もう、絶対、絶対に守んなきゃダメだってことで、近所の人も守ってくれていたっていう。
  さあ、どうなって行くのか、
  今度は、有名税っていうのか、プレッシャーの時期に差しかかるわけですよね。
  
  えー、リクエストなんか、お待ちしております。
  お相手は 小林克也でした。

16 :ホワイトアルバムさん:2015/12/27(日) 20:49:52.81 ID:???0
.
ポールの息子がストーンズを歌う
https://youtu.be/nhBzjIxHwvc

ジョンの息子がジミヘンを歌う
https://youtu.be/auEkoqoOOVs

ディランの息子とジョージの息子がレノンを歌う
https://youtu.be/7qDlqMiVeSI
.

17 :ホワイトアルバムさん:2015/12/28(月) 00:00:04.23 ID:???0
いつもありがとうございます

18 :ジョン・キロックノン:2015/12/28(月) 22:57:57.97 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2015年12月27日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(12月27日)
 ・1967年、これは「サージェント・ペパー(Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band)」の年ですね。
  この年の夏ってのは、「サマーオブラブ」と呼ばれてね、ヒッピーなんかが大発生した。
  サイケデリックの頂点の年。
  つまり、今から48年前の今日、12月27日。
  その前の日に、BBC1で「マジカル・ミステリー・ツアー(Magical Mystery Tour)」という映画が全国に向けて放送されて、ね。
  これ、モノクロだったということなんですけども。
  だから、48年前の今日と言うと、その翌日ですね。
  新聞なんかが、メチャクチャ。もう、悪口だらけ。
  「永遠に 10年早い映画だった」
  もう、よく分かんないですよねw
  「永遠に10年早いよ」
  まあ、「進んでる」と言ってるんで、進んでるのかもわかんないけれども、「みんな追いつかない、分からない映画だ」
  「名高いビートルズの音楽に、申し訳程度の映像がオマケに付いていたものだった」
  「ビートルズのマジックは失敗した」
  「愚かなホームムービー伝説の終焉」
  メチャクチャですね。
  イギリスという国は、ほんと、評価が悪いとメチャクチャけなされる。
  良いと褒められる国なんですよね。

19 :ジョン・キロックノン:2015/12/28(月) 23:00:42.46 ID:???0
  この「マジカル・ミステリー・ツアー」というのは この番組でも前言ったことがあるんですけども。
  「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」の仕事が終わって、録音が終わって。
  婚約者のジェーン・アッシャー(Jane Asher)、彼女は女優です。
  アメリカで興行をやっているわけですね。
  劇団ツアーをやっているていうんで、ジェーン・アッシャーに会いに行くんですよね。  
  そして、帰りの飛行機に乗って、飛行機の中で雑誌を見ると、当時のハプニングアート。
  これは、オノ・ヨーコさんなんかが、もう参加していた、ハプニングの芸術、あるいは劇団の紹介があったりしたわけですね。作品の紹介が。
  で、それを見て「これは、面白い」と、「脚本なしでぶっつけ本番で ハプニングでやろう」ていう。
  で、ポールが発想して、ポールが最終的に・・・
  まあ、音楽の方も一生懸命やった「マジカル・ミステリー・ツアー」なんだけれども。
  まあ、評価がダメだった。

  もちろんこれは、LPとして、アルバムとして発売になって。
  アメリカやイギリス世界各国で売れていますが。
  さあ、その中の、イギリス・アメリカでもナンバーワンになった、この曲聴いてください。  

  〜 The Beatles / Hello, Goodbye
  ttps://www.youtube.com/watch?v=rblYSKz_VnI

  (小林)イギリスでもアメリカでもナンバーワンになった ビートルズの Hello, Goodbye
  お送りしました。
  イギリスではね、このアルバムは変な形なんですよね。
  6曲入りなんだけど、2枚組のEPという。
  EPって、説明するとw長くなるんですけどもw。
  LPの前ですよね。ええw。
  アメリカはEPなんかを通り越しちゃって、LPの時代になってるんで。
  A面にサウンドトラックの6曲をね 並べて。
  それで、B面が すでに発売になったシングルなんかを5曲入れた。
  これがまあ公式のアルバム、公式のラインナップになっておりますけれども。
  その中に入っている曲です。

20 :ジョン・キロックノン:2015/12/31(木) 20:15:48.76 ID:???0
□ストーリー
 ・「洗礼なんて そんなもんジュリアンには必要ないだろう?
  そんなこと、して欲しくなかったね」
  ジョンはそう言った。
  ジョンがコンサートツアーに出かけている間に、
  妻であるシンシアの判断でリバプールの教会で 息子のジュリアンにクリスチャンとしての洗礼を受けさせたことを 
  事後報告した際のジョンの反応であった。
  特に怒っているわけでもなかったが、やはり、自分には親としての責任があるので、相談をしてほしかったのである。
  もちろん、ジョンは怒ったりはしない。
  ただ、いつも仕事で、家庭の全てを任せっきりのシンシアを心配していたのである。
  私生活では、いい夫いい父親だったジョンの日常を垣間見るエピソードであるが。
  こういったリアルな史実の全てはジョンの最初の妻シンシア・レノンの手記にまとめられているもの。
  この名著の中から今週もお送りしよう。

  ジュリアンの洗礼に関しては、保証人は指名しなかったのだが。
  ビートルズのマネージャー=ブライアン・エプスタインが話しを聞き付けて。
  自分がジュリアンのゴッドファーザー、つまり「宗教上の後見人になれないものか」と言ってくれた。
  これにはジョンもシンシアも「ユダヤ教徒のブライアンが息子のゴッドファーザーになってくれるなんて素晴らしいことだ」と思い。
  喜んでブライアンの申し出を受けることにした。

  そんなことが有ってから間もなくのこと。
  ジュリアンを連れて家を出た瞬間、何台ものカメラが一斉にフラッシュを焚いてシンシアの顔を照らし出した。
  そう、とうとう見つかってしまったのである。
  「ジョン・レノンには妻や子供がいるらしいが、それはいったい誰なのか?」
  ついに、突き止められてしまったらしい。
  ロックスターの隠し妻と隠し子の写真は、翌日の新聞の誌面をにぎわせた。
  シンシアとジュリアンが公の場に引っぱり出されてしまったことは、かなりショックだった。
  けれども同時に 「もう、しらばっくれる必要はなくなった」とシンシアは正直ホッとした。
  もうコソコソしたり、否定したり、隠れたりしなくていいのである。

  そしてジョンはこう言った。
  「最初から 隠れる必要なんてなかったんだよ。シン。
  これくらいのことじゃ ビートルズの人気はビクともしないから」

21 :ジョン・キロックノン:2015/12/31(木) 20:16:31.07 ID:???0
  〜 The Beatles / Rock & Roll Music
  ttps://www.youtube.com/watch?v=TBiLhQpaUaM
 
  〜 The Beatles / And I Love Her
  ttps://www.youtube.com/watch?v=KrPpJB5Fgdk

  (小林)初期の曲が2曲続きましたね。
  
  「ビートルズフォーセール(Beatles For Sale)」1964年
  Rock & Roll Music
  お馴染みだと思いますが。
  武道館での1曲目。
  この頃のライブは ビートルズは、Rock & Roll Music からスタートしていたそうです。
  
  で「「A Hard Day's Night」のアルバムから
  And I Love Her

22 :ジョン・キロックノン:2015/12/31(木) 20:17:34.67 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「最初から隠れる必要なんてなかったんだよ、シン。
  これくらいのことじゃ ビートルズの人気はビクともしないから」
  これは1963年、秋から冬にかけてのジョン・レノンの発言。
  今、人気と話題の頂点にあったビートルズの中心メンバーに隠し妻と隠し子がいたことが発覚した時の、堂々たるコメントである。
  こういったジョンに関するエピソードのほとんどは最初の妻であるシンシアの手記に記されている。
  残念ながら、彼女は今年4月に75歳で他界している。
  そんなシンシアが遺した著書の中から続けてみよう。

  「妻と子供がいるくらいで、俺たちの評価が下がるはずなんてない」
  ジョンのそんな強気な予測は、その後のビートルズの活躍を見れば 正しかったことがわかる。
  「結婚しているビートルなんて、ファンに受け容れられるわけがない」
  というブライアンの怖れは結局「根拠のない老婆心だった」ということが、これで証明された。
  もちろん一部には、嫉妬深いファンもいたのではあるが。
  ほとんどのファンは 事実を受け容れ、さらにはシンシアを歓迎してくれた。
  そして何より、ジジュリアンを可愛がってさえくれたのである。

  ジョンと一緒に暮らすことに、これでもう何の障害も無くなった。
  それで、クリスマスの少し前に、住む場所を捜しにジョンは 週末を利用してシンシアをロンドンに連れて行ってくれた。
  ロンドン滞在中に、ボブ・フリーマンという写真家を訪ねた。
  ボブは それまでビートルズのレコードジャケットの写真を何度か撮影していた顔馴染みである。
  そのボブと 妻のソニーは、クロムウェルロードを入ったエンペラーズゲイト という所に住んでいた。
  そお二人の住んでいるマンションの上の階が空いているという事で、迷わず「そこに住もう」ということになり。
  家主に会いに行き、契約は成立。
  週15ポンドの家賃で、3ベッドルームのフラットを借りることになった。
  ロンドンでの新しい生活のスタートである。

23 :ジョン・キロックノン:2015/12/31(木) 20:18:04.49 ID:???0
  〜 The Beatles / Across The Universe
  ttps://www.youtube.com/watch?v=D2MBaNPvG4Q

  〜 The Beatles / I Feel Fine
  ttps://www.youtube.com/watch?v=WWTC5nFgwUQ

  (小林)有名な曲が 2曲続きました。
  
  最初の Across The Universe
  ご存知の通り、70年ですよね「Let It Be」の。
  まああの、年代でいくと最後のアルバムの中に入っている Across The Universe

  で、その終わりに引っかけて・・・ 
  あのイントロはやっぱり 名イントロ。
  イントロ賞ですよねw、この曲はね。
  もちろん イギリスでもアメリカでもナンバーワン。
  これは初期の大ヒット
  I Feel Fine

24 :ジョン・キロックノン:2015/12/31(木) 20:20:10.15 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「誰からの目も憚(はばか)ることなく、親子三人でロンドンで暮らせるなんて、まるで夢のようなことでした」
  これは1963年のクリスマスシーズンの少し前の シンシア・レノンの発言。
  彼女はもちろんジョンの最初の妻であり息子ジュリアンの母親。
  ジョンに関するエピソードのほとんどはシンシアの手記に記されている。
  残念ながら彼女は、今年の4月に75歳で他界している。
  そんなシンシアが遺した著書の中から、もう少し続けてみよう。

  年が明けて、1964年1月上旬に、ロンドンへ引っ越すことになった。
  ほんのわずかの家具と洋服と、ジュリアンのおもちゃだけを持って。
  新し家で落ち着いて暮らせるようになるまで、シンシアのお母さんが一緒に来て手伝ってくれた。
  もともとマンションには、レンジと冷蔵庫しか付いていない。
  家具や調度品が要る上に、全体的に煤(スス)けた感じがしたので、内装も直す必要が有った。
  内装業者が家で作業している間に、シンシアは家具やシーツと枕カバー、ティーポットや鍋、食器、クッションにカーテンなどを選ぶのに
  ジュリアンのベビーカーを押しながら、ゲンジントンのバーカースとデリー&トムスというオシャレなデパートを
  倒れそうなほど クタクタになるまで歩き回って買い物をした。

  自分たちの家を持てるという事に、ジョンもシンシアも とてもワクワクしていた。
  結婚してもう1年4ヶ月が過ぎたというのに。
  人の目を気にしたり、有名人だからといって世間から様々な要求を迫られたりすることなく、
  心から自分たちの家だと思える様な場所は、まだ持ったことが無かったのである。
  シンシアにとって、それまでよりもずっとジョンの顔を見られる時間も増えるのは、この上ない幸せだった。
  もちろんジョンは、仕事で出かける時間の方が多かった。
  けれども、ツアーに出かけるとき以外は、夜には家に帰って来て 一緒に過ごすことができる。
  この頃になって初めてシンシアは、結婚していることを実感し、幸せな気持ちに浸ることができたのである。

25 :ジョン・キロックノン:2015/12/31(木) 20:21:36.68 ID:???0
  〜 The Beatles / Ask Me Why
  ttps://www.youtube.com/watch?v=9Ex-epsPWoc

  〜 The Beatles / Strawberry Fields Forever (Cirque du Soleil/LOVE)
  ttps://www.youtube.com/watch?v=tbWdHUPH0Vk

  (小林)何回もねえ、これ かけていますけど。
  これは 今からもう9年前になりますよね。
  「LOVE」のアルバム。
  これはジョージ・マーティンと息子のジャイルズ・マーティンがプロデュース担当。
  リミックスも担当。
  これは、やっぱりあれですね、時を経て何十年も経ってるわけですから。
  新しい世代の見方を入れたっていうことでしょうね。
  新しいい世代といっても、ジョージ・マーティンの息子さんは・・・
  今売れてる、ほら、20代なんかの・・・。
  例えば、カールビンハリスとかDJプロデューサーなんかよりも 10も20も年上ですからね。
  やっぱりw なんてのかなw だんだん、だんだん新しい人がビートルズを聴いてくると。
  ビートルズも彼らの心の中では 違う響きがして来るんだと思いますよ。
  
  そしてその前は。
  「Please Please Me」のB面 
  名曲ですよこれは
  Ask Me Why

26 :ポール・キロックトニー:2015/12/31(木) 20:59:33.31 ID:???0
大晦日だというのに、お疲れ様です。

27 :ジョン・キロックノン:2015/12/31(木) 23:08:22.46 ID:???0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。


  (千葉県習志野市/男性)50代
  去年の今ごろ、克也さんが言っていました。
  「欧米ではクリスマスツリーを片付けるのは年明けになってからだ」と。
  欧米スタイルは「クリスマスが終わってもクリスマスソングが流れるんだ」って
                (小林)まあ、そうですね、ビートルズの初期のファンのためのクリスマスショーは
                    あれだもんね、1月10日ぐらいまでやっていましたからね。
  ですから、今回あえてクリスマス開けのこの時期に、この曲をリクエストします。 (小林)w
  この曲は、毎年クリスマスまでに 何度も耳にします。
  名曲は何回聴いてもいいじゃないですか。
  クリスマス開けてもいいじゃないですか。
  良い曲だと 季節とか超越するものだと、克也さん言ってましたよ。

  (小林)ていう、
  じゃ[千葉県習志野市/男性]さんのリクエストで
  ジョン・レノンの Happy Xmas。

  〜 John Lennon / Happy Xmas
  ttps://www.youtube.com/watch?v=WUCbZhIfQbA

  (小林)ジョン・レノン、 Happy Xmas が流れましたが。

28 :ジョン・キロックノン:2015/12/31(木) 23:09:42.93 ID:???0
  (江東区/男性)
  映画007(ダブルオーセブン)シリーズがまたまた公開。
  メインタイトルバックにかかるテーマ曲は、旬のアーティストを起用して 映画同様にヒットします。
  どれもボンドガールと共にシリーズに欠かせないゴージャスな曲ばっかりですが。
  また、普通 映画はエンドロールにテーマ曲が流れるのがあたり前ですが。  
  007はかならずオープニングにかかります。
  これは、歌が映画のストーリー演出の一部となり、溶け込んでいて。
  観る方の高揚感を昂(たかぶ)らせるんでしょうねえ
  ポール・マッカートニー&ウィングスの「死ぬのは奴らだ」をライブで。
  特に「ドカーン!」という爆発音の大きいバージョンでオンエアしてもらえませんか?

  (小林)ていう[江東区/男性]さん。
  じゃあ、93年ですね。
  「PAUL IS LIVE」の中から、その曲。

  〜 Paul McCartney / Live and Let Die(1993/PAUL IS LIVE)
  ttps://www.youtube.com/watch?v=lfFoC5kQEzs

29 :ジョン・キロックノン:2015/12/31(木) 23:10:33.60 ID:???0
  〜 忌野清志郎 / イマジン(IMAGINE)
  ttps://www.youtube.com/watch?v=hNSaDij31dw

  (鎌ヶ谷市/男性)
  35年前の12月8日、この世からジョン・レノンがいなくなってしまったあの日。
  その理解しがたいニュースが耳から入って来て。
  それが事実として認識された時、自然と涙がこぼれて来たことを、今でも昨日のことのように覚えています。
  先日 この番組でジョン・レノンの歌う「イマジン」はしみじみ聴くことができましたので。
  今日は 清志郎がジョン・レノンの代表曲に日本語の詩を載せた「イマジン」をお願いします。
  ジョン・レノンと清志郎を偲んで。
  この永遠の名曲をリスナーの皆さんと聴ければと思い、リクエストします。
  
  (小林)
  ねえ、リクエストの時間は皆さんが作る感じっていうことになってきましたねえ。
  どうも、大変なリクエスト、良いリクエストありがとう。

30 :ジョン・キロックノン:2015/12/31(木) 23:11:32.39 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがですか?

  リクエスト、よろしくお願いしますね。
  さっきも言いましたが
  皆さんが作る番組になりますw 後半はねw
  よろしくお願いしますね。
  beatles@bayfm.co.jp
  採用されると、イシイのミートボールなどセットにしてギャラの代わりにwお送りしております。
  よろしく。
  
  そして、ジョン・レノンの最初の上さんですよねw 
  彼女の書いた、もうほんと、今年 亡くなってしまって残念なことですが。
  あのジョン・レノンの話しも続きます。

  この番組、来週もやります。
  来週ってか 来年になりますけども。
  よろしくお願いしまーす。
  小林克也でした

31 :ホワイトアルバムさん:2016/01/02(土) 12:29:39.55 ID:???O
良スレ

32 :ジョン・キロックノン:2016/01/04(月) 13:47:57.18 ID:???0
新年早々、新スレ早々で申し訳けありませんが。
1月3日の「ビートルズから始まる」の録音に失敗しました。
お詫び申し上げます。 <(_ _*)>

33 :ホワイトアルバムさん:2016/01/04(月) 15:06:42.84 ID:???O
エ━―━―━―(゚∀゚)━―━―━―!!

34 :ホワイトアルバムさん:2016/01/04(月) 20:10:00.06 ID:???0
小林克也さん曰く「ハードロック第一号と言われている曲」とは?(小文字1ワードで)
ttp://www1.axfc.net/u/3594838

35 :ジョン・キロックノン:2016/01/05(火) 18:18:27.63 ID:???0
>>34
おお!、いつもの方?
ありがとうございます。(^人^)
無事DLできました。

36 :ジョン・キロックノン:2016/01/05(火) 18:19:49.81 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年1月3日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(1月3日)
 ・小林克也です。
  あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
  ビートルズカレンダー。1970年ですから、今から46年前の今日の話し。
  をする前に、ちょっと復習を兼ねましてね。
  ビートルズの四人がスタジオに揃ったのは、その前の年です。
  1969年、夏の終わり、8月20日。
  アルバム「アビーロード(Abbey Road)」に入っている「I Want You」
  このミックスとアルバムの曲順を決めるミーティングだったわけですね。
  これが四人最後に揃って・・・

  で、1970年、つまり今から46年前の今日はですね。
  もう、その最後に録った「アビーロード」ってのはアルバムは出てるんですけれども。
  残務整理みたいな形で、ビートルズがほっぽり出していた「Get Back」の。
  つまり、その後では「レット・イット・ビー(Let It Be)」のタイトルで。
  これがまあ、最後に出されるアルバムなんだけども。
  「この曲が足りないよ、これなんとかしよう」っていうことで。
  その時、ジョン・レノンはいないんですよ。
  デンマークに行ってるんですよね。
  で、ジョージの新曲を46年前の今日、3人が集まって奏っているわけです。
  ジョージの曲というのは「I Me Mine」
  で、録音の前にね、ジョージがちょっと「Peggy Sue Got Married」というこの曲のバージョンを、ちょっとアドリブで流して。
  やっぱりあれですね、50年代 自分の原点をやったりするんですね。
  ね、スタジオが和んだところで、ジョージはこう言います。
  「すでにみんな知っての通り、デーブ・ディー(Dave Dee)はグループを脱退した。
  でも、ミッキー(Mick)とティッチ(Tich)それに僕は優秀でありながら、これまで2位に甘んじていた。
  という仕事を、今後も続けて行く。よろしくね」ていう。
  だから、デーブ・ディーていう人はいなくなっちゃった、ていう。
  グループ辞めちゃった。
  これはまあ、ジョンがいないんで、それを冗談に言って。
  「3人残ってるけど。まあ、ずっと、続けていくからよろしく」みたいなことを言うんですね。

37 :ジョン・キロックノン:2016/01/05(火) 18:21:28.14 ID:???0
  その名言とともに、それじゃあ、ジョージ・ハリスンの「I Me Mine」を聴いてみますか?。
  その名言つうのはね、きっと皆さんの耳の中に・・・
  実は、この番組の一部でよく使っているんで、残っている言葉なんですけども。
  それはジョージが言っている言葉です。 

  〜 The Beatles / I Me Mine(Anthology 3 Disc 2)
  ttps://www.youtube.com/watch?v=8pgAFBSkJik

  (小林)短いですよねw これねw、 I Me Mine
  これは、「アンソロジー(Anthology)3」の中に入っていますね。
  だから、こういう録音だったわけですね。
  これを、ほら、みんなが投げたもんだから、ね。
  フィル・スペクター(Phil Spector)ていう、もう変わり者で天才と呼ばれる。
  まあ、ジョン・レノンやジョージ・ハリスンの友達でもある、プロデューサーに「頼むよ」ていうことで。

  もう フィル・スペクターはオーケストラを付けたりとか、大コーラスを付けたりしてね。
  「The Long And Winding Road」なんかも、変わったものになりますよね。
  ポールが怒ったりしますが。
  この「I Me Mine」も、すーごいバージョンになっていたわけです。けども。
  この短いやつを ちょっと、切って貼って長くしたわけですよね。ええ。
  その原曲は「アンソロジー3」に種明かしみたいに・・・。
  で、まあジョージ・ハリスンもちょっと、みんなバラバラになっていて、気の利いたことを言ったけど。
  みんな シーンとなるようなw 。
  黒い冗談じゃないかとw 思うんですけどもね。
  言っておりましたね。

38 :ジョン・キロックノン:2016/01/07(木) 22:03:33.69 ID:???0
□ストーリー
 ・「ジョンに隠し妻と隠し子がいることが発覚し、騒動にはなりましたが。
  これでみんな隠しごと無く生活できる事に、正直ホッとしていました。
  そして、かてからの願いである、ロンドンでの家族そろっての生活がスタートしたのです」
  こういったリアルな史実の全ては、ジョンの最初の妻シンシア・レノンの手記にまとめられているもの。
  この名著の中から 今週もお送りしよう。

  「新生活を始めてみると、この素晴らしく見える住まいにも、いろいろと欠点が見つかった。
  レノンファミリーが暮らす4階建ての最上階で、しかも それぞれの世帯がメゾネット仕様になっていた
  つまり 家の玄関にたどり着くまで、暗くて狭い階段を6階分登らなくてはならなかった。
  赤ん坊を連れて ベビーカーもあって、しかも、抱えきれないほどの買い物袋を持っている身には かなりきつかった。
  先ず階段の下にベビーカーを置いて、ジュリアンを連れて部屋まで上がり、安全な場所に取りあえず寝かせて。
  それから、買い物袋を取りに一階まで降りて行くことにしていた。10:43
  しかし、そんな苦労も忘れてしまうくらい、ロンドンでの生活は最高だった。

  シンシアは子供の頃に、両親と一緒にに何度かロンドンに来ていたし。
  ティーンエイジャーになってからは、親友のフィルと一緒にギャラリー巡りに来たこともあった。
  フィルとはアールズコートにある宿に泊まって、ギャラリーに行く以外にはソーホーをうろついて、ロンドンのまた別の一面を知った。
  その他にも、兄チャールズとそのガールフレンドのケイティに生まれて初めて ウエストエンドの舞台「サラダデイズ」を観に連れてきてもらったこともあった。
  シンシアにとってのロンドンは、文化やその他の魅力的で刺激的なものの全ての発信地だった。
  夢に見て来たそのロンドン暮らしが、突然現実のものとなったのだ。

  毎朝9時半には、ジュリアンをベビーカーに乗せて出かける準備が整った。
  散歩に出たり、買い物に行ったり、一日何時間もかけて名所を見て回ったり。
  ジョンがいなくても、けっして飽きることはなかった。
  外に飛び出して、あちこち探検するのがシンシアの日常となったのである。

39 :ジョン・キロックノン:2016/01/07(木) 22:04:27.00 ID:???0
  〜 The Kinks / Waterloo Sunset
  ttps://www.youtube.com/watch?v=g-D9xcZgKX4
 
  〜 Rolling Stones / Street Fighting Man
  ttps://www.youtube.com/watch?v=jFvtMp7hRF8

  (小林)1967年、68年ぐらいの曲が・・・
  だから、ビートルズの「サージェント・ペパー(Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band)」とか
  ああいうのは お馴染みだと思いますが。
  あの頃の、ロンドンや都会の空気は、こういう風なものも いっぱい流れていたわけですよね。
  
  キンクス(The Kinks)の1967年。
  イギリスで2位まで上がった Waterloo Sunset
  なかなかいいですよね、この曲。
  
  それから、これは「ロック」っていう感じです。
  「Beggars Banquet」ストーンズのアルバムから Street Fighting Man

40 :ジョン・キロックノン:2016/01/07(木) 22:05:34.35 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ロンドンでの生活は、最高!。
  アートスクール出身の私にとって、毎日が探検旅行みたいだわ」
  これはロンドンに引っ越した直後のシンシア・レノンのつぶやき。
  こういったジョンと暮らした日々のエピソードのほとんどは 最初の妻であるシンシア・レノンの手記に記されている。
  残念ながら彼女は昨年4月に75歳で他界している。
  そんなシンシアが遺した著書の中から続けてみよう。

  ところが、数週間もすると再び全てが変わってしまった。
  ジョンとシンシアの自宅がファンに見つかってしまったのである。
  ある朝起きてみると、ティーンエイジャーの女の子たちが、マンションの外の歩道に陣取っているのが見えた。
  隙あらば不法侵入くらいはしかねないような様子である。
  シンシアがジュリアンをベビーカーに乗せて外に出ると、「赤ちゃんを一目見せてほしい」というファンに取り囲まれた。
  ジュリアンの周りにワイワイガヤガヤと大勢の人が集まって、たちまちベビーカーは人垣の中に埋もれてしまうのである。
  「ああ、シンシアさん。この子はなんて可愛らしいの」
  「シン。あなたはどこの美容院に行っているの?」
  「ジョンが旦那様だなんて、なんてうらやましいんでしょう」
  「ところで、お洋服はどこで買ってるの?」
  といった 取り留めもない質問が永遠に続いた。

  しかし、たいていの場合は、嫉妬や意地悪や、やっかみからではなく、善意に満ちたものであることが唯一の救いであった。
  そしてそのほとんどが、まだ大人になっていない中高生たち。
  問題は、その人数が半端なものではないこと。
  シンシアは出来るだけ親切に受け応えしようと試みてはいたが、しかしシンシアも生身の人間。
  努力と忍耐にも 限界があったのである。

41 :ジョン・キロックノン:2016/01/07(木) 22:07:04.99 ID:???0
  〜 The Beatles / Slow Down
  ttps://www.youtube.com/watch?v=JHcs5GO3ovQ

  〜 The Beatles / Kansas City Hey! Hey! Hey! Hey!
  ttps://www.youtube.com/watch?v=AhHoWYuto3A

  (小林)いやあ。
  この頃のビートルズのロックンロールのカバーはね、選曲も良いし。
  もう 迸(ほとばし)っている感じがしますよね。

  Slow Down これは1964年
  アメリカのラリー・ウィリアムス(Larry Williams)の、ヒット曲のカバー。

  そして Kansas City
  これは、リトル・リチャード(Little Richard)のヒット曲のカバー。
  もちろん得意は、ポール・マッカートニーが得意だったわけですね。

42 :ジョン・キロックノン:2016/01/07(木) 22:08:34.97 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ああ、シンシアさん。この子はなんて可愛らしいの」
  「シン。あなたはどこの美容院に行っているの?」
  「ジョンが旦那様だなんて、なんてうらやましいんでしょう」
  「ところで、お洋服はどこで買ってるの?」
  こんな質問の嵐が 毎日のようにシンシアを悩ませることになった。
  ロンドンに新居を構えたまでは最高であったが、すぐにその住所が発覚した。
  もちろんシンシアは、ジョンの最初の妻であり、息子ジュリアンの母親。
  ジョンに関するエピソードのほとんどはシンシアの手記に記されている。
  残念ながら彼女は去年4月に75歳で他界している。
  そんなシンシアが遺した著書の中から もう少し続けてみよう。
 
  このようにシンシアは毎日大変であったが、夫のジョンはさらに大変。
  家に帰って来ると、必ずファンに取り囲まれ、サインや、髪の毛を一掴み ねだられる始末。
  ファンにとっては、ジョンに触ることができる絶好のチャンスでもあった。
  それでもジョンは、ファンにはいつも親切にしていた。
  これが、ファンではなく、物欲しげに付きまとったり、お金目当てに近寄ったりするような連中や、
  胡散臭い儲け話を持ち掛けてくる、自称投資家などであったら、ジョンも我慢が出来なかったことだろう。
  でも、相手が自分たちのファンであるからこそ、敬意を払い、大切にしたのである。
  ジョンは、ビートルズがここまで成功できたのは、ひとえにファンのおかげだと信じていた。
  なんといっても、ビートルズのレコードを買ってくれたり、チケットを買ってライブに来てくれたりするのは、ファンなのだから。
  だからジョンは、どんなに疲れていても、必ずファンの前で足を停め、サインに応じたし。
  みんなに声を掛けることも忘れなかった。

  そのジョンの誠意ある態度が、1980年12月の あの悲劇をもたらしたことは残念なことである。

43 :ジョン・キロックノン:2016/01/07(木) 22:09:17.15 ID:???0
  〜 John Lennon with Cheap Trick / I'm Losing You
  ttps://www.youtube.com/watch?v=frcbQymzHkg

  〜 The Beatles / Baby You're A Rich Man
  ttps://www.youtube.com/watch?v=HZDxZCKAkeM

  (小林)いやあ、これは傑作ですよね。改めてねえ。ええ。
  「Magical Mystery Tour」1967年。
   Baby You're A Rich Man

  そしてその前は、「Double Fantasy」の頃の録音であります。
  1998年になって「Wonsaponatime」というのが出ましたけど。
  その中に入っている。
  バックはチープトリック(Cheap Trick)が務めていて。
  ジョンの生々しいボーカルが なかなか良いです。
  I'm Losing You

44 :ジョン・キロックノン:2016/01/08(金) 18:12:31.42 ID:???0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。


  (小林)もうw、一つの文章だけ。

  (埼玉県川口市/男性)
  ジョージの曲があまり流れない気がするので。
                   (小林)まあ例えば、ビートルズをやるとすると。
                      ジョージの曲はね、圧倒的に少ないわけですから。
                      まあ、しょうがないですけれども。
                      なるべく、なるべくかけるようにしますよ。
                      今日も一曲目がジョージでしたけれども。
  ぜひ、 For You Blue をお願いします。

  (小林)ということで。

  〜 The Beatles / For You Blue
  ttps://www.youtube.com/watch?v=4AmYZXwVVK4

  (小林)ジョージ・ハリスン 流れましたからね。

45 :ジョン・キロックノン:2016/01/08(金) 18:14:44.73 ID:???0
 (小林)
  次はちょっと長めですが。
  実は[千葉市花見川区/女性]さんは高校3年生の時に、最初にリクエストをくれました。
  これが2回目。

  (千葉市花見川区/女性)
  ずいぶん長く経っていますが。あれから15年。
  私は舞台の世界で演出助手という仕事に就いています。
  大学を出てイギリスへ留学しました。
  より深くパフォーマンスを探究すべく渡ったロンドン。
  アメリカではなくてイギリスだったのは。
  ビートルズ「HELP!」のプロモーションビデオの衝撃が大きな原動力の一つであることは間違いありません。
  大学院で学びながら、エジンバラの大きなフェスティバルや、ウエストエンドで働き。
  震災を切っ掛けに、日本へ帰ってまいりました。
                       (小林)そんな中、彼女のおばあちゃんが・・・
                           これは11月27日ですね。
  祖母が他界しました。
  目が覚めたのは、いかに自分が家族を見ていなかったか。
  自分の夢を優先に勝手に走ってしまっていた。
  先週91の祖母に、最後に会いに行った時は、すでに人工呼吸器を装着していて、会話もままならぬ状態でした。
  でも意識ははっきりしていて、絶え絶えの声で「しっかりやれ」と手を握り。
  私は ただただ泣いてしまい、上手く話しもできませんでした。
  舞台があるから 葬儀には参加できません。
  最後にお別れができたからこそ、そこには後悔はありません。
  でも、バカな話しに聞こえるかもしれませんが。
  電波に乗れば、もしかしたら声が祖母に聴こえるかもしれないと思ってリクエストしました。

  (小林)ということで。
  ちょっと長いんですけども、僕が端折って、簡単にしてしまいましたが。
  [千葉市花見川区/女性]さんのリクエストは、おばあさんが聴いてくれてるかもわかんない。
  「祖父は私が産まれた年に他界。それから32年。どうか祖父が祖母をやさしく迎えてくれますように」と。
  The Long And Winding Road

  〜 The Beatles / The Long And Winding Road
  ttps://www.youtube.com/watch?v=3A19HSowZp0

46 :ジョン・キロックノン:2016/01/08(金) 18:16:26.80 ID:???0
  〜 John Lennon / Woman
  ttps://www.youtube.com/watch?v=f-x1FsvOAz4

  (小林)ジョン・レノンの Womanが流れました。

  (大田区/男性)
  娘も私たちも大好きなジョンの優しさあふれた名曲。
                       (小林)去年いただいたリクエストですね。
  35年前、信じられないニュースが飛び込んで来ました。
  半年後に結婚を控えた私にとって、水を差すような出来事。
  今の妻は、タクシーのラジオでニュースを聞き、泣きながら電話をしてきました。
  私は、仕事場で昼のニュース速報を 涙をこらえながら必死で聞き。
  「どうか、間違いであってくれ」と祈っていましたが。
  どこのチャンネルに合わせても 答えは同じでした。
  もう立ってもいられず、膝から崩れ落ちたのを、今でも鮮明に覚えています。
  今では、娘が必死にビートルズを聴き。、
  ジョンのソロアルバムなどを聴きながら、私たちの経験したことに興味深く耳を傾け、必死に勉強しております。
  
  (小林)はい。


  (常陸大宮市/男性)
  高校生の時、好きだった人からの初めてのプレゼントは、アルバムでした。
  ジョンの「心の壁、愛の橋」
  ビートルズにのめり込み、特にジョンが好きだった私に、一番新しいレコードをプレゼントしてくれたんです。

  (小林)ということで
  [常陸大宮市/男性]さんのリクエストは、その中でも 突っ走ったやつですね。
  「この曲、この番組であまり聴いたことが無いような気がしますね」
  かかるんですけどもね、時々ね。
  真夜中を突っ走れ。

  〜 John Lennon / Whatever Gets You Thru the Night(真夜中を突っ走れ)
  ttps://www.youtube.com/watch?v=fdWv7Nw0z9I

47 :ジョン・キロックノン:2016/01/08(金) 18:17:58.59 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがでしたでしょうか?

  リクエスト。
  ほんとねえ、今日、もう、ちょっと、思いがすごい深いから。
  長ーいリクエストになったりするんですよね。
  こっちもちょっと時間があるんで、失礼ながら、ちょっと省略しながら紹介しましたけども。
  まあ、けっこう長くてもいいですよ。

  それからねえ、ビートルズを聴き始めた方。
  音楽が好きで、ビートルズを聴き始めたらこうだった、とか。
  そういうのも 来ていいと思いますよ。
  やっぱりね、平等なわけですから。
  新しい人たちにとっては、ビートルズは絶対、我々が聴いたのと違うように聴こえるはずです。
  そういうのも お待ちしております。

  採用の方にはイシイのミートボールなどをセットにしてお送りしています。
  メールは
  beatles@bayfm.co.jp
  こちらで待っております。
  
  話しの方は、ビートルズ、有名になっちゃって。
  ジョンたちの生活、まだまだ描かれていきます。
  お楽しみに。
  小林克也でした。

48 :ホワイトアルバムさん:2016/01/08(金) 21:18:35.00 ID:???0
ジョンがまだ存命中だった頃のラジオ番組

サウンドストリート 森永博志 1980/2/26 ジョン・レノン特集
https://youtu.be/YmRW8uAEQCU
サウンドストリート 渋谷陽一 1980/3 ジョン・レノン特集
https://youtu.be/9Tlv6kUz2LE
サウンドストリート 渋谷陽一 1980/11/20 ジョン・レノン特集
https://youtu.be/PxR-XoqdOKE

49 :ホワイトアルバムさん:2016/01/09(土) 16:07:02.28 ID:???0
いつもありがとうございます

50 :ジョン・キロックノン:2016/01/12(火) 18:57:16.20 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年1月10日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(1月10日)
 ・1969年、つまり今から47年前の今日。
  「ジョージがビートルズを辞めた」とありますw。
  これは、まあちょっと解説すると。
  ビートルズは、ジョン・レノンとポール・マッカートニーという すっごい才能でしょ。
  ポールは特に、演奏に関しても、この人はもう何でも出来ちゃう。
  だから、よくジョージ・ハリスンうをイビったんです。
  で、イビられたジョージは。 
  ジョージだって成長して 一生懸命努力してんだけども。
  やっぱり、その、絶えず一歩先にはポールがいるわけです。
  「お前はこうだ」「お前はこうだ」っていう。

  で、1969年てのはね。お正月は、どういうことかと言うとね。
  ポール・マッカートニーがね、「もうビートルズは ツアーをやりたい」
  「出来るだけ、ダビング無しに」「やっぱりロックロックンロールは一発録音だから」
  そういう事を目ざして奏ろう。
  で、「その模様をドキュメンタリーとして映画にしよう」
  で、「タイトルは「Get Back」だ」と言います。
  その頃のポールは、冬の格好をして、アゴヒゲ生やして、なんか「木こり」みたいな・・・
  あの頃のポールですよ。
  ね、で、やる気満々なんですよ。
  だから、ポールは だから・・・
  それもあれですよ、録音録ったのは、映画のスタジオなんですよね。
  有名な映画のスタジオで、ビートルズがブッキングして。
  仕事をやり始めるのが1960年年代の初頭なんですよ。

51 :ジョン・キロックノン:2016/01/12(火) 19:00:24.61 ID:???0
  で、これは映画の中で確認できるんですが。
  ポールは自分の曲の中で、ジョージに細かい・・・
  やっぱり、あの、これ、イビリとしか思えないようなw  
  ジョージのギターに すごく注文を付けます。
  特に、チョーキングのニュアンスとタイミングに関して。
  「おまえ、それは良いんだよ。ものすごく良いんだよ。だけど、こうなんだよ」って。
  ジョージは自分のベストを出したと思うわけですよね。
  でも、ポールに言われて、ジョージが切れて。
  ポールに対して
  「君がこうしろと言うんだったら、その通り弾くし。
  『弾くな』って言や、俺は弾かなくてもいいんだ」
  っていうような。
  もうこれ 切れてるわけですよね。
  だから、ジョージはw 辞めちゃうっていう。
  まあ、戻って来るわけですけど。
  
  さあ、その発言するシーンが、映画の中であるんですけども。
  その結果がこの曲です。
  改めて、ビートルズの I've Got A Feeling

  〜 The Beatles / I've Got A Feeling
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6jAFUGcLBc8

  (小林)エヘヘw
  ビートルズの I've Got A Feeling ていう。
  ね、有名なナンバーです。
  途中 ギターだけになるところ あるじゃないですか?。
  ブレイクみたいに「キャーン、キャーン、キャーン、キャーン、キャーン」
  あそこを映画では、ポールが注文付けてるんですよね。

  だから、そういうのがあって、これを改めて聴くと。
  「ジョージは怒ってる」ていう。
  「ジョージのギターは相当怒っている」ていうように響きますね。

  後半になって、ジョン・レノンの独特のっボーカルが入ってきて
  はじめて、こう なごやかに、フワーンってなってくるっていう感じが漂いますが。
  どうでしょうか?
---------------------------------------------------
  (参考:話題となった映画のシーン)
  ttps://www.youtube.com/watch?v=aGuH7Zxbr84

52 :ホワイトアルバムさん:2016/01/12(火) 21:39:14.30 ID:???O
チョーキングに関しては
ジョージに対してじゃなくジョンに対して。

小林克也の勘違い。

53 :ジョン・キロックノン:2016/01/15(金) 13:22:54.59 ID:???0
□ストーリー
 ・「ジョンが結婚していて、男の子の赤ちゃんがいて、ロンドンのフラットに住んでいる。
  という事実はマスコミによって、新聞のトップ記事として報道されました。
  時には、私がちょっとした危害を受けることもあったんですが。
  それでもジョンは、ファンを責めるような事はしませんでした。
  ジョンは自分を、そしてビートルズを、ここまでの場所に引き上げてくれたのは、全てファンが応援してくれたから、と信じていたのです」
  この発言の主はジョン・レノンの最初の妻でありジュリアンの母親シンシア・レノン。
  こういたリアルな史実の全ては、そのシンシアの手記に記されている。
  今週もこの名著の中から ビートルズストーリーとしてお送りしよう。

  確かにジョンのファンは、いつでもジョン・レノン・ファミリーの住むフラットの周りに張り込んでいた。
  シンシアの顔もバレてしまって、とても安全とは言えなかった。
  安心していられる場所と言えば フラットの中だけ。
  管理人や警備員もいる環境であったため、さすがに熱狂的なファンもここまでは入って来ることはなかった。
  それでも、いったんこの場所が判ってしまった以上、そう長くはいられない事もシンシアはわかっていた。
  人目を避けて平和な暮らしをするには、いったいどうしたらいいのか。
  この時のシンシアには考える余裕すらなかった。

  そして、ほぼ同じ時期、イギリスとヨーロッパ諸国を制覇したビートルズは大西洋を渡り。
  あのロックンロールの発祥の国アメリカ合衆国へ行くことが決まった。
  とは言っても、まだビートルズはアメリカではほとんど知られていない存在であったため
  アメリカの少年少女がビートルズを気に入ってくれるかどうかを探るため、市場調査の目的とされていた。
  それまでもイギリスが誇る人気アーティストが、何組かアメリカに進出はしていたが、見るも無残な失敗に終わっていた。
  クリフ・リチャード&シャドウズ(Cliff Richard And The Shadows)も その中の一組である。
  母国イギリスとヨーロッパのいくつかの国においては、行く所敵無し状態であったビートルズではあるが。
  果たして、あのロックの大国アメリカでは、どんな歓迎が待っているのか。
  この時点では、不安と期待が入り混じった状態であったことは 言うまでもない。

54 :ジョン・キロックノン:2016/01/15(金) 13:23:51.50 ID:???0
  〜 The Beatles / The Word
  ttps://www.youtube.com/watch?v=il--BWceG18
 
  〜 The Beatles / Hey Bulldog
  ttps://www.youtube.com/watch?v=SpHj33eh8hU

  (小林)ジョン・レノンの作品が2曲続いています。

  1966年の The Word
  もうジョン・レノンらしいリズム&ブルースですけども。
  なんかクールなリズム&ブルースかと思いきや。
  後半に至ると、なんか ギタリスト、ギターソロなんかは、結構サイケな。
  最初のサイケな、サイケデリックな曲と言われています。

  で、「イエローサブマリン(Yellow Submarine)」から Hey Bulldog
  お馴染みの曲を お送りしました。

55 :ジョン・キロックノン:2016/01/15(金) 13:25:15.01 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「イギリスではかなりの人気があった クリフ・リチャードとシャドウズでさえも失敗したアメリカ進出ですが。
  ビートルズが、その突破口を開くことができるのか? 私には想像もつきませんでした。
  もちろん当事者のジョンは、もっと不安だったことは 周りの誰もが見てとれるぐらいでした」
  これは1963年、ロンドンに引越した直後のシンシア・レノンの証言。
  こういったジョンと暮らした日々のエピソードのほとんどは、最初の妻であるシンシアの手記に記されている。
  残念ながら彼女は昨年4月に75歳で他界している。
  そんなシンシアの遺した著書の中から続けてみよう。

  大西洋を渡ってのツアーに、ジョンは興奮もしていたが、その反面、不安な気持ちにも落ち込んでいた。
  「失敗したらどうしよう」「俺たちなんて、クズ同然に扱われることになるんだろうな」
  などと しょんぼりしながら言う時もあれば。
  「俺が率いてここまで来た 天下のビートルズが、失敗するわけがない」
  「アメリカの連中なんて、間違いなくビートルズに夢中になるさ」
  「だって、俺たちはビートルズだぞ!」と何の脈絡もない自信に満ち溢れた発言をすることもあった。

  そしてアメリカ行き直前になって、ジョンはこう言った。
  「ねえシン、。君も僕らと一緒に アメリカに行ってくれないかな?」
  もちろんシンシアはびっくりした。
  しかし、ジョンの言い分はこうであった。
  「だってさ、君とジュリアンの存在は もうみんなが知ってることなんだぜ。
  もう、逃げたり隠れたりする必要なんて ありゃしない。
  ファンも君の事を認めてくれているわけだし。
  中には『ミセス・レノンのファンだ』って断言する女の子だっているんだよ。
  もちろん ブライアンにも文句なんて言わせない。
  任せといてよ。シン」

  翌日、マネージャーのブライアン・エプスタインも同意の元。
  シンシアがビートルズに同行して、初めての合衆国ツアーに参加することが決まった。
  シンシアの心は踊った。

56 :ジョン・キロックノン:2016/01/15(金) 13:25:55.55 ID:???0
  〜 The Beatles / It Won't Be Long
  ttps://www.youtube.com/watch?v=HqO4j-cmhdQ

  〜 The Beatles / I Call Your Name
  ttps://www.youtube.com/watch?v=MQVQPDDW6A4

  (小林)初期の作品が2曲続きました。

  「With The Beatles」のね アルバムの1曲目。
  It Won't Be Long

  それからこれは「Long Tall Sally」
  1964年「Long Tall Sally」EPの中に入っている曲です。
   I Call Your Name

57 :ジョン・キロックノン:2016/01/15(金) 13:27:21.84 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「シン。君とジュリアンの存在はもう皆が知ってることなんだぜ。
  もう、逃げたり隠れたりする必要なんてないんだ。
  ファンも君の事を認めてくれているわけだし。
  中には『ミセス・レノンのファンだ』って断言する女の子だっているくらいなんだ」
  これは1963年末、ビートルズのリーダーであるジョン・レノンがシンシアに対してかけた言葉。
  もちろんシンシアはジョンの最初の妻であり、息子ジュリアンの母親。
  ジョンに関するエピソードのほとんどは 、シンシアの手記に記されている。
  残念ながら彼女は 昨年4月に75歳で他界している
  そんなシンシアが遺した著書の中から、もう少し続けてみよう。

  ビートルズに同行する女性はシンシアひとり。
  ポールのガールフレンドであるジェーンは、人気女優という職業柄 同行は無理。
  リンゴの彼女モーリーンは17歳と まだ未成年であったため、これも無理。
  ジョージにはこの当時 決まったガールフレンドがいなかった。
  一方シンシアには、まだ乳呑児のジュリアンがいたため、その問題をクリアしないと行けなかった。
  そこでシンシアは、母親を説得して ロンドンのフラットに来てもらって。
  ジュリアンの面倒を見てもらえるように頼みこんだ。
  シンシアの母親は、何があっても娘のことを第一に考えてくれる人であった。
  ありがたい存在である。
  シンシアは心から感謝した。
  こうしてジュリアンのことが解決すると、シンシアはさっそく新しい服を買いに走った。

  ビートルズのアメリカ進出に当たって、マネージャーのブライアン・エプスタインは 入念な計画を立て、全精力をこの仕事に注いでいた。
  ビートルズの最初のシングル3枚「Love Me Do」「Please Please Me」「From Me To You」は アメリカではまだ大手レコード会社との契約が無く。
  全米に何百何千とあるマイナーレーベルからしか発売されていなかったため、成功には至らなかった。
  このまったく無名の新人バンドの売り出しを、どうやって成功させるか。
  これはまさに ブライアンの正念場であった。

58 :ジョン・キロックノン:2016/01/15(金) 13:28:29.85 ID:???0
  〜 The Beatles / Boys
  ttps://www.youtube.com/watch?v=pEi6Ahl6KGs

  〜 The Beatles / Day Tripper
  ttps://www.youtube.com/watch?v=-EAU6Z5yur0

  (小林)2曲お送りしました。
  
  Boys 
  これはリンゴ・スターがリードボーカル取っておりましたねえ。
  リンゴ・スターはやっぱり リズミックで。
  これは大成功ですよね
  ビートルズのコーラスもねえ 盛り上げてて。
  えーと、これはあれです。
  リンゴ・スターが歌った、シュレルズ(The Shirelles)というアメリカの女性グループの。
  それも「Will You Love Me Tomorrow」という大ヒットがあるんですが。
  それのB面、わざわざB面を選んで、ビートルズはカバーしていた。
  でもこれ、リンゴが歌うと すごい良い感じになってましたね。
  明るくてw能天気でね。

  そして Day Tripper はお馴染みのナンバーワンソング。
  これは、1965年のね。
  両A面で両方とも・・・
  ほら 一つは「We Can Work it Out」 これもナンバーワン。
  そして、Day Tripper もナンバーワン。

59 :ジョン・キロックノン:2016/01/16(土) 15:43:08.74 ID:???0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。

  (千葉市/女性)
  もうすぐセンター試験、我が家の高校3年の娘にとっては突破すべき第一の関門です。
  これまで何度か投稿を読んでいただきましたが、
  昨年今ごろの投稿は、冬期講習に通っていた娘へのエールでした。
  早いもので、それからもう一年です。
  日曜の午後6時、勉強しながらも欠かさず聴いていたこの番組は、娘にとって一種の栄養剤。
  センター試験2日目は日曜日、帰宅して自己採点をしながら聴いていることでしょう。
  普段はビートルズを初め洋楽中心に聴いている娘が、珍しく邦楽で力づけられる曲の一つです。

  (小林)スキマスイッチ!

  〜 スキマスイッチ / Ah Yeah!!
  ttps://www.youtube.com/watch?v=2ocofbJUoF0

  (小林)スキマスイッチ Ah Yeah!!
  www、リクエストに応えました。

60 :ジョン・キロックノン:2016/01/16(土) 15:45:08.67 ID:???0
  (府中市/男性)
  スマホデビューしまして。
  どこでも 良い音で克也さんの声が聴こえて来ます。
  今年はラグビーが少しだけ注目された年でもありましたね。  (小林)少しだけ。
  40年来のファンとしては、嬉しいような、信じられないような、複雑な気持ちです。
                               (小林)ああ、だから、40年来のファンだから、「少しだけ」ていうふうにw
  リクエストは ぜんぜん関係ないけど、ブルース・スプリングスティーンの「Born to Run」
                               (小林)なんか 関係ありそうですね。でも。
  元気が出る曲ですよねえ。
  いつまでも この番組が続くこと。
  そして来年も平和な日本でありますように。
  
  (小林)という[府中市/男性]さん。
  あなたのリクエスト。
 
  〜 Bruce Springsteen / Born to Run
  ttps://www.youtube.com/watch?v=f3t9SfrfDZM

  〜 Cream / White Room
  ttps://www.youtube.com/watch?v=pkae0-TgrRU

  (小林)というわけで 英米のパワー系ですかねw
  かかりました。

  まあ、時代はちょっと違いますけど。  
  ブルース・スプリングスティーン Born to Run でしたね。
  ブルース・スプリングスティーンは、プレスリーに子供の頃・・
  もう、「あ、これになるべきだ」って歌手を目ざして。
  で、ビートルズで「あ、バンドだ」ってことで バンド作った。
  と言われています。
  
  それから、ジャック・ブルース(Jack Bruce )
  それから、ドラムスが ジンジャー・ベーカー(Ginger Baker) ね。
  それに エリック・クラプトン(Eric Clapton)
  エリック・クラプトンが一番若かったのかな? この頃は。
  だからこの 時代だから、こういうふうな音になっちゃったわけですね。
  で、「White Room」なんか、これ歌詞がねえ・・・
  これはもう、歌詞はサイケの影響としか思われない、感じられないんですけど。
  あと、エリック・クラプトン、日本に来ます。
  でもw、コンサート全部売り切れてるそうですw。
  クリームの White Room

61 :ジョン・キロックノン:2016/01/16(土) 15:46:26.36 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがでしたでしょうか?

  ジョン・レノンの話し。
  まあ、最初の上さんが、もう亡くなっちゃったんですけども。
  彼女の、なんか本は、とても人間的な描かれ方をしていて。
  面白いですよねえ。ねえw
  ジョン・レノンが、もうほんと心配でたまらない時と。
  それから「いやあ、ビートルズだから 絶対売れるよ」っていう 強気になったり弱気になったりするとこなんて。
  ほんとに すごいですね。
  どうなるのか。
  もう エンディングはわかってるんだけどねw
  エンディングはわかってるんだけど、楽しみだと思います。

  それから リクエスト、よろしくお願いします。
  リクエスト採用の方にはミートボールなどをセットにしてお送りします。
  まあ、いろーんな種類のリクエストがあって 結構ですので。
  参加どしどし、よろしくお願いします。

  お相手は小林克也でした。

62 :ホワイトアルバムさん:2016/01/16(土) 17:03:01.45 ID:???0
いつもありがとうございます

63 :ホワイトアルバムさん:2016/01/17(日) 12:55:17.12 ID:???0
.
ミュージシャンが選ぶ「ザ・ビートルズ珠玉の100曲」

NMEがザ・ビートルズを大特集、その数々の名曲をミュージシャンが語りまくるという企画が楽しすぎます。

選者は、ザ・フーのピート・タウンゼント、フー・ファイターズのデイヴ・グロール、ジュリアン・レノン、スウェード、ナイル・ロジャース、ノエル・ギャラガー、
ミューズのマシュー・ベラミー、ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソン、アークテイック・モンキーズのアレックス・ターナー、ジョニー・マー、ロイヤル・ブラッド、ザ・リバティーンズ、
パーマ・ヴァイオレッツ、ホット・チップ、ピクシーズ、ザ・キュアーなどなど多彩にして豪華。

ちなみにトップの10曲は以下のとおり。
1. 'Strawberry Fields Forever'
2. 'A Day In The Life'
3. 'I Want To Hold Your Hand'
4. 'Here Comes The Sun'
5. 'Blackbird'
6. 'Tomorrow Never Knows'
7. 'Across The Universe'
8. 'While My Guitar Gently Weeps'
9. 'I Am The Walrus'
10. 'Hey Jude'

http://ro69.jp/blog/miyazaki/120745

.

64 :ホワイトアルバムさん:2016/01/18(月) 01:46:59.79 ID:???O
>>63
プロのミュージシャンには
ジョンとジョージの作品が人気なんですね

65 :ジョン・キロックノン:2016/01/18(月) 22:09:08.54 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年1月17日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(1月17日)
 ・1967年。サージェント・ペパーズ(Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band)の年です
  今から49年前の今日。
  もうビートルズは夜型になっています。
  今日の夜7時ぐらいから始まるわけですね。
  何をやったかというと「Penny Lane(ペニー・レーン)」の録音。
  あと、リミックスだとか。モノのリミックスだとか。
  で、「ピッコロトランペット・ソロっていうのを、Penny Laneのために録音した」とあります。
  これはですね、ポールがやっぱり天才的な職人であるということを示すことなんですが。
 
  アメリカ、キャピトルレコードからですね。
  「早くビートルズのシングルを上げてくれ」っていうことで仕事をするわけですね。お正月に。
  で、この結果としては A面がポール・マッカートニーの「Penny Lane」B面がジョン・レノンの「Strawberry Fields Forever」
  つまり、キャピトルが急かさなかったら「Penny Lane」とか「Strawberry Fields Forever」は、ひょっとして「サージェント・ペパー」に入っていたかもわかんない
  っていうことが言えますね。
  でもね、この「Penny Lane」は、すでに録音して、ブラスセクションが入っていたんだよね。
  で、ポールがプレイバックを聴くんだけども、「なんか違うなあ。足りないなあ」なんて思っていて。
  まだ、ジェーン・アッシャー(Jane Asher-)の、婚約者の家に下宿しています。
  で、そこのテレビで、「バッハ:ブランデンブルク協奏曲」有名なやつを聴くわけです。
  で、ポール・マッカートニーは閃(ひらめ)くんです。
  で、すぐ電話します。
  「この高い音の管楽器はいたい何なんだ?」
  ジョージ・マーティンは、「それは、ピッコロトランペットである」

66 :ジョン・キロックノン:2016/01/18(月) 22:10:11.96 ID:elSdW6VV0
  で、翌日、つまり今日ですね。
  49年前の今日、夜、ポール・マッカートニーがメロディを口ずさんで、それを譜面に起こしてアレンジが完成して録音する と。
  あの有名な ピッコロトランペットが録音されてます。
  とてもこれは効いてますよねえ。
  やっぱり、ポールが閃いて すっごい、っていうことが判ります。

  で、それを担当したのが、デイビッド・メイソン(David Mason)ていう無名の人なんですが。
  「僕は、そんな有名な楽団にも所属してないんだけど、ポールのおかげで“ペニー・レーンで演奏した男”として ちょっと有名になった」
  その彼も、5年ぐらい前に亡くなっています。
  じゃあその、ピッコロトランペットが聴こえる名曲。

  〜 The Beatles / Penny Lane
  ttps://www.youtube.com/watch?v=S-rB0pHI9fU(PV)

  (小林)ビートルズの Penny Lane
  ピッコロトランペット、充分聴いていただけましたかw?

67 :ジョン・キロックノン:2016/01/21(木) 13:48:12.41 ID:???0
□ストーリー
 ・「ママ、本当に本当にありがとう。
  おかげ様でジョンと一緒にアメリカに行ける。
  これでやっと、逃げも隠れもしないで堂々とジョン・レノン夫人を名乗れるわ。
  感謝するわ、ママ。
  じゃあ、ジュリアンをお願いね」
  これは1963年後半、の年明けの1964年の2月にビートルズ念願のアメリカツアーが決まった頃のシンシア・レノンの発言。
  もちろんシンシアはジョンの最初の妻である。
  その年に生まれたばかりで、まだハイハイ状態の長男ジュリアンを母親が預かってくれるとなって、嬉しさが隠せないシンシアであった。
  こういったリアルな史実の全て、そのシンシア・レノンの手記にまとめられているもの。
  この名著の中から今週もお送りしよう。
  
  ビートルズのアメリカ進出に当たって、マネージャーのブライアン・エプスタインは入念な計画を立て、全精力をこの仕事に注いでいた。
  ビートルズの最初のシングル3枚「Love Me Do」「Please Please Me」「From Me To You」は、アメリカではまだ大手レコード会社との契約が無く。
  全米に何百何千とあるマイナーレーベルからしか発売されていなかったため、成功には至らなかった。
  このまったく無名の新人バンドの売り出しを、どうやって成功させるか。
  それはまさに ブライアンの正念場であった。

  ビートルズのアメリカ進出に向けての、めざましい追い風となったのは 伝説のバラエティ番組のホスト、つまり司会者であるエド・サリバンとの打ち合わせのことであった。
  サリバンの製作チームで情報収集に当たっていたスタッフが、ビートルズがイギリスでどれだけ人気が高いグループかという話しを聞いていたので。
  サリバンは2月9日と16日の2回に渡って、自分の番組に四人を出演させることに同意した、とのこと。
  これに関してマネージャーのブライアンは「ビートルズをその日のゲストの中でも一番の主役として出演させてほしい」とアピールし。
  サリバンも最初は渋りながらも、結局は同意した。
  この時点でまだアメリカでブレイクしていなかったバンドを、エド・サリバンが特別に評価していたことは運命的でもあるが、まさに先見の明でもあった。

68 :ジョン・キロックノン:2016/01/21(木) 13:49:08.31 ID:???0
  〜 The Beatles / All My Loving
  ttps://www.youtube.com/watch?v=P8sFwVD4p20
 
  〜 The Beatles / Nowhere man
  ttps://www.youtube.com/watch?v=kzI0nBWtDDE

  (小林)
  All My Loving
  これはエド・サリバンショーで実際にビートルズが奏りました。

  そして1965年ですから、もう大成功のあと。
  これ、だから、この頃聴いてると Nowhere man を初めて聴くと「おお?」
  今聴くと同じように聴こえるかもわかんない。
  「おお! ぜんぜん違うよ」っていうふうに聴こえたもんですよね。
  これ、あのやっぱり「Rubber Soul」あたりからね。
  ビートルズは もう、ちよっと「キャーキャー言う子のために歌書くのやーめた」
  自分たちだけのために・・・
  まあ、音楽活動、芸術活動のために曲を作る、ていう。
  そういうふうな作品ですからね。
  Nowhere man お送りしました。

69 :ジョン・キロックノン:2016/01/21(木) 13:50:53.37 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「わかりました、エプスタインさん。
  ビートルズ、私のショーで、メインアクト、つまり主役扱いで2回ご出演 頂くことを約束しましょう。
  それにしても、エプスタインさん。あなたとは良いビジネスパートナー関係になれそうだ」
  これは1963年末ごろ、アメリカの大人気ショーのホストであり、実質的には敏腕プロデューサーであったエド・サリバンの発言。
  エプスタインさん、とは、もちろんビートルズのマネージャーであるブライアン・エプスタインのこと。
  ビジネス上のやりとりの真っ最中である。
  こういったビートルズに関するエピソードのほとんどは、ジョン・レノンの最初の妻であるシンシアの手記に記されている。
  そのエピソードの全てはジョンから直接聞いたこと、もしくはシンシア本人が目撃したこと、というかなり信憑性の高いもの。
  残念ながら彼女は昨年4月に75歳で他界しているが。
  そんなシンシアが遺した著書の中から続けてみよう。

  エド・サリバンに続いて登場するのは、シドニー・バーンスタインという人物。
  バーンスタインは「ゼネラル・アーティスト・コーポレーション」とういうアメリカでもトップのエージェントのプロモーターであった。
  彼はこの頃、主にティーンエイジャー向けの音楽を専門にしていて、イギリスの音楽シーンにも強い関心を示していたので、
  イギリスの新聞を読み、「ビートルズにはアメリカでも人気者になる将来性が秘められている」と確信していた。
  彼はブライアン・エプスタインのリバプールの自宅の電話番号を突き止め、電話をかけて寄こした。
  その内容は「1964年に2月12日に ニューヨークのあの有名なカーネギーホールで、ビートルズがコンサートを行うように手配したい」と申し出た。
  もちろんブライアンは 喜んで承諾。
  こうして、ビートルズ全米制覇のお膳立ては揃ったかのように見えたが。
  あと一つ、たった一つの持ち駒が、まだ足りていなかったのである。

70 :ジョン・キロックノン:2016/01/21(木) 13:51:57.96 ID:???0
  〜 The Beatles / Revolution
  ttps://www.youtube.com/watch?v=DlP15po1QZ0

  〜 The Beatles / Norwegian Wood
  ttps://www.youtube.com/watch?v=lY5i4-rWh44

  (小林)いかがですか? 2曲続きました。
  
  Revolution
  これは、A面が「Hey Jude」ですから。
  ねえ、ビートルズの一番のシングルヒット。
  そのB面が Revolution
  だけど、B面って言ったってねえ、すごい価値観を持った曲ですよね。
  ちなみに、その頃メッチャクチャ売れていたキーボードのニッキー・ホプキンス(Nicky Hopkins)
  まあ、ストーンズ(Rolling Stones)だとか・・・
  ストーンズもビートルズも両方 この人は音を作っていますが。
  フェンダーローズのピアノで参加していました。

  で、「ノルウェーの森(Norwegian Wood)」
  お馴染みの「Rubber Soul」のアルバムから

71 :ジョン・キロックノン:2016/01/21(木) 13:54:19.69 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「大人気テレビ番組“エド・サリバンショー”へのメインゲストとしての出演。
  そしてニューヨークの あの芸術パフォーマンスの殿堂=カーネギーホールでのコンサート。
  トントン拍子に事は運んでいたかのように見えましたが。
  あと一つの持ち駒が 不足していたんです。
  ジョンもそれだけが 気がかりだったようです」
  この発言の主はシンシア・レノン。
  もちろん彼女はジョンの最初の妻であり息子ジュリアンの母親。
  こういったジョンに関するエピソードのほとんどはシンシアの手記に記されている。
  残念ながら彼女は昨年4月に75歳で他界している。
  そんなシンシアが遺した著書の中からもう少し続けてみよう。

  シンシアが言う「あと一つの持ち駒」とは。
  そう、アメリカ合衆国でのナンバーワンヒットであった。
  ビートルズのイギリスでの5枚目のシングル「I Want To Hold your Hand」はチャートで2ケ月間ナンバーワンを記録したあと。
  デイブ・クラーク・ファイブ(The Dave Clark Five)の「Glad All Over」に、その座を奪われた。
  しきりに新鮮なネタを求めて止まなかったイギリスの新聞各紙は「これでビートルズもおしまいだ」と皮肉たっぷりに書きたてた。
  そう書かれて、メンバーは不安になったものの。
  マネージャーのブライアン・エプスタインは、あくまで落ち着き払い、いつものように毅然として。
  「そんな無責任な憶測は無視するように」と、四人にきっぱりと言い切った。

  アメリカに行く前に、ビートルズはフランスツアーを行なった。
  スウェーデンを始めとするヨーロッパ諸国では「向かう所敵無し」という勢いだったビートルズも
  なぜかフランスでは 人気が今一つであったため。
  パリのオランピア劇場で、ラテン系のポップシンガーであるトリニ・ロペス(Trini Lopez)
  そしてランスでは国民的アイドルであった、シルビー・バルタン(Sylvie Vartan)とのパッケージ公演であった。
  なぜか一番の人気だったのが、ビートルズのリンゴスター。
  それも、大勢の男性ファンが押し寄せた、とも言われている。
  
  そのパリ公演の最中、ビートルズ歴史上最大の事件が起こったのである。

72 :ジョン・キロックノン:2016/01/21(木) 13:56:07.49 ID:???0
  〜 The Dave Clark Five / Glad All Over
  ttps://www.youtube.com/watch?v=D-hL7ryCy3Y

  〜 Trini Lopez / If I Had A Hammer
  ttps://www.youtube.com/watch?v=hms_GdvOKZY

  (小林)ビートルズが出てきた頃の 他のアーティストの世界的な大ヒット。
  ビートルズのヒットは残っていますけど。
  こういうのは 消えたっていうんでしょうかねえ。
  でも、ちょっと年配の人の耳の中には、きっと残っているはずです。
  
  ビートルズの「I Want To Hold your Hand」を蹴落としたっていう、イギリスでね。
  Glad All Over デイブ・クラーク・ファイブ。
  ビートルズもちょっと「やばいな」みたいに感じていた。

  そして、ビートルズがオランピアで十何日間かのコンサートをやるんですが。
  その時は、やっぱり一番人気はこの人だった、ていう。
  この人はすっごいヒットが多いんですよね。
  If I Had A Hammer トリニ・ロペス、というアメリカ人シンガーです。
  メキシコ系の。

73 :ジョン・キロックノン:2016/01/23(土) 18:08:32.69 ID:???0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。

  (千葉市/男性)
  シンシア・レノンの手記 面白くなってきましたねえ。
  ビートルマニアによって、ジョンとの生活の行方が気になります。
  リクエストですが、ビートルズが影響を受けたロックンロール、自分は小学2年生の時に耳にしました

  (小林)
  でも、ビートルズは、まあこれはあまりにも有名な曲で 決してカバーなんかしなかったという。
  日本のこの頃の同世代のロックを目指す人たちは 必ずこの曲を通っています。
  有名な、とても有名な「Johnny B. Goode」チャック・ベリーです。

  〜 Chuck Berry / Johnny B. Goode
  ttps://www.youtube.com/watch?v=ZFo8-JqzSCM

  〜 The Beatles / Rock & Roll Music
  ttps://www.youtube.com/watch?v=TBiLhQpaUaM

  (小林)
  というわけで、チャック・ベリー、そしてチャック・ベリーのカバー。
  もちろん、ビートルズ Rock & Roll Music が流れました。
 
  (千葉市/男性)
  いつも楽しく拝聴しています。
  さて、ビートルズを最初に聴いたのは小学4年の時。
  従兄弟が就学のため・・・   (小林)まあ、大学のため。
  上京し。
  洋楽を我が家に初めて持ち込み。
  ビートルズの Rock & Roll Music に衝撃を受けたものですが。
  なぜかこの曲は、いずれの特集でも、この番組でも聴いたことがありません。
  寂しい次第です。できればリクエストしたいです。
  よろしくお願いします。

  (小林)いや、あのねえw [千葉市/男性]さんね。
  この番組、言ってはなんですが、もう始まって十数年やっていまして。
  この有名な曲は 2〜30回以上かかっております。ww 念のためw
  もう[千葉市/男性]さん 60代になったばっかりで。
  60代が現在の日本を支えていることは、ご存知の通りであります。
  これからも、頑張ってもらわなきゃw

74 :ジョン・キロックノン:2016/01/23(土) 18:09:58.82 ID:???0
  (小林)60代の方のリクエストが続きます。

  (東京都渋谷区/男性)
  日曜夕方、若いファンの方から、お便りを楽しく聴いています。
  先日64になりました。
  中学生の時出会って以来、ビートルズは私にとってずっと心の中にいてくれる、その時々人生を豊かにしてくれる友人でした。
  また中学では、学校の授業では教えてくれないことを楽しく教えてくれる、ちょっとやんちゃな英語の先生でもありました。
  want to は「ワナ」、going to は「ゴナ」でいいとうことも 彼らから知りました。46:46
  「アィウォナホージョーハン(I Want To Hold your Hand)」「ユガナ ルーズザッツガー(You're Going To Lose That Girl)」
  発音もLPレコードに合わせ 一緒に歌っているうちに、教室では先生から「君の発音はきれいだ」と褒められるほどになり。
  英語が一番好きな教科になりました
  英語好きはその後も続き、就職した銀行では国際業務関連を歩き。
  ある意味では、ビートルズとの出会いは生涯の進路に影響があったのかもしれない、と今では考えています。
  中学高校の頃は想像も出来ない、遠い未来のことだと思っていた64歳になった今。
  歌詞通り、ちゃんと今でもバレンタインチョコを送ってくれる妻に捧げたい曲。  (小林)w

  (小林)そうだよね、あるもんね。
  Will you still be sending me a valentine.
  ってあるもんね。ええ。
  それじゃ、まだ引退されていない、現役のバリバリの[東京都渋谷区/男性]さん。
  あなたのリクエストで、ポール・マッカートニーの作品です。
  When I'm Sixty-Four

  〜 The Beatles / When I'm Sixty-Four
  ttps://www.youtube.com/watch?v=vAzaOZfgf0M

75 :ジョン・キロックノン:2016/01/23(土) 18:12:11.95 ID:???0
  〜 Paul Mccartney & Wings / Band on the Run
  ttps://www.youtube.com/watch?v=uc-7G2OSsBY

  (小林)
  Band on the Run が流れました。
  去年の暮れに頂きましたが、このリクエスト。

  (浦安市/男性)
  去年はポールで始まり ポールで終わるような気がしました。 
  それを証明したのが武道館公演でした。

  (小林)そうだよね。
  ポールはやっぱり、まだまだバリバリ。
  あのねえ、僕 偶然ですけど、一週間ぐらい前に、70歳のねフランクシナトラの武道館 見たんですよ。
  するとね、同じ70代でもね、フランクシナトラはね、こう、うまーく力抜いてる、抜いてるんですよね。
  で、ポールは抜いてない。
  ポールの抜き方もあるんだと思うんですけど。
  ポールの方がまだ若い って、そんな感じがしましたね。
  [浦安市/男性]さんw、リクエストありがとうございました

76 :ジョン・キロックノン:2016/01/23(土) 18:14:04.39 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがでしたでしょうか?

  クイズです。
  ビートルズがオランピア劇場に出ている時。パリにね。
  大事件が起きます。
  その大事件とは何でしょうか?
  これはもう、だいたい判ると思いますw。
  変な事件じゃないもんねw。
  すっごい事件だからねw。
  ハイ、来週をお楽しみに。

  リクエストの方もよろしく。
  beatles@bayfm.co.jp

77 :ホワイトアルバムさん:2016/01/24(日) 08:40:03.29 ID:???0
いつもありがとうございます

78 :ジョン・キロックノン:2016/01/26(火) 13:36:46.20 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年1月24日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(1月24日)
 ・1962年。
  ビートルズは、有名になっていませんよねw。あたりまえw。
  今から54年前の今日。
  何が行われたかというと。
  ブライアン・エプスタインと、当時はまだ、だからマネージャーになっていないんですよ。
  ブライアン・エプスタインとビートルズが、マネージメント契約。
  エプスタインをマネージャーに これからやって行こうという契約をした。
  これ1962年の、まあ、お正月ですよね。

  ちょっと順番に紹介すると。
  その前の年のね、10月の終わりに、レイモンド・ジョーンズていう若者が。
  ブライアン・エプスタインが店長をやっている店へ来るわけです、レコード捜しに。
  「ビートルズのマイボニーってありますか?」
  「そんなの聞いたことない」「マイボニーは知ってるけど、そんなの無いよ」
  で、また2〜3日経って、二人のティーンエイジャーの女の子が「ビートルズのマイボニーありませんか?」
  「ええ!?」
  もうね、ブライアン・エプスタインは、なんてんですかね、自分はポップスのことならは何でも知っていると思ってたんだけども。
  そんなものを知らない
  で、よく問い合わせてみると、なんと3分ぐらいの所のキャバーン・クラブに、そのビートルズが出てるっていうんで見に行くんです。
  ねえ、で、観に行って、彼はショックを受けるわけです。
  それで「この若者たちと、一緒になんかやろう。彼らに賭けてみよう」と思うわけです。

  で、ビートルズに接近して「マネージャーやろうよ、やろうよ」っていうことで。
  で、12月の3日に、ビートルズとのミーティング、最初のミーティングが行われます。
  で、これから何をしよう、とか。
  で、ブライアン・エプスタインという人は イメージを持っていた人ですから。
  いろいろ後で 制服だとか、ユニフォームだとか、ビートルズのヘアカットだとか、そういう風なことになって来るんだと思うんですけども。
  で、契約を年が明けて するわけです。

79 :ジョン・キロックノン:2016/01/26(火) 13:37:37.07 ID:???0
  でもその契約は、メンバーの四人がみんなサインをします。
  ところが、ブライアンはサインをしなかった。
  それは、どうしてかというと、
  正月に実は、デッカレコードのオーディションを受けて、それからなかなか返事が来ない。
  ビートルズ売れるかどうか、モノになるかどうか判らない。不安で不安でしょうがない。
  だから、メンバーはサインしたけれども「いつでも好きな時に、辞めると言えば辞めてあげるよ」という意味で。
  いつでもこの契約書は無効にできる、ということで、ブライアンはサインをしなかった。
  有名な話しです。
  
  さあ、その前の年に 若者たちが求めていたレコードというのは。
  もう、皆さんもご存知だと思いますが。
  イギリスのシンガーのトニー・シェリダン(Tony Sheridan)とビートルズが担当していました。
  それじゃあ、その頃になってイギリス盤が出たらしいんですけれども。
  改めて My Bonnie

  〜 The Beatles With Tony Sheridan / My Bonnie
  ttps://www.youtube.com/watch?v=9ZCUuzl_Beg

80 :ジョン・キロックノン:2016/01/28(木) 13:05:59.11 ID:???0
□ストーリー
 ・「ビートルズにとっての最初のアメリカ合衆国訪問。
  そして、それに伴っての大人気テレビ番組「エド・サリバン・ショー」へのメインゲストとしての出演。
  ここまでお膳立てが揃ったのは良かったのですが。
  あと一つ、たった一つですが、どうしても必要なあと一つの持ち駒が、まだ手に入っていなかったんです」
  これはジョン・レノンの最初の妻であり、今回のアメリカツアーに同行することを許された女性シンシア・レノンの発言。
  こうしたビートルズに関しての貴重なエピソードはシンシアが遺した手記に記録されている。
  今週もこの60年代ロックの重要なアーカイブからお届けしよう。

  シンシアが言う「あと一つの持ち駒」とは、アメリカ合衆国でのナンバーワンヒットであった。
  ビートルズのイギリスでの5枚目のシングル「I Want To Hold your Hand」はチャートで2ケ月間ナンバーワンを記録したあと。
  デイブ・クラーク・ファイブ(The Dave Clark Five)の「Glad All Over」に、その座を奪われた。
  イギリスのマスコミは「これでビートルズもおしまいだ」と皮肉たっぷりに書きたてた。
  メンバーは少し不安になったものの。
  マネージャーのブライアン・エプスタインは、「こんな記事 笑い飛ばしてしまえ」と毅然とた態度。
  アメリカに行く前に、ビートルズはフランスツアーを行なった。
  公演する会場は有名なパリのオランピア劇場で。
  ラテン系のポップシンガーであるトリニ・ロペス(Trini Lopez)
  そしてランスでは国民的女性アイドル、シルビー・バルタン(Sylvie Vartan)とのパッケージ公演であった。
  そのパリ公演の最中、ビートルズの歴史上最大級の事件が起こったのである。

  なんと、アメリカで初めて大手レコード会社キャピトルから発売となっていたシングル「I Want To Hold your Hand」が全米のシングルチャートでナンバーワンを記録した。
  というニュースが、パリのジョルジュサンクホテルに飛び込んで来たのである。
  これを切っ掛けに、物事が急速に上手く回り始めた。
  「She Loves You」 全米チャートを急上昇し。
  アメリカ編集のアルバム「Meet the Beatles!」も同じくチャートを駆け登った。
  そしてアメリカのマスコミは、ビートルズを取材するために、なんとフランスまでやって来たのである。
  全ては前代未聞の出来事ばかりだったのである。

81 :ジョン・キロックノン:2016/01/28(木) 13:07:01.92 ID:???0
  〜 The Beatles / I Want To Hold your Hand
  ttps://www.youtube.com/watch?v=ipADNlW7yBM
 
  〜 The Beatles / I Wanna Be Your Man
  ttps://www.youtube.com/watch?v=9rKFt65Cwd4

  (小林)2曲 お送りしました。

  I Want To Hold your Hand
  これが、「あと一つの持ち駒」というわけで。
  アメリカでの最初のナンバーワンですね。
  
  で、I Wanna Be Your Man
  これはリンゴ・スターがボーカルを取っていました。
  アルバムは「With The Beatles」1963年

82 :ジョン・キロックノン:2016/01/28(木) 13:12:35.90 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・ビートルズはイギリスを初めとするヨーロッパ各国では「向かう所敵無し」の状態でしたが。
  それでも、アメリカで1位に輝くことが いかにすごい事か、
  この時ばかりは、その意味を、ものすごいパワーを持って知らされました」
  これはビートルズのリーダー=ジョン・レノンの最初の妻シンシア・レノンの発言。
  こういったビートルズに関するエピソードのほとんどは、そのシンシアの手記に記されている。
  そのストーリーの全ては、ジョンから直接聞いたこと、もしくはシンシア本人が目撃したこと、というかなり信憑性の高いもの。
  残念ながら彼女は昨年4月75歳で他界しているが。
  そんなシンシアが遺した著書の中から続けてみよう。

  ビートルズにとってイギリスでは5枚目、アメリカでは最初のメジャーシングルとなる「I Want To Hold your Hand」が全米で1位になった。
  とのニュースが、パリにいるビートルズのメンバー、そして正式にマネージャーになってまだ2年ちょっとのブライアン・エプスタインの元に飛び込んで来た。
  その日は、オランピア劇場でのコンサートの仕事もあったため、ステージが終わってからホテルに戻り。
  ルームサービスを注文して、祝いのパーティとなった。
  もちろんブライアンは最高に御機嫌。
  「さあ、今夜は全部 私のおごりだ」
  「なんでも好きなものを注文していいぞ」
  「ポールはローストビーフか?」
  「リンゴはサーモンが好きだったな?」
  「ジョージもどんどん食べて、少し太ってもいいな」 
  「あ、ジョンは料理の前にシャンパンが良かったか?」
  「とりあえず、食べたい物 何でも注文しよう」

  この夜の様子は、同行していたカメラマンのハリー・ベンソンによって撮影された。
  特に印象的なのは、日本の修学旅行の生徒のような「まくら投げ」のショット。
  メンバー全員、本当に純真無垢な少年のような表情でフレームに収まっている。
  
  ちなみに、このホテルでのパーティは11時のオーダーストップを持っていったん終了。
  その後、全員で夜のパリの街に繰り出て行ったことは言うまでもない。

(参考写真)
ttps://static-secure.guim.co.uk/sys-images/Arts/Arts_/Pictures/2014/2/12/1392209582965/A-detail-from-Harry-Benso-010.jpg

83 :ジョン・キロックノン:2016/01/28(木) 13:13:13.10 ID:???0
  〜 The Beatles / This Boy
  ttps://www.youtube.com/watch?v=20jzMqD-N2c

  〜 The Beatles / Mother Nature's Son

  (小林)2曲 続きました。

  先ほどかけた I Want To Hold your Hand のB面だったのが。
  当時はB面て言いましたね。
  This Boy をお送りしました。

  そして「ホワイトアルバム(The BEATLES)」から。
   Mother Nature's Son

84 :ジョン・キロックノン:2016/01/28(木) 13:14:10.34 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「1964年1月のパリ巡業の真最中。
  ジョンとビートルズは滞在していたホテルで『アメリカでトップになった』という、あまりにも素晴らしいニュースを受け取りました。
  もちろんロックバンドとして活動していたわけですから、いつかはアメリカで有名になりたいという目標は有ったのでしょうが。
  まさか、こんなに早くその日がやって来るとは。
  メンバーも、マネージャーのブライアン・エプスタインも、思ってもいませんでした。
  なにせ、イギリスのアーティストがアメリカで1位になるなんて、本当に前例が無かったんですから」
  この発言の主はシンシア・レノン。
  もちろん彼女はジョンの最初の妻であり息子ジュリアンの母親。
  こういったジョンに関するエピソードのほとんどはシンシアの手記に記されている。
  残念ながら彼女は昨年4月に75歳で他界している。
  そんなシンシアが遺した著書の中からもう少し続けてみよう。

  「アメリカのポップシーンに進出して全米チャートのトップになる」という目標は、それまでに幾つかのアーティストが目指したところではある。
  1960年代初頭には、イギリスで国民的な人気を誇ったクリフ・リチャード(Cliff Richard)もアメリカでのブレイクを試みたが失敗に終わっている。
  とにかくビートルズが1位になったというニュースは、すぐに海外でも報道され、
  アメリカのマスコミがビートルズにインタビューしようとフランスに我先にとやって来た。
  有名な雑誌「LIFE」は、ロックバンドを取り上げる記事としては異例の6ページにも渡る特集を組み。
  ビートルズは突如 重大ニュースとして扱われるようになった。
  アメリカにおけるビートルズのレコード会社で、イギリスのEMIと提携しているキャピトルは「ビートルズがやって来る」というポスター500万枚を全米各地に貼りまくり。
  レコード会社の重役全員が、マッシュルームカットのカツラをかぶって歓迎した。
  ビートルズに関すること、その全てが前代未聞の出来事だったのである。

85 :ジョン・キロックノン:2016/01/28(木) 13:15:32.31 ID:???0
  〜 The Beatles / She Loves You
  ttps://www.youtube.com/watch?v=T0YifXhm-Zc

  〜 The Beatles / Birthday
  ttps://www.youtube.com/watch?v=hMb1wPfE1Iw

  (小林)というわけで 2曲。
  
  She Loves You
  これも画期的な曲なんですけどもねえ。
  イギリスで先ずナンバーワンになって、ねえ。
  64年には、アメリカでもナンバーワンになる。

  そして、今聴いたのが Birthday という。
  これはもう誕生日関係ではよくかかる曲なんで お馴染みだと思いますが。
  1968年の「ホワイトアルバム(The BEATLES)」ですね。
  まあ、この番組はビートルズが主役でね。
  ビートルズが生きた年月を、一緒にまた体験しようというふうな番組であります。
  だから、 Birthday なんかのセッションは ビートルズだから。
  それから、その時代だから、みたいな感じがいたします。
  バックに、オノ・ヨーコの声が目立っていたのは気付きましたか?
  コーラスは そうなんですよ。
  あと、オノ・ヨーコと一緒に歌っていたのは、ジョージ・ハリスンの嫁さんですねパティ・ボイドが歌っていました、ね。
  メンバーの嫁がコーラスに入るなんて、やっぱビートルズだし。
  この時代だからっていう感じがするんですけどね。

86 :ジョン・キロックノン:2016/01/29(金) 18:10:21.35 ID:???0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。

  (小林)
  まあ、いろーんな方がリクエストくださるんですが。
  最初の方は・・・
  もうこれ、解説なしに読んだ方がいいと思いますね。 
  この、曲の選曲といい、それから、その曲のフリといい。
  なんか、教養があって品があるフリです。

  (千葉県浦安市/女性)
  克也さんこんばんは。
  初の一人暮らしを始めました。
  初めて一人で過ごす冬は、とにかく寒いです。
  実家で、石油ストーブを焚いた時の香りが、とても恋しくなりました。
  リクエスト、オアシス、She Is Electric

  〜 Oasis / She Is Electric
  ttps://www.youtube.com/watch?v=kmUJyj1OZDc

87 :ジョン・キロックノン:2016/01/29(金) 18:11:47.77 ID:???0
  〜 Doobie Brothers / Long Train Running
  ttps://www.youtube.com/watch?v=tnD0eVdHJfI

  (小林)ドゥビー・ブラザース(Doobie Brothers)の Long Train Running がかかりました。

  (浦安市/男性)
  毎週、晩飯前の空腹時に、意味は違いますが、ハングリー精神を持って聴いております。
  先日BSのある番組でドゥビー・ブラザースが特集されていました。
  その番組では「永ちゃん」こと矢沢永吉さんが 例の独特の言い回しで。
  「ビートルズの影響を受けた数あるバンドの中で、ドゥビー・ブラザースが最高だった」
  というような内容のことを言っておられました。
  ビートルズの影響をう受けたということで、この番組名のように「ビートルズから始まったドゥビー・ブラザース」

  (小林)ええ・・・
  これ、ちょっと、矢沢永吉さんはですね、ドゥビーに肩入れするし方が・・・・  
  ようするに、アメリカでシングルを発売してて、そのバックが、ドゥビーのメンバーがバックを務めました。
  それから、アメリカでミニツアーをやるんですよね。
  そのレコードをアメリカで出したってことで、それをサポートするツアーをやるんですが。
  それもバックはドゥビーだった。
  だから、まあ友達のようなもので。
  影響というよりも、ビートルズが励みになった。
  影響はね、ビートルズとドゥビー・ブラザースは、同じ所からもらっています。
  つまり、リズム&ブルースとか黒人音楽から影響をもらっています。
  だから 同等ですよね。ええ。
  中心人物の トム・ジョンストン(Tom Johnston)なんかは、普段のおしゃべりもブラックっぽいですからねえ。
  それから、ビートルズの影響っていうと、編成とかあるんじゃないでしょうかね。
  このドゥビー・ブラザースは、編成は2ドラムスで。
  あと、パット・シモンズ(Patrick Simmons)とトム・ジョンストンていう、強力なシンガー二人いて。
  他のメンバーも、コーラスがバッチリで。
  お聴きのコーラスなんか、ドゥビーならではのもんですよねえ。
  だから、そういう意味では、ビートルズの影響受けているかもわかんないと思うんですが。

88 :ジョン・キロックノン:2016/01/29(金) 18:13:38.30 ID:???0
  (千葉市/男性)
  さあ、いよいよジョン、シンシア、ジュリアンの生活がスタートですね。
  シンシアの手記、毎週楽しみに聴いていおります。
  ところで、ビートルズがトニー・シェリダン(Tony Sheridan)のバックをしている際。
  ビートブラザーズ(Beat Brothers)にバンド名が変更していますが。
  これはドイツ語に関係することだけの理由でしょうか?

  (小林)ていう。
  これ、僕は よくわからないんですけども。
  「ビート」っていうのは 当時のすごいナウい言葉だったわけですよ。
  でまあ、ビートルズっていう名前を選ぶわけですが。
  その当時「ビートブラザーズ」とも名乗っていた、っていうのがありますからねえ。
  まあ「バックだし、ビートブラザーズでいいか?」っていうことじゃないでしょうかね
  [千葉市/男性]さんあなたのリクエストで、トニー・シェリダンとビートブラザースで。
  これは、今日はトニー・シェリダンのボーカルで「マイボニー」をやりましたが。
  この曲は Let`s Dance!

  〜 The Beatles with Tony Sheridan / Let`s Dance
  ttps://www.youtube.com/watch?v=KoINRjbE1iA

89 :ジョン・キロックノン:2016/01/29(金) 18:16:14.05 ID:???0
  〜 The Beatles / Hey Jude
  ttps://www.youtube.com/watch?v=a2JYfNhuxAg

  (小林)Hey Jude がかかりました。

  (市川市/女性)
  番組でかかるリクエスト曲は コアなファンからの曲が多くて。
  なかなか自分でも、ビートルズファン歴は長いんですが。
  どんな曲が良いのか難問で。
  今回は思い切ってリクエスト。
  私の一番大好きなポールの「ヘイジュード(Hey Jude)」。
  今、シンシアの手記で話しが展開中の 息子ジュリアンを。
  ジョンとの離婚の寂しさを慰めた、ポールの優しさから出来た曲だと知りました。
  
  (小林)そうなんだよ。これ、シンシアも言ってるんだよね。
  ひとり、ジョンがいない時に、ポールが家に訪ねてきて。
  特に「ジュリアン、おまえ元気でやってるか?」って言ってくれて、有難かった。
  ポールもそのことを話して、その家からの帰りの車の中で出来た、みたいなこと言ってるんですけど。
  これには、いろんな実話があって。
  ジョン・レノンが「ポールお前、これ息子のジュリアンに書いたって言うけど、ほんとは俺に書いたんじゃないか?」って。
  「俺はヘイジュードって聴くたびに、2番目の歌い出しの2番目の所に“恐れるな、go out and get her 彼女をモノにしちゃえよ”っていう」
  「お前、俺のこと・・・、それで get her てのはオノ・ヨーコのことじゃないか?」って言うんですよね。
  それでw また冗談で、そのあとで、何か月か知りませんけども、経って。
  「ポール、これ結局 自分に書いた歌じゃないの?」「自分の歌だろう? お前」って。
  ポールも婚約者がありながら、リンダと知り合ってる頃なんですよ。
  で、「これ、お前の歌じゃんw」って言って、みんな大笑いした、っていう話しがあるんですけどもw
  どうですかね?w
  どうでもいいですよねw、そういうようなのはねw 
  これ、もう すごい良い歌だっていうことですよね。ええ。
  いろーんなものを想像させてくれる歌です。

90 :ジョン・キロックノン:2016/01/29(金) 18:17:45.42 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」

  お話しの方は、とうとうね。
  アメリカでビートルズが 1位になっちゃった。
  わかってるけど「1位になる前が面白いよ」みたいなことを、僕言ってましたけど。
  1位になると「あーあ、とうとう1位になっちゃった」w
  「それから?」っていう気持ちでw
  またちょっと聴きたくなるでしょう?
  お楽しみに。
  
  それから リクエストの方もよろしくお願いいたします。
  さっきの方、「コアな方が多い」っていうふうに おっしゃってましたが。
  そんなことないですよ。
  いろんな方がリクエストしてw
  みんなのビートルズから始まるんですから。
  ビートルズから始まるんですから、ねえ。
  もう、待ってます。
  採用の方にはイシイのミートボールなどをセットにして待っております。
  よろしく。

  お相手は小林克也でした。

91 :ホワイトアルバムさん:2016/01/30(土) 22:23:30.66 ID:???0
いつもありがとうございます

92 :ジョン・キロックノン:2016/02/02(火) 13:20:28.25 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年1月31日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(1月31日)
 ・1969年。
  今から47年前の今日。
  ビリー・プレストン(Billy Preston)とアップルとレコード契約。
  アップルはもちろんビートルズの会社です。
  ビリー・プレストンは、ビートルズファンは、
  「Get Back」それから「The Long And Winding Road」「Don't Let Me Down」
  などでキーボードで参加しているミュージシャンですけども。
  もうね、彼はティーンエイジャーの時から、もうオルガン奏者として。
  いろんなもう、特にリズム&ブルースの有名な人のバックを務めるんですよ。
  で、やっぱりキーワードはね、リトル・リチャード(Little Richard )
  ほら、ポールなんか大好きじゃないですか、リトル・リチャード。
  リトル・リチャードのコンサートに、ビートルズ見に行って。
  で、バックを務める十代のビリー・プレストンに会っているわけですよね。うん。
  それで、アップルが出来たばかりの頃に、また、レイ・チャールズ(Ray Charles)のツアーでロンドンに来た時に再会して。
  特にジョージと、歳が3つしか離れてないんで、ジョージとまあ友人関係で。
  「俺たちの中へ入って来ないか?」

  当時、ビートルズは人間関係的には冷え切っていました。
  メンバー、あんまり上手く行っていなかった。
  そんな時に、潤滑油のような役割りを果たしてくれたわけですよね。
  明るくて、底抜けに明るくて、音楽が上手いビリー・プレストンがね。
  で「お前、アップルと契約しようよ」って、これすぐ契約しちゃうんですよ。
  そういうわけですね。
  だから、アップルと契約できるっていうのは、当時のミュージシャン 夢のようなことだったんです。  
  「ビートルズのレコード会社でレコードを出すことが出来るんだよ」
  こないだ、ジェーム・ステイラー(James Taylor)という、アメリカの有名なシンガーソングライターが言ってましたけども。
  「人生の最大の出来事は、ポールとジョージとリンゴの前でオーディションで歌を歌ったことだ」
  ジェーム・ステイラーもアップルから1枚出してますからね。

93 :ジョン・キロックノン:2016/02/02(火) 13:21:23.47 ID:???0
  さあ、それではビリー・プレストン、ビートルズのレコード会社から出した曲を聴きますか。
  ビリー・プレストンはちなみに、2006年59歳で亡くなっています。
  ビリー・プレストン That's The Way God Planned It

  〜 Billy Preston / That's The Way God Planned It
  ttps://www.youtube.com/watch?v=kFTgrFSKbkk

  (小林)ビリープレストン。
  バックはジョージ・ハリスン、エリック・クラプトン(Eric Clapton)
  聴こえましたか? ギターが入っていましたねえ。
  あと、キース・リチャード(Keith Richards)なんかも入っていました。
  ビリー・プレストン That's The Way God Planned It
  ちなみに、アップルから出したやつは あんまりヒットしないで。
  70年代に入って、ビリー・プレストンはA&Mレコードという所と、これも新しいレコード会社なんですけど契約して。
  それで、全米ナンバーワンになる「Nothing From Nothing」ていう曲なんかを成功させます。

94 :ホワイトアルバムさん:2016/02/03(水) 12:37:13.21 ID:???0
ジェーム・ステイラーwww

95 :ジョン・キロックノン:2016/02/04(木) 12:38:34.86 ID:???0
訂正します。
X ジェーム・ステイラー(James Taylor)
〇 ジェームス・テイラー(James Taylor)

96 :ジョン・キロックノン:2016/02/04(木) 12:48:20.21 ID:???0
□ストーリー
 ・「アメリカのポップシーンに進出して、全米チャートのトップになるなんていう目標は、当時のイギリスでは有り得ない事でした。
  なにせ、国民的スーパースターだったクリフ・リチャード(Cliff Richard)でさえ失敗に終わっているんですから。
  私は 個人的にはイギリスとヨーッロッパのいくつかの国での大人気で充分。
  ジョンには、それで満足して欲しいと思っていました」
  この発言の主はジョン・レノンの最初の妻となる女性シンシア・レノン。
  彼女の遺した手記には こういった本当の本物のエピソードが数多く書かれている。
  今週もそのロックの最重要アーカイブとも言える名著からお届けしよう。

  ビートルズが1位になったというニュースは、すぐに海外でも報道され。
  アメリカのマスコミがビートルズにインタビューしようと、ツアー先のパリに我先にとやって来た。
  有名な雑誌「LIFE」は、ロックバンドを取り上げる記事としては異例の6ページにも渡る特集を組み。
  ビートルズは突如、重大ニュースとして扱われるようになったのである。
  アメリカにおけるビートルズのレコード会社キャピトルの重役全員がモップヘアーのカツラをかぶって歓迎した。
  ビートルズが出演することが決まっている全米で大人気のテレビ番組「エド・サリバン・ショー」のスタジオに用意された700の観覧席には
  その数十倍の5万人が応募してきた。
  また、ニューヨークの舞台芸術の殿堂カーネギーホールには、必死でチケットを手に入れようとするファンが殺到し。
  やはり、警官が出動する騒ぎとなった。
  さて、これから飛行機に乗ってニューヨークまで出かけようとしているビートルズ御一行は。
  ヒースロー空港までの車の中、まったくオメデタイことに、まさか、ニューヨークはそれほど騒動になっている、などとは知る由も無かった。
  
  ビートルズの認識していたことは
  「僕らのレコードの何枚かが、アメリカでもけっこうな人気になっているらしい」
  「本当の人気者になるには、まだ頑張らないとなあ」
  というくらいもの。
  さあ、果たして大西洋の向こうはどうなっているのだろうか?

97 :ジョン・キロックノン:2016/02/04(木) 12:49:38.17 ID:???0
  〜 The Beatles / Drive My Car
  ttps://www.youtube.com/watch?v=trrepsAwcTg
 
  〜 The Beatles / She's A Woman
  ttps://www.youtube.com/watch?v=L9aLhEqfqLY

  (小林)2曲 かかりましたね。

  Drive My Car
  これは「ラバーソウル(Rubber Soul)」の中に入っているね。
  「ラバーソウル」で、まあビートルズは第二期入るっていうようなことは、僕はよく言うんですが。

  で、She's A Woman これは「I Feel Fine」のB面。
  当時の 1964年ですが、1964、65は、もうライブでは必ずやっていた曲であります。

98 :ジョン・キロックノン:2016/02/04(木) 12:53:35.59 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「僕らのレコードの何枚かが、アメリカでもけっこうな人気になっているらしい」
  「本当の人気者になるには、まだ頑張らないとなあ」
  これは1964年2月の初め、初めて大西洋を渡るビートルズが、ロンドンのヒースロー空港に向かう車の中でのメンバー共通の認識である。
  つまり、みんな、アメリカで1位になった事の意味が判っていなかったのである。

  こういったビートルズに関するエピソードのほとんどは、ジョン・レノンの最初の妻であるシンシアの手記に記されている。
  そのエピソードの全ては、ジョンから直接聞いたこと、もしくはシンシア本人が目撃したことという、かなり信憑性の高い物。
  残念ながら彼女は昨年4月に75歳で他界しているが、そんなシンシアが遺した著書の中から続けてみよう。

  ヒースロー空港に着くと、そこは大混乱の真っただ中。
  イギリス全土から何千人ものファンが詰めかけており、一般の乗客はその日のフライトをあきらめなければならないほどだった。
  金切声を上げたり、しゃくりあげたりしている女の子たちは「We Love the Beatles」と書かれた横断幕を掲げていた。
  出勤してきた警察官隊は、腕と腕を鎖のようにガッシリと組んでファンの大軍を押し留めた。
  ビートルズの御一行が記者会見のために空港で一番大きな部屋に通されると。
  記者の一人が、大広間の隅にいたシンシアを見つけ。
  「シンシアさん! ご主人のレノンさんとの2ショット撮らせていただけないでしょうか?」
  としつこく求めてきた。
  これに対して ジョンが承諾したのには少し驚いた。
  ジョンは息子のジュリアンやシンシアをマスコミの目に触れさせないように常に用心していたのであるが。
  この時ばかりは状況が状況だけに、はずみで承諾してしまったのかもしれない。
  もちろん、これ以上の騒動になっては大変だ、という気持ちも働いたのであろう。
  
  いずれにしても、全米1位が前代未聞であると同時に、その報道陣の数と規模も前代未聞であった。

99 :ジョン・キロックノン:2016/02/04(木) 12:56:14.39 ID:???0
  〜 The Beatles / Being For The Benefit Of Mr. Kite!
  ttps://www.youtube.com/watch?v=1-CMOMYdIlI

  〜 The Beatles / A Hard Day's Night
  ttps://www.youtube.com/watch?v=N2_A2XkXKfA

  (小林)いかがですか?

  Being For The Benefit Of Mr. Kite!
  これは「サージェント・ペパー(Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band)」の中の渋い曲ですよね。
  こういうような曲があるから、アルバムがすごい広がりを見せるんですが。
  
  そして A Hard Day's Night お馴染みの。
  リンゴの失言じゃないんだけど。
  リンゴは分かんなくて。
  「もう、すっげえ忙しい日の夜だねえ」っていう。
  「お前それ、英語になってないよ」っていうんで。
  「Hard Day's Night」ていうのが生まれたって言うエピソードがありますねえ。

100 :ジョン・キロックノン:2016/02/04(木) 13:01:34.38 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「1964年2月、ビートルズにとって初めてのアメリカ行きは、出かける前の空港ですでに前代未聞のことばかりでした。
  特に数百人のマスコミの数には圧倒されました。
  同行する私にまで詰め寄って来るんです。
  それはもう、恐怖そのものでしたねえ」
  この発言の主はシンシア・レノン。
  もちろん彼女はジョンの最初の妻であり息子ジュリアンの母親。
  こういったジョンに関するエピソードのほとんどはシンシアの手記に記されている。
  残念ながら彼女は昨年4月に75歳で他界している。
  そんなシンシアが遺した著書の中から、もう少し続けてみよう。

  「大勢のマスコミにによる大広間での記者会見が終わって数分後、今度は機内に案内された。
  ファンの叫び声が次第に大きくなる中で、メンバーの四人はタラップの一番上に立ち。
  ギュウギュウになった飛行場の見送りデッキに向かって手を振った。
  シンシアにとって、その時の出来事は、ただただ驚きでしかなかった。
  なんせこの時まで、それだけの規模のファンの大群なんて見たことなどなかったし。
  それ以前に、想像の域をはるかに上まわっていたのである。
  少し複雑な説明になるが、この光景を見て初めて、ジョンとビートルズの気持ちが判ったかのような気持ちにもなった。
  おそらく、ステージ上からの光景はもっとすごいに違いないからである。
  たしかに こんな大勢の前に立つと、心が湧きたち、すっかり陶酔に嵌ってしまうような、現実とは思えない感覚に陥るのである。
  いったいどうすればこれだけの大勢の人たちが、四人のためにとてつもない感情のうねりに身を任せ、ここまで深くのめり込むことができるのか。
  それだけは、理解の範囲外であった。

  ビートルズの四人のメンバー、それにシンシアと一緒に飛行機に乗り込んだのは。
  マネージャーのブライアン、ローディーのニール・アスピノールとマル・エヴァンスの3人。
  元々ローディは ニール1人であったのであるが。
  数ヶ月前から、仕事量が急激に増え、もう一人マルを雇った。
  巨漢のマルは人柄も良く、元々はキャバーンの用心棒だった男。
  頼りになるスタッフも増え、飛行機は一路ニューヨークに向って飛び立ったのである。

101 :ジョン・キロックノン:2016/02/04(木) 13:03:04.48 ID:???0
  〜 The Beatles / Twist and Shout
  ttps://www.youtube.com/watch?v=OKh5k2cTk7c

  〜 The Beatles / Roll Over Beethoven
  ttps://www.youtube.com/watch?v=e4-16zxVMw0

  (小林)ビートルズの初期のロックンロールのカバーですね。

  アイズリー・ブラザーズ(Isley Brothers)の・・・
  もともとアイズリーっていうことよりも、
  ビートルズの曲になっちゃってますよね、この名演は。
  Twist and Shout

  そしてこれは、チャック・ベリー(Chuck Berry)の・・・
  チャック・ベリーって、もう知らない人が相当増えてますけど。
  ロックの草分けの人ですよね。
  それのカバー Roll Over Beethoven

102 :ジョン・キロックノン:2016/02/05(金) 21:00:41.66 ID:???0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。

  (茅ヶ崎市/女性)
  この放送時間は、晩ご飯作りに忙しい時間帯なので、毎回録音して 後でゆっくり聴いています。
  いつもリスナーさんからのリクエストが幅広い音楽なので、とても楽しみです。
  先週、陽水さん・・・  (小林)あ、陽水がかかった時かな? 
  ディランが7、ジョンが3とおっしゃっていましたが。
  私もそんな気がしました。
                (小林)ああ、あの筑紫哲也のニュースの番組のテーマになっていた曲ですよね。
                    ディランぽかったもんね。
  そこで、ディランの曲の中で大好きなこの曲をリクエストします。
  
  (小林)
  [茅ヶ崎市/女性]さんのリクエストはボブ・ディランの I Want You

  〜 Bob Dylan / I Want You
  ttps://vimeo.com/128707624

  〜 The Beatles / Michelle
  ttps://www.youtube.com/watch?v=BKvee-w0uBc

  (鹿児島県志布志市/女性)
  私のビートルズの好きな 5本の指に入る「ミッシェル(Michelle)」をお願いします。
  ビートルズはどれも良い曲なので迷いましたが。
  ミッシェルは昔、福祉の専門学校へ通っていて。
  山の中にある老人ホームで介護実習をしていた時に、風の強い日で、雨が降っていて、嵐な日があって。
  老人ホームのカーテンがたなびいていて。
  なんかミッシェルの雰囲気に合ったのでリクエストしました。

  (小林)ていう。
  [鹿児島県志布志市/女性]さんありがとうございます。

103 :ジョン・キロックノン:2016/02/05(金) 21:01:30.83 ID:???0
  (東京都/女性)
  レノンの曲は・・・
  先月ラジオの公開録音に行った時、抽選会で当たった「レノン」という舞台に行きました。
  レノンの曲は何度も聴いているし、時には歌っているけど。
  改めて字幕で日本語の歌詞で読んでいると、いつもと違った感覚になった。
  実際、泣いている人もいた。
  初日はレノンの命日で、かつての追悼の時の写真と献花台もあり。
  たくさんの人が お花を手向けていらした。
  ニューヨークで撃たれてから、もう35年も経つそうだ。
  ジョン・レノンが歌った「イマジン(Imagine)」の世界は まだまだのような気がするが。
  こんな時代だからこそ 一人一人が「イマジン」しなくては。
  
  (小林)という [東京都/女性]さんのリクエスト。
 
  〜 John Lennon / Imagine
  ttps://www.youtube.com/watch?v=RwUGSYDKUxU

104 :ジョン・キロックノン:2016/02/05(金) 21:02:34.60 ID:???0
  〜 John Lennon / Be My Baby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=V-6qGqFtHeY

  (小林)いかがですか? ねえw
  これは初めて聴かれた方が多いと思いますが。
  ロネッツ(The Ronettes)の Be My Baby をジョン・レノンがカバーしていました。
  アルバムは ほんとうはジョン・レノンの「Rock 'N Roll」のソロアルバムに入る予定だったんですけれども。
  あれは、そうですよね、このロネッツを作詞した、作詞作曲したプロデューサーのロニー・スペクターと一緒にやったわけですけれど。
  なぜか、入らなかったバージョンですよね。
  これを、リクエストありました。  
  
  (龍ヶ崎市/男性)
  去年のクリスマスの夜に、ジョン・レノンのコンサートを見に行った夢を見ました。
  その中で、ジョンが「僕と一緒にステージで歌ってくれる人はいないかい?」と訊いてきて。
  僕は手を上げて、見事に指名されました。
  その時に歌ったのがジョン・レノンの「Be My Baby」 (小林)w これ、似合ってるね、その夢にw
  歌い終わったと同時に、夢が覚めました。      (小林)ていう
  素敵なクリスマスのプレゼントをもらった気分で嬉しかった。

  (小林)ていう
  [龍ヶ崎市/男性]さん、どうもリクエストありがとう。

105 :ジョン・キロックノン:2016/02/05(金) 21:03:55.20 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがでしたか?

  リクエストの時に、僕は「ロニー・スペクター」と言ってしまいましたけれども。
  ロニー・スペクター(Ronnie Spector)、歌ってたのがロニー・スペクターで。
  フィル・スペクター(Phil Spector)が正解で。 
  フィル・スペクターの嫁がロニー・スペクター。ね。

  フィル・スペクターとジョン・レノンが「Rock 'N Roll」のアルバムを一緒に作ってて。
  何かあったんですよね。
  フィル・スペクターがマザーテープを持ってトンズラしちゃった、ていう話しがあるんですけど。
  なんかその、権利で揉めてるのか、あれはアルバムに入らなかった。
  けど、ほかの形で発表されましたからね。
  でもあれは、なんかレノンらしかったですよね。

  リクエスト、まあうるさい人から、それから初心者の方から。
  全部、大歓迎ですからね。
  採用の方にはイシイのミートボールなどをセットにしてお送りしています。
  beatles@bayfm.co.jp
  こちらで待っております。
 
  さあ、話しの方は・・・
  ビートルズはまだ、1位になった事は知ってるんだけど。
  アメリカ、どんな状態になってるか 知らないわけですね。
  それが、来週です。
  お楽しみに。
  小林克也でした。

106 :ホワイトアルバムさん:2016/02/06(土) 21:30:04.73 ID:???0
いつもありがとうございます

107 :ジョン・キロックノン:2016/02/08(月) 18:49:40.91 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年2月7日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(2月7日)
 ・1969年。今から47年前の今日。
  リンゴ・スターが映画「キャンディ(CANDY)」のプレミア、これに参加した。
  
  リンゴが映画好いちゃうわけですよ。
  それで、ちょっと考えてみてください。
  四人がアイドルとして、ドカーンと出て来るわけですよね。
  で、アメリカで最初に人気があったのはリンゴ・スターなんです
  で、それぞれ顔を思い浮かべるとね、リンゴ・スターは表情が少ないんですよ。
  ポール・マッカートニーみたいな感じじゃない。
  表情が、なんていうんですかね、どちらかというと、基本的に 映画のコメディアンの表情をしているんですよ。
  だから、リンゴ・スターは顔を作らなくても、ファンが騒ぐんですよね。
  それで、アメリカなんかでは女の子に一番人気があったのはリンゴ・スターじゃないですか。
  映画界が 目を付けるわけです。
  「リンゴは ひょっとして、この人は役者として良いんじゃないか?」ということで。
  1968年「キャンディ」という映画に出ます。
  これの試写会が 47年前の今日だった。
  
  この映画はですね、やっぱり映画会社から力が入ってるんだと思いますよ。
  マーロンブランド(Marlon Brando)でしょ。
  この当時は 世界一ですよね。
  あと、ジェームス・コバーン(James Coburn)
  それから、シャルル・アズナブール(Charles Aznavour)
  この人も歌手なんだけど、演技がすごい評価されていた。ねえ。

  で、リンゴ・スターは。
  そのあとは、ピーター・セラーズ(Peter Sellars)
  これも、有名なコメディアンですよ。
  ダブル主役で「マジック・クリスチャン(The Magic Christian)」に出ます。1968年。69年。

  そして、まあちょっと、ハリウッドの評価はね、リンゴ・スターは人気者だからいいんだけど。
  「セリフがどうかな?」「ちょっと難があるなあ」とか思ったんでしょうかね。
  セリフが無い。どうしてかというと、石器時代が舞台だから、じゃベる必要が無いわけですね。
  「Caveman(ケイブマン)」ていう、「おかしなおかしな石器人」という、これにリンゴ・スター 出ます。
  まあ、いちおうの興行成績はあったみたいですね。
  で、共演した女優のバーバラ・バック(Barbara Bach)と結婚することになるという。

108 :ジョン・キロックノン:2016/02/08(月) 18:51:02.70 ID:???0
  リンゴ・スターは他の3人に比べて、やっぱり映画界が注目して役者としてちょっと成功した、っていうところでしょうかね。
  で、面白いことに それを暗示するような歌があります。
  カントリーの、バック・オーエンス(Buck Owens)という人のヒットなんですけども。
  その歌詞はですね。
  「みんな、ハリウッドがおいらの映画を作ろうとしてるんだよ。
  まあ、俺は地で行きゃあいいんだよ、地で行きゃあ」みたいな内容です。
  それが「HELP!」の中に入ってるんで聴いてみましよう。
  ビートルズで Act Naturally

  〜 The Beatles / Act Naturally
  ttps://www.youtube.com/watch?v=FeLLS1q7j8w

  (小林)リンゴ・スターの Act Naturally

  まあこれは「地で行こう」っていう「行きゃあいいんだ」ていう意味だと思いますけど。
  まあこれは失恋の歌ですよね。本当のことを言うとね。
  失恋して、
  「だから、映画を作るんだ」
  「その役っていうのは 悲しくて寂しい男の物語りさ」
  「だから、おれはそのまま演ればいいんだ」って。
  「大馬鹿者の役です」
  ていうようなことを言って。
  「アカデミー賞取るかもよ」
  なんてことは、楽しい歌ですよw、だけど。
  Act Naturally

109 :ジョン・キロックノン:2016/02/10(水) 20:02:25.88 ID:cGuRrr1K0
□ストーリー
 ・「ビートルズの初めてのアメリカツアーに、ジョンが私も連れて行ってくれることになったんです。
  それはそれで嬉しかったんですが・・・。
  出発してから、もうビックリする事だらけでした」
  この発言の主はシンシア・レノン。
  もちろん彼女はジョンの最初の妻であり息子ジュリアンの母親。
  こういったジョンに関するエピソードのほとんどはシンシアの手記に記されている。
  残念ながら彼女は昨年4月75歳で他界している。
  そんなシンシアが遺した著書の中から、もう少し続けてみよう。

  1964年2月7日金曜日。
  この日ロンドンのヒースロー空港に集まったファンの数、数千人。
  シンシアにとって、その時の出来事は、ただただ驚きでしかなかった。
  なんせこの時まで、それだけの規模のファンの大群なんて見たことなどなかったし。
  それ以前に、想像の域をはるかに上まわっていたのである。
  少し複雑な説明になるが、この光景を見て初めて、ジョンとビートルズの気持ちが判ったような気がした。
  おそらく、ステージ上からの光景はもっとすごいに違いないからである。
  たしかに、こんな大勢の前に立つと、心が湧きたち、すっかり陶酔に嵌(ひた)ってしまうような、現実とは思えない感覚に陥るのである。

  ビートルズの四人のメンバー、それにシンシアと一緒に飛行機に乗り込んだのは。
  マネージャーのブライアン、ローディーのニール・アスピノールと マル・エヴァンスの3人。
  元々ローディは ニール1人だったのであるが。
  数ヶ月前から、仕事量が急激に増え、もう1人マルを雇った。
  巨漢のマルは人柄も良く、元々はキャバーンの用心棒だった男。
  メンバーとも顔見知りであり、スタッフを増やすとなると もうマルしかなかった。
  機材を運んだり、楽器のセッティングをしたり、それを片付けたり、という作業は このマルが一手に引き受けた。
  一方、ニールは メンバーの移動や食事の調達などなど、細かなプライベートな世話係をしていた。
  とまあ、一応の役割分担はそうであったが、実際には二人とも必要であれば、ありとあらゆることをこなした。
  メンバーが無事に飛行機に乗るのを見届けたり、メンバーが何か食べたくなった時に、どこからかサンドイッチを手配したり。
  こうして、頼りになるスタッフも増え、飛行機は一路ニューヨークに向って飛び立ったのである。

110 :ジョン・キロックノン:2016/02/10(水) 20:03:03.13 ID:???0
  〜 The Beatles / Back in the U. S. S. R.

  〜 The Beatles / Revolution
  ttps://www.youtube.com/watch?v=DlP15po1QZ0

  (小林)1968年の有名な2曲が続きました。

   Back in the U. S. S. R.
  これは「ホワイトアルバム(The BEATLES)」に入ってるね。
  まあ、ちょっと架空の「ソ連に帰った」w っていう歌ですね。
  
  Revolution
  「ええ? 世界を変える?憲法変える?おお、ちょっと待ってくれよ。
  俺はちょっと、ちょっといいんだよ」wっていうw。
  ジョン・レノンらしい、その態度を現わした、Revolution という曲。
  
  2曲。

111 :ジョン・キロックノン:2016/02/10(水) 20:03:58.25 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・20世紀最大の、いやロック史上、もっと言うなら、この地球上における音楽史上最大のアーティストと評価されるビートルズ。
  この四人の若者達のサクセスストーリーを描いた書物は 星の数ほどあるが。
  その中でも、最も信頼姓が高くリアルに描かれていると評されているのが、ジョン・レノンの最初の妻であるシンシア・レノンが書いた手記。
  そのエピソードは全て、ジョンから直接聞いたこと、もしくはシンシア本人が目撃したこと、という。
  ウソ偽り捏造は皆無という 素晴らしいものである。
  残念ながら、彼女は昨年4月に75歳で他界しているが、そんなシンシアが遺した著書の中から続けてみよう。

  1964年2月7日金曜日。
  数百人のマスコミと、数千人のファンを後に。
  初めて大西洋を渡るビートルズを乗せた飛行機が、ロンドンのヒースロー空港から飛び立った。
  「よかった。これでしばらくは ゆっくりできる」とシンシアが思ったのも束の間。
  なんと、ふたを開けてみたら、その飛行機の中には、ジャーナリストやカメラマンも大勢乗っていたのである。
  そのジャーナリストの中には、ビートルズの地元の新聞「リバプール・エコー」の報道チームもいた。
  機内がまるでパーティのようだった。
  ここではシャンパンが振る舞われ。
  アメリカに近づくに連れて 興奮と期待でますます胸が高鳴った。

  同時にビートルズのメンバーは「緊張のあまり 気分が悪くなった」と白状した。
  離陸直前の記者会見では、いつものとおりおどけて見せてはいたのだが。
  実際には、初めての渡米ということで、胸がいっぱいだったのである。
  目の前にあるのは、念願のビッグチャンス。
  もしアメリカで上手く行けば、想像も及ばないような、今までより遥かに大きな成功を手にすることができるのだ。
  「もしアメリカで、誰も僕らを好きになってくれなかったら、いつでも回れ右をしてイギリスに帰ってくればいいや」
  ジョンはいつも、そう嘯(うそぶ)いて見せた。
  しかし、それは実際は、繊細でビビリ体質のジョンの本性を現わしていたのかもしれない。

112 :ジョン・キロックノン:2016/02/10(水) 20:04:33.79 ID:???0
  〜 John Lennon / Instant Karma!
  ttps://www.youtube.com/watch?v=vEjUQ15lyzk

  〜 The Beatles / Tomorrow Never Knows
  ttps://www.youtube.com/watch?v=Ah2ckzXgrx4

  (小林)いや、ジョンらしいサウンドが2曲続きましたね。

  最初は、もうビートルズが解散してからの、ジョンのソロというかプラスティック・オノ・バンド名義で Instant Karma
  これは、音はフィル・スペクター(Phil Spector)
  もちろんジョン・レノンと、プロデューサーですけどね、ジョンたちとコラボして、作り上げていて。

  実はそういったものは、もうビートルズの中期にあった。
  「Revolver」の中から Tomorrow Never Knows
  これは歌詞も、なんかねえ、独特の世界を もう現わしていましたね。
  これが1966年。来日の年です。

  2曲続きました。

113 :ジョン・キロックノン:2016/02/10(水) 20:05:07.05 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「もしアメリカで、誰も僕らを好きになってくれなかったら、いつでも回れ右してイギリスに帰ってくればいいや」
  この発言の主は、あのビートルズのリーダージョン・レノン。
  超辛口のロックンローラーという世間のイメージとは裏腹に、実はこういう発言も多かったという。
  その心は、実は繊細で、ビビリ体質のジョン・レノンの本性を現わしていたのかもしれない。
  こういったジョンに関するエピソードのほとんどは、そのジョンの最初の妻シンシアの手記に記されている。
  そんなシンシアが遺した著書の中からもう少し続けてみよう。

  ビートルズの四人と、ジョンの奥さんシンシア、そしてマネージャーのブライアン。
  ローディのニールとマルを乗せた飛行機は、ロンドン・ヒースロー空港を飛び立ち。
  そのおよそ8時間後、ニューヨークはジョンFケネディ空港に到着した。
  すると次の瞬間、「おい! あれを見ろよ!」思わずジョンがそう叫んだ。
  信じられない、驚くべき光景が、目に飛び込んで来たのである。
  何とそこには、1万人を超えるアメリカのティーンエイジャーが、一斉に「We love You Beatles」「OH Yes、We Fool」
  「ビートルズ、大好き」「そう、大好きよ!」と歌っているのである。
  これには一同 あっけに取られててしまった。
  ロンドン空港に朝早くから集まったイギリスのファン数千人をはるかに超えるアメリカのファン。
  ここも一面がビートルマニアに乗っ取られてしまったのである。
  ただしアメリカでは、その人数からいっても、けたたましさからいっても、熱狂の度合いからいっても、規模が格段に大きい。

  冷静沈着なのはマネージャーのブライアン・エプスタインだけ。
  顔色ひとつ変えていない。
  「さあ、みんな、ニューヨークに着いたぞ。お疲れ様だったね。
  そしたらニール、荷物のチェックよろしく。
  マルは楽器とパスポート、それと入国書類、大丈夫か?
  メンバーのサポートも頼むぞ。
  アメリカのファンは手強いからな。
  それじゃ、みんな、足元に気を付けて。降りるぞ」
  薄気味悪いくらい冷静なブライアンであった。

114 :ジョン・キロックノン:2016/02/10(水) 20:05:44.81 ID:???0
  〜 The Beatles / Money
  ttps://www.youtube.com/watch?v=Ilnz6hyk3oU

  (小林) Money、これはカバーだったのは ご存知ですか?
  バレット・ストロング(Barrett Strong)ていう人のね。
  モータウンのヒットです。
  1950年代、59年ですね。
  「With The Beatles」のアルバムに、63年、入っていました。
  Money

115 :ジョン・キロックノン:2016/02/13(土) 21:35:46.50 ID:PAfSVb+60
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。

  (市川市/女性)
  長い間、闘病期間の末、いま旅立ってしまった、デヴィッド・ボウイ(David Bowie)
  世界中のたくさんのミュージシャンやファンたちに影響を与えた永遠のヒーローとして、私たちの心に残ることでしょう。
  
  (小林)デヴィッド・ボウイのねえ、リクエストがいっぱい来てるんですが。
  そのうち、一つ。
  もう一人。

  (成田市/女性)
  「戦場のメリークリスマス」にも出演されていた、ハンサムで素敵なデヴィッド・ボウイ。
  ご冥福をお祈りします。
  
   (小林)
  女性2人のリクエストに応えましょう。
  80年代のデヴィッド・ボウイです。
   Let's Dance

  〜 David Bowie / Let's Dance
  ttps://www.youtube.com/watch?v=N4d7Wp9kKjA

  (小林)リクエストに応えて。
  デヴィッド・ボウイの Let's Dance が流れました。

116 :ジョン・キロックノン:2016/02/13(土) 21:37:38.65 ID:???0
  これは、あれですよね、デヴィッド・ボウイが、レコード会社の契約を更新して。
  そして、まあ「ちょっと、違ったことを俺やってみよう」っていうふうに決心するわけですよ。
  ふと、閃(ひらめ)くわけですよ。
  で、ナイル・ロジャース(Nile Rodgers)という、最近になってまた活躍している、シック(Chic)のギタリスト。
  彼をプロデューサーに頼んで。
  で、デヴィッド・ボウイはシックのニューヨークのマンションに行って。
  「実はナイル・ロジャース、こんなことをやりたいんだ」って言って、写真を見せるわけですよ。
  その写真は、実は、ビートルズはポール・マッカートニーが大好きで、モノマネなんかやってたような、リトル・リチャード(Little Richard )
  この リトル・リチャードはバイセクシュアルな人で、もう メイクなんかがすごかったでしょう?
  で、このリトル・リチャードが、その写真には、赤のスーツの上下を着て。
  そして、真っ赤なキャデラックに乗ろうとしている写真なんだって。
  ナイル・ロジャースに「俺は これをやりたいんだよ」つってw。
  ナイル・ロジャースは「もう、すべて分かった」みたいな感じだったらしいですよ。
  なにしろ、デヴィッド・ボウイは「ヤングアメリカン(Young Americans)」では、ファンクミュージックをやって。
  この、プログレッシブファンクは、アメリカの黒人に逆に影響を与えたりした音楽ですからね。
  ええ、その結果が Let's Dance

  でもこれがもう、アルバムなんか一千万枚を軽く超えちゃって、売れすぎちゃって。
  もう、みんなの、デヴィッド・ボウイのイメージが出来ちゃって。
  そのあと、いろんな冒険がやりににくくってしょうがなかった。
  「これは障害になった」みたいなことも言っています。

  なお後半は、スティービー・レイ・ボーン((Stevie Ray Vaughan)のギターが入っていました。
  あれはもう、レイ・ボーンが言うには「俺の事をデヴィッド・ボウイは よーく知っていて、とにかくスタジオへ入って、テイクワンでOK!」
  「でも、念のため、っていうんで、もう2テイク録ったんだ」みたいなことを言っていたそうです。 

117 :ジョン・キロックノン:2016/02/13(土) 21:40:28.60 ID:???0
  (鴨川市/男性)
   今、振り返ってみてボウイは闘病に鞭打って、死の直前まで音楽活動していただなんて、訃報が伝わるまで全く知りませんでした。
  新作アルバム「Blackstar」をリリース、それを見届け、むしろボウイらしい人生を全うしたのではないかと思います。
  改めまして 心より冥福を。  

  (小林)というのは[鴨川市/男性]さん。
  この「Blackstar」の中に、ラザレスっていう、これはキリストに関係する人物なんですが。
  これのビデオが、見ることが出来るんですけど。
  あれを見ると、やっぱこれは、デヴィッド・ボウイの遺書だと。
  置手紙だ、というのはよく分かりますね。
  プロデューサーは「デヴィッド・ボウイのエピタフだ」「墓に刻んだ文字だ」と言っています。

  で、彼のインタビューを聞くと
  「デヴィッド・ボウイは、まだまだ人を驚かせようとしていて、Blackstar のアルバムの後のアルバムを作っていたんだ」って。
  で、5曲はデモが残っている。5曲。
  ねえ、これは おそらく「Free As a Bird」みたいに・・・
  ジョン・レノンのカセットが見つかって、それにみんな被せたりしたじゃないですか。ねえ。
  それを、改めて出したでしょう?
  あんなふうに、また、デヴィッド・ボウイのアルバムは、死後、必ず出ると思います。
  
  じゃあ[鴨川市/男性]さん、あなたのリクエスト。いい曲リクエストくれましたねえ。
  月に人が一歩を印す、そのちょうど前に、ちょっと前に、デビッド・ボウイが・・・
  これはまあ、事実上のデビュー曲ですね。
  Space Oddity

  〜 David Bowie / Space Oddity
  ttps://www.youtube.com/watch?v=D67kmFzSh_o

  (小林)Space Oddity
  これは、「メイジャー・トム」という「トム少佐」が主人公ですが。
  デヴィッド・ボウイはインタビューで
  「例えば、トム少佐とか架空の人物であっても、それは例えばイギーポップのような他人であってもいいんだけど。
  自分に向かって、自分のことを歌にすると、ものすごく難しいけど、人の歌を作るのは、とても簡単に出来るんだ」
  ていうふうなことを言っています。
  だから、デヴィッド・ボウイが人格を変えたり、いろいろ出す作品ごとに人間が変わったりするのは。
  やっぱり、そういうことなんですよね。
  人のことを作る。これ 気持ちはよく分かると思わないですか?
  自分の物を作るというのは、とても難しいっていう。

118 :ジョン・キロックノン:2016/02/13(土) 21:41:13.08 ID:???0
  (市原市/男性)
  ジョン・レノンと親友で、ジョンと共作で「Fame」という作品もありますが。
  ビートルズのメンバーとデヴィッド・ボウイの関係のエピソードをぜひ。
  
  (小林)ということで。
  次の曲を聴きながら。
  これが最後の曲になるんですけど。
  やっぱ、ジョンの曲をカバーしています。
  デヴィッド・ボウイの Across The Universe

  〜 David Bowie / Across The Universe
  ttps://www.youtube.com/watch?v=DvfHO8-w6CY

119 :ジョン・キロックノン:2016/02/13(土) 21:42:53.75 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがでしたでしょうか?

  デヴィッド・ボウイが亡くなって。
  また、イーグルス(Eagles)の グレン・フライ(Glenn Frey)も亡くなって。
  追悼のメッセージがたくさん来ておりましたけれども。
  来週も ひとつ、リクエストよろしくお願いします。
  採用の方にはイシイのミートボールなどをセットにしてお送りしています。  
  メールは
  beatles@bayfm.co.jp
  というわけです。

  初めてニューヨークに上陸したビートルズ。
  来週からの話しもお楽しみに。

120 :ジョン・キロックノン:2016/02/15(月) 17:41:34.49 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年2月14日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(2月14日)
 ・1967年、49年前の今日。
  この日は、あれですね、日が暮れてからだねw、仕事はw。
  例のスタジオ2で、「Only a Northern Song(オンリー・ア・ノーザン・ソング)」のいろいろ・・・
  「ピンポン」て言ったりするんですけども。
  こっちのテープから、こっちへ移し替えたり。
  それから、ダビング、オーバーダブをやったり、とか。
  リミックスをやったりする作業が行われていました。

  この「Only a Northern Song」というのは、ジョージ・ハリスンの得意な分野。
  ジョージ・ハリスンの、あの「リボルバー(Revolver)」のオープニングは「Taxman」でしたね。
  ジョージ・ハリスン、何を書くのかと思ったら、まあその「税務署、お金の取りすぎだよ」っていう曲でしょう? ねえw。
  それを 見事に歌にしてるわけですよ。
  こういうの、ジョージ・ハリスン 得意だったんです。

  この「オンリー・ア・ノーザン・ソング」というのは、まあノーザンというと、リバプールも北ですから。
  「オンリー・ア・ノーザン・ソング」というと、リバプール発の歌はみんなノーザンソングなんですが。  
  何かというと、ジョン・レノンとポール・マッカートニーの楽曲を管理する音楽出版会社=ノーザンソングス。
  これは、会社の名前なんです。
  ブライアン・エプスタインとディック・ジェームスが共同出資して作って。
  ポールやジョンは、この会社の株主。
  ジョージは「契約のソングライター」だったわけです。
  「まあ、どんなコードを弾こうが、結局は 北国の歌か?ノーザンソングか?」
  ちょっと皮肉が込められてるわけですが。
  まあ、面白いことに、ジョージ・ハリスンも作詞作曲家として、とても才能があって認められるようになるんですが。
  その時は、ハリソン(Harrison)とソング(Song)を引っかけて、ハリソングス(Harrisongs)っていう会社を設立しております。

121 :ジョン・キロックノン:2016/02/15(月) 17:43:15.22 ID:???0
  さあ、それでは。
  これは「Only a Northern Song」というのはいろいろなテイクがあるわけですけど。
  えーと、そうですね、「アンソロジー(Anthology)3」に入ってるやつ。
  これ、いろんな楽器とか効果音がダビングされる前の、シンプルなバージョンなんで。
  その裸の姿を、聴くことが出来るんじゃないかと思います。  
  それじゃあ、その「アンソロジー」バージョンで
  ビートルズの Only a Northern Song

  〜 The Beatles / Only a Northern Song
  ttps://www.youtube.com/watch?v=jfy19dSwmqI

  (小林)ねえ、面白いですよねえ。
  これ新鮮でしょう?。かえってね。
  歌詞なんかもね、ちょっと辛辣な。
  ちょっと こう、なんてんですかねえ、あの・・・
  最後なんかは特に「少し 外れてるけどなあ」wなんていうw。
  「自分が歌っているから」w みたいなw。
  自虐的なところもあったりして。
  独特な世界、やっぱりこれにも一つのビートルズの世界をうかがうことができますね。
  ビートルズの、 Only a Northern Song

  これは「アンソロジー(Anthology)2」に収録されていました。

122 :ホワイトアルバムさん:2016/02/15(月) 18:01:48.52 ID:???0
結局3と2、どっちに収録やねん

123 :ジョン・キロックノン:2016/02/18(木) 13:32:31.98 ID:???0
□ストーリー
 ・「おい! あれを見ろよ!」思わずジョンが叫んだ。
  信じられない、驚くべき光景が、目に飛び込んで来た。
  何とそこには、1万人を超えるアメリカのティーンエイジャーが一斉に「We love You Beatles」「OH Yes!、We Love」
  「ビートルズ、大好き」「そう、大好きよ!」と歌っているのである。
  これには一同 あっけに取られてしまった。
  ロンドン空港に朝早くから集まったイギリスのファン数千人をはるかに超えるアメリカのファン。
  ここも、一面がビートルマニアに乗っ取られてしまったのである。
  ただしアメリカでは、その人数からいっても、けたたましさからいっても、熱狂の度合いからいっても、規模が格段に大きい。

  冷静沈着なのはマネージャーのブライアン・エプスタインだけ。
  顔色ひとつ変えていない。
  「さあ、みんな、ニューヨークに着いたぞ。お疲れ様だったね。
  そしたらニール、荷物のチェックよろしく。
  マックは楽器とパスポート、それと入国書類、大丈夫か?
  メンバーのサポートも頼むぞ。
  アメリカのファンは手強いからな。
  それじゃ、みんな、足元に気を付けて。降りるぞ」
  薄気味悪いくらい冷静なブライアンであった。

  こういった史実の全てはジョンの最初の妻シンシア・レノが遺した手記に記されている。
  今週もロック歴史上の最重要アーカイブとも言えるこの名著からお届けしよう。

  ロンドン・ヒースロー空港発、ニューヨーク・ジョンFケネディ空港行き、パンナム101便の重い扉が開くと、歓声や絶叫が耳をつんざいた。
  ビートルズは、まだアメリカの地に足を降ろしていない。
  それなのに、もうビートルズはアメリカの女の子たちのハートをすっかり奪ってしまていたのだ。
  空港の建物の中では、追い立てられるようにして、大勢のジャーナリストやテレビの撮影隊が待ち構えているラウンジに向かった。
  そこでは、四人にとって それまでで最大規模の記者会見が行われることになっていた。
  会見場があまりにも騒々しく「みなさん! お静かに!」とジョンが皆に向かって怒鳴らなければならないほどの始末。
  会場が静まると、こんどは山のような質問が矢継ぎ早に飛び込んでくる。
  そこはまさに修羅場と化していたのである。

124 :ジョン・キロックノン:2016/02/18(木) 13:33:19.31 ID:???0
  〜 The Beatles / Everybody's Got Something to Hide Except Me and My Monkey
  ttps://www.youtube.com/watch?v=MxFQrBKk6gE
 
  〜 The Beatles / Hey Bulldog
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6j7iXLUtigY

  (小林)2曲 続きました。
  1968年の「ホワイトアルバム(The BEATLES)」
  Everybody's Got Something to Hide Except Me and My Monkey ていう。
  これは、そうですね「ホワイトアルバム」

  それから、Hey Bulldog
  これは「イエローサブマリン(Yellow Submarine)」のサントラ。
  まあ、これはサントラの形ですけれども。
  その中の曲であります。

125 :ジョン・キロックノン:2016/02/18(木) 13:36:26.91 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「みなさん。お静かに! お静かに!
  僕らがビートルズです。正真正銘のビートルズです!。
  このままではインタビューが受けられません!
  とにかくお静かに。お静かにお願いします」
  これは1964年2月7日金曜日午後1時。
  初めて大西洋を渡ったビートルズが、ニューヨークJFK空港で待ち構えていたマスコミによるインタビューの会場。
  あまりの騒ぎに、注意をうながしているのは、リーダーであるジョン・レノン。
  
  こういったビートルズに関するエピソードのほとんどは、ジョン・レノンの最初の妻であるシンシアの手記に記されている。
  そのエピソードの全ては、ジョンから直接聞いたこと、もしくはシンシア本人が目撃したことという、かなり信憑性の高い物。
  昨年4月に75歳で他界したシンシアが遺した著書の中から続けてみよう。

  ロンドンでの大騒ぎ、そしてそれを遥かに圧倒するニューヨークでの異常事態。
  いくらフライトが快適だったとはいえ、ビートルズは疲れ果てていた。
  しかし、そこは初めてのアメリカ合衆国での仕事。
  「このチャンスを逃してはいけない」と、四人は笑顔でインタビューに臨んだ。  
  全員、いつものウィットに富んだ受け応えで、会場を爆笑の渦に巻き込んだ。
  
  「アメリカでの抱負を 聞かせてください」
  「ああ、アメリカに来ることだな」
  「なにか 持って帰りたいものは?」
  「ロックフェラー・センターです」
  「ベートーベンはどう思われますか?」
  「大好きですよ。特に歌詞がいいよなあ」
  最後の答えはリンゴである。

  記者会見後ビートルズ御一行は、車までエスコートされた。
  まるで船のようにゆったりとした豪華なキャデラックで、ニューヨークの街に乗り出した。
  宿泊先は 憧れの あの プラザホテル。
  ジョンとシンシアが初めてのニューヨークの街並を車から眺めて楽しんでいる間、ラジオはビートルズのニュースばかり。
  さあ、いよいよロックの大国アメリカの地を踏んだビートルズであった。

126 :ジョン・キロックノン:2016/02/18(木) 13:37:04.53 ID:???0
  〜 The Beatles / Long Tall Sally
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6ibeqQA2_Yw

  〜 The Beatles / Words of Love
  ttps://www.youtube.com/watch?v=Ay8y8MctiOw

  (小林)初期の作品。
  Long Tall Sally
  これはもちろん カバー。
  リトル・リチャード(Little Richard)のカバー。
  64年ですね。
 
  それから、同じ年の「ビートルズフォーセール(Beatles For Sale)」の中から。
  バディ・ホリー(Buddy Holly)の曲のカバーです。
  Words of Love

127 :ジョン・キロックノン:2016/02/18(木) 13:38:51.92 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ニューヨークのJFK空港での歓迎インタビューが終わると、私たちは車でエスコートされ。
  まるで船のようにゆったりとしていて、超豪華なキャデラックに乗せられました。
  マンハッタンの街並は まるで映画かプラネタリウムみたいに輝いていましたね。
  そして宿泊先は、あの憧れのプラザホテル。
  その、あまりの豪華さに、夢と現実の区別がつかなくなるほどでした」 
  この発言の主はシンシア・レノン。
  もちろん彼女はジョンの最初の妻であり息子ジュリアンの母親。
  こういったジョンに関するエピソードのほとんどはシンシアの手記に記されている。
  残念ながら彼女は昨年4月に75歳で他界している。
  そんなシンシアが遺した著書の中から、もう少し続けてみよう。

  ニューヨークのラジオは、ひっきりなしにビートルズ訪米に関する速報ニュースを流していた。
  それはまるで外国の国王か総理大臣がニューヨークに着いた、とか、そういった類(たぐい)の報道に匹敵するくらいの回数であった。
  その熱狂の渦は、ホテル周辺の通りにまでなだれ込んで来ていて。
  ティーンエイジャーの女の子たちが歌ったり、金切声を上げたりしながら、ビートルズを待ち焦がれていた。
  ファンの女の子たちは、揃って「ボビーソックス」と呼ばれる流行りの短いソックスを履いて。
  ビートルズ鬘(カツラ)や、横断幕や、写真やTシャツなど、ありとあらゆる物を振っている。
  ジョンとシンシアが乗ったキャデラックが、ホテルのエントランスに向かって ゆっくり近づいている間。
  スクラムを組んだ警官隊が、力を込めるあまり真っ赤な顔で若い群衆を押し留めていた。
  そうやって、それまで見たこともないくらい熱狂し、強烈に興奮したファンの波をくぐり抜けると。
  そこはニューヨークでの超有名な、あのプラザホテルであった。
  そのエントランスに一歩足を踏み入れただけで・・・

  と、この続きは 来週に持ち越すことにしよう。
  乞うご期待。

128 :ジョン・キロックノン:2016/02/18(木) 13:39:31.18 ID:???0
  〜 The Beatles / Tell Me Why
  ttps://www.youtube.com/watch?v=MFhQpZogTwM

  〜 The Beatles / Ticket To Ride
  ttps://www.youtube.com/watch?v=pUj-ko3AWUw

  (小林)2曲。

  1964年の「「A Hard Day's Night」から Tell Me Why

  そして、これは「HELP!」ですね。65年。
  Ticket To Ride

129 :ジョン・キロックノン:2016/02/20(土) 21:22:23.04 ID:???0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。

  (船橋市/女性)
  ナタリー・コール(Natalie Cole)さんの訃報がありましたよね。
  偉大なパパと同じシンガーとして、パパはナット・キン・コール(Nat King Cole)
  いろいろプレッシャーもあったでしょうね。
  でも、伸びやかな歌声はお家芸ですよね。  (小林)お家芸っていうのはw 
                          その家族にもう遺伝子として入ってるってことですかねえ。
  蕾(つぼみ)だった白梅が咲き始めました。
                       
  (小林)[船橋市/女性]さんはあれだね、曲をかける前の雰囲気をポッと投げかけてくれるね。
  蕾だった白梅が咲き始めました。
  ナタリー・コールの Smile 

  〜 Natalie Cole / Smile
  ttps://www.youtube.com/watch?v=iPLbG1-jRl4

130 :ジョン・キロックノン:2016/02/20(土) 21:25:25.35 ID:???0
  〜 George Harrison / I've Got My Mind Set On You
  ttps://www.youtube.com/watch?v=ItNsvINsm-4

  (小林)ジョージ・ハリスンのヒット曲。
  I've Got My Mind Set On You という。
  「君に狙いを定めたぞお」wって。
  「でも、お金がかかるんだよなあ」とか。
  「でも、時間がかかるんだよな」
  歌詞がもう、まるであれで。
  昔は「バブルガム」と言った。
  もう、中学生高校生のような、ためのような曲ですよね。
 
  (松戸市/男性)
  だいぶ前の放送ですが、ジョージ・ハリスンの「All Things Must Pass」がかかりました。
  これはLP3枚組の超大作と聞いて、改めて驚きました。
  ビートルズ解散後のジョージは、創作意欲にあふれていたようです。
  その後ジョージは、アルバム作成、コンサートの活動を続けますが。
  病気により創作が一時休止となり、レコード会社の移籍など不遇な一時期となったようです。
  そんな私でも覚えているのは、87年から88年にかけて大ヒットした「Cloud Nine」
  今までのジョージとは違って、明るくアップテンポな曲が多く、久々のヒットとなりました。
  ファンは彼の復活を喜んだと思います。
 
  (小林)これはあれだよね。
  有名な話しは・・・
  ちょっと、「もう、どんな曲にしようかなあ」なんて悩んでいた時に。
  息子のダーニ(Dhani)が、まだ10歳以下だったんだよ、ダーニが。  
  で、「お父さん、I've Got My Mind Set On You ていう曲を やってくれないかなあ?」っていうんで。
  「よーし、わかったよォ」って、お父さんとしてね、ELOのジェフ・リン(Jeff Lynne)たちとこの曲を平らげた、というわけですね。

131 :ジョン・キロックノン:2016/02/20(土) 21:28:30.11 ID:???0
  (熊本市/男性)
  物語りも、いよいよビートルズが全米1位を獲得まで行ってますが。
  先日、デヴィッド・ボウイ(David Bowie)の急逝にショックを受けていました。
  今日、イーグルス(Eagles)のグレン・フライ(Glenn Frey)の訃報です。
  大きなスター二人が近い時期に亡くなると、一つの時代が幕を閉じたような気がします。  (小林)ていう
  その人がいなかったら聴けなかった音が流れ、しみじみ思ったんです。

  (小林)ていう。
  さあ、それじゃ、イーグルスの最初の曲。
  これは、まだイーグルスが、もちろん有名になる・・・
  イーグルスは ほら、スタジオを中心に稼いだり。
  リンダ・ロンシュタット(Linda Ronstadt)のバックをやってたり。
  そんな時に、ジャクソン・ブラウン(Jackson Browne)とグレン・フライが、同じ家に住んでいたようですね。
  で、同じ家に住んでいて、ジャクソン・ブラウンがこの曲を書いていて、途中で投げ出していたのを知っていて。
  「これ、ちょっと俺たちにくれない?」って言って、イーグルスの最初の曲になったわけですよね。
  それ、どこで止めてたかって言うとね。
  最初の「Driving down the road」って、もう「ドライブしまくってる」と。
  で「人生の重荷を軽くしようとしてる」
  「7人の女が 頭に浮かんできて」
  「5人は俺を・・・」なんだっけ?「4人は俺を持ち物みたいに扱って」
  「2人は俺を殺そうとして」
  「1人は、お友達でいましょうね」て言って。
  みたいなところで終わっているんですよ。
  で、その2番のところをグレン・フライが書くんですよ。
  「今、俺はアリゾナにいる。
  アリゾナ、お・・・フォードのトラックがこっちやって来る。
  お、金髪が運転している。
  あ、スピードを緩めた。
  こっち眺めてる。
  あ!、ネエちゃーん!」
  みたいなw 感じになってw。
  ここから、グレン・フライの明るさ取り戻すような感じになるんですけども。
  そんな曲。懐かしい曲。
  これは、イギリスのオリンピックスタジオまでイーグルスの連中が出かけて行って、録音して。
  これが、一発でヒットしちゃったという。
  Take It Easy

  〜 Eagles / Take It Easy
  ttps://www.youtube.com/watch?v=nY9NstXg8hc

132 :ジョン・キロックノン:2016/02/20(土) 21:29:47.22 ID:???0
  〜 Stevie Wonder / You Are the Sunshine of My Life
  ttps://www.youtube.com/watch?v=3wZ_b_uUAdQ

  (小林)
  スティービー・ワンダー(Stevie Wonder)のね、You Are the Sunshine of My Life ですよね。
 
  (館山市/男性)
  1月11日 念願の初孫が誕生しましたので報告します。
  今とても嬉しいのひとことです。
  我が家で孫と一緒に過ごしています。
  寝顔、泣き顔、寝返り、くしゃみ、どれ一つ取っても絵になり。
  感動の毎日で、とても幸せで有り難いと感じております。
  
  (小林)つまりこの、You Are the Sunshine of My Life
  これはラブソングだけど。
  もう、「Sunshine of My Life」ですから、「人生の太陽だ」
  で、「The Apple Of My Eye」「目の中のアップルだ」ていう言い方w
  もう「目に入れても痛くないわい」とw
  [館山市/男性]若い爺ちゃんは言ってるわけですw。

133 :ジョン・キロックノン:2016/02/20(土) 21:31:02.98 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがでしたでしょうか?

  もう、ビートルズが初めてアメリカ行った話しは。
  もう、どこから見ても、どこを切っても面白いよね。
  最初は、だから、ニューヨークへ着いたら1万人いるわけでしょ。
  ワー!って来るわけです。
  記者会見があって、で、車に乗ると・・・
  まあ、ビートルズが一番最初に興味を示すのが、アメリカのラジオなんですよね。
  車の中でラジオが聴こえる。
  どこもビートルズの、自分たちの曲をかけてる。
  ニュースも「ビートルズがやって来た」と言っている。ねえ。
  で、どこを回しても・・・、ニューヨークだと、小さい放送局入れて100以上ありますからね。
  それまあ、全部聴けるとは限らないわけですけど。
  ビートルズも、カルチャーショックを受けながら、アメリカを楽しむわけです。
  来週も お楽しみに。

  リクエストよろしくお願いします。
  メールは
  beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどを用意しております。
  ドシドシ。
  お相手は小林克也でした。

134 :ホワイトアルバムさん:2016/02/22(月) 00:31:05.95 ID:???0
いつもありがとうございます

135 :ジョン・キロックノン:2016/02/22(月) 18:37:27.81 ID:wWLYjvSv0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年2月21日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(2月21日)
 ・1967年。つまり今から49年前の今日。
  すでに、ビートルズのまあ最高傑作と言われております「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band)
  のアルバムが、録音が進行中。
  で、この日は 49年前の今日は何をやっているか、ていうと。
  仕事初めは、夜の7時。ね、暗くなってからね。
  で、夜中の・・・ 今日は早いですよ、夜中の12時45分にまあ仕事終了するんですが。
  その間に この「サージェント・ペパー」のアルバムの中の「Fixing a Hole」というポール・マッカートニーの曲をやっています。
  この1967年、ちょっとまあ「サイケデリック」って僕ら言いますけど、若い方は、サイケってのはいったい何なのか、ちょっと調べて勉強して欲しいとw思いますけども。
  このアルバムを作っている頃は もうポールがすごい勢いで活動をしております。
  創作活動も 作詞作曲も、すごいエネルギーを発揮しています。
  まあ、多分アメリカのビーチボーイズ(The Beach Boys)のブライアン・ウィルソン(Brian Wilson)なんかの刺激もあって「俺は やらなくては!」
  だから、このアルバムは ポールが引っ張ってくっていうのがよく見えてるんですが。

  その「Fixing a Hole」
  ちょっとポールには珍しい哲学的な詩的な内容を持ってる曲でもあるんですが。
  イメージとしては、アバンギャルドなのはレノンかハリスン、というのがあるじゃないですか?
  ところが実は、ポール・マッカートニーが一番 現代音楽とか実験音楽に入っていったんですよね。
  それで、婚約者の家に下宿する頃から、彼はいろんな実験をしたり、またその家族と一緒に現代音楽のコンサートなんかに行ったりしていました。
  例えばですね「Tomorrow Never Knows」ぶっ飛んだ作品の中に、カモメの鳴き声みたいなのがありますが。
  あれは 自宅でポールが作ってきた音だ、なんですよ。
  だからポールはね、ジョンなんかに負けないぐらいの・・・
  だから、こういうふうな競争があったから良いわけですね。

136 :ジョン・キロックノン:2016/02/22(月) 18:40:17.26 ID:???0
  じゃあですね。
  ここで「Fixing a Hole」改めて聴いていただきます。
  これは一時、放送注意曲になりました。BBCによって。
  というのも、スラングでは「注射器の針の跡を治す」そういうような意味があったからであります。
  さあ、イントロのハープシコードは、プロデューサーのジョージ・マーティンが担当しています。
  改めて、いきますよ。ビートルズ Fixing a Hole 
  
  〜 The Beatles / Fixing a Hole
  ttps://www.youtube.com/watch?v=hDplVVLqQv4

  (小林)というわけで、ビートルズの Fixing a Hole
  ポールの作品ですけども。
  この日は、だから49年前の今日。
  これの、モノのミックスは完成してるんですよね。
  で、あとダビングとかをやっているわけですが。
  実はその、アビーロードのスタジオがいっぱいでですね。
  他のスタジオで、リージェントスタジオっていう所で録って。
  それを、改めてアビーロードスタジオへ持って来て作業した、という結果。

  まあねえ、歌い始めたらいきなり
  「穴を治してるんだ。オランウータンと一緒に」
  これヤバい曲が始まりますよねえw きっとねw ええ。
  当時もうホント時代性ですよ、こういう風な歌詞は。

137 :ジョン・キロックノン:2016/02/25(木) 23:40:16.42 ID:F9xJTmi10
ストーリー
 ・「ジョン見て!。ニューヨークの街よ。これがマンハッタンよ!
  あ、そろそろホテルに着くわよ。
  すっごい、ここがあのプラザホテルね。
  私もうドキドキしてきた。どうしたらいい? ジョン」
  この完全に浮き足立っている女性の名はシンシア・レノン。
  あのビートルズのリーダー=ジョン・レノンの最初の妻にしてジュリアン・レノンの母親である。
  当番組でお送りしているビートルズストーリーにおける史実の全てはシンシア・レノンが遺した手記に記されている。
  今週もロックの歴史上の最重要アーカイブとも言える この名著からお届けしよう。

  ジョンとシンシアが乗った超豪華なキャデラックがプラザホテルのエントランスに入って行くと。
  スクラムを組んだ警官隊が、力を込めるあまり、真っ赤な顔で若い群衆を押し留めていた。
  ホテルに一歩足を踏み入れると、目を見張らんばかりの豪華ねスウィートに招き入れられた。
  みんなのベッドルームが中央の広い部屋に通じている。
  窓から外に目をやると、群衆はあらゆる方面までびっしり到達していて、これでは観光なんて ほとんど望めない事はひと目でわかった。
  昼も夜も、スウィートのドアの向こうには、ホテルの支配人や警備員が立っている。
  廊下では厳重な警備をこっそり抜けて彷徨(さまよ)っているファンに備えて、さらに多くの警備員がロープを張っている。
  ビートルズの面々とシンシアたちは事実上「軟禁状態」にあった。
  テレビ出演やインタビューの依頼で絶えず電話が鳴っている。
  ファンからの手紙やカードや贈り物に混じって、電報もドア口まで届けられた。
  その中には、なんと、エルビス・プレスリー(Elvis Presley)からの電報もあった。
  ホテルの廊下を歩くのでさえ冒険であった。

  ある時は、ジョンと二人で廊下を歩いていた所に、警備の網をくぐり抜けて来たカメラマンが飛び出して来た。
  ジョンは咄嗟に、コートを自分とシンシアの頭からすっぽりかぶり、二人で素早くスウィートに駆け込んだ。
  ホテルの廊下も歩けないとは、「軟禁状態」とは決っして大げさな表現ではなかったのである。

138 :ジョン・キロックノン:2016/02/25(木) 23:40:47.73 ID:???0
  〜 The Beatles / Being For The Benefit Of Mr. Kite!
  ttps://www.youtube.com/watch?v=1-CMOMYdIlI
 
  〜 The Beatles / I Dig A Pony
  ttps://www.youtube.com/watch?v=pcY_1Zpmz20

  (小林)というわけで
  これはアップルレコードの屋上で録った・・・
  おそらく観た方は、あのシーンが思い浮かんでいるはずですが。
  その時の音ですね。
  I Dig A Pony
  「レット・イット・ビー(Let It Be)」のアルバムに入っています。

  そして、その前は67年の、冒頭でお話しをした。
  「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」の中に入っている。
  Being For The Benefit Of Mr. Kite!

139 :ジョン・キロックノン:2016/02/25(木) 23:42:02.93 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「軟禁状態と言うのは、決してオーバーな表現ではありませんでした。
  ホテルのスウィートを出ること、イコール命の危険、と言っても過言ではありませんでした」
  こう語るのはシンシア・レノン。
  ジョン・レノンの最初の妻であり、ロックのアーカイブとして素晴らしい資料を遺してくれた伝記作家としても称えるべき女性である。
  シンシアが遺したエピソードの全てはジョンから直接聞いたこと、もしくはシンシア本人が目撃したこと、というかなり信憑性の高いもの。
  惜しくも去年4月に75歳で他界したシンシアが遺した貴重な著書の中から続けてみよう。

  それでも、もちろん、なんとか外出はしていた。
  ただし、その時は裏口に着けてあったリムジンに真っ直ぐ乗り込んで、直ぐにサッと出してもらう、という方法が採られた。
  そうすれば、人ごみも難なく通り抜けられた。
  シンシアはメンバーが無事車に乗り込むまで、控えて待っているように言われていた。
  ところが最初の時は、危うく置いてきぼりを食らいそうになった。
  ファンを押し留めていた警官隊のスクラムが崩れたために、あふれ返る人の波で、シンシアだけメンバーとマネージャーのブライアンから切り離されてしまったのである。
  その時間、ほんの2〜3分というわずかなものであったが、ものすごい恐怖が彼女の背中を走った。
  その時ジョンが大声で何かを叫んで、警官たちもシンシアがジョンの奥さんであることに気付き。
  彼女は群衆から救い上げられて、そのまま車の中へと放り込まれた。
  イライラしているジョンは、何の思いやりも示してくれなかった。
  「なんだよシン。ほんとうにノロマなんだから。
  次からは モタモタすんなよ。
  殺されても仕方ないんだぞお」
  しかしジョンがイライラしていても、それは無理もないこと。
  アメリカに来て2日目には、天下分け目の大決戦とも言うべき、あの「エド・サリバン・ショー」への出演が待っていたのである。

140 :ジョン・キロックノン:2016/02/25(木) 23:42:35.88 ID:???0
  〜 The Beatles / Can't Buy Me Love
  ttps://www.youtube.com/watch?v=524BS0thExg

  (小林)お馴染みの曲ですね。
  「A Hard Day's Night」のアルバムから。
  イギリスでも、アメリカでも、3月にナンバーワンになっています。
  今、お話しをしているビートルズの話しのね。
  彼らはニューヨークへ行って、そのすぐ後でこの曲がナンバーワンになるんですよね。

141 :ジョン・キロックノン:2016/02/25(木) 23:43:32.64 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「初めてのニューヨークに来て、ジョンがイラついているのは仕方ないと思いました。
  なんせ、到着して2日後には あの「エド・サリバン・ショー」に出演するんです。
  あのショーが天下分け目の大決戦になったのですから」
  この発言の主はシンシア・レノン。
  もちろん彼女はジョンの最初の妻であり息子ジュリアンの母親。
  こういったジョンに関するエピソードのほとんどはシンシアの手記に記されているが。
  その中からもう少し続けてみよう。

  1964年2月9日、日曜日。
  ビートルズはアメリカに着いて2日後「エド・サリバン・ショー」に出演した。
  可哀そうな事に、最年少、この時まだ二十歳のジョージはインフルエンザにかかってかなり体調が悪く。
  注射を打ってもらって、フラフラな状態での出演となった。
  この夜、テレビでビートルズを見た人の数は 全米で7400万人にのぼり、テレビ放送史上最高の記録を樹立。 
  新聞各紙もビートルズのために、かなり大きく紙面を割いて報道した。
  アメリカ合衆国は、ビートルズの全てを愛した。
  時には相手を見下すような生意気なユーモアのセンスも含めて、その全てを認めた。
  
  ビートルズが最初の主演映画作品「A Hard Day's Night」を製作することが決定していたので。
  「ヒロインは誰が演じるのか?」インタビューで聞かれた際にも、ジョージはこんな冗談を飛ばした。
  「ああ、それならマネージャーのブライアン・エプスタインに訊いてみて欲しいね。
  いちおう僕がヒロイン候補として推薦しているのは、エリザベス女王なんだけどね」
  こんなユーモアというか、ギャグのセンスを持ち合わせているロックバンドなど世界中のどこを探してもビートルズ以外には見当たらなかった。
  時代が彼らを選んだのか、はたまたビートルズが時代を作ったのか。
  それはともかく、1964年の2月のこの時点で、ビートルズが世界中の中心であり、頂点にいたことは紛れもない事実であった。

142 :ジョン・キロックノン:2016/02/25(木) 23:45:48.75 ID:???0
  〜 The Beatles / All My Loving(Ed Sullivan Show)
  ttps://www.youtube.com/watch?v=8aadgwJr9gE

  〜 The Beatles / She Loves You
  ttps://www.youtube.com/watch?v=T0YifXhm-Zc

  (小林)初期の有名曲がかかりました。2曲ね。

  She Loves You
  これは、イギリスではですね、1963年、だからアメリカに行く前の年に、もうナンバーワンになってるんですよ。
  夏にね。
  で、年が明けて、ビートルズの「I Want To Hold your Hand」が1位になるわけでしょ。
  で、64年にアメリカ行くわけでしょ。
  で、ビートルズへアメリカ着いたころ、「She Loves You」この曲はですね。
  キャピトルレコードじゃないんですよ。
  まあ、有名な話しですけども、
  アメリカの大きなレコード会社キャピトルはイギリスのEMIが「ビートルズはどうですか?」って言った時に。
  ビートルズを・・・、もうおそらくビートルズ、聴きもしなかったんでしょうね。
  ビートルズを蹴ったんですよね。
  バカなことをしましたよねえw
  だから、その時の、その時代はですね、アメリカの有名な人が行くと、イギリスではもう完全に主役ですよね。
  「本場モノが来たあ!」というわけですよ。
  で、アメリカ行くと、「え? イギリスのグループ?」みたいなw
  その前の、クリフ・リチャード(Cliff Richard)という、イギリスのもうお茶の間の人気になるほどの、イギリスのプレスリーみたいに言われた人が
  アメリカで、ダメだったんですよね。
  だから、もう、そういう世の中ですから、わかってやってください。

  そして、その前にお送りしたのは All My Loving
  これも1964年、9月、えーとこれはエドサリバンショーです。
  エドサリバンショーは、ちょっと 声が軽いんですよね。
  ビートルズを紹介していましたね。
  で、「アンソロジー(Anthology)1」90年代になって発売されました。

143 :ジョン・キロックノン:2016/02/27(土) 23:56:27.10 ID:???0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。

  (小林)
  今日は、ちょっと、イーグルス(The Eagles)のグレン・フライ(Glenn Frey)が亡くなったということで、たくさんいろいろなリクエストが来ているんですが。
  まあ、ちょっと追悼みたいな形になります。

  (新宿区/男性)
  ロックスターの訃報が続きますね。
  グレン・フライはイーグルスの陽気な側にいたとか。
  この曲は、ほんとに能天気で楽しいです。  (小林)w
  才能豊かな人たちが早く亡くなるのは残念です。
  
  (小林)
  そうですよね。
  イーグルスの中心の一人でしたね。
  ドン・ヘンリー(Don Henley)と、グレン・フライじゃないでしょうか。
  ドン・ヘンリーはどちらかというと、リーダー的な存在で、歌も、ドラムズをやりますけど。
  歌も、なんてんですかね、哀愁があるんで、まあ、哀愁係がグレン・フライ、じゃなくてドン・ヘンリー。
  グレン・フライは陽気な方。
  でも、そうとばっかりは言えないんですけど、w。まあ。
  それじゃ[新宿区/男性]さんのリクエストで、グレン・フライの Sexy Girl

  〜 Glenn Frey / Sexy Girl
  ttps://www.youtube.com/watch?v=c9HboZQx_E4

  (小林)
  グレン・フライの、ソロですね、Sexy Girl
  グレン・フライはメンバーの中で一番R&Bが好きだっていうことで。
  アラバマ州のマッスル・ショールズの有名なスタジオがあるんですが。
  そこへ わざわざ行って。
  地元のミュージシャンたちと、これはマッスル・ショールズの連中が言うには
  「我々は、ちょっとのんびりしているから、ちょっとファンキーなリズムになっちゃうんだよ」ていうことで。
  まあ、例えばポール・サイモン(Paul Simon)の最初のアルバムとかね。
  ロッド・スチュアート(Rod Stewart )の 最初のアメリカでソロを出すアルバムだとか。
  それから「♪When a Man Loves a Woman〜」なんて、あの曲も、同じスタジオで録られています。

144 :ジョン・キロックノン:2016/02/27(土) 23:57:19.69 ID:???0
  (千葉市/男性)
  イーグルスのグレンフライさんが死去。
  1979年の「ロング・ラン(The Long Run)」のアルバムから。

  (小林)ていうことで。 ん〜、あの。
  その前は やっぱり「ホテル・カリフォルニア(Hotel California)」がもう最高傑作として、あまりの評価が高くて。
  良い曲がいっぱい入っていたんで。
  「ロング・ラン」の評価が ちょっと落ちるんですけど。
  実は「ロング・ラン」よく聴いてみると、「ホテル・カリフォルニア」の派手さはないけど、良い曲ばっかりですよねえ。
  さあ、その中から、ギターコレクターである[千葉市/男性]さんのリクエストで
  In the City

  〜 The Eagles / In the City
  ttps://www.youtube.com/watch?v=ADB7oozxPA4

  (小林)グレン・フライ、ボーカルを取っています。
  In the City、アルバムは「ロン・グラン」です。

145 :ジョン・キロックノン:2016/02/28(日) 00:01:14.50 ID:???0
  (小林)続いて。
  これはまあ、これかけないわけにいかないでしょうね。

  (鴨川市/男性)
  10日、デヴィッド・ボウイ(David Bowie)  (小林)1月ね。
  デヴィッド・ボウイに続いて
  アメリカのイーグルスのグレン・フライが亡くなりました。
  享年67。
  前者とは・・・  (小林)ボウイとはね。
  2歳しか変わりません。
  我々誰もが知っている「Hotel California」や「Take It Easy」など様々な名曲を遺してくれました。

146 :ジョン・キロックノン:2016/02/28(日) 00:03:43.31 ID:???0
  (小林)ていうことで。
  この曲はやっぱり、ちょっと説明がいるかもわかりませんけど。
  もともとね、バーニー・リードン(Bernie Leadon)ていうカントリーぽい名ギタリストがイーグルスにいたわけですよ。
  で、バーニー・リードンが辞める時に、後輩のドン・フェルダー(Don Felder)に
  「イーグルスはドン・ヘンリーが中心になって回ってるから、お前いろいろ意見言っても口下手だろうから、デモを作った方がいいよ」
  っつんで。
  で、ドン・フェルダーは自分のベッドルームで12弦ギターを交えて、この曲を作るんですよ。
  で、ドン・ヘンリーに持ってった。
  ドン・ヘンリーはすごい気に入ったんですね。

  で、これはラテンぽい、レゲエぽいんで、「メキシカンレゲエ(Mexican Reggae)」っていう仮のタイトルが付いてて。
  でも、これにイメージを付けたのが、グレン・フライです。
  映画の脚本だとか「カット割り」みたいなことを彼はやりました。
  えーと、イーグルスのメンバーね、みんな他所(ヨソ)者だっていうんですよ。
  ロサンゼルスの人間じゃない。
  だからロサンゼルスで仕事やる、ロサンゼルスへ向かう時に、ずーっと空にロサンゼルスの方向が灯かりで明るいんですよね。
  「あっちにハリウッドがあるんだ」「あっちに、ロサンゼルスがあるんだ」っていうふうに向かう旅をするわけです。
  旅って言うと大げさですが。
  その、そこから想像して。
  疲れたんで、どこかへ泊まる。
  そうすると、その当時流行っていた「ミステリーゾーン」みたいな世界を造ろうよ。
  それから、映画の中でよくあるんだけど、一つの部屋へ行くと ある事が起きて。
  また別の部屋へ行くと、ある事が起きる、みたいな。
  グレン・フライがイメージ付けをするんですね。
  それで、ドン・ヘンリーが仕上げに作詞をします。

  この詩の中には 例えば「She was Tiffany-twisted」「ティファニー好きの女主人」出てきますが。
  これは ドンヘンリーの元カノがとてもティファニーが好きであった。
  あと、「スティーリーな、鋭いナイフで獣を刺す」なんて歌詞があるんですよ。
  宴(うたげ)の場面でね。
  それは、スティーリー・ダン(Steely Dan)がイーグルスをちょっと好きで。
  「イーグルスをかけたら、隣人が集まって来た」ていう歌詞があって、それにお礼を込めてスティーリーを使ったとかね。
  それから、ドン・フェルダーとジョー・ウォルシュ(Joe Walsh)のギターの後半は、有名ですけども。
  これねえ、「二人に任せた!」って言って奏り始めたらね、とんでもない方向に行ったらしいんですよ。
  で、「ちょっと待ってよ!」ドンヘンリーが停めて。
  「お前たち、ホテル・カリフォルニアだから。
  これちょっと、忠実に、ここと、ここと、これ、これ押さえながら、好きな事やっていい」みたいな。
  それで、あの名演が生まれたというわけです。

147 :ジョン・キロックノン:2016/02/28(日) 00:05:08.85 ID:???0
  (小林)
  さあ、それじゃあw  
  「元メキシカンレゲエ」ねえ。
  最終的には、ホテル・カリフォルニア

  〜 The Eagles / Hotel California
  ttps://www.youtube.com/watch?v=iqODbP1T3nk

148 :ジョン・キロックノン:2016/02/28(日) 00:06:05.00 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)というわけで「ビートルズから始まる」

  後半、リクエストタイムは、グレン・フライの追悼のような感じですね。
  陽気なグレン・フライ、というイメージがあったかもわかりませんけども。
  あの、けっこう カッとなる人ですよね。 
  僕、実際に会って、いろいろ体験してますんで、わかるんですがw。
  
  リクエスト、どうもありがとうございました。
  採用の方にはイシイのミートボールなどをセットにしてお送りしています。
  メールは
  beatles@bayfm.co.jp
  こちらで待っています。
  小林克也でした。

149 :ホワイトアルバムさん:2016/02/29(月) 06:20:01.64 ID:???0
いつもありがとうございます

150 :ジョン・キロックノン:2016/02/29(月) 22:00:29.97 ID:8ZSQusCm0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年2月28日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(2月28日)
 ・1964年。
  今から52年前の今日。
  まあ、64年はビートルズがアメリカを始め世界で各地で売れちゃった年。
  今から52年前の今日。
  ピーター&ゴードン(Peter & Gordon)のデビューシングルが「A World Without Love」これがイギリスで発売された、ということがあります。
  このピーター&ゴードンは、若い方たちは知らない人が多いと思いますが、イギリス人、イギリスの青年。
  ピーターは黒縁メガネ、ピーター・アッシャー(Peter Asher)
  で、背が高いイケメンの方が、ゴードン・ウォーラー(Gordon Waller)
  ピーター・アッシャー、アッシャー、アッシャー・・・、そうです。
  ポール・マッカートニーの許嫁(いいなずけ)ていうかね、結婚の約束までするのがジェーン・アッシャー(Jane Asher)
  つまりピーター・アッシャーは、ジェーン・アッシャーのお兄さん。
  で、ポールはここの、だから、アッシャー家の・・・
  アッシャー家つっても どデカい家だったらしいんですが、その屋根裏部屋で下宿していた。
  屋根裏部屋って、大変でっかいんだと思います。僕らのイメージとちょっと違うと思います。
 
  で、この曲は作曲クレジットが、レノン・マッカートニーとなってるんです。
  でも、実際は、ポールが一人で、このデュオのために書いた曲。
  曲は、ポールらしい、ロック以外の所からの影響で作った感じ。
  まあ、昔のアメリカのカントリーとかポップス、40年代50年代の、そんな感じです。
  
  ポールはねえ、けっこう人に曲を書いていますね。
  同じ事務所のビリーJクレーマー(Billy J Kramer)とか、シーラ・ブラック(Cilla Black)とかね。
  ジョン・レノンはあんまりそんな事しないんですけども。

  ということで、5月にはイギリスチャートで、これ1位になって。
  アメリカでも1位になるんですよ。ね。
  今日発売されて、まあ2月終わりに発売されて、そうとう時間かかって1位
  アメリカでも1位。
  そうなんです。ビートルズのおかげで、ビートルズのポールの婚約者だったジェーン・アッシャーのお兄ちゃんたちが1位になった。
  というと、すぐ分かりますよね?。分かりやすいですよね。

151 :ジョン・キロックノン:2016/02/29(月) 22:02:08.31 ID:???0
  改めて聴いてみましょうか?。
  これです、ピーター&ゴードンで A World Without Love     

  〜 Peter & Gordon / A World Without Love
  ttps://www.youtube.com/watch?v=O8rJd3eLMUs

  (小林)52年前の今日、イギリスでデビューしたのがこの二人組。
  ポール・マッカートニーの音楽。
  ポールの音楽ですよね、いかにも。A World Without Love

  ピーター・アッシャーは・・・
  この人たちはもう、ソフトなロックの人たちなんで。
  もう60年代の半ば過ぎから、自分たちの音楽じゃない時代だってことで。
  ピーター・アッシャーは、アップルレコードで働くわけですが。
  アップルも潰れちゃって、アップルからレコード出したジェームス・テイラー(James Taylor)とともにアメリカへ渡って。
  アメリカで活躍するんですよ。プロデューサーとして。
  ジェームス・テイラー、それから、リンダ・ロンシュタット(Linda Ronstadt)、ボニー・レイト(Bonnie Raitt)なんかと活躍して。
  まあ、アメリカの芸能界では有名人になっていくわけです。

152 :ジョン・キロックノン:2016/03/02(水) 22:45:49.89 ID:???0
□ストーリー
 ・1964年2月9日、日曜日。
  ビートルズはアメリカに着いて2日後「エド・サリバン・ショー」に出演した。
  この夜、テレビでビートルズを見た人の数は、全米で7400万人にものぼり、テレビ放送史上最高の記録を樹立。 
  新聞各紙もビートルズのために、かなり大きく紙面を割いて報道した。
  アメリカ合衆国は、ビートルズの全てを愛した。
  時には相手を見下すような生意気なユーモアのセンスも含めて、その全てを認めた。
  時代が彼らを選んだのか、はたまたビートルズが時代を作ったのか。
  それはともかく、1964年の2月のこの時点で、ビートルズが世界中の中心であり、頂点にいたことは紛れもない事実であった。

  こういった史実の全ては、ジョンの最初の妻シンシア・レノンが遺した手記に記されている。
  今週もロックの歴史上 最も最も重要なアーカイブとも言えるこの名著からお届けしよう。

  その エドサリバンショーに出演した翌日。
  2月10日はワシントンコロシアムでのコンサートのために、アムトラックと呼ばれる列車でアメリカ合衆国の首都ワシントンDCに向かった。
  やはり、こちらにもおびただしい数のファンがビートルズを出迎え、殺到した。
  この初めてのアメリカツアーの間、同行したジョンの妻シンシアは、全てのステージを舞台の袖から見ていた。
  彼女は絶叫する観客の光景と、目がくらむほどの眩しいライトと、そしてジョンたちが奏でる演奏を全身に受けていた。
  残念ながら、すざましい絶叫にかき消され、音楽そのものは、ほとんど聴こえなかった。

  この「音楽が聴こえない」という事実にビートルズの四人は失望を隠せなかった。
  「俺たちは、いったい何のためにアメリカまで来て演奏しているんだ?」
  ほとんどの場合、叫び声の方が演奏よりも大きく、当時の貧弱なPAの音響システムでは、演奏なんて届くわけがなかった。
  こんな状況が1964年と65年のほとんどのコンサート会場で起った。
  2年後には、ビートルズはライブを辞めてしまうわけであるが。
  それは、この時点で、すでに予定されていたプログラムだったのかもしれない。

153 :ジョン・キロックノン:2016/03/02(水) 22:46:22.26 ID:???0
  〜 The Beatles / Rock And Roll Music(live)
  ttps://www.youtube.com/watch?v=53PCOR4C8Io
 
  〜 The Beatles / She's A Woman(live)
  ttps://www.youtube.com/watch?v=NPkPKo3GuSo

  (小林)日本の女の子たちです。
  もう、曲はどうでもよかったのかなw。

  Rock And Roll Music、She's A Woman
  これは19996年になって「アンソロジー(Anthology)2」の中に収められていました。
  日本武道館でのライブであります。

154 :ジョン・キロックノン:2016/03/02(水) 22:47:19.10 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ビートルズの演奏がほとんど聴こえなかったって? それはどういうことだ。
  俺たちは、何のためにアメリカまでやって来たんだ?」
  このセリフの主はビートルズのリーダー=ジョン・レノン。
  この時23歳。
  こういった史実の全てはジョンの最初の妻シンシア・レノンが遺した手記に記されている。
  ロックの歴史上 最も重要なアーカイブとも言えるこの名著から続けてみよう。

  5枚目のシングル「I Want To Hold Your Hand」が、母国イギリスだけでなく、アメリカでもナンバーワンとなり。
  ついに最初となるアメリカツアーにやって来た。
  そこまでは、良かったのであるが。
  普段はスポーツ競技などに使われる ワシントンコロシアムでの公演の際。
  音響システムが貧弱なうえに、1万人を超える観客の絶叫の嵐で、その夜のビートルズの演奏はほとんど届かなかった。
  メンバーは四人全員イラ立った。
  最年少のジョージは思った。
  「アメリカでは、ビートルズも動物園のチンパンジーも一緒なのか?」

  そんなモヤモヤした空気の中、ワシントンDCではイギリス大使がビートルズに敬意を表して、歓迎レセプションを開いてくれた。
  ジョンを始めメンバー全員、そんな招待には興味はなかったのだが。
  マネージャー=ブライアン・エプスタインに説得されて、そこは大人の対応を採り、パーティに出席することにした。
  裕福で特権階級の人間ばかりが集まる社交パーティのような席は、メンバー全員、中でもジョンは油断がならないと思っていた。
  「どうせこんなやつら、お高く留まっていて。
  俺たちなんて、労働者階級の若造だと見下しているに決まっている。
  『ずっとビートルズのファンです』なんて言ってるけど、絶対にこいつら偽善者だ。そうに決まっている」

  そして不幸にも ジョンの予想は的中してしまった。
  この夜集まった招待客は、年配の、金銭的にもかなり恵まれた人たちばかりで。
  メンバーの顔も判らず、特権意識をプンプン漂わせていた。
  その中の一人のご婦人が、ジョンに話しかけてきた。
  「それで・・・、あなたのお名前は、なんとおっしゃるの?」

155 :ジョン・キロックノン:2016/03/02(水) 22:47:50.35 ID:???0
  〜 The Beatles / Yer Blues
  ttps://www.youtube.com/watch?v=EugjFtfP-eU

  〜 The Beatles / Old Brown Shoe
  ttps://www.youtube.com/watch?v=T-NZGCpeb2A

  (小林)Old Brown Shoe
  これは1969年ですね。
  「Ballad of John and Yoko」このB面です。
  ジョージ・ハリスンの傑作です。

  で、その前は
  「ホワイトアルバム(The BEATLES)」から Yer Blues

156 :ジョン・キロックノン:2016/03/02(水) 22:49:18.96 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「『それで、あなたのお名前は、なんとおっしゃるの?』 だとお?
  だからこんな所に来たくなかったんだ。
  ああ、もう、むかつく」
  この発言の主はジョン・レノン。
  初めてのアメリカツアーで訪れたワシントンDCで、招待されたイギリスの大使館主催のパーティの席で最悪の思いをさせられたのである。
  もちろん、この席には最初の妻シンシアも一緒であった。
  そのシンシアは、生前にジョンとの思い出を一冊の手記にまとめている。
  その中には、さらに詳しくその夜のことが描かれている。

  ジョンの顔も名前も覚えていないご婦人が、気取った悠長な話しぶりでシャンペンのグラスを傾け。
  最後には決まって「家族の誰それのために・・・」と言ってサインを求め。
  挙句の果てには「記念に髪の毛が欲しい」とまで言い出す始末である。
  押しの強い官僚たちは、メンバーに「その場の雰囲気に調子を合わせるように」強要しようとしたが。
  ジョンはもうこれ以上耐えられなかった。
  ジョンはシンシアを連れて、パーティのお開きを聞く前に、サッサとおいとました。
  他の3人は、いちおう最後まで我慢していたたが、時間になるとサッサとその場を引き揚げた。
  もっとも、イギリス大使夫妻はとても感じの良い人たちで。
  後日、パーティでの無礼なゲストたちのことを謝っていたのであるが。
  これに懲りて、その後ビートルズは こういった類(たぐい)のお誘いには応えないことにした。
  つまり、行きたくないパーティには絶対出席しないこととなった。

  そしてビートルズはニューヨークに戻り、カーネギーホールで6000人の観客を前に演奏した。
  新聞の報道によれば「一流の映画スターでさえ、チケットが手に入らなかった」
  ニューヨークの有名なディスクジョッキー=マレー・ザ・K(Murray the K)は、空港で四人にインタビューして以来、すっかり一行に付きまとうようになり。
  その夜は、ニューヨークの街に連れ出してくれた。
  この男は少々強引すぎるところもあったが、ビートルズの才能をよく理解し、ラジオで紹介してくれた人物。
  その夜は、彼とビートルズとシンシアで、深夜までニューヨークを堪能した。
  特にリンゴは、朝まで踊りっぱなしだったと、シンシアは そう手記に綴っている。

157 :ジョン・キロックノン:2016/03/02(水) 22:50:15.22 ID:???0
  〜 The Beatles / Boys
  ttps://www.youtube.com/watch?v=A_PWcfI3brk

  〜 The Beatles / Drive My Car
  ttps://www.youtube.com/watch?v=2TZRn0zNIbY

  (小林)2曲続きましたね。

  Boys
  リンゴ・スターが奏っていましたね。
  シュレルズ(The Shirelles)の、アメリカのグループのね。
  女性グループのシュレルズの「Will You Still Love Me Tomorrow」ていう大ヒットがあるんです。
  そのB面の曲をね、わざわざカバーするというビートルズ。

  そして、Drive My Car
  これは「ラバーソウル(Rubber Soul)」の、ポールの傑作。

158 :ジョン・キロックノン:2016/03/03(木) 18:14:00.31 ID:???0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。

  (千葉県成田市/女性)
  こないだ、前に勤めていた会社の同僚たちと飲み会がありました。
  4組とも社内結婚なので、ワイワイガヤガヤにぎやかで、楽しかったです。
  「こんど洋楽しか歌わないカラオケに行こう」と盛り上がりました。
             (小林)行って盛り上がったんじゃないのね。こんど洋楽行こう。「洋楽カラオケ行こうね」っていう。
  ビートルズをカッコよく歌いたいですからね。

  (小林)って書いてあります。
  で、リクエストはビートルズじゃありません。
  今、一番最新のアメリカのナンバーワンじゃないでしょうかね。
  なんか、評判が悪かったんですけども。
  この人、もうなんか改心したっていうか。
  違うイメージで帰ってきていますね。
  ジャスティン・ビーバー(Justin Bieber) Love Yourself

  〜 Justin Bieber / Love Yourself
  ttps://www.youtube.com/watch?v=TMSIR210mRg

159 :ジョン・キロックノン:2016/03/03(木) 18:15:20.98 ID:???0
  〜 The Beatles / Something
  ttps://www.youtube.com/watch?v=U0jk3bFeSUY

  (小林)サムシング(Something)が、ジョージ・ハリスンのサムシングが流れました。

  (福岡県春日市/男性)
  現在は福岡在住ですが、最近FMラジコを利用して、以前千葉で聴いていたこの番組を聴くようになりました。
  私は今48歳ですが、ビートルズを聴き始めたのは中学生の頃からです。
  歳を取るにつれて、ビートルズの中で二人の天才に囲まれたジョージの存在に共感を覚えるようになりました。
  ジョージ・ハリスンは才能のある方ですが、一方で努力の人だと思います。
  
  (小林)ということで。
  あと、ソロになってからの「Isn't it a Pity」か、ビートルズ時代の「Something」
  ていうことで Something を選んでお送りしました。

160 :ジョン・キロックノン:2016/03/03(木) 18:17:16.12 ID:???0
  (習志野市/男性)
  こんばんは。毎週この番組を楽しみにしています。
  ビートルズの楽曲って どれを聴いても印象的で、名曲揃いで。
  ポールの曲、ジョンの曲、どちらも同じくらい大好きです。
  私は、普段から思わず口ずさんでしまうのが ポールの曲。
  ふと、聴きたくなるのがジョンの曲、だと感じています。
  リスナーの皆さんは、どのように感じているんでしょうかねえ。
  リクエストですが。
  今、無性に聴きたい曲、No Reply をお願いします。  (小林)これは[習志野市/男性]さん、52歳の方。
  追伸。
  秋に実施されるスペシャルパーティのゲストに竹内まりやさんを呼んでください。
  まりやさんもビートルズのことが好きで、カバー曲を歌っています。
  克也さん、よろしくお願いします。

  (小林)
  まあ、スケジュールもあるでしょうし。
  ブッキングするのも 難しいでしょう。 
  竹内まりやを呼ぶんだったら。
  杉真理君と、先輩後輩ですから、パッケージで呼ぶと良いんじゃないかなあ。
  と、思いますけど。
  ど〜でしょうかねえw

  〜 The Beatles / No Reply
  ttps://www.youtube.com/watch?v=QOOf-kmdBYc

  〜 Natalie Cole / Lucy In The Sky With Diamonds
  ttps://www.youtube.com/watch?v=oFccvBZLYew

  (小林)いやあ、No Reply からいきなりビックリしたんじゃないかと思いますがw
  これは、ナタリー・コールがやっている Lucy In The Sky With Diamonds
  まあ、けっこうね、アレンジが面白いよね。
  違うメロディが入ったりして、それが曲がちょっと違うふうに見えたりしますからね。

  (名古屋市/男性)
  2016年に入ってから、信じられないくらい大物アーティストの訃報が連続して入っています。
  この人から始まったような気がします。  
  ナタリー・コールが始めた 80年代後半、
  すでに亡くなった父親ナット・キング・コール(Nat King Cole)の遺した音源をリマスターして、自分の歌声を重ねて録音して。
  あたかもデュエットしているように聴かせる手法。
  今では当たり前のように他のアーティストも真似をした企画モノを出していますが。
  ビートルズの「Free As A Bird」の製作にも影響したと思います。

  (小林)ていう。
  [名古屋市/男性]さんのリクエストでございます。
  これけっこう、8分以上いっている、長いんですが。
  ここら辺で、ここら辺で絞っちゃうよw

161 :ジョン・キロックノン:2016/03/03(木) 18:19:00.43 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがでしたでしょうか?

  ジョン・レノンの最初の奥さんの手記ですけども。
  彼女の目から見てないじゃないですか。僕らは、今までね。
  だから、最初のアメリカ行きなんかはw、
  もうホント、まるで世界が変わってくるわけですもんね。
  で、自分の旦那さんのライブを観るわけですよ。
  でもw、聴こえないわけですよw
  そんな、普通のコンサートじゃない体験、異様な体験じゃないですかw
  ねえほんと、1964年、世界中で異様な事が起きたっていう、感じがしますねえ。
  ビートルズはやっぱり、すごい。
  竜巻みたいな現象になったわけです。

  リクエストの方もよろしくお願いいたします。
  beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどを用意しております。
  よろしく。
  お相手は小林克也でした。

162 :ホワイトアルバムさん:2016/03/04(金) 08:50:13.16 ID:???0
いつもありがとうございます

163 :ジョン・キロックノン:2016/03/08(火) 18:17:08.91 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年3月6日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(3月6日)
 ・1970年。
  今から46年前の今日。
  もうビートルズはほとんど解散状態。
  もう、バラバラです。
  46年前の今日、あのビートルズが出演したアメリカのテレビ番組「エド・サリバン・ショー」では。
  ビートルズは、もう出ないわけですよね。人前に出ない、演奏はしない、コンサートはやらない。
  そこで、ビートルズは1967年あたりから、フィルムクリップ、今で言うとビデオクリップですね。
  もう ビートルズは早かったですね。
  フィルムクリップなんてのは、ビートルズが最初でしょうね。おそらくね。
  出るたびに、映画を、短編映画を作ってそれを送った。
  エド・サリバン・ショーでは「Let It Be」と「Two Of Us」の、この2曲のフィルムクリップが「ビートルズですよ皆さん!」
  まあ、もう生で出ることは無いわけですから、それが放送されました。
 
  そしてこの日、イギリスでは「Let It Be」これがシングルとして発売になっています。
  ビートルズは最後のアルバムを作ってて。
  最初のタイトルは「Get Back」で。
  その頃は、ポール・マッカートニーが主導権を握っていて。
  みんな「ほんとはライブやりたいんだけど、映画を作って」その映画のサントラという形でね「アルバムを出そうよ」っていうことで。
  まあ、映画スタジオで仕事が始まるわけですけども。
  これがまあ、雰囲気が最高に悪くなって、数日で打ち切って。
  場所をアップルスタジオに移して、再開して。
  そのあと、あの屋上でやったりとか。
  ダラダラとレコーディングは続くわけですが。
  ポールを含め、すっかりみんなやる気を無くして。
  フィル・スペクター(Phil Spector)という天才的な、鬼才のw、プロデューサーにこれ任すわけですよね。
  あまりにも有名な話しですよね。
  ビートルズは今まで 自分たちが最後の最後までやったのを、最後はフィル・スペクターに任せた。
  で、ポール・マッカートニーは「どうも、気に入らない」っていうことで。
  「Let It Be Naked」という、自分は別のミックスというか、別の行き方でこのアルバムを作って発表しますよね。

164 :ジョン・キロックノン:2016/03/08(火) 18:18:18.07 ID:???0
  ところが、46年前の今日は、シングル「Let It Be」が発売になっています。
  こっちの方はですね、ジョージ・マーティンがちゃーんと最後の仕事として やっています。
  アルバムのバージョン「Let It Be」というのは、ちょっといろんな音が加えられたり。
  それから、音の処理が派手だったり、フィル・スペクターらしいんですが。
  こっちは、本当に素朴なビートルズの真のスタイルを伝えた、ということで。
  これはやっぱり、ジョージ・マーティンのプロデューサーぶりも賞賛されております。
  
  ここでちょっと「Let It Be」を フルに改めて聴いてみますかね?
  素朴なバージョンです。Let It Be

  〜 The Beatles / Let It Be(Single Version)
  ttps://www.youtube.com/watch?v=0D5JJZl6MB0

  (小林)というわけで
  ビートルズの Let It Be
  これが、ジョージ・マーティンがプロデュースした、音を作ったビートルズの作品。
  こっちの方が耳馴染みだと思いますけども。
  フィル・スペクターが作ったアルバムバージョンは、もうこれはw まったく違います。
  これ比べて、ファンの方が聴き比べると面白いと思いますね。
  ちなみに、やっぱり一番よく分かるのは、ポール・マッカートニーが大嫌いだった、伝説となっている「The Long And Winding Road」
  ポールがやっぱり目指していたのは「Let It Be Naked」で見られる曲の姿。
  で、フィル・スペクターの姿は、みなさんお馴染みの、頭の中で鳴り響いているであろう、あの「The Long And Winding Road」です。

165 :ジョン・キロックノン:2016/03/10(木) 18:17:14.08 ID:Q62IYEgO0
□ストーリー
 ・1964年2月、ビートルズはアメリカに着いて2日後「エド・サリバン・ショー」に出演した。
  この夜、全米で7400万人がテレビでビートルズを見たという計算になり、放送史上最高の記録を樹立。 
  新聞各紙も彼らのために、かなり大きく紙面を割いて報道した。
  アメリカ合衆国は、ビートルズの全てを愛した。
  少しばかり生意気なユーモアのセンスも含めて、その全てを認めた。
  時代が彼らを選んだのか、いや、ビートルズが時代を作ったのか。
  それはともかく、1964年2月のこの時点で、ビートルズが世界中の中心であり、頂点にいたことは紛れもない真実であった。

  こういった史実の全ては、ジョンの最初の妻シンシア・レノンが遺した手記に記されている。
  今週もロックの歴史上 最も最も重要なアーカイブとも言えるこの名著からお届けしよう。

  ニューヨークでの「エド・サリバン・ショー」への出演、首都ワシントンDCでの公演。
  そして、再びニューヨークへ戻ってのカーネギーホールでの公演、と超過密なスケジュールの中。
  今度は エドサリバンショーへの2度目の出演のため、ニューヨークからマイアミへと飛んだ。
  ドービルホテルに滞在することになっていて。
  ここマイアミでも、ニューヨークと同じように、ファンからの熱い歓迎を受けた。
  もちろん、ここでもビートルズの四人と同行したジョンの妻シンシアは幽閉の身。
  せっかく常夏のマイアミまで来たというのに、外に出て、せっかくの太陽の日を思う存分浴びることもせず。
  ビーチで遊ぶことも、観光も、できるわけがなかった。最悪である。
  一度だけシンシアは、こっそりホテルの部屋を抜け出して、ブティックのあるホテルのロビーに降りることに成功した。
  もちろん、ホテルの外には大勢の女の子たちが屯(たむろ)していたり、ロビーにもウヨウヨしていたのであるが。
  ジョンと離れている限りシンシアは一般市民に紛れることができたため、安心していられた。

  ブティックの中の洋服を見て歩くのはとても楽しかったし。
  こんなに大勢のアメリカ人を眺めるのも初めてで、なかなか興味深かった。
  その中でも愉快だったのは、二人の超肥満体のオバ様たちの会話である。
  そのオバ様二人組は、揃ってカラフルなバミューダパンツを履いて、コテでで塗りつけたような厚化粧で。
  どうやら、ビートルズのことを話していたのである。

166 :ジョン・キロックノン:2016/03/10(木) 18:17:59.15 ID:???0
  〜 The Beatles / You Can't Do That
  ttps://www.youtube.com/watch?v=vUIcEGH1ICE
 
  〜 The Beatles / Two Of Us
  ttps://www.youtube.com/watch?v=LljsJqpb210

  (小林)2曲続きました。
  
  1964年の「Can't Buy Me Love」のB面ですね。
  You Can't Do That

  そして Two Of Us
  お馴染みかもしれませんが。
  これは、さっきお話しした ポール・マッカートニーが「俺はこうやりたかった」ていう風なのを主張するために出した「Let It Be… Naked」2003年。
  そのアルバムの中に入っている Two Of Us をお送りしました。

167 :ジョン・キロックノン:2016/03/10(木) 18:18:33.79 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ちょっとなに? あのビートルズって、なんだか、気味が悪くない?」
  この会話は、アメリカフロリダ州のマイアミのドービルホテルのロビーにある婦人服の店の女性客二人組。
  どちらも 明らかにアメリカ人といった雰囲気の 太りすぎのオバ様。
  彼女たちは揃ってカラフルなバミューダパンツを履いて、コテでで塗りつけたかのような厚化粧。
  そしてキラキラ光るニセモノのダイヤをちりばめたサングラスをかけていた。
  簡単に説明するならば、超悪趣味なオバ様たち、とでも言っておこう。

  この描写を含む、ビートルズに関しての史実の全ては、ジョンの最初の妻シンシア・レノンが遺した手記に記されている。
  ロックの歴史上 最も最も重要なアーカイブとも言えるこの名著から続けてみよう。

  あろうことか、この超悪趣味なオバ様たちは、ビートルズをこき下ろすことに興じていたのだ。
  「ほんとに、ゾッとするわね。
  うわあ、あの髪。若い子たちが騒いでいるけど、あんなのどこが良いのかしら?」
  それはもう言いたい放題である。
  さらにこう付け加えた。
  「まるで動物園から抜け出して来たケモノみたいだわ」
  もちろん そこに居合わせ、会話の一部始終を聞いていたのは、今回のビートルズのアメリカツアーに同行していたシンシア・レノン。
  会話の内容が内容なので、自分がそのビートルズのリーダーの妻だ、と言いたくて仕方がなかったが。
  そこは我慢して、ニッコリと笑顔であいさつしただけで、部屋に戻ろうとその場を離れた。
  途中、笑いがこみ上げて来て仕方がなかった。

  ビートルズが滞在するスウィートルームを抜け出すのは、そう大変なことではなかったが。
  問題なのは、部屋に戻る時だということが判った。
  シンシアは身分証明書も何も持たずに出て来てしまったので。
  警備員は いくら説明してもシンシアをファンの一人だと思って、部屋の中に入れてはくれない。
  「でも、本当に私、ジョン・レノンの妻なんです」
  何度説明しても、それは無駄であった。

168 :ジョン・キロックノン:2016/03/10(木) 18:19:09.87 ID:???0
  〜 The Beatles / One After 909
  ttps://www.youtube.com/watch?v=3HoQ72Ug_8k

  〜 The Beatles / She's A Woman
  ttps://www.youtube.com/watch?v=8dqACfG6BgM

  (小林)ビートルズが初めてアメリカへ行った頃の音ですよね。
  まあ、この She's A Woman ていうのは、ライブの定番曲で。
  まあ、オハコというか十八番ていうかw。古い言い方をすればw。
  これは1964年の「I Feel Fine」のB面です。
 
  そしてその前は。
  実はもう とっくに録音されていたんですね。
  1963年に録音されていて。
  これは、それから30年以上経った1995年「アンソロジー(Anthology)1」に収められていたバージョン。
  One After 909

169 :ジョン・キロックノン:2016/03/10(木) 18:19:59.60 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「でも本当に私、ジョン・レノンの妻なんです」
  この発言の主は、シンシア・レノン。
  ビートルズが滞在しているマイアミのドービルホテルの部屋からコッソリ抜け出したまでは良かったが。
  問題は部屋に戻る時。
  階段の前に立った警備員が、どうしてもシンシアを通してくれないのである。
  それどころか、この警備員、もうウンザリといった表情で、不信を絵に描いたような顔をしている。
  「はいはい、お嬢さん。みんなそう言って、中に入ろうとするんだよね。
  その手には乗らないよ。
  さあ! あっちへ 行った 行った!」
  10分近くもお願いしていて涙があふれそうになった時、ファンの一団が近付いて来て、この警備員に向かって怒鳴り始めた。
  「あなた、なにやってんの!。この人 シンシアじゃない。
  シンシア・レノンよ。ジョンの奥さん。
  イギリス人のアクセントが判らないの?
  ほら!、写真だって持ってるから」
  このファンの女の子は、そう言ってシンシアがジョンと写っている写真まで取り出してくれて、ようやく警備員も納得した。
  「ああ、よかった」シンシアはホッとした。
  そして、「必ずビートルズ全員のサインをもらって来ますから」と約束して、全力で階段を駆け上がった。

  次の脱出作戦は、さらに劇的であった。
  ビートルズ御一行の乗った車は、ホテルを出るたびにマスコミやファンに尾行されていた。
  そこで、マイアミ警察は少しトリッキーな作戦に出た。
  その作戦とは、ホテルの厨房の出入り口から出て、食肉、つまり牛肉や鶏肉を運ぶワゴン車のコンテナに隠れて移動する、というもの。
  話しを聞いて、みんな大笑いしながらも、その計画を実行することになり。
  次の日、こっそりホテルを出て、待機していたワゴン車に乗り込んだ。
  金属製の重いドアが冷たい音を立てて閉まると、あとは真っ暗闇。
  車はすぐに走り出した。
  シンシアは最後に乗り込んだので、どこか安全な所に掴まる余裕もなかった。
  
  さて、カブトムシ楽団御一行は、はたして無事目的地までたどり着くことが出来るのか?。
  この続きは、また次回のお楽しみ。

170 :ジョン・キロックノン:2016/03/10(木) 18:20:38.69 ID:???0
  〜 The Beatles / Slow Down
  ttps://www.youtube.com/watch?v=qIuZDMWvwLE

  〜 The Beatles / Oh! Darling
  ttps://www.youtube.com/watch?v=eF_mhA7HT2Y

  (小林)Oh! Darling が、久しぶりに流れましたね。
  1969年「アビーロード(Abbey Road)」ですけども。
  これはやっぱり 初期の頃の録音でしょうね。
  
  そして「 Long Tall Sally」のEPの中に入っている Slow Down
  これ、ラリー・ウィリアムス( Larry Williams)というね、アメリカのシンガーのヒット曲のカバーです。
  Slow Down

171 :ジョン・キロックノン:2016/03/12(土) 14:13:08.25 ID:???0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。

  (横浜市/男性)
  コーラスがきれいな素敵なグループです。
  中学の頃よく聴いていました。
  マリリン・マックー(Marilyn McCoo)が。  

  (小林)あ、この中のね。シンガーね。
  リードボーカルですよね。
  ジョン・レノンはねえ、関係あると言えば関係ある。
  えーとねえ、ラスベガス行った時にね、ビートルズはね、抜け出してね。
  「ハワード・ヒューズっていう有名な人が、あそこに住んるんだよー」っていうのをね。
  夜見に行くことがあるんですが。
  その、ハワード・ヒューズが後半持っていた大きな飛行機会社がTWAって言いましてね。
  その飛行機会社のテーマソング「空の彼方に飛んで行こう」っていうコマーシャルソングだったんですよ。これはw。
  関係あるでしょう? 無いかw。
  フィフス・ディメンション(The 5th Dimension)の Up, Up and Away 

  〜 The 5th Dimension / Up, Up and Away
  ttps://www.youtube.com/watch?v=_ii_WugJEJg

  〜 Earth, Wind & Fire / September
  ttps://www.youtube.com/watch?v=ter0p_iyIxk

  (小林)Up, Up and Away から、アースの名曲が流れましたが。

  (鴨川市/男性)
  今年になって、デヴィッド・ボウイ(David Bowie)、イーグルス(The Eagles)のグレン・フライ(Glenn Frey)
  そして、アースウィンド&ファイア(Earth, Wind & Fire)のモーリス・ホワイト(Maurice White)が享年74歳で亡くなりました。
  改めて心よりご冥福を。
  70年代の全盛期は、あのファンキーでソウルな楽曲、ファンの心を虜(とりこ)にしましたね。
  
  (小林)ていうことで、おかけいたしました。

172 :ジョン・キロックノン:2016/03/12(土) 14:14:52.29 ID:???0
  (埼玉県白岡市/男性)
  改めて、僕がビックリするのは、過酷なスケジュールの中にもかかわらず。
  名実共に最高のアルバムを、季節ごとにコンスタントに、ビートルズは作り続けたことです。
  かつて大瀧詠一さんが 自身の連作時代について、冗談交じりに武勇伝として懐古していました。
  「契約をこなすためとはいえ、インスピレーションがあったから作った。
  ビートルズも、マーケットの要求はあったけど、作品が出来たのは、あくまで彼らの泉が止め処もなく湧いていたからだった」
  そんな大瀧さんにちなんで、思わずニヤリとしてしまう曲をリクエストします。

  (小林)[埼玉県白岡市/男性]さんのリクエストは、大瀧詠一「空飛ぶくじら」
 
  〜 大瀧詠一 / 空飛ぶくじら
  ttps://www.youtube.com/watch?v=MRjt6dMt7Y4

  〜 The Beatles / Here, There And Everywhere
  ttps://www.youtube.com/watch?v=0Whz1jIEBI0

  (小林)最後はビートルズの Here, There And Everywhere

  (浦安市/女性)
  冬になると特にこの曲が聴きたくなるんです。
  奥の方から聴こえてくるような、温かみのあるドラムの音が大好き。
  「リボルバー(Revolver)」のアルバムでは「Yellow Submarine」とのつながりが、冬から夏にワープしてるみたいで。
  また聴いていて、ワクワクした気持ちになります。 

  (小林)そうか、白いくじらから、イエロー・サブマリンていうとあれだね。
  形だとか似て・・・
  大瀧さんの音楽も、ビートルズみたいだったよねw
  なんかねえ、つながってたねえw

173 :ジョン・キロックノン:2016/03/12(土) 14:17:19.08 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがでしたか?

  ねえ、シンシア・レノンの話しは面白いでしょう?
  ビートルズは、それでアメリカへ初めて行って。
  それで、夏のツアーがあって。
  その翌年も、ツアーやって。
  その翌年も、ツアーがあるんですよ。
  で、珍道中を描いたエピソードっていうのはねえw 
  もう腐るほどあるんですよ。
  それが、全部面白いんですけど。
  番組では、どれだけそういうのがw カバーできるか、ちょっと楽しみにしてます。
  楽しみに しててくださいね。
  僕も楽しみにしてるんだけど。
  もうすでにね、この番組10年もやってますから。
  そういうエピソードもお伝えしましたけども。
  まだ、知らないやつがいっぱい出てきますからね。
  
  リクエスト、よろしくお願いします。
  採用の方にはイシイのミートボールなどをセットにしてお送りしています。
  beatles@bayfm.co.jp
  こちらで待っています。
  お相手は小林克也でした。

174 :ホワイトアルバムさん:2016/03/12(土) 18:25:43.76 ID:???0
いつもありがとうございます

175 :ジョン・キロックノン:2016/03/14(月) 18:20:40.05 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年3月13日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(3月13日)
 ・1990年です。
  今から26年前の今日。
  ポールは、東京でコンサート。

  これは、ちょっと振り返るとね・・・
  このコンサートは、その10年前に本当は東京で奏るはずだったんですけども、例の事件で・・・
  ということで、1980年代のポールはですね、事件から始まってるんですよ。
  先ず ほら、ジョン・レノンのね暗殺でしょ。
  で、東京成田での事件があって。
  やっぱり ポールは、80年代の前半はね、表になかなか出てこないです。
  1985年に「ライブエイド(Live Aid)」で、出て来ます。
  それから、87年は、イギリスのロイヤルファミリー絡みの「プリンス・トラスト(Prince's Trust)」のパフォーマンスで。
  エリック・クラプトン(Eric Clapton)エルトン・ジョン(Elton John)等と共演して、トリを務めて。
  で、その後は 毎週金曜日に「フライデイ ナイト セッション(Friday night sestionon)」てのを始めて。
  まあ、自分にふさわしいミュージシャンを探るわけですよね。
  で、結果「フラワー・インザ・ダート(Flowers in the Dirt)」というアルバムに至るわけです。
  ここで、エルビス・コステロ(Elvis Costello)と共演して。
  ポールは相当エルビス・コステロに助けられますよね。
  コステロと一緒に音楽を作ったりするという経験から。
  で、コステロに勧められて、このツアーが始まるわけです。
  1989年の9月に、ノルウェーのオスロが初日で、数ヶ月経って年が明けて。
  1990年、26年前の今日、東京でコンサート、めでたし、めでたし、というわけです。

176 :ジョン・キロックノン:2016/03/14(月) 18:21:25.87 ID:???0
  さあ、それじゃあ、その時のツアーの模様のね、音を聴いていただきます。
  その時は、結婚20周年を迎えたリンダ・マッカートニー(Linda McCartney)もメンバーです。
  自然保護をスローガンに掲げたツアーはスタートします。
  そのツアーのライブアルバム「Tripping The Live Fantastic」
  この中から、驚きの選曲です。
  これは聴きモノです。
  ちょっと長くなりますけどね、いいですか?
  あのメドレーですよ。
  ゴールデン・スランバー、キャリー・ザット・ウェイト、ジ・エンド

  〜 Paul McCartney / Golden Slumbers-Carry That Weight-The End
  ttps://www.youtube.com/watch?v=Eo_xoJPiuso

  (小林)いやあ、めでたし、めでたし、ですよね。
  初めて東京でやって、24年経って、ねえw 実現したツアーの中から。
  めでたし。
  「あ!。ここ、私いた」っていう人も、いらっしゃると思います。
  スタジオにも 約1名おります

177 :ジョン・キロックノン:2016/03/17(木) 22:59:47.24 ID:???0
□ストーリー
 ・時は1964年2月、アメリカ合衆国フロリダ州はマイアミ。
  ヨーロッパ諸国のみならず、ロック発祥の国アメリカをも征服したビートルズ。
  そのあまりの人気と熱狂で、御一行の乗った車は、ホテルを出るたびにマスコミやファンに尾行されていた。
  そこでマイアミ警察は少しトリッキーな作戦を計画。
  その作戦とは。
  ホテルの厨房の出入り口から出て、食肉、つまり牛肉や鶏肉を運ぶワゴン車のコンテナに隠れて移動するというもの。
  話しを聞いて、みんな大笑いしながらも、その計画を実行することになり。
  次の日、こっそりホテルを出て待機していたワゴン車に乗り込んだ。
  金属製の重いドアが冷たい音を立てて閉まると、あとは真っ暗闇。
  車はすぐに走り出した。
  シンシアは最後に乗り込んだので、どこか安全な所に掴まる余裕もなかった。
  
  こういった史実の全ては、ジョンの最初の妻シンシア・レノンが遺した手記に記されている。
  今週もロックの歴史上 最も最も重要なアーカイブとも言えるこの名著からお届けしよう。

  この世紀の大脱出作戦の際の運転手は、アクション映画のカーチェイスのシーンが大好きと見えて。
  車をスタートさせると、ものすごいスピードで走るため、シンシアの体は宙に浮いたかと思ったら、ドアに激しくぶつかり。
  おかげで頭に玉子ぐらいの大きなタンコブが出来てしまった。
  もちろん酷い目に遭ったのはシンシアだけではない。
  みんなもコンテナ内部の側面に付いている肉を吊るすフックになんとか掴まろうとして。
  あっちへヨロヨロ、こっちへヨロヨロしているうちに、アザだらけになってしまった。
  「おい!ヘタクソ運転手! 一回車を停めるか、スピードを落とすかしろ!」
  メンバー全員で大声で叫んでみるものの、さすがに密閉されたコンテナから運転席までは、その声も届かなかった。
  実はこの運転手、今回の作戦のことなど これっぽっちも聞かされておらず。
  目的地に到着して初めて、ようやくコンテナの中で何が起こっていたのかを知らされた。 
  もちろんその運転手は、被害者であるビートルズの四人から容赦なく罵(ののし)られたことは言うまでもない。

178 :ホワイトアルバムさん:2016/03/17(木) 23:00:08.73 ID:???0
  〜 The Beatles / Lady Madonna
  ttps://www.youtube.com/watch?v=Q8SnIII46oQ

  〜 The Beatles / She Said She Said
  ttps://www.youtube.com/watch?v=uak04ySMbRo

  (小林)アルバム「リボルバー(Revolver)」から
  1966年 She Said She Said

  そしてその前は、68年ですよね。
  Lady Madonna

179 :ジョン・キロックノン:2016/03/17(木) 23:01:00.36 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「マイアミのドービルホテルから、食肉を運ぶコンテナに乗り込んで、大脱出作戦。
  あれは、全身アザだらけになりましたが、作戦としては大成功でした。
  それに、この痛みをこらえてまで脱出した価値は充分にあったんです」

  このセリフの主は、ビートルズのリーダー=ジョンの最初の妻であるシンシア・レノン。
  こういった史実の全てはシンシアが遺した手記に記されている。
  ロックの歴史上もっとも重要なアーカイブとも言えるこの名著から続けてみよう。

  ホテルの厨房に食肉を卸すためのコンテナ車から降りたビートルズ御一行が向かったのは、マイアミビーチにあるプール付きの大邸宅。
  彼らはここに招かれていたのである。
  そこではビートルズのプロデューサーであるジョージ・マーティンと、後にマーティンの奥様となるジュディが待っていてくれた。
  ジュディはビートルズの所属レーベルのEMIパーロフォンの社員であったため、メンバーは顔馴染みでもあった。
  この招かれた大邸宅は、ある有名人が所有する家で、ビートルズのために特別に使わせてくれたのであった。

  夫であるジョンのライブ以外の仕事場には 一切顔を出したことのないシンシアが、マーティンとジュディに会ったのはこの時が初めてであったが。
  このカップルの人柄に、ひと目で好感を持った。
  マーティンは背が高くオシャレで、さっそうとしていて、その上礼儀正しく、それでいて愉快な人。
  クラシック音楽を学んだロンドンのギルドホール音楽院では、偶然にもポールの婚約者であるジェーン・アッシャーの母親からオーボエのレッスンを受けていた。
  その後レコードプロデューサーに転向し、ビートルズの担当になったが。
  クラシック音楽とコメディ音楽の両方で優れたクリエイターとして活躍していた人物。
  一方、ジュディは美しく、伝統的なイギリス女性の良さを備えた人で、心の中から優しさが滲み出ていて、さらに勉強も一番の女子学生といった雰囲気を持っていた。
  そんな女性を秘書に迎え容れたマーティンは実にラッキーな男であった。

180 :ジョン・キロックノン:2016/03/17(木) 23:01:33.02 ID:???0
  〜 The Beatles / Martha My Dear
  ttps://www.youtube.com/watch?v=lnpyggjc5ao

  〜 The Beatles / Because
  ttps://www.youtube.com/watch?v=rf4mBowoHlQ

  (小林)これはね、すごいですよねw
  ビートルズだから出来るんだ、っていうな感じですよね。
  1969年「アビーロード(Abbey Road)」から Because

  そして、あの「ホワイトアルバム(The BEATLES)」から
  Martha My Dear

181 :ジョン・キロックノン:2016/03/17(木) 23:02:33.94 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ビートルズの面々と一緒に大脱出を企てた結果 全員打撲のためアザだらけ。
  でも到着して招待されたのは、マイアミビーチの大邸宅でした。
  その景色の素晴らしさには圧倒されましたが、
  ここで初めて会った ビートルズのプロデューサー=ジョージ・マーティンと その秘書を務めるジュディのカップルを
  私は ひと目見て 好きになってしまったんです」
  こんの発言の主は ジョン・レノンの最初の妻シンシア・レノン。
  昨年4月75歳でこの世を去ったシンシアであるが、
  彼女は生前にジョンとの思い出を一冊の手記にまとめた。  
  作り話は一切なし、というこの名著から、もう少し続けてみよう

  あの嵐のような大勢のファンからも、ホテルでの息の詰まりそうな暮らしからも逃れて、プールで泳いだり。
  この招かれた大邸宅の執事が料理してくれる食べきれないほどのバーベキューを楽しんだりしながら、一日中パーティをした。
  その執事は、まるでマフィアの一味のような風貌をしていて、いつもシンシアたちを睨みつける様な顔をしていたけど。
  ステーキを焼かせたら完璧だった。

  翌日は、当時ボクシングのヘビー級の世界チャンピオンで、誰もが知るモハメッド・アリに会って、フォトセッションを行なった。
  世界チャンピオンとビートルズを一緒にならべて撮ろうなんて、誰のアイデアだったかわからないが。
  アリがビートルズを相手にスパーリングをしたり、ふざけ合ったりする姿を捉えようと、マスコミが大挙してやって来た。
  そしてアメリカ滞在の日も残り少なくなったころ、ビートルズ御一行はイギリスに帰ることを心待ちにするようになった。
  アメリカでのビートルズの評価には満足していたが。
  2週間もホテルに軟禁状態では、誰だって気が滅入る。
  コンサートでは、動物園のチンパンジーと同じ扱いを受けるし。
  それに家族やガールフレンドにも会いたかった。
  ロックスターとはいえ、やはり生身の人間。
  ベーコンサンドイッチや、イギリス風の本物の紅茶も恋しくなっていたのである。

182 :ジョン・キロックノン:2016/03/17(木) 23:03:25.96 ID:???0
  〜 The Beatles / When I'm Sixty-Four
  ttps://www.youtube.com/watch?v=vAzaOZfgf0M

  〜 The Beatles / In My Life
  ttps://www.youtube.com/watch?v=UKQpRgxyyqo

  (小林)2曲、名曲を改めて聴きました。
  
  「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」から When I'm Sixty-Four

  そして「ラバーソウル(Rubber Soul)」から In My Life

183 :ジョン・キロックノン:2016/03/19(土) 15:52:49.70 ID:???0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。

  (千葉市美浜区/男性)
  50年ファンをしていても、初めて聞くエピソードもたくさんあり、毎回楽しみにしています。       (小林)ありがとうございます。
  高校時代に買った 東芝オデオンレーベルのLPレコードを今でも聴いている「ノスタルジジイ」です。(小林)いいねw ノスタルジジイw
  ビートルズは全ての曲が好きなので いつもリクエストで悩みます 。
  今日は「「A Hard Day's Night」をリクエストします。
  初めてラジオから流れてきたイントロの「ジャーン!」にたまげて、動いてるビートルズを映画で見て。
  最後まで鳥肌が立ちっぱなしだったのが、懐かしく思い出されます。
  
  (小林)
  さあそれじゃ、[千葉市美浜区/男性]さん、あなたのリクエスト。

  〜 The Beatles / A Hard Day's Night
  ttps://www.youtube.com/watch?v=09QJt9MBBU

  (小林)いやもうほんとに、A Hard Day's Night
  何回聴いたか わかんない。
  でも、聴くたびに違う思い、っていう感じがしますが。

184 :ジョン・キロックノン:2016/03/19(土) 15:54:57.88 ID:???0
  (横浜市/男性)
  久しぶりに「SGT」             (小林)あ、サージェント。
  久しぶりに「サージェント」を聴きました。
  やはり、すごいアルバムです。     (小林)という[横浜市/男性]さん。またもや、ノスタルジジイw
  オープニングタイトルからリプライズ、そして実ステージはやらなかったアンコールまで、全曲を一気に聴いてしまいました。
  リクエストは名曲のアンコール曲をお願いします。
  コンサートをやりたかったんだろうなあ。
  映画「Let It Be」見たいなあ。
  見たいなあ・・・・・・

  (小林)って書いてありますw。
  [横浜市/男性]さんのリクエストは、A Day In The Life

  〜 The Beatles / A Day In The Life
  ttps://www.youtube.com/watch?v=usNsCeOV4GM

  (小林)また、聴いてしまいましたw

185 :ジョン・キロックノン:2016/03/19(土) 15:59:45.21 ID:???0
  (千葉市花見川区/男性)
  先日のデヴィッド・ボウイ(David Bowi)の追悼リクエストを聴きながら、。
  改めて、彼の声には天を感じる不思議なバイブレーションがあって。
  聴いていると、なんだか上に引っぱられるような感じがしました。
  顔を知らずに聴いたら「どんな感じの人だろう?」と想像させる声質ですね。
  「Blackstar」のビデオを見て 私が直感で感じたのは。
  「未来の地球の姿。二分化された、もう片方の星を描いているのだろうか?」ということでした。
  男性が処刑され、女性が残るのだけど、その女性も何かに操られている星。
  この太陽の光の無い星のビジョンが、デヴィッド・ボウイの中にあったのだろうか。
  彼は何かを知っていたのかな?
  地球の人々への彼の最後のメッセージとして、それを映像で見せてくれたのだと思いました。
  このビデオを夜中に3回続けて観た私は、不気味な重さに、ブルーな気分になるのかな? と思いましたが
  そんなことなく、彼の美しさと繊細さが心に残りました。

  (小林)なかなか、良い感想文ですね。
  そういう事を感じさせてくれる、彼の偉大さ、というのかな。


  (東京都新宿区/女性)
  先日、耳にして「良い曲だなあ、これは誰の歌?」と思った曲をリクエストします。

  (小林)
  キャロルキング(Carole King)です。Snow Queen

  〜 Carole King / Snow Queen
  ttps://www.youtube.com/watch?v=lzdAFOjLvxY

186 :ジョン・キロックノン:2016/03/19(土) 16:04:06.49 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」

  お話しの方は、マイアミでモハメッド・アリに会って。
  これはまあ、写真を見た方 けっこう多いんじゃないでしょうかね。
  二人がふざけ合ってる写真なんか。
  「いやあ、なんという組み合わせだ」と思ったりしましたけどもw
  どうでしょうか?
  ここんところね、ジョン・レノンの最初の上さんの書いた・・・
  まあ、あの方は ほんとに去年、残念ながら亡くなってしまいましたけども。
  それを、ずーっと僕も紹介していると。
  頭の中に絵が出来てるんだよねw まるで映画みたいに。
  このシーンへ行って、このホテル行って、みたいな。
  そんなビートルズ体験を されてるにゃないかと、ね。
  それに、ビートルズの音楽がサントラとして、頭の中でw・・・ね。
  聴こえてるんじゃないかと、思っております。
  また来週をお楽しみに。よろしくお願いします。
 
  リクエストの方も。
  まあ、いろんな方がいますから。
  僕が待ってるのは・・・
  ベテランのファンの方もそうですけども。
  「初めてビートルズを聴いたんだよお」という若い方なんかも、ちょっとね。
  リクエストなんかを聴いてみたいですよね。
  参加してください。
  
  採用の方にはイシイのミートボールなどをセットにしてお送りしています。
  アドレスは
  beatles@bayfm.co.jp
  こちらで待っています。
  小林克也でした。

(参考)ttp://blog-imgs-18.fc2.com/f/u/k/fukkokudo/20090209225415.jpg
ttp://cdn.amanaimages.com/cen3tzG4fTr7Gtw1PoeRer/50111005162.jpg

187 :ホワイトアルバムさん:2016/03/21(月) 23:30:10.19 ID:???0
いつもありがとうございます

188 :ジョン・キロックノン:2016/03/23(水) 13:31:08.82 ID:l+5UU86V0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年3月20日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(3月20日)
 ・1969年。
  47年前の今日。
  ジョンとヨーコがジブラルタルで、行って結婚する。
  ジョンとヨーコの結婚の日。
  ジョンは2度目、ヨーコは3度目の結婚。
  二人が出会ったのは ビートルズがツアーをやめて3ヶ月経った11月。
  まあ、この出会いの話しはあまりにも有名ですが。
  もちろん当時二人は既婚者だっために、これは正確に言うとダブル不倫という関係。
  2年以上続くわけですね。

  で、晴れて47年前の今日、3月20日に結婚式を挙げることができた。
  ジブラルタルはスペインのほぼ最南端で、実はイギリスの海外領土で。
  ジブラルタル海峡を渡るとアフリカ大陸ですね、モロッコという位置ですよね。

  この結婚式、3月15日にサザンプトンの港に到着して、そこを出ようとしたのですが。
  フェリーの中で結婚しようと思ったわけね。
  ところが、パスポートを持ってなかった。
  だから、出国できなかったw
  船の上で結婚できなかった。
  で、すぐさま、ピーター・ブラウン(Peter Brown)に電話をして、サザンプトンからパリに行くためにチャーター機を・・・
  飛行機をチャーターして、パリで、それでは結婚しようとしたんですけど。
  パリで婚姻届けが出せない、ということで。
  なんとか、イギリス領のジブラルタルで式を挙げるわけです。
  ジブラルタルまで行ってね。

  で、この道中は正確に、あの「The Ballad Of John And Yoko」これの歌詞になっています。
  ねえ、まあ、これ思いつきのね「おい、結婚しよう」つんで。
  行き当たりバッタリの結婚じゃなかったのか?、なんて、言われていますが。

189 :ジョン・キロックノン:2016/03/23(水) 13:32:11.13 ID:???0
  とにかくそれじゃあ、イギリスで1位、アメリカでは8位まで上がった曲です。
  ビートルズの、The Ballad Of John And Yoko

  〜 The Beatles / The Ballad Of John And Yoko
  ttps://www.youtube.com/watch?v=UCyMx9Cmkxs

  (小林)いかがですか? ビートルズの The Ballad Of John And Yoko
  これは、ジョンとポールが・・・
  まあ、不仲とかいろいろ言われたりするわけですけれども、69年頃から。 
  でも、同じ出来ちゃった結婚、ていうか、なんて言うの? 
  勢い余って結婚したっていう。
  ポールは、実は なんだっけ? これは3日前。
  そう、ジョンが結婚する3日前に、いきなり出来婚をやるわけですよね。
  で、ジョンはw やっぱり結婚した同士だから、仲良く作ったんでしょうかねw ええ。
  有名な The Ballad Of John And Yoko

  これはやっぱり あれですよ。
  サビが「俺を処刑しようとしてるんだ」っていう。
  「処刑」っていう「クルシファイ(Crucify)」の影には、イエス・キリストが浮かびますからね。
  だから、ジョンの精神的なものは・・・
  ほら、「ビートルズは、イエス・キリストより人気があるんだよ」って言いましたけども。
  そういう風な精神状態が、ちょっと残ってるのかな? っていう気もするんですけどね。

190 :ジョン・キロックノン:2016/03/24(木) 19:27:22.72 ID:???0
□ストーリー
 ・「私がしたためた手記は、ジョンと過ごした十数年の思い出だけで出来ています。
  もちろんその内容は 全て私が目の当りにしたこと。
  もしくは、ジョンやビートルズのメンバー、マネージャーのブライアン・エプスタインや、スタッフの皆から直接聞いたことだけで構成されています。
  それまで、ビートルズの事を書いた文献の多くが、事実を歪めて書いていたり。
  政治的な力が働いていたり。
  あるいは、悪意に満ちた内容だったり、もうウンザリしていました。
  だから、私が書くべきだと思ったんです」
  この言葉の主は、ジョンの最初の妻シンシア・レノン。
  もちろん、今週もロックの歴史上最も重要なアーカイブともいえるこのシンシアの著作からお届けしよう。

  1964年2月、ビートルズにとって最初となるアメリカツアーは大成功であった。
  しかし、2週間もホテルに缶詰めにされ、常に背突かれ、強要され、動物園にいるオランウータンのようにじろじろ見られるのは、もうたくさん。
  メンバー全員、そう感じ始めていた。
  妻であるシンシアを同行させることができたジョンは良かったが、他の3人はロンドンに残してきた恋人に早く会いたいと思っていたし。
  ベーコンや、豆のサンドイッチや、イギリス式の本物の紅茶といった家庭の味も恋しくなってきていた。
  実際に、自分たちが超有名人になってみると、そのことを心底 良いことと受け容れたメンバーは一人もいなかった。

  そしてアメリカでは、そういう疎外感が募ることになった。
  ホテルに閉じ込められて、窮屈な気持ちになることも、自由に街に出られなくなったことも。
  好きな時に好きな店にフラッと入れなくなった事も、すべて苦々しく思っていた。
  さらにはファンとの関係。
  これも 嬉しくないことの方が多かった。
  知らない人間が突然近寄ってきて、一方的にしゃべりまくる。
  乱暴に押される。
  信じられないような興奮状態の中で、グチャグチャにされたり。
  その全てが、狂気の沙汰とも言えるもの。
  しかし、あれもこれも、スパースターと呼ばれた者であれば、みんなクリアしてきたこと。

  ビートルズにとっての試練は、まだ序の口であった。

191 :ジョン・キロックノン:2016/03/24(木) 19:27:59.87 ID:???0
  〜 The Beatles / This Boy
  ttps://www.youtube.com/watch?v=20jzMqD-N2c

  〜 The Beatles / Eight Days a Week
  ttps://www.youtube.com/watch?v=n7wqTzONvaY

  (小林)初期の作品、いつも新鮮になりますよね。

  「I Want to Hold Your Hand」のB面ですよね。1963年。
  This Boy

  そして Eight Days a Week
  これは「Beatles For Sale」
  1964年のアルバムから。

192 :ジョン・キロックノン:2016/03/24(木) 19:30:18.45 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ビートルズにとって 初めてとなるアメリカツアーに同行して。
  夫であるジョンが、その時どういう状況に置かれていたのかが、よく理解できました。
  もちろん、理解といっても、凡人である私が理解できた範囲でのことです。
  これはもう、何カ月も続けられることではありませんでした。
  早くロンドンに帰りたい、という気持ちは充分に理解できたのです」
  このセリフは、ビートルズのリーダー=ジョンの最初の妻であるシンシア・レノン。
  こういった史実の全ては、シンシアが遺した手記に記されている。
  ロックの歴史上 最も重要なアーカイブとも言えるこの名著から続けてみよう。

  ロンドンに帰っても、ひと心地つく間もなく。
  ビートルズは初めての主演映画「A Hard Day's Night」の撮影をスタートさせた。
  映画のタイトルはリンゴの発した言葉から付けられたもので。
  ノンストップのツアーや、様々な場での演奏で、常に疲労困憊している自分たちの様子を言い現わしていて。
  同じタイトルがそのテーマ曲となり、シングルとしても発売された。
  
  ジョンは映画を作ることにワクワクして大喜び。
  ジョンにとって映画は、自分の創造性を試す絶好のチャンスであり、
  ロックンロールとはまた別の手段で、その製作の様子にすっかり魅了されていた。
  ただし、撮影スタジオに行く迎えの車が来るので、明け方の6時には起きなければならないことには、いつもブーブー文句を言っていた。
  そしてその撮影は、そのまま夕方まで続くため、家には夜の7時に帰れれば、良い方であった。
  もちろん、帰って来る頃には、もうクタクタである。

  ここイギリスでも、映画業界の人たちの体力と集中力は凄まじいもので、映画はわずか数週間で撮影が完了となった。
  こうしたポップ映画は、一過性の人気の副産物、つまりオマケのように考えられる傾向があったのであるが。
  この「A Hard Day's Night」という作品は、純粋に映画として高く評価され、
  後に「最も成功したポップ映画」として歴史に残るようになったのである。

193 :ジョン・キロックノン:2016/03/24(木) 19:31:53.31 ID:???0
  〜 The Beatles / A Hard Day's Night
  ttps://www.youtube.com/watch?v=70QfHtKdh_0

  〜 The Byrds / Mr. Tambourine Man
  ttps://www.youtube.com/watch?v=rbw7o53bx-Q

  (小林)いかがですか? 同じ頃の・・・ね。

  1964年の「A Hard Day's Night」
  話しにちょっと出てましたけど。
  ね、「リンゴの言葉から」っていう。
  でも僕は・・ ジョン・レノンが作ったぽい、可能性もある、なんて思うんですけどね。
  ジョン・レノンは、こういうような言葉遊びは上手かったから。
  
  それから、バーズ(The Byrds) Mr. Tambourine Man
  ビートルズじゃないですからねw
  ボーっとして聴いてると、ビートルズかな?
  もう、ロサンゼルスでは、もうビートルズが売れちゃって。
  ビートルズに注目していた連中が いっぱいいるわけですよ。
  それで「これは 俺たちも」っていうことで始めたのがバーズですね。
  まあ、有名な話し、ロジャー・マギン(Roger McGuinn)の12弦のギター以外は。
  「ビートルズに対抗するんだから」っていうことで、スタジオミュージシャンが奏ったていう話しは有名ですけども。
  Mr. Tambourine Man
  いかがでしたでしょうか?
  これ、ボブ・ディラン(Bob Dylan)の歌なんですよね。
  ええw ボブ・ディランのw

  この時代、判ってくれましたか? 若い方は。

194 :ジョン・キロックノン:2016/03/24(木) 19:32:43.98 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「アメリカツアーは大成功。
  初めての映画『A Hard Day's Night』も高い評価をもらい。
  ビートルズはまさに順風満帆でした。
  初めてイギリスのチャートに登場してから、まだ1年数ヶ月しか経っていないというのに。
  私たちの生活は、すっかり様変わりしてしまいました。
  レコードの発売、映画の試写会、コンサートツアー、記者会見に パーティ。
  ひっきりなしにオフィシャルなイベントが入るので、ジョンも私も、このすごい流れに追い付いていくのがやっとでした。
  言うまでもなく、夫婦二人でゆっくり過ごす時間を見つけることなど至難の業でしたね」
  この発言の主はジョン・レノンの最初の妻シンシア・レノン。
  昨年4月、75歳でこの世を去ったシンシアであるが。
  彼女は生前に、ジョンとの思い出を一冊の手記にまとめた。
  作り話は一切なし、というこの名著から もう少し続けてみよう。

  ロックの世界で「天辺の上の、もっと頂上の、そのまた先っちょに立つ」というジョンの夢が叶って、シンシアは心から嬉しかった。
  シンシアはジョンの才能をずっと誇りに思ってきたし、昔と変わらずジョンを信頼してきた。
  だから社会的に認められるようになったジョンの姿を見るのは、とても喜ばしいことであった。
  ジョンは自分に確信を持ち、その気持ちを日に日に確固たるものに育てていった。
  子供の頃に植え付けられた劣等感や恐怖心を考えると、今やずっと穏やかになって自信を深めているジョンを見るのは、シンシアにとって幸せなこと。
  その代わり、ジョンの仕事が忙しくなればなるほど、息子のジュリアンと過ごす時間は減っていった。
  ジョンもシンシアと同じ事を考えていた。
  結婚し、父親になったばかりなのに、家族として一緒に過ごす時間があまりに少なく。
  妻と息子の傍にいて守ってやれないことを悲しく思い、フラストレーションを募らせていた。
  もちろん、シンシアは自分がしっかりしないといけないと思い、何でも自分で出来るようにがんばった。
  「ビートルズをめぐるこの狂乱も、いつかは終わる」
  シンシアはそれを信じていたのである。

195 :ジョン・キロックノン:2016/03/24(木) 19:33:15.29 ID:???0
  〜 The Beatles / When I Get Home
  ttps://www.youtube.com/watch?v=D4iZ4N8mtvo

  〜 The Beatles / Mr. Moonlight
  ttps://www.youtube.com/watch?v=2YfWQG5gI4A

  (小林)1964年の曲ですね。
  
  When I Get Home なかなか、これは良いですよね。
  これは「A Hard Day's Night」のアルバムに入っています。
  
  それから、64年の「Beatles For Sale」から。
  これは、カバーなんですけども。
  Mr. Moonlight

  ジョンの歌声が続いています。

196 :ジョン・キロックノン:2016/03/26(土) 23:42:05.11 ID:???0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。

  (小林)
  そして今日はw、この「Let It Be」に何人もの人たちがリクエストを寄せたというw
  どうしてこんなに集中したんでしょうかねw
  
  (茨城県常陸大宮市/男性)
  3月23日は妻の誕生日です。
  妻はビートルズにはまったく興味がありませんでしたが。
  私のリクエストがかかったのを切っ掛けに、毎週欠かさず聴いています。
  以前この番組に「ふと、流れてくれるLet It Beに感動します。だから、あえてリクエストしません」
  というメッセージを送ったことがありましたが。
  今回はリクエストします。  
  「やっぱりこの曲が一番いいね」って妻が言っていたので。
  
  (小林)ていう。
  はい[茨城県常陸大宮市/男性]さん
  それから、ねえw。

  (江東区/男性)
  東京都美術館で開催されている「ボッティチェリ展」ご存知ですか?
  聖母マリア様の絵を前にして、頭の中は「Let It Be」のメロディが流れっぱなしでした。

  (小林)という[江東区/男性]さんね。
  それから・・・
  
  (富里市/男性)
  高校を出てから久しぶりに 友達の家に遊びに行き。
  お兄さんがビートルズのアルバムを聴いていて。
  「Let It Be」の曲が流れ、「自分が好きな曲で良い」と思いました。
  何年か前の思い出ですね。
  何十年前かな。

  (茨城県稲敷市/女性)
  久しぶり。
  しばらく体調が悪くて、ラジオからも遠ざかっていましたが。
  少しづつ体調も回復傾向にあり、またラジオとお友達になろうかなと思っています。
  とにかく何かを始めてみようと、元気をもらえる曲なんで、よろしくお願いします。
  
  (小林)という。
  たくさんの方から頂きました。

  〜 The Beatles / Let It Be
  ttps://www.youtube.com/watch?v=eOXDt1XvHgY

197 :ジョン・キロックノン:2016/03/26(土) 23:42:53.25 ID:???0
  〜 The Beatles / I Me Mine
  ttps://www.youtube.com/watch?v=crA_flMFXSM

  (小林)こんどは 歌はね、ジョージ・ハリスンのほうが担当していました。
  I Me Mine
  さっき流れた「Let It Be」はアルバムバージョンで。
  ちょっとそれは、違いに気付いた方も多かったと思いますが。

  (横浜市/男性)
  映画「Let It Be」の中で、この曲でジョンとヨーコがダンスを踊っていた。
  ジョージは歌いながら、どんな気持ちでいたのか、気になります。
  
  (小林)ていうw

198 :ジョン・キロックノン:2016/03/26(土) 23:44:26.57 ID:???0
  (市川市/男性)
  3月6日、日曜は、妻の46歳の誕生日でした。
  結婚15年目にして、妻が僕のような男をいつも支えてくれたおかげで、
  今も変わらず幸せな夫婦でいられたと思います。
  最近ヒットしている この曲の歌詞を聴いて。
  真っ先に 妻に捧げたい曲だと思いました。
  
  (小林)という
  もう、テレビなんかで流れているから。
  奥さんなんかも耳にしていると思います。
  日本では「ワン・オクロック」
  アメリカなんかでもね、コンサートなんか奏っていまして。
  「One OK Rock」と呼ばれるグループ。
  Wherever You Are
 
  〜 One OK Rock / Wherever You Are
  ttps://www.youtube.com/watch?v=zwJMjSnlWTg

  〜 John Lennon / Imagine
  ttps://www.youtube.com/watch?v=RwUGSYDKUxU

  (小林)というわけで。
  お馴染みの曲が 流れましたねえ。
   
  (成田市/女性)
  先日、「オノ・ヨーコさんがインフルエンザ」のニュースが流れましたが。
  やっぱり、私の好きなビートルズの曲は、イマジンです。

  (小林)という。
  まああの、息子のショーンがすぐツイッターで。
  「お母さん、家で走ってる」っていう。
  まあ、家の中にジムがありますから。
  そういうふうなツイッターが流れていた、らしいですけども。
  [成田市/女性]さん、リクエストありがとうございます。ありがとうw  

199 :ジョン・キロックノン:2016/03/26(土) 23:45:31.64 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがですか?

  もうビートルズは、アメリカを征服することによって、世界を征服するわけですが。
  でもこれは、新たな困難ていうかね、始まりっていう感じですよね。

  ちなみに、ジョン・レノンは「ファット・エルビス」「太ったエルビス」の・・・
  そういう風に イギリスだとかアメリカでは言われたんですよね。
  ジョンが太り始めるんですよ。
  それの始まり。
  いやあw ハ、ハ、ハw
  どうなっていくのか。

  リクエストの方もよろしくお願いします。
  採用の方にはイシイのミートボールなどをセットにしてお送りしてます。
  メールは
  beatles@bayfm.co.jp
  です。
  小林克也でした。

200 :ホワイトアルバムさん:2016/03/27(日) 17:57:08.03 ID:/4GMVC+b0
この番組でメールが紹介された人はスポンサーから何か送られてくる
らしいのですが、2年前メールが読まれても自分の所には何も来ませんでしたwww
まあ、小林克也さんとビートルズが好きだから送ったわけだからいいですけど
自分だけだとしたら、どして?ってちょっぴりショック。

201 :ホワイトアルバムさん:2016/03/28(月) 15:49:42.64 ID:fEqP4ec+0
〜 The Beatrips / Old Brown Shoe
https://www.youtube.com/watch?v=phKJFBOQhRM

202 :ホワイトアルバムさん:2016/03/28(月) 17:38:01.20 ID:???0
>>200
メールで住所と名前を書かない人が時々おられるそうですがw

203 :ホワイトアルバムさん:2016/03/28(月) 20:27:08.12 ID:???0
いつもありがとうございます

204 :ジョン・キロックノン:2016/03/28(月) 22:02:29.52 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年3月27日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(3月27日)
 ・53年前の今日。1963年。
  ビートルズは「Please Please Me」のアルバムを出して、そのアルバムが9位であった。
  ビートルズは、アルバムを出して9位であった。
  それが53年前の今日。
  
  まあ、ビートルズがレコード会社と契約した時。
  マネージャーのブライアンと、それからプロデューサーのジョージ・マーティンは、ビートルズのプランを出すわけですね。
  シングルは3ヶ月に1回、アルバムは年に2枚。
  年に2枚だから、ちょっと・・・やっぱりドンドンどんどん出して行くっていう。
  最近じゃあ、あれですよね、年に1枚とかですよね、ロックのグループはね。ええ。

  で、この年の1月に2枚目のシングル「Please Please Me」がイギリスで1位になった。
  これを切っ掛けにして「もう、鉄は熱いうちに打て!」アルバムを作ります。
  当時アルバム、LPとも呼ばれていましたが、だいたい片面、A面とB面があってねw
  片面が7曲、で合計14曲。
  これがまあ常識的な長さであったわけですが。
 
  ビートルズは14曲中、8曲がオリジナル。7曲がカバー。
  これはすごいんですよ、実は。
  ライバルのローリングストーンズは、後でアルバム出してきますけれど、デビューアルバム。
  それは、14曲中、オリジナルは1曲しかなかった。
  ビートルズが いかにオリジナルにこだわっていたか、っていう。
  これがやっぱりビートルズの偉さなんですよね。
  「オリジナルを作った」ていうこと。
  で、まあ、そのためにどうしたかっていうと。
  今まで録音してきた曲があるわけですよね。B面としてね。
  A面はアルバムに入れなかった。
  これは、ほら、ファンに2回お金を払わせることになるから「それはやめよう」という。
  初期はそういうふうなことを考えていましたね。
  で、1日に10曲、録音しちゃうわけです。
  最後のレコーディング「Twist and Shout」
  ジョン・レノンが叫んだ時に、声帯から出血していたことは、あまりにも有名です。

205 :ジョン・キロックノン:2016/03/28(月) 22:03:39.97 ID:???0
  さあ、それではですね、
  その中から、アルバムの冒頭です。
  カウント名人と言われるポールのカウントから始まる この曲! 

  〜 The Beatles / I Saw Her Standing There
  ttps://www.youtube.com/watch?v=oroSpLjkCvo

  (小林)どうですか?
  「Please Please Me」のアルバム。
  これの1曲目が・・・
  すっごいやっぱり、ポールってのは、すっごい勢いがいい人なんですよね。
  そういうことが わかりますよね。
  その勢いが、若さが すっごい伝わってくる。
  このアルバムは53年前の今日、9位イギリス。
  もちろん、後でナンバーワンになります。

206 :ジョン・キロックノン:2016/03/30(水) 19:22:18.90 ID:???0
□ストーリー
 ・昨年、2015年の4月1日、イギリスで一人の女性がこの世に別れを告げた。
  女性の名前はシンシア・レノン。享年75。
  シンシアはもちろん、あのビートルズのリーダー=ジョン・レノンの最初の妻であり。
  後にミュージシャンとしてデビューするジュリアン・レノンの母親である。10:20
  彼女は生前、夫ジョンの事を中心に ビートルズに関する一冊の手記を発表している。
  その内容は彼女が全て目の当りにしたこと、もしくはジョンやビートルズのメンバー、マネージャーのブライアン・エプスタイン、スタッフのみんなから直接聞いた事だけで構成されている。
  今週もロックの歴史上 最も重要なアーカイブとも言えるこのシンシアの著作からお届けしよう。

  ビートルズが最初の主演映画である「A Hard Day's Night」の撮影を始めてから3週間が経ったころ。
  ジョンの著作「In His Own Write」(邦題/絵本ジョン・レノンセンス)が出版された。
  この本はジョンが書いたシャレや、逸話、物語り、イラストなど、数ヶ月かけて一冊の本にまとめたもの。

  ある日、ジョンの文章やイラストを目にしたジョナサン・ケイプ(Jonathan Cape)という出版社の編集スタッフから連絡があった。
  その連絡の内容は
  「なかなか面白いですね。レノンさんは小さな本が作れるくらいの素材をお持ちですか?」
  というもの。
  これを聴いてジョンは目を輝かせた。
  それから数週間の間、ジョンは文章を書き留めたり、イラストを描いたり。
  この本のことだけに すっかり夢中になっていた。
  ジョンは昔から、風刺や皮肉の利いたラジオコメディ「グーンショウ(Goon Show)」の大ファンで。
  番組はジョンがちょうど十代のころ、人気の絶頂であった。
  ジョンと親友のスチュアート・サトクリフは、しょっちゅうこの番組の出演者ピーター・セラーズ(Peter Sellars)スパイク・ミリガン(Spike Milligan)といったコメディアンのモノマネをしながら
  何時間もふざけ合ったりしていた。
 
  ジョンが好んだのは「グーンズ」の突飛なユーモアで、その影響は文章からも読み取ることができる。
  もともとジョンは言葉遊びが大好きで、言葉をひっくり返してみたり。
  言葉の持つ柔軟性を活かして実験してみたり。
  その結果は、ユニークな歌の世界にも反映されているのである。

207 :ジョン・キロックノン:2016/03/30(水) 19:23:15.61 ID:???0
  〜 Peter Sellars / A Hard Day's Night
  ttps://www.youtube.com/watch?v=MroTvoCsLz8
 
  〜 John Lennon / Crippled Inside
  ttps://www.youtube.com/watch?v=xIqaIfaJ3-E

  (小林)いかがですか?
  ちょっと風変わりな曲をかけましたけど。
  
  これは Crippled Inside
  「イマジン(Imagine)」のアルバムに入っているw。
  「Imagine」の次にこれがかかる、わけですけど。
  ちょっと、曲調はポール・マッカートニーも書くような曲調ですよ。
  なんかね、オールドタイムな。
  でも、これはジョン・レノンの独特の・・・
  こう、なんてんですか、ブラックユーモアみたいなのが入っていて。
  まあ、体が不自由とかよく言うけど。これ、心が不自由。Crippled Inside
  
  そして、その前は「A Hard Day's Night」
  これを、ジョンがもう十代の頃 夢中になっていた、憧れのピーター・セラーズがやっていました。
  これは、プロデュースが、ビートルズと同じプロデューサー=ジョージ・マーティンはこういう風なのが得意だったわけですよね。
  で、これは朗読じゃないですか?。
  でも、朗読でもピーター・セラーズのやつは、メチャクチャ味があるんですよ。表情だとか。
  だけどね、この人は実際に、演技としては、顔にね ほとんど出さないような微妙な演技をする人なんですよね。
  その人の、まあなんというのかな・・・
  日本で役者になりたい、役者の勉強してる人、英語の勉強してる人なんかには、とてもこれは助けになるものであります。  

208 :ジョン・キロックノン:2016/03/30(水) 19:24:15.06 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ジョンの散文やイラストを中心にした本、In His Own Write の出版の話しが来た時、彼は本当に嬉しそうでした。
  次のシングルの曲を書かなければいけないというのに、ジョンは新たに物語や絵を描くことに夢中だったんです。
  この仕事が来たことには、私もすごく嬉しかったんです。
  ジョンと私はアートスクールで出会ったんですから」
  このセリフの主はビートルズのリーダー=ジジョン・レノンの最初の妻であるシンシア・レノン。
  こういった史実の全ては、シンシアが遺した手記に記されている。
  ロックの歴史上 最も重要なアーカイブとも言えるこの名著から続けてみよう。

  ジョンの言葉遊びは、いったいどこから来たものなのか?。
  さすがにそれは 妻のシンシアにも分らないことでしたが。
  ジョンは普段から、手に触れた物なら何でも読む、というぐらい読書好きで。
  新聞や雑誌はもちろん、音楽、デザイン、ミステリー小説、伝記、歴史・・・
  とにかく、あらゆるジャンルの本を読んだ。
  
  中でも一番の愛読書は、ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」と「鏡の国のアリス」で。
  ジョンは物語の中に繰り広げられる、奇妙で素晴らしい世界を愛していた。
  いざ、自分が書き手になった時、ジョンの豊かなイマジネーションは、この時とばかりに解き放たれ。
  それまで、ポールと共に歌として作って来た「みんなに受け容れられるラブストーリー」という制約を越えて、大きな一歩を踏み出したことに、とてつもない喜びを感じていた。 

  それでも、本を出版したからといって、何か特別に大きなことを期待していたわけではない。
  ただ 自分が書いたものが綺麗に印刷され、本になったのを見ただけで嬉しかった。
  ポールがヘンテコな序文を寄せてくれたので、友人たちも喜ぶだろう。
  という程度にしか考えていなかった。
  その程度のことだったのである。
  
  ただ結果は、ポップ音楽誌からメジャーな新聞まで、あらゆる紙媒体がこぞって取り上げ、評価を下した。
  これはまさしく、お祭り騒ぎであった。

209 :ジョン・キロックノン:2016/03/30(水) 19:25:31.71 ID:???0
  〜 The Beatles / Baby You're a Rich Man
  ttps://www.youtube.com/watch?v=vpCy4zhIssg

  〜 The Beatles / The Continuing Story of Bungalow Bill
  ttps://www.youtube.com/watch?v=YlkZ8Ud8uoA

  (小林)これはもう 後期の曲。ビートルズのね。
  Baby You're a Rich Man
  これも有名ですけど「マジカル・ミステリー・ツアー(Magical Mystery Tour)」
  67年ですね。

  それから、The Continuing Story of Bungalow Bill
  これは1968年の「ホワイトアルバム(The BEATLES)」に入っている。
  オノ・ヨーコの声もw 出ておりましたけどw

  あの本はねえ、面白い・・・ジョン・レノンの文章だとか詩だとか、何でもありの本なんですよ。
  だから、コントみたいなのがあってね。
  老婦人が歯医者へ行って
  「あのすみません。歯に、歯茎に穴が空いたようなんです」
  「あー、どれどれ、見せてごらんなさい。はい、口を開けて。
  あら? 歯が一本も無いじゃない」
  「そんなことありませんよ。8本は残っているはずです」
  「いや、無いですよ。
  という事は、あなた、歯が83本も無くなりましたね。
  これは大変なことですねえ」
  とかなんとか。
  どこへ話しが行くのか、よく分からないような。
  まあ、実際ちょっと読んで見られた方が面白いかな、と思いますけど。  

210 :ジョン・キロックノン:2016/03/30(水) 19:26:51.35 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「1964年にジョンが発表出版した In His Own Write は、
  ほんのシャレのつもりで出されたものでしたが。
  ビートルズ世界制覇の波に乗って、とてつもなく大きく取り上げられました。
  なんせ、有名な紙媒体のほとんどが、この本を記事にして。
  評論家先生たちの評価まで載っていたくらいです。
  これには 本当にビックリしましたねえ」
  この発言の主はジョン・レノンの最初の妻シンシア・レノン。
  昨年4月、75歳でこの世を去ったシンシアであるが。
  彼女は生前にジョンとの思い出を一冊の手記にまとめた。
  作り話は一切なし、というこの名著から もう少し続けてみよう。

  メロディメーカー誌には「ジョンは並外れて才能ある作家だ」
  「しかも、人の笑いを誘うのが上手く、才気にあふれ面白い」と書かれていた。
  タイムズ誌の文芸別冊には「英語という言語や、イギリス人の想像力が衰えてきた、と憂いている向きには一読の価値あり」とあった。
  サンデーテレグラフ新聞では「これは読まずにはいられない本である」と紹介された。
  本は、またたく間にベストセラーとなった。
  最初に数冊しか仕入れていなかった本屋は、追加で大量に取り寄せる羽目になったし。
  出版されたその週に、2度も増刷された。

  ジョンは、自分の本がそれほどまでに注目を浴びていることに戸惑ってはいたが、やはり嬉しさは隠せなかった。
  さらには「In His Own Write」の成功を祝って、世界でも有数の規模を誇る書店フォイルズの主催で、ジョンを主賓とした 文壇のランチパーティが
  ドーチェスターホテルで行なわれることになり、ジョンの喜びもひとしおだった。
  フォイルズ主催のランチパーティを開いてもらえる、ということは作家にとっては大変な名誉で。
  しかも、ジョンが主賓となったこの日のパーティのチケットは、前代未聞の入手困難、プラチナカードとなった。
  ただし、ジョンとシンシアには、そのパーティの価値がよく分からなかったため。
  「まあ、おいしい物でも食べに行こうか?」ぐらいにしか思っていなかった。
  その日の出来事は、また来週 詳しくレポートすることにしよう。

211 :ジョン・キロックノン:2016/03/30(水) 19:28:14.68 ID:???0
  〜 The Beatles / Paperback Writer
  ttps://www.youtube.com/watch?v=o23577xlVJE

  〜 The Beatles / Run For Your Life
  ttps://www.youtube.com/watch?v=WfktSTXlku0

  (小林)もうほんとにユーモアのセンスは独特です。
  ユーモアはロックンロールにとって必要不可欠なもの、とも言うことができますけど。
  
  1966年の Paperback Writer
  イギリスやアメリカでナンバーワン、日本でも大ヒットしていました。
  
  Run For Your Life
  これは、あの、ほら「ラバーソウル(Rubber Soul)」です。
  えーと、この曲なんかあれですよね。
  それまではラブソングがあったんだけどw。
  これ、なんてんですかね。
  可愛らしく仕上げているけど、
  「逃げろよ!」って。
  可愛い娘に向かって、「逃げろ!お前は」って。
  「他の男といるのを見つけたら、お前の命は無いよ。お前は、オ、ワ、リ」
  みたいな歌ですからねw。
  それを、こんなふうにやっちゃうわけですから。
  ジョン・レノンの、もうユーモアのセンスは本当にすごいです。 

212 :ジョン・キロックノン:2016/04/02(土) 18:30:17.02 ID:???0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。

  (千葉市/男性)
  50年ファンをしていても、初めて聞くエピソードもたくさんあり、毎回楽しませていただいています。
  このところ嬉しいことがあります。
  それはシューズのCMで 元気でカッコイイ リンゴ・スターが見られること。
  CMを録り溜めで編集して長くして、リンゴのソロ演奏を楽しんでおります。
  最近ロックレジェンドの訃報が多い中、若々しく元気なリンゴ・スター、ますますの活躍を期待しています。
  リンゴのカッコいいドラムで始まるこの曲で、よろしくお願いします。

  (小林)She Loves You

  〜 The Beatles / She Loves You
  ttps://www.youtube.com/watch?v=T0YifXhm-Zc

  〜 Wham! / Bad Boys
  ttps://www.youtube.com/watch?v=hktHI4fGydE

  (小林) w ワム(Wham!)の Bad Boys という。
  まあ、80年代の ワムはどちらかというと、アイドルっぽいことを狙って出したのかね?
  これ二人組で、「あのジョージ・マイケル(George Michael)が、なんで二人組でやる必要があったのか」っていうようなこと。
  その当時はよく言われて。
  ジョージ・マイケル・・・、
  要するに「レコード会社がやって欲しい、コッパズカシイことをやるのが、一人でじゃなくて共犯が要た」て言う人もいるし。
  それから、「実はジョージ・マイケルはステージ恐怖症があって、友達と一緒にやりたかった」っていう人もいるし。
  よく分からないですよね。
  ジョージ・マイケルはソロになって「Faith」のアルバムっていうのは、すっごい評価されてますからね。
  その後も、なんか変な歌 歌ったりして、活躍を続けています。

213 :ジョン・キロックノン:2016/04/02(土) 18:31:18.74 ID:???0
  (船橋市/男性)
  克也さん、グレン・フライ(Glenn Frey)も亡くなってしまいましたね。
  中学の時「いつわりの瞳」が好きだったのと、ジャケットのカッコ良さにしびれて。
  初めてLPを ジャケ買いしました。    (小林)ジャケ買いw。でも、正解だったわけですよ。
  しかし、すぐにはこのアルバムの良さが分らず。
  ジャケットを眺めて、臭いをかいで、   (小林)w
  喜んでいました。
  50代の今では、ビートルズ同様、飽きの来ない、愛聴のCDの一つです。
  すばらしい楽曲を遺してくれて本当にありがとう。
  ご冥福を祈ります。
  
  (小林)ビートルズとの共通性みたいなのがあるとしたら。
  やっぱり、みんな音楽がすっごい分かってて、ボーカリストであった。
  みんなが作詞作曲をした。
  ボーカルとしては、すごいですよね。
  ビートルズに負けないぐらい、このグループは豊富でしたね。
  はい。
  それじゃあ、グレン・フライのボーカルが,ちょっと身に染みる「いつわりの瞳」
  イーグルスで Lying Eyes

  〜 Eagles / Lying Eyes (いつわりの瞳)
  ttps://www.youtube.com/watch?v=5-NlR54PqLw

214 :ジョン・キロックノン:2016/04/02(土) 18:32:14.91 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがですか?

  話しは、なかなか面白いですね。
  ジョンが本を書いて喜ぶ。
  ビートルズはいろんなことを始めましたけど。
  ちょっと、イーグルスをかけて気が付いたのはね。
  グループの名前が短くなった、てのは、ビートルズなんですよね。
  もう、60年代のグループの名前はみんな短いんですよ。
  で、イーグルスもその名残りで そうなんだけど。
  ビートルズの時代が終わって来るとね、名前が長くなるんだよね。
  グレイトフル・デッド(Grateful Dead) だとかね。
  クイックシルバー・メッセンジャー・サービス(Quicksilver Messenger Service)だとかねw
  まあ80年代入ると、REOスピードワゴン(REO Speedwagon)とかね。
  うん、思い出しました。

  あ、ところで僕は、今日は誕生日を迎えた小林克也でした。

  あ、リクエスト 待ってますね。
  リクエストは、宛て先は
  beatles@bayfm.co.jp
  そして採用の方にはイシイのミートボールなどをセットにお送りします。

215 :ジョン・キロックノン:2016/04/04(月) 18:33:14.47 ID:mtgoOOdP0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年4月3日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(4月3日)
 ・1969年。
  今から47年前の今日。
  シングルの「Badge」が発売になりました。
  「Badge」は・・・ 
  え?「Badge」なんて曲は、ビートルズに無いですよね。
  そうです。
  「Badge」は誰の曲かわかりますか?
  クリーム(Cream)の曲です。
  あのスーパーグループ=クリーム。
  エリック・クラプトン(Eric Clapton)がいたクリームの曲です。

  ビートルズは、まあ1969年の今頃なんていうと。
  「Let It Be」が、やるのいやんなっちゃって、フィル・スペクターに丸投げして。
  四人が集まる機会は、もうほとんど減っていて。
  そんな時に、ジョージの親友のエリック・クラプトンから
  「実はクリームの解散アルバムに、シングルの候補曲が無くて困っている。できれば一緒に曲を書こう。
  レコーディングにも参加してほしい」
  と頼まれます。

  一年前は「While My Guitar Gently Weeps」
  あの名曲は、エリック・クラプトンがギャラ無し、クレジット無しです。名前も書いてない。
  もう、ジョージ・ハリスンはビートルズの所へ連れて行った以上、これ、貸しになってますよね、借りになってますよね。
  だから、エリック・クラプトンからいうと「貸し」ですよ。
  ジョージからいうと「借り」があるんで。
  まあそれは、断わるわけにはいかない。
  「お安い御用」と言って。
  でも、レコード会社、契約関係、いろいろあって。
  ジョージ・ハリスンが参加したっていうことは隠さなきゃダメ。
  だから、発売のレコードのレーベルに書かれたクレジットは
  「エリック・クラプトンとランジェロ・ミステリオーソ」
  「エリック・クラプトンとジョージ・ハリスン」じゃないんですね。
  「エリック・クラプトンとミステリー・エンジェル=謎の作曲家」のクレジットが書いてありました。

216 :ジョン・キロックノン:2016/04/04(月) 18:34:20.94 ID:mtgoOOdP0
  で、なぜこれ「Badge」になったかっていうとw
  リンゴ・スターが失言した、っていうのと同じで。
  譜面台にはコードの構成だとか、レコーディングのタイトルとか。
  なんての?、曲のタイトルとかそんなものが書いてない。
  で、サビが終わってクラプトンのソロが入る前のパートに
  「bridge」「ブリッジ」ですよね、いわゆる。
  「ブリッジ」と書いていて。
  これ、ジョージが、「あ、このバッジて、なかなかタイトルがいいんじゃん」wつて。
  「bridge」を読み間違えて。
  でまあ、みんな思いますよね。
  クラプトンも「ああ、なかなか、いいな」w
  「そのwバッジてのは、なかなかいいじゃん」ていうことでw
  まあこれは、最終的にはエリック・クラプトンにとっては、とても大切な曲として、今でも演奏するっていう、大切な曲になっています。
  
  さあ、それじゃ改めて、ジョージ・ハリスンが作曲、そして参加した、クリームの Badge

  〜 Cream / Badge
  ttps://www.youtube.com/watch?v=EeGyQIgvSV0

  (小林)いかがですか? クリームね、Badge
  ジョージ・ハリスンの読み間違えから「バッジ(Badge)」になったという。
  名曲をお送りしました。

217 :ジョン・キロックノン:2016/04/07(木) 13:02:01.53 ID:???0
□ストーリー
 ・今からほぼ一年前、ビートルズのリーダー=ジョンの最初の妻シンシア・レノンが亡くなった。
  生前、彼女はジョンとビートルズに関しての素晴らしい手記を遺している。
  タイトルは,その名も「John」
  ここに書かれていることの全て、シンシアが直接ジョンやビートルズのメンバーから、もしくはその家族やスタッフから聞いたことだけで構成されている。
  ロックの歴史上もっとも重要なアーカイブといえるこの名著からお届けしよう。

  シンシアは語る
  「ジョンの散文やイラストを中心にした本 In His Own Write 出版の話しが来た時、彼は本当に嬉しそうでした。
  次のシングルの曲を書かなければいけない、というのに、ジョンは新たに物語や絵を描くことに夢中だったんです。
  この仕事が来たことに、私もすごく嬉しかったんです。
  ジョンと私はアートスクールで出会ったんですから」
  さらにジョンは当時こう発言している。
  「俺もいちおう美大で学んだわけで、絵の才能を認めてもらったのは 嬉しかったな。
  もちろん、ビートルズ人気のおかげだってことはよく分かってるけど。
  それにしても、こんな個人的なことや、意味不明なことばかりを書いた絵本が世に出るとは。
  まったく本当に、夢にも思っていなかったね」

  この本が出版された直後のマスコミやメディアの反応を見ると。
  メロディメーカー誌には「ジョン・レノンは並外れて才能あふれる作家だ」
  「しかも、人の笑いを誘うのが上手く、才気にあふれ面白い」と書かれていた。
  タイムズ誌の文芸別冊には「英語という言語や、イギリス人の想像力が衰えてきた、と憂いている向きには一読の価値あり」とあった。
  サンデーテレグラフ誌では「これは読まずにはいられない本である」と紹介。
  ジョンの予想は大きく外れ、そのほとんどが好評価であった。

218 :ジョン・キロックノン:2016/04/07(木) 13:02:50.81 ID:???0
  〜 The Beatles / Two of us
 
  〜 The Beatles / Dear Prudence
  ttps://www.youtube.com/watch?v=AZDw0uu6UO0

  (小林)いや、これは、不思議なニュアンスがねえ、ずーっと入っておりますね。
  Dear Prudence ていう、ビートルズの。
  これ、ジョン・レノンの、ビートルズの「ホワイトアルバム(The BEATLES)」からジョンの作品です。
  まあ、有名な話し、その前にみんな揃ってインドへ行って。
  インドで、ジョンなんか特に一番多く曲を作ってますね。
  その中の一つです。

  そしてその前は
  「Let It Be」から Two of us

219 :ジョン・キロックノン:2016/04/07(木) 13:03:59.35 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ジョンの本は、またたく間にベストセラーとなりました。
  最初に数冊しか仕入れていなかった本屋は、追加で大量に取り寄せるハメになり。
  出版されたその週に、2度も増刷されたんです。
  ジョンは自分の本がそれほどまでに注目を浴びていることに戸惑ってはいましたが。
  それでもやはり、嬉しさは隠せませんでした」
  証言しているのはジョン・レノンの最初の妻シンシア。
  彼女の遺作から ストーリーは続く。

  ジョンの最初の著作 In His Own Write の大成功を祝って。
  世界でも有数の規模を誇る書店「フォイルズ」の主催で、ジョンを主賓としたランチパーティが行われることになった。
  会場は五つ星ホテルとして有名なドーチェスターホテル。
  フォイルズ主催のランチパーティを開いてもらえるということは、作家にとっては大変な名誉であった。
  が、ジョンとシンシアには そのパーティの価値が良くわからなかったため。
  「まあ、おいしい物でも食べに行こうか?」ぐらいにしか思っていなかった。
  そのため、パーティの前の晩は 二人で友達たちとディナーを楽しんで。
  さらには、お気に入りのナイトクラブへと流れた。
  ほんの2〜3時間の睡眠で、朝起きてみると、ジョンもシンシアも、それは酷い二日酔いで。
  しかもランチパーティに行くのに、運転手が迎えに来るまで、もう時間が無いことに気付いた。
  とりあえず人前に出ても恥ずかしくないように、大慌てで身づくろいをした。 
  でも、目は充血しているし、全身に血が行っていない感覚で、これでは二日酔いはバレバレ。
  どちらにしても、ランチパーティだから、それほど長い時間はかからないだろうし。
  「終わったら家に直行して、ベッドに転がり込んでまた寝ればいい」くらいにしか考えていなかった

  こうして、ジョンとシンシアは取あえず迎えの車に乗り込んで出発した。
  会場に着くと、そこには大勢のマスコミの取材陣が待機していた。
  このパーティ、ジョンがあまりに軽く見ていたことは、すぐに発覚するのであった。

220 :ジョン・キロックノン:2016/04/07(木) 13:04:33.51 ID:???0
  〜 The Beatles / All Together Now

  〜 The Beatles / I Feel Fine
  ttps://www.youtube.com/watch?v=WWTC5nFgwUQ

  (小林)2曲続きましたね。
  
  1964年ですね。
  これは、もう大ヒットでしたね。
  名イントロで始まる I Feel Fine

  そしてその前は。
  あの「イエローサブマリン(Yellow Submarine)」の中から。
  ポールの作品。
  ジョンもはりきって歌っておりました。
  ジョンはバンジョーを やっております。
  お母さんからバンジョーを習ったんだよねw
  ビートルズの All Together Now

221 :ジョン・キロックノン:2016/04/07(木) 13:05:35.20 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「1964年にジョンが発表出版した In His Own Write が大ヒットして。
  それを祝うランチパーティが ロンドンの5ツ星ホテルで開催されることになりました。
  ホテルに到着すると、そこには大勢という言葉では言い表せない人数の取材陣。
  ジョンは思わず『これはマズイぞ』とポツリ。
  私も、まったくの同意見でした」
  この発言の主は、ジョン・レノンの最初の妻シンシア・レノン。
  昨年4月 75歳でこの世を去ったシンシアであるが。
  彼女は生前にジョンとの思い出を一冊の手記にまとめた。
  作り話は一切なし、というこの名著から、もう少し続けてみよう。

  パーティ会場には、文壇の大御所たちが、上流階級のレノンファンと交わり。
  みんな、インテリビートルの話しを早く聴きたいと、じっと待機していたのである。
  実のところ、ジョンもシンシアも、いったい何が起っているのか よく分かっていなかった
  なぜならば、二人ともメガネをかけていなかったのである。
  広大なダイニングルームに通されたとたん、数百人もの出席者が一斉に立ち上がり、会場は拍手喝采に包まれた。
  ジョンとシンシアは、メインテーブルのあっちこっちに別れて座らされることになていて。
  安心のため、「念のために、二人で手を握り合っていよう」という望みも消えてしまった。
  シンシアの隣りには、アラン伯爵が座り、緊張しているシンシアのことを気遣い、次から次へとウィットに富んだ話しをしたり、
  気軽におしゃべりして、その場を和ませてくれた。

  ところが、楽しかったのもランチコースの最後のお皿が運ばれてきた時までだった。
  何十台ものテレビカメラや、新聞社のカメラが、ジョンとシンシアが座るテーブルに向けられた。
  「いったい 何が始まるのかしら?」シンシアは思わずつぶやいた。
  すると、伯爵が耳元でささやいた。
  「ご主人の スピーチが始まるそうですよ」
  シンシアはあまりの突然の段取りに、恐怖の気持ちを隠すことができなかった。
  もちろん、夫のジョンも顔面蒼白であったことは、言うまでもない。

222 :ジョン・キロックノン:2016/04/07(木) 13:06:49.22 ID:???0
  〜 John Lennon / How Do You Sleep?
  ttps://www.youtube.com/watch?v=7vuzzKFPvj0

  (小林)ねえ、一流のミュージシャンをバックに。
  ジョン・レノンが ポールへのw 当てこすりの歌ですよねw これねw。
  まあ、いろいろ言ってますが。
  それ全部言うわけにはいきませんけど。
  もしね、みなさん ネット上で調べることも出来るでしょう。
  おのおの 調べて見てください。
  もう、ほんとにジョンがポールを 当てこすっております。
  How Do You Sleep? よく眠れるな、お前。

223 :ジョン・キロックノン:2016/04/09(土) 22:52:58.14 ID:???0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。


  (小林)もう60代になっちゃっいましたねえ。
 
  (横浜市/男性)
  最近は 流行りの洋楽はあまり聴かない私ですが。
  この曲は大好きな曲です。
  なーんか頑張れそうになる曲です。

  (小林)そうですねえ。その通りだと思いますね。
  テイラー・スウィフト(Taylor Swift)Shake It Off

  〜 Taylor Swift / Shake It Off
  ttps://www.youtube.com/watch?v=nfWlot6h_JM

224 :ジョン・キロックノン:2016/04/09(土) 22:53:55.98 ID:???0
  〜 The Beatles / In My Life
  ttps://www.youtube.com/watch?v=DUDje4cTev0

  (小林)In My Life が流れました。
  特に今回は 味わいがありましたねえ。
  というのも、ジョージ・マーティンが亡くなったそうですね。
  三通ほど来ています。

  (大田区/男性)
  家族全員で楽しく聴いております。
  ジョージ・マーティンが亡くなったそうですね。
  彼無くしてビートルズの成功は無かったでしょう。
  大変残念です。
  追悼の意味を込めて、彼がピアノを弾いている In My Life をよろしく。
  バロック調の素晴らしい演奏だと思います。

  (さいたま市/男性)
  毎週楽しく拝聴しています。
  本日、ジョージ・マーティンの訃報に接しました。
  年齢的にいえば大往生であり、ついにこの日が来たか、という感覚です。
  また、ビートルズのピースが 雲の人になってしまいました。
  ビートルズの音楽、芸術的、普遍的に高めたジョージ・マーティンのご冥福を祈っています。
  この間奏は本当に素晴らしい。

  (小林)そして

  (船橋市/男性)
  ジョージ・マーティンが亡くなりました。
  ありがとう。In My Life
  
  (小林)これはね、19・・・
  ほら、昔のテレコのスピードで、19で録って38で回した、ていう、あれですかね。
  そういう手法を取っています。

225 :ジョン・キロックノン:2016/04/09(土) 22:54:53.60 ID:???0
  (千葉市若葉区/女性)
  こんばんは。
  今年に入ってから、私たちの青春時代の伝説的なミュージシャンの訃報が続き。
  先日もジョージ・マーティンの訃報が伝えられて。
  今朝もまた、あのプログレッシブロックの代表=エマーソン・レイク&パーマー(Emerson, Lake & Palmer)のキース・エマーソン(Keith Emerson)の訃報が伝えられてきました。
  こんな自分が好きだったミュージシャンがいなくなると、改めて、自分も歳を取ってしまったな、と感じてしまいます。
  オリジナル曲も良いですが、ELPを知ったきっかけになった「ピーター・ガン(Peter Gunn)」をお願いします。

  (小林)という
  [千葉市/女性]さんのリクエスト。
  これは,エマーソン・レイク&パーマーのライビングコンサートのアルバムから。
  紹介されてね、ファンファーレが流れて、ピーター・ガンに入るように なっております。
  live in concert、Emerson, Lake & Palmer
 
  〜 Emerson, Lake & Palmer / Peter Gunn Theme
  ttps://www.youtube.com/watch?v=2bAhw3Ct3zU

226 :ジョン・キロックノン:2016/04/09(土) 22:55:39.86 ID:???0
  〜 The Beatles / Lady Madonna
  ttps://www.youtube.com/watch?v=Q8SnIII46oQ

  (小林)最後の曲 リクエストは。
  
  (千葉市/女性)
  Lady Madonna をお願いします。
  ビートルズにしては、珍しく演奏速度の速い曲で。
  なんか、面白いんですよね。

  (小林)これ、歌詞が面白いよね。
  ジョンはこういう歌詞書かないと思うけど。
  ポール・マッカートニーの、とぼけた味が出ています。
  ええw、はい、イシイ食品の詰め合わせ、送ります。

227 :ジョン・キロックノン:2016/04/09(土) 22:57:22.92 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがでしたか?

  リクエスト、いろいろいただいて。
  本当にねえ、去年の暮れから 今年の初めにかけて、けっこう訃報が続いて。
  それも、ミュージシャンの訃報ですよね。
  えっ? あの人も?、あの人も?、ってことがあるんですけども。
  それに、いちいちお応えするような形でリクエスト。
  また、それから離れて自由に、自由な発想でリクエストくださってもけっこうですので。
  よろしくお願いします、
  採用の方にはイシイのミートボールなどをセットにしてお送りしてます。

  そして、やっぱり。
  「上さんが書く旦那の物語」ってのは面白いですよね。
  もう、ほんとのことが出てるから。
  もう、二人w 二人、もう、まだ未熟な二人でございますが、みたいなw ところが。
  でも、僕がお勧めするのがね。
  ジョン・レノンの「In His Own Write」なんかは、そんなに難しい英語じゃないんで。
  まあちょっと、英語は少しぐらいは、って思っている方はね。
  英語で当たった方が 面白いかもわかんない。
  で、まあその、訳されてるのもありますから。
  それを読んでやると。
  ユーモアのね、感覚が違うんで。
  なんていうんですかね。
  翻訳不可能っていうのがいっぱいあるんですよね。
  「これ、面白くないじゃん」「これが面白いの?」っていう。
  その国の言葉だと面白いわけですよ。
  だから、訳してる人もね、けっこう大変だと思うんです。
  だから、そういうとこも味わうことが出来ますので。
  ひとつ原語で読むことを・・・w
  ねえ、原語でみんな聴いているわけだから。
  せっかく、ね。

  というわけで、お相手は小林克也でした。

228 :ホワイトアルバムさん:2016/04/10(日) 14:27:02.32 ID:???0
いつもありがとうございます

229 :ジョン・キロックノン:2016/04/11(月) 20:52:07.20 ID:P+iX3gdq0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年4月10日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(4月10日)
 ・1970年。46年前の今日。
  イギリスで、LPです。アルバムです。
  「マッカートニー(McCartney)」が発売になります。
  ポールはビートルズが、ビートルズから、ポール・マッカートニー自身抜けたことを発表します。
  ビートルズを辞めたことを発表します。

  ビートルズの最後のアルバムとなる「Let It Be」の発売を1ヶ月後に控えていたために、
  マネージャーのアラン・クラインも他のメンバー3人も「ポールのソロデビュー作の発表はもう少し待ってもらえないか?」と主張します。
  ポールがアルバムを出すっていう話しを聞いてね。
  ポールを説得するためにリンゴを送り込みます。
  でも、会ってくれません。
  ほぼ、門前払いの状態。
  けんもほろろに玄関払いを喰ってしまいます。
  さらにはこの日、ポールはメディア向けのサンプル盤に折り込んだ文章で、脱退宣言。
  これは、明らかに「抜け駆け」ですよね。
  もっとも怒り狂ったのはジョンです。
  一番最初にジョンは辞めるつもりだった。
  ところがw 
  「なんで俺を出し抜いて、脱退発表するんだ!」
  怒り心頭。
  これで、ポール対3人。
  ポールは3人を敵に回すという図式が確立されてしまいます。
  訴訟問題にまで発展します。
  醜いね、法律をはさんだ戦いが始まるわけです。

  で、発売になったポールの最初のアルバムですけども。
  キンタイア、有名な歌にもなった、キンタイア岬の近くに買った農場の納屋で録音された、とされていますが。
  正確に言うとね、ロンドンの高級住宅街のセントジョーンズウッドにある ポールの自宅に。
  4トラックのテレコ・マイクを持ち込んで、デモテープ作りをスタートさせて。
  この自宅と、やはりロンドン市内の、モーガンスタジオという所でレコーディングされた。
  というのが 本当らしいです。
  さらに、「Every Night」「Maybe I'm Amazed」
  それからこの曲「Man We Was Lonely」
  この3曲は、ビリー・マーチン(Billy Martin)という偽名を使って。
  いつものアビーロードの第二スタジオを押さえてレコーディングをしていた。
  ねw、ポールはビリー・マーチンだったw。
  ポールとリンダの記念すべきデュエットデビュー作品でもあったわけです。

230 :ジョン・キロックノン:2016/04/11(月) 20:53:09.23 ID:???0
  さあ、それじゃ、その Man We Was ・・・
  We were ですよね、We are ですよね、普通ね。
  これ文法間違えてる。
  でも、こう使うんですよ。
  「俺たち寂しかった」みたいな感じです。
  ポール・マッカートニー。

  〜 Paul McCartney / Man We Was Lonely
  ttps://www.youtube.com/watch?v=xLGCSyRZzYQ

  (小林)いかがですか?
  デビューアルバムに入っている Man We Was Lonely
  ポール・マッカートニー。

231 :ジョン・キロックノン:2016/04/14(木) 13:40:44.12 ID:???0
□ストーリー
 ・「なにが始まるのかしら?」とシンシア・レノン。
  すると、同じメインテーブルに座ったアラン伯爵がこう教えてくれた。
  「どうやら,ご主人のジョン・レノンさんが スピーチをなさるようですね」
  昨年、2015年4月1日、イギリスで一人の女性がこの世に別れを告げた。
  女子の名前はシンシア・レノン。享年75であった。
  シンシアはもちろん あのビートルズのリーダー=ジョン・レノンの最初の妻であり。
  後にミュージシャンとしてデビューするジュリアン・レノンの母親である。  
  彼女は生前、夫ジョンのことを中心に ビートルズに関する一冊の手記を発表している。
  その内容は全て、彼女が目の当りにしたこと。
  もしくは ジョンやビートルズのメンバー、マネージャーのブライアン・エプスタインとそのスタッフのみんなから直接聞いたことだけで構成されている。
  今週もロックの歴史上もっとも重要なアーカイブともいえるこのシンシアの著作からお届けしよう。

  ジョンの最初の本「In His Own Write」が大ヒットとなり。
  それを記念して ロンドンの5つ星ドーチェスターホテルでランチパーティが開催された。
  もちろん主賓はジョン本人。
  「それでは、本日の主役、作者のジョン・レノンさんからお話しをお伺いしたいと思います」
  司会者がそう言った瞬間、テーブルの向こうに座るジョンは顔面蒼白になった。
  これぞまさに「寝耳に水」
  プライベートでは言葉に詰まることなど有り得ないジョンも、実は公の場所で話すことは苦手であった。
  ライブの際のMCも、ほとんどの場合ポールの担当。
  ポールこそがビートルズのスポークスマンであることは間違いない。

  「それにしても、よりによって、このタイミングでスピーチかあ。二日酔いだぞお。
  おれが主賓だから当然だけど。
  ここに集まっている上流階級とやらの連中、シャレがわかりそうにもないしなあ。
  さていったい どうしたものか」
  悩むジョンであった。

232 :ジョン・キロックノ:2016/04/14(木) 13:41:38.76 ID:???0
  〜 The Beatles / Being For The Benefit Of Mr. Kite!
  ttps://www.youtube.com/watch?v=1-CMOMYdIlI
 
  〜 The Beatles / Hello, Goodbye
  ttps://www.youtube.com/watch?v=rblYSKz_VnI

  (小林)2曲続きました。
  1967年の作品。
  アルバムは違うんですよね、それぞれ。
  
  Being For The Benefit Of Mr. Kite!
  こっちは「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」
  
  そして Hello, Goodbye は
  それに続く「Magical Mystery Tour」からお送りしました。

233 :ジョン・キロックノン:2016/04/14(木) 13:42:43.45 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「それではここで、本日のパーティの主役、現在 処女作である In His Own Write が大ヒット中。
  あのビートルズのリーダーであられます、ミスター・ジョン・レノンからご挨拶をいただきたいと思います。
  レノンさん、よろしくお願いします」

  こうしたビートルズとジョンに関してのエピソードは全て、ジョンの最初の妻であるシンシア・レノンが遺した手記に綴られているもの。
  都合よく、体裁よくまとめられたオフィシャルブックなどとは違って。
  書かれていることは全て、シンシアが直接ジョンやビートルズのメンバーから。
  もしくは、その家族やスタッフから聞いた事だけで構成されている。
  ロックの歴史上 最も重要なアーカイブとも言えるこの名著から続けてみよう。

  本がベストセラーになるまでは良かった。
  こんな めでたいことはない。
  しかし、そのために見知らぬ上流階級集団の中に放り込まれ。
  パーティで晒し者になることなど、気持ちの良いものではない。
  それでも、そういう場面になってしまった。
  
  ジョンが紹介されると、あたりはシーンと静まり返った。
  会場全体から、期待がジョンの両肩にズッシリとのしかかる。
  シンシアはこう証言する。
  「ジョンは、それまで私が見た事の無いような、恐怖の面持ちでした」
  そしてテーブルの席から立ち上がり、やっとの思いで短い言葉を発した。
  「どうも、ありがとうございます。光栄に思います」
  言い終わったかと思うと、サッと腰を下ろした。
  皆はあっけにとられて静まり返っている。
  一瞬おいて、無言の抗議をする人がチラホラ見られる中で、パラパラと称賛の拍手も起こった。
  集まった人たちが失望し、いら立ち、憤慨しているのが見て取れる。
  
  ジョンもシンシアも、どこか別の惑星にでも瞬間移動したい気分だった。
  このスピーチの埋め合わせの気持ちも込めて、ジョンが切れる事のない長い列に並ぶ人たちのために、延々と自分の本にサインし続けたことも、付け加えておこう。

234 :ジョン・キロックノン:2016/04/14(木) 13:43:28.69 ID:???0
  〜 The Beatles / Rock & Roll Music  
  ttps://www.youtube.com/watch?v=TBiLhQpaUaM

  〜 The Beatles / Act Naturally
  ttps://www.youtube.com/watch?v=FeLLS1q7j8w

  (小林)「HELP!」のアルバムに入っていますね。

  Act Naturally
  リンゴ・スターが歌っています。
  これは、もともとアメリカのバック・オーエンス(Buck Owens)というね。
  有名なカントリーシンガーのヒット曲。
  それを、リンゴがカバーw しているわけです。
  「おれは映画に出るんだあ。
  地で演るんだ。スターになるからね。
  観においでよ」
  ていう。

  そしてその前が Rock & Roll Music
  お馴染みです。
  1964年です。

235 :ジョン・キロックノン:2016/04/14(木) 13:44:29.90 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「どうもありがとうございます。光栄に思います」
  1964年春に出版された ジョンの作家としての処女作品「In His Own Write」は
  ビートルズの世界制覇と相まって、大ヒット作となった。
  しかし、ロンドンの超高級ホテルで催された祝賀ランチパーティでのジョンのスピーチは
  「どうもありがとうございます。光栄に思います」という、たったの一行。20文字であった。

  こうして 、お送りしているジョンとビートルズを取り巻くエピソードや史実のほとんどは
  ジョン・レノンの最初の妻シンシア・レノンが生前に記(しる)し、彼女の遺作となった手記にまとめられているもの。
  作り話は一切なし、というこの名著から もう少し続けて観よう。

  ジョンが人気作家として出席したパーティでのスピーチは、すぐにニュースとなった。
  ここでも評価は別れた。
  「保守的な人たちには反逆的なポップスターが、体制側を鼻であしらった典型的な レノン流ジェスチャー」
  として受け止められ、歴史に残ってしまった。

  これは実際には事実とほど遠いことである。
  その真相は、ジョンは本当にパニックに陥っており。
  頭の中が真っ白の状態で、あの一行を言うだけでもやっとの思いであった。
  それでも、そのジョンのニュースは、逆に本の売り上げに貢献した。
  「In His Own Write」は売れ続け。
  ジョンは 間もなく2作目の著作「A Spaniard in the Works」の執筆に取り掛かり。
  翌年、1965年に出版され。
  こちらも1作目と同様に大成功を収めた。

  そしてタイムラインは前後するが。
  「In His Own Write」が出版された次の日に、ビートルズの6枚目のシングル「Can't Buy Me Love」が発売となった。
  ビートルズがもっとも輝いていた 1964年。
  65年のストーリーは、また来週。

236 :ジョン・キロックノン:2016/04/14(木) 13:45:22.98 ID:???0
  〜 The Beatles / Can't Buy Me Love
  ttps://www.youtube.com/watch?v=aTsx7qBjd2E

  〜 The Beatles / You're Going To Lose That Girl
  ttps://www.youtube.com/watch?v=JOwHor6VcqM

  (小林)中期ですかね? まあ 初期かな?

  Can't Buy Me Love は64年。

  それから1965年
  You're Going To Lose That Girl
  ドラムとボンゴを、リンゴ・スターが叩いていました。

237 :ジョン・キロックノン:2016/04/18(月) 13:28:16.44 ID:???0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。

  (千葉市/女性)
  この曲は心臓の音が流れていますよね。 (小林)ていう・・・
  中学3年のクラスごとの音楽発表会に、クラス全員で一丸となって歌った。
  ていう懐かしい思い出があります。
  中学時代から30年余り。
  そろそろ同窓会でも開きたくなった。

  (小林)wという[千葉市/女性]さん。
  「心のラブソング」  

  〜 Wings / Silly Love Songs
  ttps://www.youtube.com/watch?v=_FT1XM6HIjs

  〜 Paul McCartney / My Love
  ttps://www.youtube.com/watch?v=eKuFyHwG188

  (小林)ポール・マッカートニー、ウィングス(Wings)の My Love が流れました。
  つまり、ポールのナンバーワンソングが2曲続いたわけです。

  (千葉県市川市/女性)
  克也さんこんばんは。
  3月28日は結婚15周年目の旦那の43歳の誕生日でした。
  結婚生活 山あり谷ありでしたが、今でも良き親友であり、恋人のように仲良くいられることに感謝しています。
  最後に二人で見たポールのドームコンサートでは、まだ、亡きリンダも一緒に30曲以上も披露してくれたポールの印象的だった。
  リンダに捧げたマイラブを、長年一緒にがんばって来た旦那に (小林)w
  捧げたいと思います。
  「ハッピーバースデイ タツヤ」
  これからもよろしくお願いします。

  (小林)いいねえw。
  ちなみに327はカツヤの誕生日でしたw

238 :ジョン・キロックノン:2016/04/18(月) 13:29:16.17 ID:AfQJc44J0
  (埼玉県白岡市/男性)
  前略、ジョージ・マーティンが亡くなってしまいました。
  5人目のビートルズは、何人もいましたが。
  楽曲への貢献度や、バンドへの影響力において、明らかに群を抜いていました。
  フラットに売れ線を分析し、冷静にアドバイスを投げかけ。
  時に、とてつもない執念と集中力を持ってして、チャチな4チャンネルレコーダーで「サージェント・ペパー」のサウンドを築いてしまった。
  大功労者。
  僕がビートルズのエピソードで一番好きなシーンは。
  もともとブルージーなアレンジだった「Please Please Me」をポップチューンにして完成したテイクを聴いて。
  「君たちのナンバーワンソングが出来たぞ!」と労(ねぎら)った場面。
  ビートルズから見れば、大人とはいえ、当時まだ30歳30代。
  窓際レーベルの一プロデューサーだった彼にとって、会心の予感をさせたであろうその瞬間は、何度触れてもワクワクします。
  ポールが言うとおり「ビートルズ第二の父親にして、音楽界に偉大な足跡を残したサー・ジョージ・マーティン」
  に心から哀悼の意を送るとともに。
  雲の上で、ジョンやジョージと久しぶりに一献かたむけていることを、少し想像したくなります。
  リクエストしたい曲はたくさんありますが。
  僕はやっぱりPlease Please Meを。
  あまり番組では紹介されないステレオバージョンで できたらお願いします。
  
  (小林)20代の[埼玉県白岡市/男性]さん
  立派な文章 ありがとう。
  それじゃ、ステレオバージョンで。

  〜 The Beatles / Please Please Me
  ttps://www.youtube.com/watch?v=ujX7OqdFOd0

239 :ジョン・キロックノン:2016/04/18(月) 13:30:42.46 ID:???0
  〜 The Beatles / Something
  ttps://www.youtube.com/watch?v=U0jk3bFeSUY

  (小林)いやもう、ビートルズの鉄板が4曲続いて・・・
  まあ、ポールを含めてね。かかりましたね。
  みんな 大ヒット曲ばっかり。
  
  (三郷市/男性)
  最近 In My Life がハードプレイされていますね。
  間奏のピアノをジョージ・マーティンが 手の込んだ録音しているらしいですね。
  アルフィの坂崎さん情報です。
  
  (小林)そうだよね。
  先週も言った通りですよね。
  早回しした ということで。
  まあだけど、アルフィの坂崎さんは あれだね。
  あれだけの想像力でみると、もう完璧にビートルズとつながってるね。
  ということで、リクエスト Something をお送りしました。

240 :ジョン・キロックノン:2016/04/18(月) 13:31:35.20 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがでしたか?

  リクエスト、ほんとにありがとうございますね。
  ビートルズに対する愛情なんかが感じられます。
  beatles@bayfm.co.jp
  です。
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにして・・・

  えっと、欲を言えばですね。
  まあどっかで聞いたような、評論に似たようなビートルズ論もいいんですけど。
  もう、勝手に、もう、自分勝手なビートルズ論みたいなのも、ちょっと聞いてみたいな。
  と思ったりする小林がおります。
  よろしくお願いいたします。

241 :ホワイトアルバムさん:2016/04/18(月) 14:05:02.06 ID:???0
いつもありがとうございます

242 :ジョン・キロックノン:2016/04/18(月) 19:32:02.36 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年4月17日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(4月17日)
 ・今からちょうど50年前の今日。
  50年前の今日。半世紀前の今日。
  ロンドンの例のスタジオでは、2時半から夜の10時半まで8時間労働です。
  ビートルズは、プロデューサーのジョージ・マーティン、そして新しく担当になったジェフ・エメリック(Geoff Emerick)
  このやり手のエンジニアと共に、「Doctor Robert」という曲の録音をやっています。
  これは、アルバムは「リボルバー(Revolver)」です。アルバムは「リボルバー」
  もう「リボルバー」ていうと7枚目のスタジオアルバム。

  考えてみるとね、ビートルズは、最初のアルバムは一日で作っちゃった。
  ね、一日でw。サーッと作っちゃったわけですよ。
  もちろん、演奏もボーカルもみんな。
  ところが、もうこの頃になると、時間をかけるようになって。
  自分たちが、いかにスタジオで作るものが大切か。
  それと「大切か」ばっかりじゃなくて、「それこそ自分たちのやりたかったこと」ていうことで、もう盛り上がって。

  で、面白いのはね、この録音が終わって、ビートルズは最後のツアーに出るんです。
  で、ドイツ行く、東京、日本です。フィリピン、そしてアメリカツアー。
  で、もうツアーを辞めるわけですけども。
  このツアーで「リボルバー」の作品ってのは、ぜんぜんビートルズ奏ってないんですよ。
  普通だったら奏るじゃないですか? 
  「アルバムレコーディングしたばっかりだよ」で「これ、新しいやつを奏るよ」って奏るでしょ?。
  だけど1曲も奏っていない。
  これは、ちょっとおもしろいですね。

  これはね、理由はね、皆さんがね、ビートルズになって考えるといいわけですよ。
  ビートルズになって考えると。
  もう世界の有名、大スターになっちゃった。一番有名な音楽グループになった。ミュージシャンになった。
  でも、コンサートは十代の中学生高校生ね。ティーンエイジャーの女の子たちがギャーギャー騒ぐばっかり。
  そんな女の子たちに向かって、ラブソングじゃない、人生の哲学みたいなものが入ったようなやつとか。
  それから、「ちょっと面白い奴がいるんだけど、こいつのこと歌にしよう」なんて。
  それね、凝って、皮肉を込めたような歌なんか、その子たちの前で 出来ないじゃないですか?
  だから、奏らなかったんですよね。

  あと、面倒だった、ってのがありますよね。
  いろいろ被せたりして「これをコンサートで奏ると、ちょっとめんどくさいなあ」っていう。
  「アレンジ変えなきゃだめだなあ」みたいなんで、奏らなかった。

243 :ジョン・キロックノン:2016/04/18(月) 19:32:54.88 ID:???0
  ということで、50年前の今日、奏っていた曲。
  これはニューヨークにいた実在のお医者さん。
  いわゆる「アブナイお医者さん」
  イケナイものを、ミュージシャン達にw譲ってくれるw お医者さんとして。
  ドクター・ロバート。
  有名だったそうですが。
  それが、ビートルズに歌になっちゃった。

  〜 The Beatles / Doctor Robert
  ttps://www.youtube.com/watch?v=niuNlPo1q9M

  (小林)というわけで Doctor Robert
  こういうのは、まあねコンサートで奏らないでしょうね。
  「リボルバー」の作品は、コンサートでは一曲も奏らなかった、という。
  ちょうど50年前の今日、録音していた曲をお送りしました。

244 :ジョン・キロックノン:2016/04/20(水) 23:34:30.53 ID:???0
□ストーリー
 ・「それでは、本日の主役、作者のジョン・レノンさんから、ひとこと頂きたいと思います」
  黙々と食事を続けていたジョンは、一瞬顔面蒼白になった。
  「ひとことなんて、聞いてない。が、しかたない」と、ジョンは立ち上がった。
  そして口を開いた。
  「どうも、ありがとうございます。光栄に思います」
  と、ジョンは本当にひとことだけ挨拶すると、すぐ席に着いた。

  これは1964年4月23日。
  ジョンの最初の本「In His Own Write」が大ヒットとなり。
  それを記念してロンドンの五つ星ドーチェスターホテルで開催されたランチパーティでの出来事。
  主賓のスピーチが、たったの3秒。
  これは問題外である。
  もちろん会場からは静かなブーイングと、あきれた表情が、その失態を物語っていた。

  こうした裏表のない正確な史実を伝えてくれるのは、ジョンの最初の妻であるシンシアが遺した手記。
  惜しまれながら、去年4月この世を去ったシンシアの手記の中から、今週もお届けしたいと思う。

  ジョンという男、実は、普段の傍若無人ぶりからは想像できないことではあるが、意外にも気が弱く、ビビリ体質な部分がある。
  ライブのステージでも、お酒が入っていればお客をいじったりブラックなユーモアで会場を沸かせたり、という場面もあるが。
  基本的なMCは、冷静沈着で頭の回転が速いポールの仕事。
  ビートルズの中で 面倒な事を引き受けるのがポールであった。
  その図式は、1970年のビートルズの事実上の解散まで、ずーっと続くものであった。

  ジョンの最初のベストセラー「In His Own Write」が出版された次の日に、ビートルズ野6枚目のシングル「Can't Buy Me Love」が発売された。
  予約注文がイギリスとアメリカで合わせて300万枚にのぼり、世界記録を作った。
  もちろん、英米のチャートで1位に輝いている。
  そしてその後すぐに、ビートルズはアメリカのチャートで1位から5位までを独占し。
  8月には本格的な全米ツアーが行われることになった。
  もはや、ビートルズの上を行く者など、ただ一人も存在しなかったのである。

245 :ジョン・キロックノン:2016/04/20(水) 23:35:07.36 ID:???0
  〜 The Beatles / Can't Buy Me Love
  ttps://www.youtube.com/watch?v=jH-1nG5QDPA
 
  〜 The Beatles / She Loves You
  ttps://www.youtube.com/watch?v=T0YifXhm-Zc
 
  (小林)2曲。

  「A Hard Day's Night」のアルバム。
  1964年から Can't Buy Me Love

  そして、She Loves You
  これは、1963年にイギリスでナンバーワンね。
  64年にアメリカでナンバーワンになっています。
  もちろん、ご存知のはずです。

246 :ジョン・キロックノン:2016/04/20(水) 23:36:10.31 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ほんの3年前まで、ライブでなんとか食いつなぎ。
  巡業先のハンブルグなどでも、それほど良いギャラをもらっていなかたビートルズが。
  最初のアメリカツアーから戻ると、いきなり全米チャートの上位5曲を独占しました。
  もちろん、こんなことは前代未聞で、おそらくこの記録は未来永劫破られることはないでしょう」
  この発言の主はジョンの最初の妻であるシンシア・レノン。
  彼女が遺した手記は、都合よく、体裁よくまとめられたオフィシャルブックなどとは違って。
  書かれた内容は全て、シンシアが直接ジョンやビートルズのメンバーから、もしくはその家族やスタッフから聞いたことだけで構成されている。
  ロックの歴史上 最も重要なアーカイブとも言えるこの名著から続けてみよう。

  シンシアが言うように、1964年4月4日の全米チャートをひも解いてみると。
  1位=Can't Buy Me Love 
  2位=Twist And Shout 
  3位=She Loves You
  4位=Want To Hold Your Hand
  そして5位が Please Please Me
  ロックファンであれば誰でも、この記録が前代未聞で、驚異的で、超人的なことは理解できるだろう。
  あまりにもすごい記録である。
  
  一方、当のビートルズの面々は、その記録を喜びはしたが。
  それよりも、次のシングルやアルバム、さらには映画の撮影で頭がいっぱいであった。
  
  そんな中、21歳になったジョージは、パティ・ボイド(Patti Boyd)という若いモデルの女の子に出会い、恋に落ちた。
  パティは映画「A Hard Day's Night」に女子学生役で出演していた。
  もちろんそれ以前から、イギリスで大当たりしたポテトチップスのコマーシャルに出ていて。
  お茶の間でもお馴染みの女の子であった。
  ブロンドでロングヘアーの、それはもう美しい女性で、ポールの恋人である女優のジェーン・アッシャーのように洗練された都会派。
  生まれはイングランド南西部のサマーセットであったが。
  数年前からロンドンでモデルとして活躍しているパティは、シンシアから見ると完全なるロンドン子であった。
  こうして、ビートルズにまつわる女性たちのストーリーも幕を開けるのである。

247 :ジョン・キロックノン:2016/04/20(水) 23:37:02.12 ID:???0
  〜 The Beatles / If I Fell
  ttps://www.youtube.com/watch?v=kPKYPI1jjdg

  〜 The Beatles / Ask Me Why
  ttps://www.youtube.com/watch?v=9Ex-epsPWoc

  (小林)2曲 続きましたね。

  「A Hard Day's Night」のアルバムから
  If I Fell

  そして、これはPlease Please Me」の、ナンバーワンソングの
  B面なんですよ。当時でいう。
  Ask Me Why
  
  というわけで、ビートルズのちょっと地味な曲2曲、繋ぎましたけど。
  そのジョンのボーカル、ね。
  で、他の人たちのコーラス。
  やっぱ、ビートルズの、そのすごさっていうか、良さってのが、しみじみと伝わって来たんじゃないですか?

248 :ジョン・キロックノン:2016/04/20(水) 23:38:06.27 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ジョージの彼女パティも、ポールの彼女ジェーンも、とっても洗練されていて。
  生まれも育ちも北国リバプール、という私から見ると、本当にまぶしい存在でした」
  この発言もジョン・レノンの最初の妻シンシアによるもの。
  番組でお送りしているジョンとビートルズを取り巻くエピソードや史実のほとんどは
  ジョン・レノンの最初の妻シンシア・レノンが生前に記し、彼女の遺作となった手記にまとめられている。
  作り話は一切なし、というこの名著から もう少し続けてみよう。
  
  ジェーンは本当に、都会派のお嬢様女優といった感じだったが。
  性格は最高で、お高く留まったところはまったく無かった。
  ジョージの彼女になったパティも、テレビCMなどですっかり有名になっていたにもかかわらず、気さくで優しい女の子。
  シンシアも、リンゴの彼女であるモーリンも加え、ビートルズの妻や彼女たち四人組はとても仲良しになり、何かにつけて集まるようになった。

  なにせ四人ともビートルズの妻や彼女としての苦労や、尋常ではない経験を共有していたため、すぐに打ち解け合うことができたのである。
  思いを分かち合える仲間がいることは、素晴らしいこと。
  中でも、付き合い始めたばかりのジョージとパティは、最初から真剣に交際していることは、傍目から見ていてもよく分かり。
  皆も二人を祝福していた。
  ジョージは最年少だったこともあり、それまで女の子と真剣に付き合ったことが無かったのである。
  パティとジョージが出会ってから数週間経った頃。
  ジョンとシンシアがアイルランドで週末を過ごす時に、二人も一緒に来ることになった。
  シンシアにとって、パティのことをよく知るチャンスだし。
  ジョン、シンシア、ジョージ、そしてパティの四人全員にとって、こっそり静かに楽しいひと時を過ごすチャンスでもあった。
  
  しかし、この束の間のバケーションの間、またしてもハプニングが起こるというストーリーは
  また来週のお楽しみに。
  乞うご期待。

249 :ジョン・キロックノン:2016/04/20(水) 23:41:35.94 ID:???0
  〜 The Beatles / I'm Happy Just To Dance With You
  ttps://www.youtube.com/watch?v=44YitKiVZ8E

  〜 The Beatles / One After 909
  ttps://www.youtube.com/watch?v=N5yS_XU9vW4

  (小林)エヘヘw

  というわけで、one after 909
  これはもう、ジョンが初期に書いた曲らしいんですけども。
  これ、キーボードにビリー・プレストン(Billy Preston)を迎えて。
  「Let It Be」のアルバムに入っているわけですが。
  One After 909

  そしてその前は、
  初期、ジョージ・ハリスンがリードボーカルを取るチャンスが無かったわけですね。
  いつもジョンかポールだったわけですが。
  「それじゃあ、ちょっと、ジョージも歌わせよう」っていうことになって。
  ジョン・レノンがわざわざ書いて、ジョージに歌わせた、という。
  これは1964年「A Hard Day's Night」の中に入っています。
  I'm Happy Just To Dance With You

250 :ジョン・キロックノン:2016/04/22(金) 13:21:22.28 ID:???0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどをセットにしてプレゼント。

  (小林)[千葉県柏市/男性]さんは相当採用率高いねえ。
  むかーしからね、どうも。

  (千葉県柏市/男性)
  うちの母はるみ57歳が昨年4月乳癌が再発してしまいまして、再び乳癌の手術をしました。
  それからしばらく抗癌剤の治療が続きまして、辛いようでした。
  昨年年末に、ようやく抗癌剤治療も終了したらしく、ホッとしたようでした。
  今日のリクエストはそんな母が大好きなシンガーソングライター=さだまさしさんをリクエストします。
  この曲を聴いてもらって安心して欲しいです。
  
  (小林)
  まあ[千葉県柏市/男性]さんね、録音、録ってるといいよね。
  あ、それから、お母さんとこへ、ラジオどうやって・・・
  ラジオ、どんなラジオで聴いてるのかなあw
  そういうのも ありますけど。
  まあ、さだまさしっていう方も、音楽的には・・・
  まあ、表面は絶対ビートルズのね、影響ないような、みたいな感じですが。
  絶対もらってますよ、この人はね。
  ねえ、ビートルズがほら、何を歌うのか。
  「何でもテーマになるんだよ。心にひっかかったことは」ってことで。
  そういう 広い守備範囲とかw
  コンサートの曲の合い間でしゃべることとか。
  まあ、あのキャバーン・クラブでのビートルズのセットはすごい面白かったらしいですよね。
  曲と曲の間にしゃべったりすることが。
  さだまさしさんも、もらってるでしょう。そういう良い所は。ええ。
  すごいアーティストだと思いますよ、さだまさしは。
  案山子(かかし) 

  〜 さだまさし / 案山子
  ttps://www.youtube.com/watch?v=tq2ke8p0iBQ

251 :ジョン・キロックノン:2016/04/22(金) 13:21:58.46 ID:???0
  〜 The Beatles / Penny Lane
  ttps://www.youtube.com/watch?v=QDXPTPo2oZU

  (小林)ん〜 続いてかかりましたね。

  (茨城県土浦市/男性)
  ジョージ・マーティン師が亡くなりましたね。
  90歳ということで、よくがんばった、と言えるでしょうか。
  5番目のビートルズとして、若き四人に助言を与えたり。
  自分の音楽の知識を、クラシック音楽がメインだと思うが、共に作ったプロデューサーだったのでしょうね。

  (小林)ていう
  まあ、ジョージ・マーティンはあれですよね。
  クラシックは四人よりも詳しいわけですけど。
  音楽的に先輩だから、クラシックに限った事じゃなくて、いろんなアイデアを・・・
  だから、本当に「5番目のビートルズ」って呼ぶにふさわしい唯一の人じゃないでしょうかね。
  Penny Lane で、Penny Lane がかかりましたけども。

252 :ジョン・キロックノン:2016/04/22(金) 13:23:33.33 ID:???0
  (小林)続いて・・・

  (熊本県球磨郡/男性)
  小林さん、初めてのリクエストです。
  僕は約40年くらい前、中学1年の頃からビートルズを聴き始めたんですが。
  その当時ラジオでは、カーペンターズ(Carpenters)クイーン(Queen)イーグルス(Eagles)などの曲が盛んに流れていたような記憶があります。
  カレン(Karen)フレディ(Freddie)、そして先日のグレン(Glenn)と、フェイバリットアーティストが故人となり。
  寂しさと共に、時の流れを感じてしまう今日このごろです。
  リクエストは、同じ頃ラジオをにぎわせていた、アメリカ(America)というバンドの「金色の髪の少女」
  これをお願いします。
  当時は歌詞の内容をよく分からずに聴いていましたが、切なさ全開の名曲だと思います。
  
  (小林)これもあれですよね。
  イギリスのアメリカ人の子弟という、ね。
  で、アメリカっていう名前でしたけど。
  やっぱり ビートルズでしたよね、これね。
  ええ、改めて聴いてみますか。
  さあ、それじゃ、アメリカの Sister Golden Hair

  〜 America / Sister Golden Hair
  ttps://www.youtube.com/watch?v=XIycEe59Auc

  (小林)アメリカの Sister Golden Hair「金色の髪の少女」
  特に後半の、コーダーのくり返しみたいなところは。
  やっぱり「ああ、ジョージ・マーティンかあ」っていうw感じが、改めてしましたけれども。
  ジョージ・マーティンは70年代に入っても かなり忙しくて。
  有名な話しでは、ビリー・ジョエル(Billy Joel)がジョージ・マーティンにプロデュースを頼んで。
  ジョージ・マーティン忙しくてダメだ、っていうことで。
  「しょうがない」っていうことで。違う人に頼んで。
  「The Stranger」とかね、ああいった傑作が出たことは有名ですけど。

253 :ジョン・キロックノン:2016/04/22(金) 13:24:25.87 ID:???0
  (千葉県船橋市/男性)50代
  ジョージ・マーティンが永遠の眠りに就きました。
  ポールは「私にとって、第二の父親のようだった」と語ったそうです。
  大変残念ですが、受け留めるしかありません。
  ビートルズの楽曲の中で、唯一 ジョージ・マーティンがストリングスのスコアに携わっていない、とされる曲 She's Leaving Home
  ジョージ・マーティンの心は酷く傷ついた、とのこと。
  
  (小林)そうなんですか。
  はい、それじゃあ、ポール・マッカートニーが作った名作です。
  She's Leaving Home

  〜 The Beatles / She's Leaving Home
  ttps://www.youtube.com/watch?v=14EWm8avLBc

254 :ジョン・キロックノン :2016/04/22(金) 13:25:43.25 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがでしたでしょうか?

  ねえその、表のメンバーのことばっかりじゃなくて。
  シンシアは、自分たちのことも、やっぱり、ビートルズの恋人であること、妻であること。
  どういうふうな感じなのかってのを、ちょっと書いていますね。
  これも興味深いですねえ。
  他の本には無い事ですからね。
  僕は、「極道の女たち」を思わずw・・・ 
  エヘヘw 失礼な言い方ですけど、思い出した。ええ。
  そうw、ビートルズの女たち・・・w
  ハイ。来週も。

  それからリクエストもよろしくお願いします。
  メールは
  beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどをセットにしてお送りしております。
  というわけで、また来週お会いしましょう。

255 :ホワイトアルバムさん:2016/04/22(金) 19:30:04.69 ID:???0
いつもありがとうございます

256 :ジョン・キロックノン:2016/04/27(水) 13:12:45.43 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年4月24日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(4月24日)
 ・1967年。
  今から49年前の今日ですか。
  サビル・シアター(Savile Theater)で・・・。
  これ、サビル・シアターっていうのはね、マネージャーのブライアン・エプスタインが経営権を持って。
  彼が全部仕切ってたんですよ、サビル・シアター。
  で、この日、ドノバン(Donovan)が出た、初日だ、ていう。
  ドノバンが出た、月曜日が初日だったらしいんですけど。
  6夜やったっていう。

  このサビルっていうのはね、サビル・シアター。
  日本語になってる「背広」ってありますよね「セビロ」
  あれはこの「サビル」から来ているんですよ。
  ロンドンの洋服屋さんが、だいたいサビル街、サビル・ロー(Savile Row)、ローというのは列みたいな。
  サビル・ローっていう所に、だいたい洋服屋さんがあって。
  それから「セビロ」っていうw
  とんでもない脱線しましたけど。

  このドノバンっていうのは やっぱりビートルズと、ちょっと近かかったんですよ。
  で、特に1966年67年は、サイケデリックになっていくんですが。
  その、まあ先駆者というか、ビートルズなんかと共にね、一緒にインドに行った人でもあるわけですよね。
  そして、おもしろいのは、このサビルシ・アターだとか、こういうブッキングだとか。
  いろんなアーティストの、面倒を見ることをブライアン・エプスタインはやっていたので。
  マネージだとかね、ブッキングをね、いろんな大物から任されるんですよ。
  NEMSはビー・ジーズ(Bee Gees)やクリーム(Cream)といった、一線の、第一線の一流のグループと、事務所として興行を任せてもらったりするわけですが。

  49年前の今日は、ジェフ・ベック(Jeff Beck)と契約をした日でもあるわけですね。
  ジェフ・ベックというとヤードバーズ(The Yardbirds)が、もともとね。
  エリック・クラプトン(Eric Clapton)の後釜としてヤードバーズにジェフ・ベックが入って、まあソロをいろいろ出したりして。
  今でも時々日本に来るし、ファンもいっぱいいますが。
  そのジェフ・ベック。

257 :ジョン・キロックノン:2016/04/27(水) 13:15:00.10 ID:???0
  そのドノバンとジェフ・ベックがやったものがあるんで。
  ここで 聴いていただきます。
  ドノバンとジェフ・ベック・グループで。
  これはちょっと難しいな、タイトルが・・・
  バラバージェカー、Barabajagal

  〜 Donovan and Jeff Beck Group / Barabajagal
  https://www.youtube.com/watch?v=bOniagjp7fo

  (小林)というわけで、49年前の今日 ね。
  ビートルズのマネージャーのブライアン・エプスタインがブッキングしたという。
  その頃イギリスのボブ・ディラン(Bob Dylan)と言われたドノバンが、サビル・ロー、サビル・シアターに出ていたっていうことで。
  ジェフ・ベック・グループとの共演、バラバージェカーっていう曲なんですが。
  これはやっぱり・・・
  これはねえ、ジェフ・ベック・グループのね、性質がすごく出てて。
  こう、どっちかっていうと 突っ込んで来てまして。
  ドノバンは、それに対抗して、力で対抗しているような感じなんで。
  ドノバンの良さ、みたいなのが出てないんで。
  ドノバンのこと気になる方は・・・
  ドノバンの他の、例えば「Mellow Yellow」とかね、有名な曲があるんですが。
  そういうのを聴いて、ドノバン好きになってください。

258 :ホワイトアルバムさん:2016/04/27(水) 21:03:26.53 ID:???0
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ビートルズ『アビイ・ロード』の「カム・トゥゲザー」がチャック・ベリーの「ユー・キャント・キャッチ・ミー」の盗作ではないかという、アメリカ音楽界のマフィア、モリス・リーヴィの訴えが発端になったと言われています。
では、「カム・トゥゲザー」は、本当に「ユー・キャント・キャッチ・ミー」の盗作なのでしょうか。実際に聴き比べてみましょう。

まず、曲調は全然違いますね。そして、歌詞ですが、「ユー・キャント・キャッチ・ミー」の一部に“He come a flattop he was moving up with me”とあり、「カム・トゥゲザー」の歌い出しは“He come old flattop he come grooving up slowly”。
たったこれだけなんです。この程度なら普通はオマージュだと理解されて終わる話なんですよ。


ピーター・バラカン(2016年 A Taste of Music vol.12)
http://www.a-taste-of-music.jp/article/vol-12/

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259 :ジョン・キロックノン:2016/04/30(土) 16:15:25.29 ID:???0
□ストーリー
 ・「田舎育ちの私と リンゴの彼女モーリンは、
  最初は、ポールの彼女でお嬢様女優のジェーンや、ジョージの最初の彼女で芸能人のパティとは 釣り合わないのでは?と心配していましたが。
  それは取り越し苦労でした。10:52
  完璧な都会派であるジェーンもパティも、本当に気さくで優しい女の子でしたから、すぐに四人は打ち解けたんです。
  最高でした。」
  昨年、2015年の4月1日、イギリスで一人の女性がこの世に別れを告げた。
  女性の名前はシンシア・レノン。享年75。
  シンシアはもちろん あのビートルズのリーダー=ジョン・レノンの最初の妻であり後にミュージシャンとしてデビューするジュリアン・レノンの母親である。
  彼女は生前、夫ジョンのことを中心に ビートルズに関する一冊の手記を発表している。
  その内容は全て彼女が目の当りにしたこと、
  もしくは ジョンやビートルズのメンバー、マネージャーのブライアン・エプスタインとそのスタッフみんなから直接聞いたことだけで構成されている。
  今週もロックの歴史上 最も重要なアーカイブとも言える このシンシアの著作からお届けしよう。

  パティがジョージと付き合い出してから数週間後、
  ジョンとシンシアがアイルランドで過ごす週末に 二人も同行することになった。
  もちろんジョンもシンシアも大歓迎であった。
  マスコミに知られないようにしようということで、出発前にジョンとジョージは口ひげを付け、マフラーや帽子で変装して
  パティとシンシアは変装した二人と距離を置いて、後から付いて歩くようにした。
  6人乗りの飛行機をチャーターしていた御一行。
  マンチェスターから飛び立つことになっていたのだが。
  幾度か ジョンとジョージが「不審者ではないか?」と疑われながらも、なんとか出発は成功。
  ドラムランドキャッスル という5つ星のホテルに無事チェックインし。
  ここまでは完璧なように思われた。
  どこからも 何マイルも離れている陸の孤島のような所で、とても贅沢なホテルである。
  おまけに四人が通されたスイートルームは、数年前ジョン・F・ケネディ合衆国大統領も泊まった部屋。
  「れは最高の旅になる」と信じて疑わない四人であった。

260 :ジョン・キロックノン:2016/04/30(土) 16:16:01.17 ID:???0
  〜 George Harrison / What Is Life
  ttps://www.youtube.com/watch?v=3XFfUt7HQWM
 
  〜 The Beatles / Baby You're a Rich Man
  ttps://www.youtube.com/watch?v=vpCy4zhIssg

  (小林)2曲続きましたぁ。
  What Is Life っていうのは、1970年の、ジョージ・ハリスンの大成功のソロアルバム「All Things Must Pass」
  これは売れたアルバムですが。
  その中から お送りしました。
  What Is Life

  それから、今のは、あれですね「Magical Mystery Tour」
  1967年ですよね。
  ジョージ・ハリスンが生真面目な・・・
  もうこっちは、もうおふざけっていうか。
  ユーモアが、もういろいろ仕込んだ曲らしき感じですよね。
  Baby You're a Rich Man

261 :ジョン・キロックノン:2016/04/30(土) 16:16:37.34 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ジョージとパティ、それにジョンと私の、四人で行ったアイルランドの休日。
  とにかく、チェックインしたドロラモンド・キャッスルホテルが素晴らしかったんです。
  通されたスウィートルームは、数年前にジョン・F・ケネディ、アメリカ大統領が泊まった部屋。
  パティも私も、それはもう大興奮でした」
  こうしたジョンとビートルズに関してのエピソードは全て、ジョンの最初の妻であるシンシア・レノンが遺した手記に綴られているもの。
  都合よく、体裁よくまとめられた、オフィシャルブックなどとは違って。
  書かれていることは全て、シンシアが直接ジョンやビートルズのメンバーから、
  もしくは、その家族やスタッフから聞いたことだけで構成されている。
  ロックの歴史上 最も重要なア―カイブとも言えるこの名著から続けてみよう。

  アイルランドの5つ星ドロラモンド・キャッスルは、セレブ御用達のホテル。
  その中でも最高級のスウィートルームである。
  従業員も、そうしたセレブへのサービスには手慣れたもので、卒が無かった。
  旅の一日目は、もう嬉しくなるくらい平和であった。
  その名のとおり、元々はお城だったホテルであったため、その名残りがあり。
  広い敷地を散策したりして、久しぶりの自由を満喫することができた。
  夕暮れになる頃には、シンシアもジョンも何ヶ月かぶりで心からリラックスした気分に浸っていた。
  
  次の日の朝は 小鳥の鳴き声で目が覚めた。
  と思ったら、鳥の声に混じって、大勢の人がペチャクチャしゃべる声が窓の下の方から聞こえてきた。
  カーテンの間から目を凝らして外を見ると、ジャーナリストやカメラマンがうじゃうじゃしている光景に遭遇。
  そう、すっかり見抜かれていたのである。
  ジョージとそのガールフレンドの写真を真っ先に撮ろうと、マスコミが大挙して押し寄せていたのだ。
  本当にガッカリだった。
  これは閉じ込められたも同然。
  いったいぜんたい、どうやってここから抜け出せばいいのやら。
  
  すると、ホテルの支配人が、外の一団の裏をかく名案を思い付いたのである。

262 :ジョン・キロックノン:2016/04/30(土) 16:17:42.18 ID:???0
  〜 The Beatles / Day Tripper
  ttps://www.youtube.com/watch?v=DVTh-zaGhNI

  〜 The Beatles / Old Brown Shoe
  ttps://www.youtube.com/watch?v=T-NZGCpeb2A

  (小林)というわけで
  1965年の
  「We Can Work It Out」これはイギリスではね、両A面だったそうですが
  アメリカでは、これ「We Can Work It Out」のB面ですね。
  Day Tripper
  これも 有名な曲だ。

  そして、これは「ジョンとヨーコのバラード(The Ballad Of John And Yoko)」のB面。
  Old Brown Shoe

263 :ジョン・キロックノン:2016/04/30(土) 16:18:29.34 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ジョージとパティ、そしてジョンと私 の四人で行ったアイルランドでの休日は、最初は素晴らしい物でした。
  でも、休息も束の間、すっかり見抜かれていたんです。
  気が付いたら、ジョージと恋人の写真を撮ろうと、マスコミが大挙して押し寄せていました」
  言葉の主はシンシア・レノン。
  ジョンの最初の妻となった女性。
  こうしてお送りしている ジョンとビートルズを取り巻くエピソードや史実のほとんどは、彼女の遺作となった手記にまとめられているもの。
  「作り話は一切なし」というこの名著から、もう少し続けてみよう。

  それにしても これは閉じ込められたも同然。
  いったいぜんたい、どうやってここから抜け出せばいいのやら。
  四人とも 目の前が真っ暗になっていた。
  すると、ホテルの支配人が、外の一団の裏をかく単純明快で愉快な方法を思いついた。
  それは、ジョンとジョージが正面玄関から表に出て空港に向かう一方で。
  パティとシンシアが、客室係の制服を着てコッソリ裏口から抜け出す、という作戦であった。

  第一段階 成功。
  パティとシンシアはクスクス笑いながら、黒いワンピースとフリルの付いたエプロンに白い帽子という、どう見ても取って付けたような恰好をした。
  従業員専用の出入り口まで連れて行かれ、そこでホテルのクリーニング用の大きな藤のバスケットによじ登るようにして中に入った。
  計画を簡単に説明すると、ホテルの従業員二人が バスケットに入ったシンシアとパティを運んで行って 外で待機しているクリーニング用のバンに乗せる。
  無事バンに乗ったら、二人ともバスケットから出してもらって空港まで車で向かう。といった具合であった。
  この作戦、途中までは完璧だった。
  ところが、誰かがシンシアとパティをバスケットから出す前に、バンの運転手は車をサッサとスタートさせてしまったのである。

  さて、ビートルズの妻と彼女の二人組は 無事空港までたどり着けるのか。
  その結末は、また来週のこの番組にて。

264 :ジョン・キロックノン:2016/04/30(土) 16:19:06.22 ID:???0
  〜 The Beatles / Savoy Truffle
  ttps://www.youtube.com/watch?v=4M2B4fNFKTQ

  〜 The Beatles / Paperback Writer
  ttps://www.youtube.com/watch?v=o23577xlVJE

  (小林)2曲 続きましたねえ。
 
  Savoy Truffle ていうのは、これは有名なジョージ・ハリスンの作品。

  そして、Paperback Writer
  これは イギリス、アメリカでナンバーワン。
  ちょうどあれですね、ビートルズが東京に着いた頃、これがナンバーワンになったわけですね。
  両国で。

265 :ジョン・キロックノン:2016/05/01(日) 00:09:24.56 ID:8AwV6Q330
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。


  (所沢市/男性)
  毎週聴いています。
  映画「レッキング・クルー/伝説のミュージシャンたち」を観て来ました。
  60年代70年代のヒット曲を支えたミュージシャンの集団の話しで。
  本人たちやシンガーたちの話しで綴られていました。
  「この曲も、あの曲も、彼らの演奏だったのか?」と驚かされてしまいました。
  リクエストはその「レッキング・クルー」の一員、ハル・ブレイン(Hal Blaine)のドラムから始まる名曲です。
  
  (小林)
  これは[所沢市/男性]さん、ありがとうございます。
  ロネッツ! Be My Baby

  〜 The Ronettes / Be My Baby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=2g_FD_sYazk

  (小林)もうほんと、名曲ですね。
  ロネッツの Be My Baby
  フィル・スペクター(Phil Spector)のプロデュース。
  フィル・スペクターはね、ジョージ・ハリスンだとか、ジョン・レノンなんかのプロデュースでも、とても有名ですけど。
  これがまあ、原点の一つということになりますかね。

266 :ジョン・キロックノン:2016/05/01(日) 00:10:18.75 ID:???0
  (小林)
  さあ続いてねえ。
  「ハッピー・バースデー・トゥユー」ってあるんで。
  なんか考えてたら、「あっ、俺のことか」と思ってw
  3月の終わりが僕の誕生日だったんです。
  どうも、ありがとうございます。

  (千葉県市川市/女性)
  いつもテレビやラジオで、私たちのリクエストをかけて下さり。
  独特の共感を持った楽しいトークで盛り上げて下さり、ありがとうございます。
  まだまだ現役で、元気にロックの楽しみを年代問わずに伝えてください。
  
  (小林)はいw
  ええ、じゃあw 
  ビートルズの曲をね。はい、ありがとうございます。
  これは[千葉県市川市/女性]さん。
  もちろんビートルズの Happy Birthday

  〜 The Beatles / Birthday
  ttps://www.youtube.com/watch?v=hMb1wPfE1Iw

267 :ジョン・キロックノン:2016/05/01(日) 00:11:27.11 ID:???0
  〜 忌野清志郎 / デイドリームビリーバー
  ttps://www.youtube.com/watch?v=ZZ0JMoZ1Boc

  (北海道浦河郡/男性)
  卒業式シーズンがやって来ると、必ず思い出す歌があります。
  20年前の話しですが。
  小学校の卒業式のあと、教室にいつもギターを置いていた担任の先生が最後に弾いてくれたのがタイマーズのこの歌でした。
  「ずっとそばにいた、安心した」    (小林)「ずっと夢を見て 安心した」ていうところですね。
  そこの歌詞で、クラス中大号泣。
  3月が来るたびに、胸にしみ入る一曲です。
  タイマースの「デイドリームビリーバー」

  (小林)
  だけど、この、忌野清志郎さんが歌うカバーっていうのはね。
  彼の・・・、ほら、普通カバー、洋楽のカバーすると、なんかカラオケ芸みたいになっちゃうんだけど。
  彼が奏ると、オリジナルになっちゃうんですよね。
  また、ぜんぜん違う感覚の世界を見せてくれる。
  これなんか、最高傑作ですね。
  [北海道浦河郡/男性]さんは、やっぱり3月になるたび・・・ えっ? テレビのコマーシャルで、まだ使われてるよw
  あの、コンビニのw。
  それでw コマーシャルが出るたびに思い出してんじゃないのw

268 :ジョン・キロックノン:2016/05/01(日) 00:12:13.97 ID:???0
  (さいたま市/男性)
  初投稿させてもらいます。
  ビートルズといえば「オブラディ・オブラダ」
  母親のレコードから聴かせてもらって好きになった曲。
  5歳の時に リズム感ゼロなのに踊ってました。
  さあ、今はどうなのか?
  
  (小林)
  [さいたま市/男性]さん、行きますよ!

  〜 The Beatles / Ob-La-Di, Ob-La-Da
  ttps://www.youtube.com/watch?v=SwvtpdDld_g

269 :ジョン・キロックノン:2016/05/01(日) 00:13:04.04 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)というわけで、いかがでしたか?

  ジョンとシンシアとジョージとパティの四人はw
  上手く脱出できるのか?
  来週をお楽しみに、ぜひw。
  
  それから、リクエストよろしくお願いします。
  リクエスト、最近はお気付きだと思いますけど。
  九州だとか 北海道だとか、いろいろ幅が広がってきております。
  ますます、競争率が高くなってきてるのかなw
  よろしくお願いします。
  
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにして差し上げております。
  メールは 
  beatles@bayfm.co.jp
  です。
  待っております。

270 :ホワイトアルバムさん:2016/05/01(日) 10:15:03.13 ID:???0
いつもありがとうございます

271 :ジョン・キロックノン:2016/05/02(月) 18:48:26.03 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年5月1日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(5月1日)
 ・1966年。
  ビートルズが日本に来た年。
  その年、今から50年前の今日ということになりますね。
  
  これはどういうことかというと、ビートルズがイギリスで最後のライブを奏った日なんです。
  どういうライブかというと。
  イギリスの、今でもある「ニュー・ミュージカル・エクスプレス(NME)」という、まあ週刊音楽新聞と言った方がいいと思いますけども。
  今では、最強のロック系のウィークリーなんですよね。
  で、この読者たちが投票して、各部門のトップのアーティストたち、ね。
  例えば「ベスト・ロック」とか「ベスト・インターナショナルロック」だとか「ベスト・メイル」とか。
  「男性シンガー」「女性シンガー」とかあるわけですけども。
  NMEの読者投票でトップを取った何組かが周るんですよ。

  それは、どういう人たちがいたかというと。
  ローリングストーンズ(Rolling Stones)
  それからスティーブ・ウィンウッド(Steve Winwood)が歌っていた、スペンサー・デイビス・グループ(Spencer Davis Group)古いグループですね。
  それから、アメリカ人だけど、ロイ・オービソン(Roy Orbison) 
  ジョージ・ハリスンとね、トラベリング・ウィルビリーズ(Traveling Wilburys)を作ったりすることになるロイ・オービソン。
  それから、ヤードバーズ(Yardbirds)。
  ヤードバーズは、ほら、エリック・クラプトン(Eric Clapton)それからジェフ・ベック(Jeff Beck)ジミー・ペイジ(Jimmy Page)もね、メンバーだった。
  ヤードバーズは、だからジミー・ペイジが残って、ニュー・ヤードバーズ・・・
  新しいヤードバーズが、ツェッペリン(Led Zeppelin)ですからね。
  だから、1966年、イギリスのロックがメチャクチャ注目を集めている中。
  NMEというのは、今 略して「エネミー」て言うんですけどねw
  ここのツアーで、ビートルズが周りました。

272 :ジョン・キロックノン:2016/05/02(月) 18:49:35.02 ID:???0
  さあ、それじゃ その頃の音は、66年の音は わかると思いますけども。
  どんなグループがいたかというと、いっしょに周ったヤードバーズね。
  これはですね、1965年、イギリスとカナダで2位、アメリカのチャートでは7位まで上昇した。
  日本でも、話題になったものであります。
  ヤードバーズの曲をチラッと聴いていただきます。
  Heart Full Of Soul

  〜 The Yardbirds / Heart Full Of Soul
  ttps://www.youtube.com/watch?v=pM1qZBFiOLU

  (小林)ヤードバーズの Heart Full Of Soul
  この頃のギタリストは、ジェフ・ベックです。
  とても懐かしい曲を お送りしました。

273 :ジョン・キロックノン:2016/05/04(水) 18:02:37.42 ID:???0
□ストーリー
 ・昨年、2015年4月1日、イギリスで一人の女性がこの世に別れを告げた。
  女性の名前はシンシア・レノン。75年の人生であった。
  シンシアはもちろん あのビートルズのリーダー=ジョン・レノンの最初の妻であり後にミュージシャンとしてデビューするジュリアン・レノンの母親。
  彼女は生前、夫ジョンのことを中心に、ビートルズに関する一冊の手記を発表している。
  その内容は全て彼女が目の当りにしたこと。
  もしくは、ジョンやビートルズのメンバー、マネージャーのブライアン・エプスタインとそのスタッフみんなから直接聞いたことだけで構成されている。
  今週もロックの歴史上、最も重要なアーカイブとも言えるこのシンシアの著作からお届けしよう。
  
  1964年春、アメリカ進出を成功させ、今や全世界が認めるロックンロールのアイドルとなったビートルズ。
  束の間の休息を求め、ジョンとシンシアはアイルランドにバケーションに出かけることになった。
  嬉しいことに、この旅にジョージと、ジョージの恋人になったばかりのパティ・ボイドも同行することになった。
  6人乗りの飛行機をチャーターしていた御一行、マンチェスターから飛び立ち、その日の午後にはアイルランドに到着。
  ドロラモンド・キャッスルという5つ星のホテルに無事チェックインし、ここまでは完璧なように思われた。11:00
  どこからも何マイルも離れている陸の孤島のような所で、とても贅沢なホテルである。
  おまけに四人が通されたスイートルームは、数年前ジョン・F・ケネディ合衆国大統領も泊まった部屋。
  「なんにも文句はないねえ」ジョンがつぶやいた。
  が、それは、一日目だけで終わってしまった。

  二日目の朝、カーテンを開けると そこにはパパラッチの大群。
  これで、全てが終わった・・・かと思いきや、そこは世界有数の5つ星ホテルのスタッフたち。
  すぐに策を講じてくれた。
  それは、ジョンとジョージが正面玄関から表に出て空港に向かう一方で。
  パティとシンシアが、客室係の制服を着てコッソリ裏口から抜け出す、という作戦。
  「これは上手くいきそうだ」と、なんだか楽しそうなジョンであった。

274 :ジョン・キロックノン:2016/05/04(水) 18:03:20.66 ID:???0
  〜 The Beatles / I Should Have Known Better
  ttps://www.youtube.com/watch?v=ylk0dHB4Mxs
 
  〜 The Beatles / Paperback Writer
  ttps://www.youtube.com/watch?v=o23577xlVJE

  (小林)2曲続きましたね。

  I Should Have Known Better
  これもうお馴染みでしょう。
  「A Hard Day's Night」のLPに・・・、あ、LPというかw アルバムに入っていました。
  1964年。

  そして1966年の初夏の・・・
  ていうか、初夏のヒットでしょうね。
  Paperback Writer
  これも ナンバーワンソングです。

  2曲続きました。

275 :ジョン・キロックノン:2016/05/04(水) 18:04:10.03 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ジョンと私、そしてジョージとパティの、二組のカップルで出かけたアイルランドの休日。
  最初の日は、完璧なバケーションとなりましたが。
  翌朝、窓の下に見えたのは、なんと、無数のパパラッチ。
  目の前が真っ暗になるくらいショッキングな景色でした」
  こうしたジョンとビートルズに関してのエピソードは全て、ジョンの最初の妻であるシンシア・レノンが遺した手記に綴られているもの。
  都合よく、体裁よくまとめられた、オフィシャルブックなどとは違って。
  書かれていることは全て、シンシアが直接ジョンやビートルズのメンバーから、
  もしくは、その家族やスタッフから聞いたことだけで構成されている。
  ロックの歴史上 最も重要なア―カイブとも言えるこの名著から続けてみよう。

  アイルランドでも、いや、全ヨーロッパでも有数の5つ星であるドロモランド・ホテル
  さすがにこのクラスのホテルになると、支配人も只者ではない。
  すぐに策を講じてくれた。
  それは、ジョンとジョージが正面玄関から表に出て空港へ向かう一方で。
  パティとシンシアが、客室係の制服を着てコッソリ裏口から抜け出す、という作戦。

  しかし、ここでもハプニングはあった。
  黒いワンピースとフリルの付いたエプロンに白い帽子という、どこから見ても取って付けたような恰好をしたシンシアとパティは。
  何食わぬ顔をして裏口を通り抜け、ホテルのクリーニング用の大きなバスケットをよじ登るようにして中に入りこんだ。
  もちろん、このまま運び出すのはあまりにも危険である。
  ということで。
  パパラッチの目をかいくぐったら、待たせてあるバンに乗り替えて空港まで行くという手筈。
  であったのだが。
  この大きなバスケットを運ぶ方の車の運転手が、何を勘違いしたのか、シンシアとパティを降ろす前に出発してしまったのである。
  おかげで、二人のご婦人は、空港までの悪夢の1時間を過ごす羽目になってしまった。
  運転手はアップダウンのある曲がりくねった道を、猛スピードで飛ばすため、バスケットの中であちこち滑り全身打撲の状態。
  おまけに、もう少しで窒息しそうな酸欠状態。
  声をふりしぼって叫んでも、運転席には何も聴こえていない様子。
  さて、シンシアとパティの運命やいかに。

276 :ジョン・キロックノン:2016/05/04(水) 18:04:55.76 ID:???0
  〜 The Beatles / Revolution
  ttps://www.youtube.com/watch?v=DlP15po1QZ0

  〜 The Beatles / You Know My Name (Look Up The Number)
  ttps://www.youtube.com/watch?v=yWj7-TIb3cc

  (小林)www ジョン・レノンが、いろんな声を出してw
  もう、ふざけまくっていますけどw。
  これは、イギリスでは「Let It Be」ってのは、最後のシングルなんですが。
  そのB面が、いわゆるね、これですよね。ええw。
  これは、お別れにふさわしい、っていうかね。
  お別れの曲、でもないんですけど。
  たとえば、「俺の名前わかるから、今度来た時、すぐ探してよ」っていう。
  これ、決まったようなフレーズなんですよね。
  「You Know My Name? Look Up The Number」ていうのはね。
  それが曲になって。
  最後は、アルトサックスを吹いていたのは、ローリングストーンズ(Rolling Stones)の・・・まあ。
  初期はローリングストーンズの中心だった、ブライアン・ジョーンズ(Brian Jones)が吹いておりました。

  そしてその前は。
  「Hey Jude」のね、B面です。
  Hey Jude が、ポールのもう最高傑作のひとつじゃないですか?
  B面はジョン・レノンが担当しておりました。
  Revolution

277 :ジョン・キロックノン:2016/05/04(水) 18:05:45.82 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ジョージとパティ、そしてジョンと私の四人で行ったアイルランドでの休日は、最初は素晴らしい物でした。
  でも、休息も束の間、やはりパパラッチから逃げる羽目になってしまったんです。
  ホテルの支配人が考えてくれた作戦は、最高に痛快でしたが。
  やはり計画通りには行きませんでした。
  でも、今では いい思い出です」
  言葉の主はシンシア・レノン。
  ジョンの最初の妻となった女性。
  こうしてお送りしているジョンとビートルズを取り巻くエピソードや史実のほとんどは、彼女の遺作となった手記にまとめられているもの。
  「作り話は一切なし」というこの名著から、もう少し続けてみよう。
  
  パパラッチからの脱出大作戦は 一見成功するかのように見えたのであるが。
  乗用車に乗り移るはずのシンシアとパティが、ホテルのクリーニング用のバスケットに乗せられたまま空港までの一時間、となってしまったため。
  少し失敗 という結果に終わった。
  全身打撲、擦り傷、そして何度も舌を噛んでしまう始末。
  空港に着くころにはシンシアもパティもクタクタで、青アザだらけ。
  顔は涙でグシャグシャで、叫びすぎて声もしわがれた状態。
  それでも、いちおうは目的を達成できたという満足感はあった。
  
  パパラッチ軍団は、ジョンたち御一行が抜け出したことも知らず、まだホテルの外で待ち伏せしているに違いないと思うと、シンシアは少し嬉しかった。
  ジョンとジョージは一連の脱出劇を「とんだ ひと騒動だった」と笑って、ロンドンに着くまでずっとシンシアとパティを茶化していた。

  そんな騒動もありながら、ジョンとシンシア、そしてジョージとパティの二組のカップルは本当に馬が合ったので、数週間後に再び同じメンバーで休暇に出かけることにした。
  こんどは、南太平洋、タヒチである。
  パパラッチの目から逃れるために、別々の飛行機で出発し、後はヨットをチャーターすることにした。
  ジョンとシンシアはハワイ経由。
  しかし、ハワイでも二人はファンとパパラッチに囲まれてしまう始末。
  幸いにも、大事にはならないで済んだのであるが。
  スーパースターになってしまたビートルズ。
  本当に自由を取り戻すには、まだまだ年数が必要であったことは いうまでもない。

278 :ジョン・キロックノン:2016/05/04(水) 18:06:29.03 ID:???0
  〜 The Beatles / Please Mr. Postman
  ttps://www.youtube.com/watch?v=cAa8s0yxf0c

  〜 The Beatles / Kansas City/Hey! Hey! Hey! Hey!
  ttps://www.youtube.com/watch?v=gtehUOtdxtM

  (小林)2曲続きました。

  Please Mr. Postman
  これはもう 初期ですね。
  1963年「With The Beatles」のアルバムに入っています。
  モータウン・ヒッツ、マーバレッツ(The Marvelettes)のヒッツ、ビートルズがカバー。
  あ、カペンターズ(The Carpenters)もこれカバーしていましたよね。
  
  もうひとつ、Kansas City/Hey! Hey! Hey! Hey!
  これも リトル・リチャード(Little Richard )の曲をカバーしていました。
  ポールがもう、これはもう得意中の得意ですから。
  1964年の「Beatles For Sale」のアルバムに入っているやつ。

279 :ジョン・キロックノン:2016/05/07(土) 22:40:49.26 ID:???0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。


  (小林)北海道から来ています。

  (北海道/男性)
  毎週、当時のビートルズのリアルなエピソードを聴いていると、四人の個性が際立っていて。
  改めて、とんでもないバンドだったんだな、と思います。
  少し年代は違うんですが、同じように四人全体が、同じように四人全員が歌えて、それぞれのキャラクターが生かされているバンド。
  彼らの曲をリクエストしたいと思います。
  ちょっとクイズみたいでしょう?
  キッス(kiss)です。

  (小林)[北海道/男性]さん、ありがとう。
   Detroit Rock City

  〜 kiss / Detroit Rock City
  ttps://www.youtube.com/watch?v=iZq3i94mSsQ

280 :ジョン・キロックノン:2016/05/07(土) 22:42:10.89 ID:???0
  〜 Rolling Stones / Honky Tonk Woman
  ttps://www.youtube.com/watch?v=A6M77oHD110

  (小林)いやあ
  これもストーンズのレパートリーの中で、もう最もストーンズぽい曲の一つですね。

  (千葉市/男性)
  克也さん、いつも楽しく拝聴しています。
  3月にローリングストーンズが キューバで初のコンサートを行ないましたね。
  これ、フリーコンサートで50万人以上が集まったと言われていますけど。
                      (小林)で、これね、ストーンズはフリーコンサート、タダですから。
                         えらいことをやりましたよね。
                         なんか、8億円かかった、ていうふうに業界誌に出ていましたけどね。
                         ビルボードなんかにね。
  この頃、アーティスト、プロデューサーの訃報を聞く中。
  この事も、新しい時代の幕開けなのか? と思います。
                      (小林)ああ、一つの時代が終わって、また新しい時代がね。
                         そうかも わかんないですよね。
                         ジョージ・マーティンが亡くなったりとか、ね。
  そこで、ローリングストーンズの Honky Tonk Womanをリクエストお願いします。
  
  (小林)ということでw  
  おかけいたしました。

281 :ジョン・キロックノン:2016/05/07(土) 22:43:32.46 ID:???0
  (東京都新宿区/男性)
  山下達郎さんが、「モータウンサウンドの英国版」みたいなことを言っていたのを思いだします。
  そうなんでしょうか?
  なんにしても、この軽い感じは大好きです。

  (小林)
  50代の方ですけども。
  そうかあ、エディソン・ライトハウス(Edison Lighthouse)。
  昔懐かしいヒット。
  これは でかいヒットだったんですよね。
  リクエストが来ています。
  Edison Lighthouse、Love Grows

  〜 Edison Lighthouse / Love Grows
  ttps://www.youtube.com/watch?v=b9XyhFQeob0

282 :ジョン・キロックノン:2016/05/07(土) 22:44:51.71 ID:???0
  〜 The Beatles / The Long And Winding Road
  ttp://www.dailymotion.com/video/x3j8gqu_1-27-1970-the-long-and-winding-road_music

  (小林)どうですか?
  聴いて、どんな感じがwしましたかねえw?
  さみしい感じがするし。
  人によっては、バックの・・・、
  ほら、オーケストラとか、大コーラスが無いけど聴こえた、かもわかんない。
  そんな感じもするんですが、ね。

  (茨城県常陸大宮市/男性)
  ジョージ・マーティンが亡くなりました。
  ジョンやジョージの死は、もちろん寂しさ悲しさはありますが、一つのニュースとして受けとめていました。
  でも、ジョージ・マーティンの死は特別な寂しさがあります。
  四人の天才集団の原石をダイヤモンド以上に輝く宝石にしてくれたこと。
  克也さんも「エプスタインとジョージ・マーティンがいなかったら?」と話しますが
  その通りだと思います。
  ジョージ・マーティンはとても温厚な人だったと聞いています。
  まるで我が子を育てるようにビートルズを育ててくれました。
  
  (小林)ていう。
  だから、フィル・スペクターの・・・
  フィル・スペクターのバージョンっていうのは、ポール・マッカートニーが「大嫌い」ていう話しが何回もこの番組でいたしましたが。
  だから、すっきりした、何も無いバージョンを聴いていただきました。

283 :ジョン・キロックノン:2016/05/07(土) 22:46:03.30 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)というわけで、いかがでしたか?

  やっぱり最後の、あの何も無いバージョンて。
  「やらなくてもよかったのになあ、ネイキッドは」って思うんですが。  
  どうでしょうかね?
  
  というわけで、リクエスト待ってますね。
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてお送りしています。
  beatles@bayfm.co.jp
  こちらで待っております。
  お相手は小林克也でした。

284 :ジョン・キロックノン:2016/05/09(月) 13:20:34.95 ID:???0
2016年5月8日放送の「ビートルズから始まる」は
まことに残念ながら録音に失敗しました。
お詫びいたします。 <(_ _*)>

285 :ホワイトアルバムさん:2016/05/09(月) 14:55:02.64 ID:???0
あちゃー

いつもありがとうございます

286 :ホワイトアルバムさん:2016/05/09(月) 20:53:20.74 ID:???0
ttp://www1.axfc.net/u/3662562

せめて○日間、火がなくても水がなくても,,,,,,,,,,

287 :ジョン・キロックノン:2016/05/11(水) 14:07:36.75 ID:???0
>>286さん,お助けありがとうございます。
DLできました。

288 :ジョン・キロックノン:2016/05/11(水) 14:10:11.89 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年5月8日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(5月8日)
 ・1970年。
  今から46年前の今日。
  イギリスでLP、その頃はLP、まあアルバムです。
  「Let It Be」が発売になりました。
  ま、これ順番で言うとビートルズの最後のアルバム。
  発売の順番でいくとね。最後のアルバム。
  68年のビートルズ「The BEATLES」これは あの「ホワイトアルバム」と呼ばれていて。
  ようするに、ベーシックトラック、リズムトラックていうのかな、四人一緒に録音するんですが。
  あとは メンバーがそれぞれスタジオを抑えて、まるでソロアルバムの寄せ集めみたいに。
  まあ、人によっては、
  一つはジョージ・ハリスン・オーケストラ
  一つはジョン・レノン・オーケストラ
  一つはポール・マッカートニー・オーケストラ。
  まあそういう風な感じだったわけですね「ホワイトアルバム」は。

  で、そのあとはアニメの作品のサントラで「イエローサブマリン(Yellow Submarine)」が発売になって。
  これはまあ、半分はジョージ・マーティンのサウンドトラック・アルバムみたいな感じで。
  新曲は ほとんど無いっていう感じですよね。

  で、「Let It Be」の最初のタイトルは「Get Back」だったそうです。
  これも、「帰ろうよ」って、どこへ帰るのかっていうと。
  ポール・マッカートニーが、まあその頃は実質的なリーダーだったんですけども。
  クリスマスの休暇のあと、「新しい年が明けたらみんな会おう」
  で、どういうことをポールは言いたかったとういうと、
  「今まで、アルバム、良いアルバムを作って。
  スタジオの中で奏ってたけど、俺たちはバンドだ。
  だから再びツアーに出よう」
  ていうようなことを、みんなに言うんですよ。
  でも、他の3人は、ちょっと首を縦に振らない。
  「じゃあせめて、ダビングとか、後で音をかぶせたり、するのをやめて、一発撮りでレコーディングしよう」
  で、「その風景を、レコーディングしている風景を、バンドとしての風景を、映像に撮ろうよ」ていうことで。
  1969年の正月、ロンドンのトゥウィッケナム・スタジオ、これ映画のスタジオで集まって、そこで演奏して。
  それを撮影班が撮るわけですけども。
  そこの 打ち合わせだとか、リハーサルの風景をいろいろ撮ったりするんだけど。
  決してそれは 和気あいあいと言えるものではなかった。
  シラケた感じがあったんですよ。
  まあ、これを 最後まとめたのが、アップル・ビルの屋上での有名なセッションで。
  やっと、バンドっぽいていう。

289 :ジョン・キロックノン:2016/05/11(水) 14:11:16.78 ID:???0
  さあ、それじゃそのアルバム「Let It Be」の中からね。
  この曲ではね、マッカートニーとレノンの、まあやり取りというか、共演とういうか。
  それを 楽しんでいただきたいと思います。
  これも、実に良い曲ですよ。
  ザ・ビートルズの I've Got a Feeling  

  〜 The Beatles / I've Got a Feeling
  ttp://www.dailymotion.com/video/x226zas

  (小林)エヘヘw、 ねえw。
  最後とは思えないよね。
  ザ・ビートルズの Ive get a feeling。
  もうほんと ビートルズが終わりの頃のね、感じです。
  ちなみにね、桑田佳祐が「これ、一番好きだ」ていう曲ですよ。
  やり取りが好きなんでしょうね。
  これ、生っぽいものね。

290 :ジョン・キロックノン:2016/05/13(金) 13:49:08.20 ID:2wCgKkTG0
□ストーリー
 ・「ジョンと私、それとジョージとパティの 二組のカップルでの旅行は最高でした。
  アイルランドでは、パパラッチに囲まれて、脱出大作戦をいちおう成功させましたが。
  旅の途中でロンドンに戻るというありさま。
  その数週間後、今度は、と出かけたタヒチでしたが、今度もどうなることやら、かなり不安でした」
  昨年2015年4月1日、イギリスで一人の女性がこの世に別れを告げた。
  女性の名前はシンシア・レノン。享年75。
  彼女は生前、夫ジョンのことを中心にビートルズに関する一冊の手記を発表している。
  その内容は全て彼女が目の当りにしたこと。
  もしくは、ジョンやビートルズのメンバー、マネージャーのブライアン・エプスタインとそのスタッフのみんなから直接聞いたことだけで構成されている。
  今週もロックの歴史上、最も重要なアーカイブとも言えるこのシンシアの著作からお届けしよう。
 
  アイルランドでは体を張っての大脱出作戦を敢行したシンシアとパティ。
  「今度こそは」と出かけたタヒチでは、チャーターしたヨットが思いのほか小型で古びたもの。
  これはヨットというよりも「釣り船」と呼んだ方が適切であった。
  さらに、到着した日から3日間は、嵐のような悪天候。最悪である。
  しかし、嵐が過ぎ去ったあとは 素晴らしい休暇となった
  釣り船の乗組員というよりは、タヒチ人の船頭さんは愉快で頼りになり。
  そして何より、ジョンとジョージが、世界的な有名人であることを知らなかった。
  シンシアにとって、こんな嬉しいことはなかった。
  これぞ、本当のバケーションである。

  ホテルのシェフはポテト料理の名人で、毎日手を変え品を変え、今まで食べた事も無い いろいろなポテト料理を味わった。
  おかげで、ジョンもシンシアも帰る頃までには すっかりコロコロと太ってしまった。
  デッキに寝転んだり、泳いだり、話しをしたり、おいしい物を食べたりして、のんびりした休暇を 存分に楽しんだ。
  シンシアがなにより嬉しかったのは、タヒチにはパパラッチが全く姿を見せなかった、ということである。

291 :ジョン・キロックノン:2016/05/13(金) 13:50:35.41 ID:???0
  〜 The Beatles / This Boy
  ttps://www.youtube.com/watch?v=20jzMqD-N2c

  〜 Beach Boys / In My Room
  ttps://www.youtube.com/watch?v=l71pbhqnvNM

  (小林)2曲かかりましたね。
  This Boy がかかりましたね。
  「I Want to Hold Your Hand」のB面でしたね。

  そしてこの曲。
  この曲、なんていうグループかわかりましたか?
  それから、もうひとつ、ついでに訊いておこう。
  ビートルズのね、いろいろコーラスの ハーモニーとかありますけど。
  今の曲のハーモニー ビートルズの曲と比べて、どっちが好きですか?
  あっ、こっちの方が好き?
  ねw、そういう人がいてもいいんだよね。エヘヘw
  だって、片方の横綱ですからねw ええ。
  ビーチボーイズ(Beach Boys)です。
  ビーチ―ボーイズ、1963年、同じ年ですよ「I Want to Hold Your Hand」の年。
  「Be True To Your School」の、こっちはB面 In My Room という曲をw
  紹介いたしましたぁ。

292 :ジョン・キロックノン:2016/05/13(金) 13:51:27.32 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「タヒチの休日。それは最高でした。
  仕事に追われ、不機嫌な事の多いジョンも、毎日ほんとうに笑顔でいてくれるし。
  それに、ジョージのガールフレンドになったばかりのパティと友達になれたことも、すごく幸せなことだったんです」
  こうしたジョンとビートルズに関してのエピソードは全て、ジョンの最初の妻であるシンシア・レノンが遺した手記に綴られているもの。
  都合よく、体裁よくまとめられた、オフィシャルブックなどと違って。
  書かれていること全て、シンシアが直接ジョンやビートルズのメンバーから、もしくはその家族やスタッフから聞いたことだけで構成されている。
  ロックの歴史上 最も重要なア―カイブとも言えるこの名著から続けてみよう。

  シンシアとパティは、とても親しくなった。
  パティのスタイルの良さと、完璧なファッションセンスには、惚れ惚れしてしまうぐらいである。
  そのパティにとって、ビートルズの苦労時代から知っているシンシアは、とても頼りになる存在であった。
  ジョントジョージは、まるでお兄ちゃんと末っ子みたいな関係で。
  気を使うこともなく、一緒にいて寛(くつろ)げる相手でもあった。
  タヒチでも、シンシアとパティがショッピングに出かけている間、二人は無邪気にビーチに出かけて行った。

  ジョンとシンシアにとって、休暇は貴重なものであった。
  二人が終始一緒にいられて、時間に追われることなく、お互いに相手が傍に居ることを心ゆくまで楽しむ幸せを味わえるのは、休暇の時だけであった。
  普段はあまりの忙しさに、ジョンとはマンションを出入りする時にすれ違うぐらいしか接点のないことも珍しくはなかった。
  レセプションやパーティなどに一緒に出席する時でさえ、隣同士の席に座った事など一度もなかった。
  しかも、たくさんの人がジョンと話しをしたがるので、シンシアはいつも迷惑にならないように後ろに下がっていた。
  だから、ビーチで何もせずに、のんびりしたり、散歩をしたり、愛し合ったり、抱き合ったり、海で水を掛け合ってふざけたり。
  それが、貴重な貴重な時間だったのである。 

293 :ジョン・キロックノン:2016/05/13(金) 13:52:33.58 ID:???0
  〜 The Beatles / Something
  ttps://www.youtube.com/watch?v=dNKpwRvFedY

  〜 The Beatles / Strawberry Fields Forever
  ttps://www.youtube.com/watch?v=rdIeSHYin88

  (小林)最後、やっぱ「I buried Paul」に聴こえるようなw
  ジョンが、なんか言っていましたねw
  というわけで、ジョンとジョージ。
  それからね、ジョンのカミさん、そしてジョージの恋人。
  この物語のあと、描写のあと、「Something」と「Strawberry Fields Foreve」が流れると。
  ちょっと、違う感じに聴こえて来たねえ。

294 :ジョン・キロックノン:2016/05/13(金) 13:53:57.53 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「完璧なバケーションも束の間。
  再び嵐の中に戻る時が、やってきました。
  私たちは、現実が待っているロンドンに戻ってきたのです」
  言葉の主はシンシア・レノン。ジョンの最初の妻。
  こうしてお送りしているジョンとビートルズを取り巻くエピソード史実のほとんどは、彼女の遺作となった手記にまとめられているもの。
  「作り話は一切なし」という名著の中から、もう少し続けてみよう。

  ビートルズの最初の主演映画「A Hard Day's Night」のロイヤルプレミアムが、1964年7月6日、マーガレット王女の隣席の元、行なわれることになっていた。
  その4日後に、ビートルズはリバプールでのプレミアに赴き。
  リバプールが街を挙げて、今を時めくヒーローたちのために催すレセプションにも出席することになっていた。
  ジョンは映画製作を楽しんでいて、出来上がった作品を観て喜んだ。
  メンバーは映画の成功を願うと同時に、一般の人たちに「ビートルズの、また違った一面が観てもらえたら嬉しい」と思っていた。

  ロンドンでのプレミアの日が近ずくにつれ、ワクワクする気持ちがどんどん高まってきて。
  シンシアは思い切って、ゴージャスにドレスアップしようと計画を練った。
  これこそは というドレスを見つけるために、何日もかけてロンドンのウェストエンドにある洗練されたブティックやナイスブリッジの店を何軒も回った。
  そしてついに見つけた。
  ロンドンの高級デパートの一つ「フェニック」で、黒とベージュのシルクで、丈が踝まであるノンスリーブのチュニックスタイルのドレス。
  ドレスに合わせて、マリークワントの黒のシフォンのコートも新調した。
  ただ、問題が一つだけ、ドレスの丈を詰めてもらう必要があった。
  店のスタッフと話して、寸法を直してプレミアに間に合うよう届けてもらう約束だった。
  が、当日の朝になっても、ドレスは届かない。
  シンシアはパニックに陥った。
  結局、彼女の母親がデパートにドレスを取りに行って、もうあと30分で出発、というギリギリの時間に間にあった。

  ジョンはシンシアの姿を見てこう言った。
  「シンシア、最高だよ!。
  ところで、なんでそんなに息を切らしているの?」

295 :ジョン・キロックノン:2016/05/13(金) 13:54:50.68 ID:???0
  〜 The Beatles / A Hard Day's Night
  ttps://www.youtube.com/watch?v=70QfHtKdh_0

  〜 The Beatles / If I Needed Someone
  ttps://www.youtube.com/watch?v=lCNqHIKJ4wk

  (小林)というわけで。

  これは  If I Needed Someone
  1965年。
 
  そしてその前は。
  お馴染みの A Hard Day's Night

296 :ジョン・キロックノン:2016/05/16(月) 22:00:28.83 ID:???0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。

  (松戸市/男性)
  週末は家族全員の食事を作ってるアラフィフオヤジです。 (小林)w
  もちろん日曜の夕食はこの番組をBGMにしながら調理しています。  
  3月の終わりの放送で、会所の先輩のMさんのリクエストが読まれたことに刺激され、私もリクエストメールを送ります。
  杉真理さんの「K氏のロックンロール」をお願いします。
  杉さんというと「バカンスはいつも雨」とか。
  佐野元春と一緒にナイアガラトライアングルに参加した人。
  竹内まりやさんの大学時代の先輩。
  わりと有名な話しですが。
  「K氏のロックンロール」は、私のような杉さんファンしか知らない曲かもしれません。
  「克也さんに、よく鍋物をごちそうになる お礼に書いた曲だ」と、
  当時の杉さんのFMの番組で紹介されていたのを記憶しています。40:40
  歌い出し直後の「きっとあの子も聴いているだろう、君のクレイジーDJ」という歌詞が特に好きですねえ。  

  (小林)という、ハイ。
  じゃあ、小林克也にw 鍋の礼に書いたというw
  その「K氏のロックンロール」

  〜 杉真理 / K氏のロックンロール
  ttps://www.youtube.com/watch?v=BeL9uLTiUFs

  (小林)というわけで
  こんなのを書いてくれたんだよねw。
  あのねえ[松戸市/男性]さんはね。
  「克也さんのDJは、クレイジーDJじゃなくて正統派であり、ちっともクレイジーではないですが」
  って書いてありますけど。
  それはねえ、僕のあれだね、昔の「スネークマンショー」とか、ああいうの聴いてないからだよねw
  ええ、まあいいでしょう。

297 :ジョン・キロックノン:2016/05/16(月) 22:04:02.64 ID:???0
  (葛飾区/男性)
  久しぶりにリクエストします。
  イギリスのロックファンの[葛飾区/男性]という者です。
  昨年9月 ジョージ・ハリスンの息子ダーニ(Dhani)が主催する ジョージの追悼コンサート「ジョージフェスト(George Fest)」が開催され。
  今年に入ってCD・ブルーレイのセットが発売になりました。
  ジョージの15周忌追悼コンサートになります。
  ブルーレイでコンサートを見ましたが、
  出演するミュージシャンは比較的若い人が多く、知らない人がほとんどでした。(小林)w
  しかし、どの演奏も素晴らしかった。
  中でも「Got My Mind Set On You」がとても印象に残りました。
  この曲は なかなかライブで演奏されることが珍しい曲です。 
                     (小林)これは、あれだよね。
                         まだ、ダーニが子供の頃
                        「お父さん。なんでこれやってくれないの?」
                        リクエストがあって、
                        わざわざお父さんがね、無理してちょっと子供っぽい曲をやったら
                        これがヒットした、というわけですよね。
  聴いていて 元気を与えてくれるので、私はとても好きな曲です。
  ブランドン・フラワース(Brandon Flowers)という人がカバーしていました。
  「ジョージフェスト」のCD、ディスク1の6曲目。

  (小林)エヘヘw 
  それじゃあ[葛飾区/男性]さん、あなたのリクエストで・・・
  この新人ていうか、ブランドン・フラワースの Got My Mind Set On You

  〜 Brandon Flowers / Got My Mind Set On You
  ttps://www.youtube.com/watch?v=PIKWYSLzdTk

  (小林)ねえもう・・・
  「あの子に決めたぞ。おいらは。
  でも、きっと金がかかるんだろうなあ。
  時間もかかるぞ」
  っていう。
  あの曲が、ジョージの息子ダーニが大好きだったわけですね。

298 :ジョン・キロックノン:2016/05/16(月) 22:05:42.84 ID:???0
  (小林)
  息子さんと武道館へ行ったという。
  
  (鎌ヶ谷市/男性)
  「これが最後の来日か?」毎回言っているようですが。
  クラプトン(Eric Clapton)といい、ポールといい、
  自分よりはるかに高齢であるにもかかわらず。
  毎回素晴らしいライブを提供してくれて、本当に感謝です。
  今回のリクエストは なかなかラジオでかかることのないこの曲
  Little Wing

  〜 Eric Clapton / Little Wing
  ttps://www.youtube.com/watch?v=XdIHxpx9VUc

299 :ジョン・キロックノン:2016/05/16(月) 22:06:31.04 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)いかがでしたか?「ビートルズから始まる」
  
  ねえ、特にジョン・レノンには、ゆっくり休暇を楽しむなんてイメージがないですけど。
  この番組10何年やってますけどw 
  初めてですね、ジョンの休暇の模様をお伝えしたのはね。
  
  リクエスト待ってます。
  beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにして送らせていただいています。
  待ってますよ。小林克也でした。

300 :ホワイトアルバムさん:2016/05/17(火) 06:35:03.24 ID:???0
いつもありがとうございます

301 :ジョン・キロックノン:2016/05/18(水) 12:54:13.01 ID:???0
残念ながら
5月15日放送の「ビートルズから始まる」も録音に失敗してしまいました。
原因は不明ですが、どうやらネット接続が時々切れるみたいですね。
ハードかソフトか原因は今のところよくわかりません。
重ねてお詫び申し上げます。 <(_ _*)>

302 :ホワイトアルバムさん:2016/05/18(水) 19:32:11.46 ID:???0
http://www1.axfc.net/u/3666595

ジョン・レノンの最初の妻、シンシアが亡くなったのは ○○○○年?

303 :ジョン・キロックノン:2016/05/20(金) 18:27:11.60 ID:???0
>>302 さんありがとうございました。DLできました。
録音の方はいろいろテストしていますが、失敗が多いです。
ソフトを変えたり 試していますが。
しばらくお世話になるかもしれませんので、よろしくお願いします。

304 :ジョン・キロックノン:2016/05/20(金) 18:29:50.89 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年5月15日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(5月15日)
 ・1967年。
  意味深い年ですが。いろいろ音楽的にもね。
  49年前の今日。
  ポール・マッカートニーとリンダが、初めての出会い。
  49年前の今日、二人が会ったわけですね。リンダと。

  えっと、そして場所なんですけども。
  Bag O Nails という所で。
  ロンドンで一番そのころナウい店だった。
  そこにジョージィ・フェイム(Georgie Fame)、そしてブルー・フレイムス(Blue Flames)というグループが出ておりまして。
  それを見た、ということですね。

  リンダと初めて会った。
  ちょっとポール・マッカートニーのね、女性遍歴というか。
  ポールはジェーン・アッシャーと婚約するっていうことは有名ですよね。
  これ、1963年なんですよね。
  ビートルズが本格的に売れるのが64年。
  その前の年に、人気女優の、イギリスの、お茶の間でも人気のあったジェーン・アッシャーと交際を始めて。
  ジェーン・アッシャーの家の屋根裏部屋、屋根裏部屋っつたって でかいんだよw。
  これ、下宿することになりますよね。
  で、まあビートルズがスーパーアイドルになって。
  とてもモテるわけです。
  で、まあ、でもいちおうジェーンは婚約者ということで、ずーっと行ってたんですけども。
  49年前の今日、リンダと出会うわけです。
  で、リンダにポールはいろいろ感じるようになるわけです。
  リンダだってね、世界の有名人ポール・マッカートニーですから。
  リンダは、一般紙の編集スタッフのカメラマンだった、ていうこと。

  それから、まあ、あの人はなんか「グルーピーの女王」とも呼ばれた人で。
  ミュージシャンを撮ったり追っかけるのが趣味だった人みたいですね。
  そして、まあ、リンダはアメリカへ帰っちゃって。
  まだ、ジェーン・アッシャーと付き合ってるんですけども 。 
  アメリカからやって来た広告代理店のね女性のね、フランシー・シュワルツと恋仲になって。
  その2人がポールの家で、なんかね、その最中に家に帰って来て、ジェーン・アッシャーが。
  で、見つかって、みたいなところがあるわけですけども。
  その後の事はご存知でしょうかね? 皆さんね。

305 :ジョン・キロックノン:2016/05/20(金) 18:31:19.43 ID:???0
  というわけで 49年前の、ポールとリンダが会った夜に演奏していたグループ。
  彼らはイギリスでのヒットもある有名なグループだったんですよね、当時はね。
  1964年のイギリスでのナンバーワンは・・・
  ちなみに、ポールとリンダになったつもりでw
  そんなことは ないですかねw
  ジョージ・フェイム&ブルー・フレイムス「Yeh Yeh」

  〜 Georgie Fame and the Blue Flames / Yeh Yeh
  ttps://www.youtube.com/watch?v=jf-cCL3TOCo

  (小林)ジョージィ・フェイムとブルー・フレイムズの Yeh Yeh という。
  ジョージィ・フェイムっていうのが、リードヴォーカル、中心人物で。
  ブルー・フレイムズ、韻を踏んでるわけですよね。
  で、まあこの、初めてお聴きになる方は多いと思いますけど。
  自然なスタイルじゃないですか? なんかヴォーカルなんかも。
  なんか、このあとで、ロックって、だんだんその、ハイプっていうか、粋がりみたいなのがヴォーカルに加わることによって。
  まあ、ちょっと変わってくるんですけど。それが無い、なかなか素直な・・・
  モッズの人たちに、とても人気のあったグループです。
  それを聞きながら、観ながら、ポールとリンダがデートしてた、というわけです。

306 :ジョン・キロックノン:2016/05/21(土) 17:31:55.88 ID:???0
□ストーリー
 ・昨年2015年の4月1日、イギリスで一人の女性がこの世に別れを告げた。
  女性の名前はシンシア・レノン。享年75。
  彼女は生前、夫ジョンのことを中心にビートルズに関する一冊の手記を発表している。
  その内容は全て彼女が目の当りにしたこと。
  もしくは、ジョンやビートルズのメンバー、マネージャーのブライアン・エプスタインとそのスタッフのみんなから直接聞いたことだけで構成されている。
  今週もロックの歴史上、最も重要なアーカイブとも言えるこのシンシアの著作からお届けしよう。

  1964年2月、アメリカ進出を大成功のうちに収め、ビートルズは正真正銘の世界的なアイドルグループとなった。
  シングル、アルバムと、そのセールスも絶好調の中、最初の主演映画「A Hard Day's Night」も、それまでにない過密スケジュールの中 完成。
  ロンドンでそのプレミア、つまり先行上映会が開催された。
  この頃になると、ジョンに妻と子供がいることは周知の事であり。
  プレミア上映は、関係者と・業界人などの招待客しか入る事が出来ないものであったため、シンシアも同行することになった。
  この日のためにシンシアはイブニングドレスを新調し、興奮状態。
  ジョンはシンシアがおめかしするのをいつも楽しみにしていて、この日も気分は上々。
  もちろん、シンシアも得意気であった。
  髪をアップにするか、降ろしたままにするか、相談すると、ジョンはこう言った。
  「いつもとは少し変えてみようか。
  うん、今回はアップにして、ちょっと、ブリジッド・バルドー風にしたらどうかな?
  あ、それから、シンシア。メガネはダメだよ。
  君は美人なんだから、メガネはやめようよ。
  心配しなくていい。僕がちゃんとエスコートするからね。」

  こういう場面になると、ジョンは決まって誇らしげな表情でシンシアを見た。
  「やあ、シン。とってもきれいだよ」と言ってくれるのである。
  シンシアはゴージャスなドレスに合わせて、髪にベルベットのリボンを付け。
  まるでプリンセスになったかのような気持ちで、プレミア上映の仕度を整えた。
  さあ、出発である。

307 :ジョン・キロックノン:2016/05/21(土) 17:32:42.97 ID:???0
  〜 The Beatles / Thank You Girl
  ttps://www.youtube.com/watch?v=2phLXqv6tyc
 
  〜 The Beatles / I Wanna Be Your Man
  ttps://www.youtube.com/watch?v=9rKFt65Cwd4

  (小林)初期の作品が2つ続きましたね。

  Thank You Girl
  これは「From Me To You」のB面ですね、当時でいう。
 
  そして「With The Beatles」
  63年のアルバムの中から、I Wanna Be Your Man
  これは ねえ、この曲はジョンとポールが
  ミック・ジャガー(Mick Jagger)たちにあげたことで有名。
  これは、リンゴ・スターがボーカルを取っておりましたけど

  やっぱり あれですね。
  この2曲を聴いてもわかるんですけど。
  ジョン・レノンの声が 目立っていますね。
  僕たちは当時ね、ジョン・レノンは「ちょっと、アーパーボイス」って呼んでた。
  あれが、ななかなか普通の人には出せない味なんですよね。
  そういうことを思い出しました。

308 :ジョン・キロックノン:2016/05/21(土) 17:34:34.10 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ついにスーパーアイドルになったビートルズですが。
  家族にとって、それは“嬉しいけど嬉しくない”みたいな複雑な気分でした。
  だからこそ、ジョンがパーティやイベントに私を妻としてエスコートしてくれるのは、本当に嬉しいことでした」

  言葉の主はジョンの最初の妻シンシア・レノン。
  こうしたジョンとビートルズに関してのこのエピソードは全て、シンシア・レノンが遺した手記に綴られているもの。
  ロックの歴史上 最も重要なア―カイブとも言えるこの名著から続けてみよう。

  ビートルズにとって初めてとなる主演映画「A Hard Day's Night」のプレミア上映に
  もちろん主役であるビートルズが出席しないわけにはいかない。
  ジョン、ポール、ジョージ、リンゴ、マネージャーのブライアン・エプスタイン、そしてシンシア。
  この時点ではまだ、たった一人ビートルズの妻であるシンシアの6人は、お抱えの運転手ビル・コルベットの運転で会場となるロンドン・パビリオンへ向った。
  その当時、主要な映画のロンドンでのプレミア上映は全てここで行われた。
 
  通りを走り抜ける時、興奮し泣き叫ぶ女の子たちの列と、それを留めようとしている警官隊の列を車の窓から見つめながら、ジョンはつぶやいた。
  「サッカーの決勝戦かなんか あるのか?」
  あまりの頓珍漢な発言に、全員笑い出してしまった。
  すると、ブライアンが答えた。
  「たしかに、こんな景色は 映画のプレミアって感じじゃないよね。
  だけどジョン、今や君たちは、サッカーのイングランド代表チームよりも人気があるんだよ」
  それでもまだ、ジョンは納得出来ない表情だった。
  これまでの9ヶ月間、こんな光景をジョンは飽きるほど見てきたはずである。
  それでも彼は、これが現実なのか、それとも夢なのか、実感として受け留めることができなかったのである。

309 :ジョン・キロックノン:2016/05/21(土) 17:35:41.26 ID:???0
  〜 The Beatles / Rock & Roll Music
  ttps://www.youtube.com/watch?v=TBiLhQpaUaM

  〜 The Beatles / She's A Woman
  ttps://www.youtube.com/watch?v=L9aLhEqfqLY

  (小林)2曲続きました。
  Rock & Roll Music、She's A Woman

  Rock & Roll Music の方は「フォーセール(Beatles For Sale)」のアルバムから。
  いずれも64年。

  そして She's A Woman
  これは「I Feel Fine」のねB面。64年。

  ちなみに、武道館では1曲目が Rock & Roll Music
  2曲目が She's A Woman
  こうやって、やっぱり さっきも言いましたけど。
  ジョンの声 ポールの声 と聴くと。
  ジョンの声は、ちょっと性格的に抜けたような声が、要素があるんで。
  あれが、あれがやぱりロックの・・・
  だから、リアム・ギャラガー(Liam Gallagher)が そうじゃないですか。
  あれは不思議ですね。
  やっぱり、ジョン・レノンはすごいと思いましたよw 僕はw

310 :ジョン・キロックノン:2016/05/21(土) 17:36:47.89 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ビートルズの初めての主演映画『A Hard Day's Night』のプレミア上映の日。
  あちこちからカメラのフラッシュを焚かれ、レッドカーペットの上から手を振り、ニコニコと笑顔で応える四人を見ていると
  またしても、夢と現実の区別がつかなくなっている自分に気がつきました」 
  言葉の主はシンシア・レノン。ジョンの最初の妻となった女性。
  こうしてお送りしているジョンとビートルズを取り巻くエピソードや史実のほとんどは、彼女の遺作となった手記にまとめられているもの。
  「作り話は一切なし」というこの名著から、もう少し続けてみよう。

  「A Hard Day's Night」のプレミア上映の会場でシンシアは、ほんの少し前の過去の記憶をたどっていた。
  ジョンとシンシアは、かつて家計をなんとかやり繰りして、ジョンの伯母さんであるミミの家に隠れるように暮らしていた。
  しかし、このたった一年そこいらで、これだけ状況が変わってしまったなんて。とても信じられない気持であった。
  
  映画の上映が終わると、ビートルズ御一行は マーガレット王女に紹介された。
  実際に王室の一員を目の前にすると、ジョンも他のメンバーも、普通のロンドン市民と同じくらい畏敬の念を抱いていた。
  ジョンは、王女様が自分たちの映画をわざわざ観にいらしたことに心を躍らせ、光栄に思い
  いつもの反体制的な物の見方も 窓からどこか遠くへ飛んで行ってしまったかのようであった。
  王女様に話しかけられると、ジョンは赤面しながら、その場に突っ立ったまま微動だにしなかった。
  マーガレット王女は、あきらかにビートルズに魅了されていたようだったが。
  四人以外は目に入れてないご様子。
  ジョンへの質問も、魅力的で早口の口調ではあったが、極めて表面的に感じられた。
  「これだけ賞賛を浴びると、大変なこともお有りなんでしょうね?」といった具合。

  ジョンが「王女様。妻のシンシアです」とシンシアを紹介すると。
  王女はたったひと言「あら、素敵な方ね」
  とだけ残して すぐ立ち去られた。
  それでもシンシアは圧倒された。
  王室の方にお目に掛かれるなんて、リバプール時代には想像さえしていなかった。
  これは夢か現(うつつ)か、シンシアにとっても信じられない体験であったことは言うまでもない。

311 :ジョン・キロックノン:2016/05/21(土) 17:37:59.92 ID:???0
  〜 The Beatles / A Hard Day's Night
  ttps://www.youtube.com/watch?v=09QJt9MBBUY

  〜 The Beatles / Things We Said Today
  ttps://www.youtube.com/watch?v=p4MEBI-bGU8

  (小林)2曲続きましたね。
  
  A Hard Day's Night

  そして「A Hard Day's Night」のB面です。
  B面 Things We Said Today
  もう、これはなかなかね。
  僕なんかが聴くと、
  「50年代っぽいものが残っているなあ」
  ていうような名曲だと思うんですが。

312 :ジョン・キロックノン:2016/05/23(月) 21:55:33.69 ID:l806zsEr0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。

  (新宿区/男性)
  プリンス(Prince)まで亡くなってしまいました。
  第一印象は「変なやつ」でした。  (小林)これ、正解ですねwww
                            ああ、まあ プリンスは、幼馴染みのね、インタビューを読んでみると
                            中学1年ぐらいの時から もう すっごい頭がアフロ、でっかいアフロ。
                            で、10pぐらいのヒールを履いて。
                            それから、楽器はもう、4つ5つ出来る子だったらしいですよ。
                            曲も作るのが速くて。
                            だから、中学1年ぐらいでそれだから、変なやつでしょうね。
  しかし、曲を聴いているうちに、すごい人だと思うようになりました。
  一時、変な記号みたいな名前にしましたよね。
  呼びようがなくて「The Artist Formerly Known As Prince」とか言われて。
                        (小林)そう「前プリンスと呼ばれたアーティスト」ていうね。
  異才の早い死は残念です。
  
  (小林)[新宿区/男性]さんは言ってますが。
  プリンスが、ワーナーと契約して。
  それから、「ブラックアルバム(The Black Album)」ってのを。
  ビートルズの「ホワイトアルバム」があるわけだから「ブラックアルバム」ってんで行こうって。
  これはすっごいアルバムだったんですよ。
  で、それ、みんな期待してたわけ、もう多くの人が。
  プリンス嫌いな人までも、期待してたんだけど。
  プリンス「それ、辞めた」って、売らせなかったんですよね。
  それで裁判になっちゃって、「プリンス」っていう名前も取り上げられちゃって。
  で、あとで聞くと プリンスは「神のお告げだった」とかなんとか言ってるんですけども。

313 :ジョン・キロックノン:2016/05/23(月) 21:56:31.24 ID:???0
  さあ、それじゃプリンスの初期の作品です。
  これ、大ヒットでした。
  プリンスの Little Red Corvett

  〜 Prince / Little Red Corvette
  ttps://www.youtube.com/watch?v=A5oJKjNauTo

  (小林)プリンスの Little Red Corvette 
  リクエストに応えています。

  (成田市/女性)
  プリンスの訃報が届いています。
  プリンスは私が高校の時、幼馴染みのみっちゃんがファンで。
  個性的なファッションと あまりのセクシーさに、みっちゃんの趣味を疑ったことを思い出しました。
  ご冥福をお祈りします。

  (小林)ww ていう。
  個人的なリクエストが、なかなかいい。

314 :ジョン・キロックノン:2016/05/23(月) 21:58:47.23 ID:???0
  (浦安市/女性)
  いつも夫婦で拝聴しています。
  あまりにも急で、早過ぎる訃報に。
  それと 天才としか表現のできない才能が永遠に失われてしまった、との思いに。
  ショックが大きすぎて、ただ、茫然とするほかありません。
  もう一度 日本に来て欲しかった。(小林)って
  今年は 不世出のアーティストの訃報が相次ぎますよねえ。

  (小林)ていう。
  さあそれじゃ まあ。
  これは、やっぱり、これを抜きにね、行くわけにいかないでしょう。
  プリンスが映画で・・・
  この人は面白いですよね、全部自分でやらなきゃ気が済まない、ていう。
  なんか、精神科医的には言葉があるらしいんですけども。
  あれでしょ、主演やって監督やって音楽もやって、いろーんなことを自分でやってるわけですよね。
  で、これはミネアポリスの有名なディスコでライブが撮られました
  もう最初から、ちょっと長めの曲ですけど。
  これは、黒人教会で聴かれるゴスペルが、プリンスのサイケデリックの手にかかるとこんなになった、と考えるといいと思いますね。

  それから、この曲でもそうですが。
  プリンスが・・・プリンスの声 すごいんですよね。
  プリンスの声がすごい、ていう人いないですけど。
  まあ、本人が嫌いで いろいろ細工したりした人でもあるわけですが。
  もう、低い所から高ーい所まで、この曲ではカバーしています。
  プリンスの Purple Rain

  〜 Prince & The Revolution / Purple Rain
  ttps://www.youtube.com/watch?v=0ABd-cCcIxk

  (小林)  
  このパープル、「Purple Rain」ですけど。
  疑問に思っている方もいると思いますが。
  プリンスはインタビューで
  「空に、赤、青、つまり紫(むらさき)を見ると。
  その人の生涯、この世が終わるまで、パープルレインが あなたとあなたの愛する者を守るんだ」
  みたいなwことをねw、教祖様みたいな発言をしてますけど。
  それと、あと ジミヘン(Jimi Hendrix)ですかね、この人のギターは。
  ジミヘンに「Purple Haze」という名曲があります。
  あと「パープル」というと 英語でちょっとエロティックな意味があります。
  だから「パープル・レイン」だったんでしょう。

315 :ジョン・キロックノン:2016/05/23(月) 22:01:11.15 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがでしたでしょうか?

  ジョン・レノンの話し、面白いですよね。
  ところで、ジョン・レノンが亡くなった時。
  プリンスは、あのすぐそばにいた、っていう有名な・・・
  有名なような、よく知られない話しがあるんですが。
  それから、リクエストは、まあ、プリンスが亡くなったていうことで・・・
  プリンスだけでしたか?
  みなさん、来週から、また、よろしくお願いしますね。
  
  beatles@bayfm.co.jp
  です。
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにして差し上げております。
  よろしく

316 :ジョン・キロックノン:2016/05/23(月) 22:03:19.70 ID:???0
5月22日の「ビートルズから始まる」も録音できませんでした。
どうもすみません。<(_ _*)>

317 :ホワイトアルバムさん:2016/05/24(火) 00:38:37.72 ID:???0
ビートルズの「ラバーソウル」っての聴いたけど
歌謡曲だろコレ

318 :ホワイトアルバムさん:2016/05/24(火) 20:10:58.90 ID:???0
小林克也も参加した「ザ・ナンバーワン・バンド」のファーストアルバムのタイトルは?(ひらがなで)
ttp://www1.axfc.net/u/3669584

319 :ホワイトアルバムさん:2016/05/25(水) 08:32:02.67 ID:???0
>>316
あちゃー

いつもありがとうございます

320 :ジョン・キロックノン:2016/05/26(木) 17:59:33.12 ID:???0
>>318様 ありがとうございます。毎度すみません。
Ridiko録音系のソフト全部ダメですね。
今後はビデオ録画機材で留守録音できないか検討しています。

321 :ジョン・キロックノン:2016/05/26(木) 18:03:49.74 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年5月22日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(5月22日)
 ・1977年。
  今から39年前の今日。
  もうビートルズは解散してね、7年ぐらいになる? ですかね。
  突然ですよ。39年前の今日、突然。
  ビートルズのハンブルグのスタークラブでのライブのアルバムが、イギリスで発売になっています。
  これはもう、みんなビックリしたんだろうねえw。

  でもね、これはね、内容はねえ。
  ビートルズはハンブルグで修業みたいなことをするわけじゃないですか。
  もちろんそれは、必要なために、ハンブルグ出稼ぎに行ったわけですけど。
  5回目、ハンブルグ公演、5回目。
  もう、ビートルズは「Love Me Do」がちょとヒットして、イギリス国内では有名になっています。
  でも契約が残っているわけです、ハンブルグ。
  で、まあだから、ハンブルグへは、余裕でビートルズ行ってます。
  で、スタークラブという、もう格も上がっていて。
  スタークラブという、ちょっと立派な所でビートルズが出る。
  それを、録音したものなんですけど。

  これ、家庭用の録音なんですよ。
  ワンポイントの録音だから。
  マイク一つ立てただけの録音だから。
  そうとう悪いんだけども、音質がね。
  でもやっぱりビートルズの貴重な音源ということで。
  これ、けっこう、放送関係の人間なんか全員買ったりしてますよ。ええw
  あ、もらえた人もいるかもわかんないですけどw 
  だけど、ビートルズのファンは買いましたね。

  ビートルズ、考えてみると、ビートルズが解散して、みんながソロ活動して。ね。
  ビートルズの伝説的なグループとして、なかなか伝説は減らないじゃないですか?
  だから、それと同時に、やっぱり、会社が中に存在しているわけだから。
  「ビートルズでお金儲け」っていうことで、ビートルズのありとあらゆる違うパッケージのものが出ましたよね。
  まあそんな中では「赤盤」「青盤」なんて、一番僕たちがお世話になった有名なアルバムがあるわけですが。

322 :ジョン・キロックノン:2016/05/26(木) 18:10:55.85 ID:???0
  さあ、それじゃその・・・
  「音は悪いよ。でも、貴重な音源だよ」っていうので。
  スタークラブっていう所でのライブ、行きますよ。
  ジョン・レノンがリードボーカル取っていますが。
  どんな感じなのか。
  でも、音は悪いけど、雰囲気とか、そういうふうなものはピッタシ伝わるからね。
  Twist And Shout

  〜 The Beatles / Twist And Shout(Live At The Star-Club)
  ttps://www.youtube.com/watch?v=ukWaX13FBlc

  (小林)どうです?
  雰囲気がもう伝わりますよね。これね。
  これの方が、「雰囲気を聴くんなら、これの方がいいよ」っていう方もw 絶対いると思いますけどw。
  でも、スタークラブってのは ビートルズのファンの間では有名で。
  実はこれが出る前にね、原宿にね「Star-Club」っていう美容室があってw
  ネオンが出てるんですよ。
  それ、ネオンもきっと模した物じゃなかったかと思うんですが。
  それで、その店がある時に、えーと確か「イエローモンキーズ(THE YELLOW MONKEY)」がそこでね。
  「Star-Club」っていうのを、ロゴを入れて、なんか撮影していますよ。www
  それくらい、もう、我々の世界でちょっと有名だったんですよね。
  ビートルズ Twist And Shout をお送りしました。

323 :ジョン・キロックノン:2016/05/28(土) 15:36:18.37 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「『リバプールのファンはかなり荒っぽいから、ビートルズのメンバーから離れた所にいるように』
  ていうブライアンの忠告は、間違っていませんでした。
  なんせ、久しぶりの帰郷でしたから。
  四人のメンバーは本当に揉みくちゃの歓迎を受けることになったんです」
  言葉の主はジョンの最初の妻シンシア・レノン。。
  こうしたジョンとビートルズに関してのエピソードは全て、シンシアが遺した手記に綴られている。
  都合よく、体裁よくまとめられた、オフィシャルブックなどとは違って。
  書かれていること全て、シンシアが直接ジョンやビートルズのメンバーから、もしくはその家族やスタッフから聞いたことだけで構成されている。
  ロックの歴史上 最も重要なア―カイブとも言えるこの名著から届けてみよう。

  リバプールに帰ったのは、初めての主演映画「A Hard Day's Night」のプレミア上映と、そのあとのレセプションパーティのため。
  イギリス王室を招待してのロンドンでのプレミアとは違って、ざっくばらんなものであった。
  この日はメンバー四人とも、たくさんの親族を招待していた。
  ジョンの妹のジュリアとジャッキーは18歳と16歳になっていて、ハリー叔母さんと一緒に会場に来ていた。
  3人はジョンからプレゼントされた新しい洋服を身に着けての出席。
  「どれでも好きな洋服を買うように」とジョンから言われていたのである。
  ジョンはリムジンを手配して3人を迎えにやり、ジュリアはこの時のことを「人生最高の思い出の一つだった」と後になって教えてくれた。

  ジョンの育ての親であるミミ伯母さんは、やはり姿を見せなかった。
  ミミの辞書には、こういう晴れがましい行事のたぐいや、楽しいことの項目には載っていないのだろう。
  おそらく、そうなるだろうと、ジョンもシンシアも予測していたので、大して気にもしていなかった。
  
  さあ、いよいよリバプールでのプレミア上映会の会場、あの懐かしいタウンホールに到着である。
  歓迎の声は最高潮に達していた。

324 :ジョン・キロックノン:2016/05/28(土) 15:37:04.33 ID:???0
  〜 The Beatles / All My Loving (Ed sullivan show)
  ttps://www.youtube.com/watch?v=jIUF1mZdGK8

  〜 The Beatles / Oh! Darling
  ttps://www.youtube.com/watch?v=DjoRavgGqAI

  (小林)「エド・サリバン・ショー」に出た時のビートルズ。
  これは「アンソロジー(Anthology)」に入っているんですけども。
  1964年 エド・サリバンですね。
  All My Loving
  
  そして、Oh! Darling
  これは「アビーロード(Abbey Road)」から。

325 :ジョン・キロックノン:2016/05/28(土) 15:38:29.82 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・アメリカ進出で大成功を収め、今や世界のトップアイドルとなったビートルズ。
  故郷リバプールのファンの中には、ビートルズはあまりにも大きな存在になってしまって、もう故郷には帰って来てくれないのでは?
  と心配している子もいたんです。
  それが、ちゃんと映画のプレミアに合わせて帰って来てくれた。
  その歓迎ぶりは、本当に今まで見たこともないくらいの熱烈なものでした」
  言葉の主はシンシア・レノン、ジョンの最初の妻となった女性。
  こうしてお送りしているジョンとビートルズを取り巻くエピソードや史実のほとんどは、彼女の遺作となった手記にまとめられているもの。
  「作り話は一切なし」というこの名著から、もう少し続けてみよう。
 
  ここリバプールでも、ロンドンと同じく、ビートルズが会場入りする時間に合わせて。
  いや、何日も前から並んでいるファンも合わせると、かなりの人数の人垣が出来ていた。
  リバプール市が主催するレセプションが行われるタウンホールに到着すると。
  メンバーの四人を出迎えるために、リバプールの市長が、すっかり正装の井出達で待っていた。
  メンバーはすぐさま 正面のバルコニーに通され、およそ20万人の絶叫を上げている一団に向かって手を振った。

  豪華なランチを摂ったあと、今度はプレミアの会場となるオデオンに移動。
  映画が上映される前に、客席からの絶叫や歓声を浴びながら四人がステージに立った時、ジョンは大声で叫んだ。
  「僕の家族はどこかなあ!?」
  すると、ジョンの妹のジュリアとジャッキー、そして叔母さんであるハリーが手を振って大声で返事をすると、会場にはドッと笑いが起こった。
  やはり故郷は良い。温かい。
  もちろん ロンドンは洗練されているし、ニューヨークにはあそこにしかない活気があり、知らず知らずのうちにテンションが上がる。
  でも、やはり故郷は良い。
  ずっと留守にしていても、いざ戻って来ると、自分たちを受け容れてくれる大きな存在。
  ジョンは、それをこんなにまで感じたのは、生まれて初めてであった。

326 :ジョン・キロックノン:2016/05/28(土) 15:39:25.86 ID:???0
  〜 The Beatles / In My Life
  ttps://www.youtube.com/watch?v=UKQpRgxyyqo

  〜 The Beatles / I'll Be Back
  ttps://www.youtube.com/watch?v=b-IuUQ8JD4g

  (小林)2曲続きました。
  故郷に凱旋して、まあ、ピッタリの曲でしたね。
  
  In My Life

  そして「A Hard Day's Night」のアルバム。
  1964年に入っています
  I'll Be Back

327 :ジョン・キロックノン:2016/05/28(土) 15:41:07.60 ID:???0
>>323の前に入ります。


□ストーリー
 ・昨年2015年4月1日、イギリスで一人の女性がこの世に別れを告げた。
  女性の名前はシンシア・レノン。享年75。
  彼女は生前、夫ジョンのことを中心にビートルズに関する一冊の手記を発表している。
  内容は全て彼女が目の当りにしたこと。
  もしくは、ジョンやビートルズのメンバー、マネージャーのブライアン・エプスタインとそのスタッフのみんなから直接聞いたことだけで構成されている。
  今週もロックの歴史上、最も重要なアーカイブとも言えるこのシンシアの著作からお届けしよう。

  1964年2月、アメリカ進出を大成功のうちに終え、今や世界のアイドルグループとなったビートルズは。
  ロンドンに戻り、最初の主演映画「A Hard Day's Night」の撮影をこなし。
  7月には、イギリス中のセレブを招待してプレミア上映を開催することになった。
  セレブと言っても半端ではない。
  なんとこの日は王室からマーガレット王女も列席し、歴史的な一夜となった。
  いつもならば反体制のスタイルを曲げることのないジョンも、マーガレット王女と話しをするとなると、さすがに顔が赤らみ、言葉遣いも丁寧になった。
  同席した妻のシンシアも、すっかりボーっとなってしまい、今自分がどこに居いて何をやっているのかも、判らなくなる状態。
  やはり大英帝国の歴史と品格は生半可なものではなかった。

  これに対し、その数日後に開催されたリバプールでのプレミアは。
  シンシアもジョージの彼女であるパティ・ボイドも
  「女性陣は全てビートルズのメンバーからは離れて待機する様に」
  マネージャーのブライアン・エプスタインから言い渡された。

  四人が、歓迎する地元リバプールのファンの間を通ることになると、間違いなく揉みくちゃにされることが予測できたからである。
  今回は「ビートルマニア」という現象が発生してから初めての帰郷であったため、その熱烈な歓迎ぶりには全員がたじろぐばかりであった。
  それは、ビートルズにとって文字通り「初めての凱旋」となったのである。  

328 :ジョン・キロックノン:2016/05/28(土) 15:43:13.80 ID:???0
  〜 The Beatles / A Hard Day's Night
  ttps://www.youtube.com/watch?v=x6TrV5L7Nz4
 
  〜 The Beatles / I'm A Loser
  ttps://www.youtube.com/watch?v=Zk9FvwfdDcg

  (小林)2曲、続きましたね。

  A Hard Day's Night 
  これは「アンソロジー(Anthology)1」に入っている違うバージョン。
  なんかねw 歌い慣れた感じなのかな?
  どういう感じなのかな? あの感じは。
  
  I'm A Loser
  これは1964年「ビートルズフォーセール(Beatles For Sale)」
  I'm A Loser みたいなの、これ、「ぼくは負け犬」っていう。
  こういうのって、ポップスには昔からあんまりならなかったんだけど。
  ブルースっていうものが、あるじゃないですか?  
  ブルースは、負けた人っていうか、そういった人たちの歌ですから。
  普通の人でも負けた気分を歌ったりするわけですから。
  ビートルズもそういうような影響なのかなあ、こういうふうなの堂々とやっていますね。



このあと>>323

329 :ジョン・キロックノン:2016/05/28(土) 17:28:33.06 ID:???0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。


  (品川区/女性)
  毎週楽しく拝聴しています。
  ジョージのファンです。
  最近「あるドラマの劇中歌としてジョージの曲が流れてる」とメルマガで知りました。
  私はそのドラマを見ていませんが、カバーしているのは山下達郎&竹内まりやのお二人です。
                           (小林)僕聴きましたよこれ。
                              もう、二人は優等生だねw
                              もうもう、文句の付け所が無いっていう感じですが。
                              え?
  で、これはぜひオリジナルをかけて頂きたい、とリクエストします。
  よろしく。
  
  (小林)オリジナル。
  これ、オリジナルと言っても、もともとエヴァリー・ブラザーズ(Everly Brothers)が奏っていた。
  もともとは・・・その元はw、シャンソンであった。
  フランスの曲であったということなんですが。
  これは、映画、マーティン・スコセッシ(Martin Scorsese)が監督した「Living In The Material World」で使われてる。
  ジョージ・ハリスンの Let It Be Me

  〜 George Harrison / Let It Be Me
  ttps://www.youtube.com/watch?v=3vAWqBiiYWo

330 :ジョン・キロックノン:2016/05/28(土) 17:29:31.46 ID:???0
  〜 The Beatles / Birthday
  ttps://www.youtube.com/watch?v=Hlw4B2Bj2og

  (小林)お馴染みですね。
  Birthday がかかりました。
  いやこれ、ちょっと遅れてかけて申し訳ないですけど。

  (川崎市/男性)
  4月26日・・      (小林)ああ、もう1ヶ月ぐらい経っちゃった。
  4月26日は、いっぺい、一人息子の23歳の誕生日。
  息子も私の影響でビートルズファンです。
  そこで「ホワイトアルバム(The BEATLES)」に収録されているポールの曲 Birthday を。 (小林)ていう。
  この曲 カッコイイですよね。
  イントロのドラム、ディストーションの効いたノリノリのギターフレーズ。
  それを追っかけるベースライン。
  このベースの音が、また、たまらなく良い。
  そして、ポールとジョンのダブルシャウトボーカル。
  ポールがバラード系で有名な曲多いですが、シャウトロックも最高ですよね。

  (小林)ていう。
  遅れました、[川崎市/男性]さんw ハイw

331 :ジョン・キロックノン:2016/05/28(土) 17:30:22.66 ID:???0
  (千葉市/男性)50代
  小学2年生から聴き始めたビートルズ。
  同じ曲を、何十回何百回聴いても飽きることが無い 名曲ばかりですが。
  同様に、今も聴き続けている大好きなアーティストの曲があります。
  ピアノ演奏から入り、優しい感じのフランス語で歌う彼の曲を。
  克也さん、聴かせていただきたく、よろしくお願いします。

  (小林)この、有名な曲。
  それじゃあ、かけましょう。
  今日は、だから、ジョージ・ハリスンの曲もね、フランスの曲でした。
  これは、まあ、ミッシェル・ポルナレフ(Michel Polnareff)というフランス人アーティスト。
  ビートルズより遅れて出て来ましたけど。
  とても人気の有った人であります。
  love me please love me
 
  〜 Michel Polnareff / love me please love me
  ttps://www.youtube.com/watch?v=ZQIsv_4PuHA

332 :ジョン・キロックノン:2016/05/28(土) 17:31:37.32 ID:???0
  〜 George Martin / Friends and Lovers / In My Life(Sean Connery)
  ttps://www.youtube.com/watch?v=_oz2F3GHIoo

  (小林) In My Lifeが 後半流れましたね。
  これは、語りはジョーン・コネリー(Sean Connery)です。
  ジェームズ・ボンドです。
  昔の。ね。
  
  (八千代市/男性)
  ジョージ・マーティンが亡くなってから、もう1ヶ月以上が経ちますね。
  少し遅めになりましたが、ジョージ・マーティンの死を悼んで、リクエストさせていただきます。
  もちろん、ビートルズは素晴らしいアーティストでしたが。
  マーティン無しでは、ここまで偉大なバンドとして残らなかった。
  これは多くのビートルズファンも認める部分だと思います。
  数々の感動をビートルズとともに創り出してくれました。
  今、その曲に触れることができる自分は、とても幸せだと思います。
  今この「5人目のビートル」に、心からありがとうを言いたいですね。
  悩みに悩んだ末、私の大好きな曲 Friends and Lovers

  (小林)これは、ジョージ・マーティンのオーケストラでお送りしましたが。
  それに続いてね、この、In My Life 
  特別サービスとしてね、[八千代市/男性]さん、19歳、大学1年生。
  特別にお送りしました。
  お代はいただきません。

333 :ジョン・キロックノン:2016/05/28(土) 17:32:22.00 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」

  いやあ、ビートルズがリバプールに、故郷に戻って来た時。
  まあ、みなさん、想像したでしょう?
  ねえ、ちょっと ホロッとした。感じになったんじゃないですかね。
  特に、ジョンは 小さい時から家庭環境がちょっと違ってね
  そういう その「故郷って良いもんだぜ」みたいなことを感じる余裕が無かった人に思えるんですよ。
  それがまあ、成功を収めて、帰って、ねえ。
  いやあ、なかなかイイ話しです。
  これは続きます。
  お楽しみに。

  リクエストの方もよろしくお願いしますね。
  beatles@bayfm.co.jp
  こっちで待っています。

334 :ホワイトアルバムさん:2016/05/30(月) 06:30:02.31 ID:???0
いつもありがとうございます

335 :ジョン・キロックノン:2016/05/30(月) 22:21:29.35 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年5月29日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(5月29日)
 ・1966年。
  50年前の今日。
  日本に来る年ですよね。
  日本に来るちょっと前、っていうところになるのかな。
  ビートルズはボブ・ディラン(Bob Dylan)のコンサートを見に行って。
  そして、ボブ・ディランが泊まっているメイフェアホテルに、ロンドンです、会いに行っています。
  もうこの頃は、ビートルズはボブ・ディランのことをよく知っていて。
  まあ、ビートルズと、特にジョン・・・ビートルズの、ポールとジョンは、ほぼボブ・ディランと同い年ですから、友達みたいなもんですよね。

  でも、最初はねえ、ビートルズのジョン・レノンは、ボブ・ディランのことを何て言ったかというと。
  「あんなのきらいだ、お前。フォークだろ。ロックじゃねえじゃん」みたいなことを言ってたらしいんですよ。
  で、ジョージ・ハリスンが「違うよ。ボブ・ディランは違うよ。ジョン」つて。
  もう、ジョージ・ハリスンはディランのこと大好きだったから、ジョンに聴かせるわけです。
  で、ジョンは衝撃を受けるんですよ。
  「これは、すごいやつだ」っていうことが判ってくるわけですよね。
  で、口癖で「あいつは一人でいいよなあ。俺たちは四人だものなあ」「金だって、四人で分けなきゃだめだもんなあ」w
  とか、そういうふうなことをよく言ってた。
  でも、ディランに憧れていて。
  やっぱり、あの、後半、「ただのラブソングじゃなくて、ディランみたいな曲を作りたい」ってことで。
  「 You've Got To Hide Your Love Away」とか「ノルウェーの森」とか「In My Life 」とか、独特の「Help!」だとか。
  独特の、ディランに影響を受けて、自分の芸域っていうのを広げていくわけですけど。

  ボブ・ディランも、ちょっとビートルズに影響を受けていたわけですよ。
  「これは、すごい」っていう。
  で、だから、それが証拠にっていうとおかしいですけど。
  ディランは、ある曲を書いているんです。
  これ、その前の年ね。だから、1965年にレコーディングして、これは発表されていなかった。
  20年経って、ボックスセットで、まあ「Biograph」っていう、これの中に入っていて。
  「おっ! あの曲へのオマージュじゃん!」ていう。
  あの曲、ってういうのは、これと同じタイトルがあるんで、すぐ判ると思いますが。
  まあ、同じか・・・9割同じタイトルで。

336 :ジョン・キロックノン:2016/05/30(月) 22:39:17.52 ID:???0
  じゃあそれ、聴いてみましょうね。
  ボブ・ディラン、ビートルズに影響されたと思われる、I Wanna Be Your Lover

  〜 Bob Dylan / I Wanna Be Your Lover


  (小林)いかがですか?
  ボブ・ディランの I Wanna Be Your Lover
  ご存知のとおり「I Wanna Be Your Man」ていうのがね
  ジョンとポールが書いて、ミック・ジャガー(Mick Jagger)たちにプレゼントして。
  同時にリンゴ・スターも歌っている。
  あのフレーズも出て来るじゃないですかw、似たフレーズもねw
  I Wanna Be Your Lover
  やっぱり ビートルズに・・・え
  お互いに影響受け合っていたんですね。

337 :ジョン・キロックノン:2016/06/01(水) 21:02:00.29 ID:WWMDotYi0
□ストーリー
 ・昨年2015年の4月1日、イギリスで一人の女性がこの世に別れを告げた。
  女性の名前はシンシア・レノン。享年75。
  彼女は生前、夫ジョンのことを中心にビートルズに関する一冊の手記を発表している。
  その内容は全て彼女が目の当りにしたこと。
  もしくは、ジョンやビートルズのメンバー、マネージャーのブライアン・エプスタインとそのスタッフのみんなから直接聞いたことだけで構成されている。
  今週もロックの歴史上、最も重要なアーカイブとも言えるこのシンシアの著作からお届けしよう。

  1964年6月上旬。
  ビートルズの最初の映画「A Hard Day's Night」の完成を祝って、イギリス王室が主催する試写会とパーティが催された。
  この日のイベントは、チャリティ活動の一環として行われ。
  ビートルズのメンバーはもちろん、王室からはマーガレット王女が出席した。
  大っぴらにはされていなかったが、王女はすでにビートルズにはまっていて、ファンクラブにも入りたいくらいの勢いだったという。

  そしてその数日後、今度は故郷リバプールに会場を移し、こちらでも同じく映画の試写会が開催された。
  ビートルズにとっては文字通りの凱旋試写会となった。  
 ここリバプールでも、ロンドンと同じく、ビートルズが会場入りする時間に合わせて。
  いや、何日も前から並んでいるファンも合わせると、かなりの人数の人垣が出来ていた。
  リバプール市が主催するレセプションが行われるタウンホールに到着すると。
  メンバーの四人を出迎えるために、リバプールの市長は、すっかり正装の井出達で待っていた。

  豪華なランチを摂ったあと、今度はプレミアの会場となるオデオンに移動。
  ここでも、やはりビートルズは、客席からの絶叫や歓声を浴びながらの登場。
  ジョンは思った。
  「やはり故郷は良い。温かい。
  ずっと留守にしていても、いざ戻って来ると、こうしていつでも自分たちを受け容れてくれるんだ」
  この時、ジョンの涙腺が少しだけ緩んだことは言うまでもない。

338 :ジョン・キロックノン:2016/06/01(水) 21:04:26.13 ID:???0
  〜 The Beatles / Strawberry Fields Forever
  ttps://www.youtube.com/watch?v=8UQK-UcRezE
 
  〜 The Beatles / All together now
  ttps://www.youtube.com/watch?v=2FLde6Shxq8

  (小林)1969年の「イエローサブマリン(Yellow Submarine)」からね
  All together now

  そしてその前は。
  お馴染みの、1967年、Strawberry Fields Forever

339 :ジョン・キロックノン:2016/06/01(水) 21:07:59.64 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「やはり故郷は良い。温かい。
  ずっと留守にしていても、いざ戻って来ると、こうしていつでも自分たちを受け容れてくれるんだ」
  これはビートルズのリーダー=ジョン・レノンの心の中のつぶやき。
  こうしたジョンとビートルズに関してのエピソードは全て、ジョンの最初の妻シンシア・レノンが遺した手記に綴られているもの。
  ロックの歴史上 最も重要なア―カイブとも言えるこの名著から続けてみよう。

  1964年、ビートルズが世界中でブレイクしたこの年。
  故郷リバプールに凱旋を果たしたものの、彼らには時間的な余裕が無かった。
  せっかくの帰郷も、ゆっくりは出来ず。
  その日のうちにロンドンにとんぼ返り。

  帰りの飛行機の中でジョンは思った。
  「リバプールは確かに間違いなく自分たちが生まれ、そして育てられた大切な故郷。
  なのに、今となっては、道を歩いたり、昔からの友人の家を訪ねたり。
  学生時代によく足を運んだパブにも、立ち寄ることが出来なくなった。
  不思議な感じだ」
  そう、もう、ジョンもポールも、ジョージもリンゴも、決してごく普通に居ることさえ出来ないのである。
  残念ではあるが、それがスーパースターの現実であった。

  そしてビートルズにとって初めての主演映画と同じタイトル、アルバム「A Hard Day's Night」が制作された。
  アルバム3枚目にして、収録された14曲の全てが、レノン&マッカートニーのオリジナルだけを集めたものになった。
  これは当時の常識からは考えられないことである。
  メンバーの四人だけで曲を書き、歌い、演奏し、ツアーもこなす。
  これはもう、驚異的としか言いようがなかった。
  ただし、アルバムに収録されたジョンの曲のいくつかは、孤独や助けを求める叫びがモチーフになっている。

  これに関して、シンシアは語っている。
  「『Tell Me Why』『Any Time at All』『 I'll Cry Instead』などの曲には、
  この時期にジョンが感じていたフラストレーションが映し出されています。
  ただ、それがジョンの作品に、それまでには無かった 凄みを与えていることも事実ですね」

340 :ジョン・キロックノン:2016/06/01(水) 21:11:09.34 ID:???0
  〜 The Beatles / Any Time at All
  ttps://www.youtube.com/watch?v=vjr9XOviDSw

  〜 John Lennon / Isolation
  ttps://www.youtube.com/watch?v=zA9Otsxj9yw

  (小林)いやあ、すごいw これね。
  もう、すごいですよ、この曲はね。
  1970年の、だからビートルズが解散した後の、ジョンのソロアルバムとも言うべき「Plastic Ono Band」から Isolation
  まあ、「孤立」ですか。
  エンディング、カッコイイですよね。
  アイソレーションてのは孤立じゃないですか。
  それを、孤立って アイソレーションっていう言葉を、あんなに離れるんですよ。
  「I〜I〜・・・ solation」パッと終わっちゃう、ていう。
  すんげえカッコイイやつですよね。
  
  Any Time at All は、もう1964年。

341 :ジョン・キロックノン:2016/06/01(水) 21:13:34.53 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「賞賛、名誉、そして莫大なお金。
  ロックミュージシャンとして成功を収めたその裏側には、必ず『プライベートな生活がほとんど無くなってしまった』などの代償がつきまといます。
  ジョンもその典型的なケースでした」
  言葉の主はシンシア・レノン。ジョンの最初の妻となった女性。
  こうしてお送りしているジョンとビートルズを取り巻くエピソードや史実のほとんどは、彼女の遺作となった手記にまとめられている。
  「作り話は一切なし」というこの名著から、シンシアはこう続けている。

  「アメリカで、あの大人気テレビ番組「エド・サリバン・ショー」に出演して以来。
  ジョンは確かに何百人 何千人、いえ、もしかすると何億人ものファンを虜にするほどのアイドルでした。
  けれども、ビートルズとして活動を始めた初期の頃には有ったはずの、自由や楽しみというものは、もうすっかり無くなってしまいました」

  そしてジョンの発言。
  「俺たちは、確かに成功した。
  5枚目のシングル『I Want To Hold your Hand』はアメリカのヒットチャートで1位になった。
  これは、エルビス・プレスリー(Elvis Presley)にかなり近づいたってこと。
  でも、それだけで終わらなかった。
  その直後、アメリカに渡り『エド・サリバン・ショー』に出たら、俺たちが出ていた時間。
  ニューヨークの青少年の犯罪件数がゼロだ、ていうんだ。
  これは、俺たちの故郷リバプールでも有り得ない事だったらしい。
  だって、ある数以上の人間が住む街だったら、どこでもケンカの一つや二つぐらい、いつもあるわけだからね。
  これが、驚異的だったってことは、俺にだって分かる。
  そして、次には、アメリカのチャートの5位から1位までを、ビートルズの曲で独占してしまった、ってこと。
  これはもっと驚異的だったって理解できた。
  だって、エルビスだってそれは出来なかったんだからね。
  ただ、次の瞬間、ビートルズは何かとてつもなく大きなものに巻き込まれていて。 
  もう、自分の力では止めることが出来ない、モンスターに支配されているって気が付いたんだ。
  マジで、恐くなったんだよ」

342 :ジョン・キロックノン:2016/06/01(水) 21:14:21.55 ID:???0
  〜 The Beatles / The Word
  ttps://www.youtube.com/watch?v=il--BWceG18

  〜 The Beatles / Mother Nature's Son


  (小林)2曲続きました。
  大ヒット曲の隣にある それほど知られていない傑作、2曲続きました。

  The Word は「ラバーソウル(Rubber Soul)」65年

  そして Mother Nature's Son
  「ホワイトアルバム(The BEATLES)」から

343 :ジョン・キロックノン:2016/06/03(金) 21:44:12.34 ID:???0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。

  (千葉市/男性)50代
  シンシアの手記、面白いですね。
  一度聞き始めると次回が気になって仕方ありません。  (小林)wこれ、だいたい分かってても気になる。
  この先、どのような展開になるのか ワクワクしています。
  ところで今回のリクエスト、ビートルズと無関係ですが。

  (小林)これ無関係じゃないんですよねえ[千葉市/男性]さん。
  これね、プロデューサーがね、ビートルズが大好きで。
  一時はビートルズのカバーもやってるなあ。
  「一人ビートルズ」とか呼ばれたことがある、トッド・ラングレン(Todd Rundgren)という人がプロデュースして。
  これがアメリカで大ヒットした、キャロル・キング(Carole King)の曲ですね。
  グランド・ファンク・レイルロード(Grand Funk Railroad)の Loco-Motion

  〜 Grand Funk Railroad / The Loco-Motion
  ttps://www.youtube.com/watch?v=jxyU4W8iyeI

344 :ジョン・キロックノン:2016/06/03(金) 21:44:53.20 ID:???0
  〜 The Beatles / Yellow Submarine
  ttps://www.youtube.com/watch?v=xj_xf_wCpRY

  (小林)いやあ、Yellow Submarine が流れました。
  
  (千葉市/男性)
  毎週の放送 楽しみにしています。
  山形の田舎で過ごしていた若い頃、民謡をやっていました。
  そんな時、金沢明子さんの「イエローサブマリン」を聴いて。
  「ビートルズの歌もこんな風に歌えるんだ」と感心した思い出がありました。 
  もちろん、本家本元の Yellow Submarine を。

  (小林)という[千葉市/男性]さん、ありがとうございます。

345 :ジョン・キロックノン:2016/06/03(金) 21:46:27.26 ID:???0
  (船橋市/男性)
  またまたヒーローが一人 亡くなってしまいました。
  悲しみ驚いています。
  一番好きなアルバムは「Around The World In A Day」ですが。
  リクエスト曲は、日本に関係ある曲をかけて欲しいと思います。
  プリンス(Prince)は日本ツアーの合間に、日本でこの曲をレコーディングしました。
  プリンスのレコーディングは当初予定にはなく。
  日本側のレコード会社の社員がスタジオを確保するのに大変苦労したことを、当時の雑誌に書いていたことを覚えています。
  派手ではない曲ですが、好きな曲です。

  (小林)そうなんす。
  プリンスはね、どうしてかというとね。
  スタジオに入ったら、長い間ずーっと、一日でも二日でもやるからね。
  スケジュールが大変なんですよね。
  でも、これは日本のワーナーパイオニアの六本木の、今は無きスタジオで録音されています。
  で、プリンスはもう自分でスタジオ持ってて、自分で全部やりますから。
  ミキシングエンジニアに「これはどうなってるんだ? これはどうなんだ? ここはどうなってるんだ? これは?」
  「ああ。お前たちは出ていい・・・」入らせてもらえないんだってw
  籠りっきりでw
  もう楽器なんか、一人で演奏したりするんだってw
  ねえw
  まあ、亡くなる時はあれですよ、6日間ほとんど、ほとんど寝ないで仕事をしていた。
  あの人は仕事が大好きなんですよね。
  仕事してなきゃ、女性と何かやっているような人 だったようです。
  プリンスの Money Don't Matter 2 Night

  〜 Prince / Money Don't Matter 2 Night
  ttps://www.youtube.com/watch?v=L7FffaOqqYA

346 :ジョン・キロックノン:2016/06/03(金) 21:47:25.58 ID:???0
  〜 浜田省吾 / Be My Baby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=e-k8vEgtm6A

  (小林)2曲続きました。
  言うのを忘れましたが。
  プリンスはですね、めちゃくちゃビートルズから影響を受けています。
  プリンスはね、ビートルズのビの字も出ないように、すっごい気を付けたんですよね。
  でも、イギリスっぽい曲の時は、なんかイギリス人ぽい名前を名乗ったりしていますよ。
  作曲のクレジットにね。

  (佐倉市/女性)
  ビートルズの逸話、名曲、ウキウキしながら毎週楽しみに聴いています。
  2〜3週間前、ロネッツ(The Ronettes)の「Be my baby」が出て。
  私はずっと浜田省吾さんのオリジナルと勘違いしておりましたが。
  有名な曲をカバーしていたんですね。
  浜省の、あ、同じキーでカバーしてるんですね。
  Be My Baby をお願いします。

  (小林)ていうことで。
  まあ、オリジナルにね敬意を表して。
  ただ、奥の奥にある暗さみたいなのはねぇ、出て来なくて。
  楽しさがあふれた Be My Baby でした。

347 :ジョン・キロックノン:2016/06/03(金) 21:48:32.99 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」

  話しは、面白いでしょう?
  ねえ、あんな大成功を収めて、そのあと、喜びばっかりじゃないんですよ。
  出て来るのはね。
  そこがなかなか、お話しとしては良いと思いますよ。
  次を、お楽しみにw。

  それから、リクエスト。
  リクエスト、ビートルズと関係ないと思うかもわかんないけど。
  なんか、全部今日は ビートルズと関係ありましたよねえ。
  最後の「Be My Baby」なんかは、フィル・スペクター(Phil Spector)はビートルズの仕事をした人だしね。
  まあ、だから、みなさん遠慮しないで、いろんな曲リクエストよろしくお願いします。
  
  採用の方にはイシイのミートボールなどをセットにしてお送りします。
  beatles@bayfm.co.jp
  で待っています。

348 :ジョン・キロックノン:2016/06/06(月) 18:43:01.49 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年6月5日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(6月5日)
 ・1968年。
  「ホワイトアルバム(The BEATLES)」の年ですね。
  今から48年前の今日。
  彼らのスタジオ、第三スタジオでは・・・
  ちょっと、午後から夜中の2時ちょっと前まで、約12時間。
  一つの曲を録音して。
  いろいろくっ付けたりね、直したりしています。

  何をやっていたかというと。
  インド修行から帰って来て、アルバム「ホワイトアルバム」のレコーディングなんですが。
  最初に手を付けたのがジョンの「Revolution」
  これは、シングルのB面の方じゃなくて、「Hey Jude」のね。
  アルバムに収まった「Revolution1」を奏って。
  その次にやったのが、今日なんです。
  48年前の今日。
 
  リンゴ・スターの、初めて作詞作曲を手掛けた記念すべき曲「Don't Pass Me By」これをやった。
  リンゴ・スターはビートルズでは2曲しかありませんからね、自作、作詞作曲ってのは。
  もう一つは「Octopus's Garden」ですけども。
  これはおそらく、リンゴ初めてのことだから。
  もう、リンゴは相当はりきっていたはずです。
  でも、やっぱり、やさしいジョンやジョージや、ポールも、リンゴに力を貸したわけですね。
  四人が、もう、リンゴに付きっきりで。
  「ここ直した方がいいんじゃない?」「ここ直した方がいいんじゃない?」「こうやったほうがいいよ」って。
  そういうようなアドバイスも有ったと思われます。
  で、リンゴ・スターは、やっぱり優しい性格ですから。

  それと、あれですよ、スタジオの時は、リンゴはいつも「壁の外」的な存在の時もあるわけで。
  三人が夢中になって奏ってる時、リンゴ・スターは何もやることが無くて。
  スタジオの人間とポーカーやったりしていたような人間。
  「自分のやつだ!」っていうんで、ものすごくはりきって。
  四人が、まあ、結果4回のセッションで、切ったり貼ったり、加えたりして、完成いたしました。
  コミカルで、かつリンゴらしい雰囲気で、こんな風にまとまっています。

349 :ジョン・キロックノン:2016/06/06(月) 18:43:55.22 ID:???0
  それじゃ「ホワイトアルバム」に入っています。
  ビートルズの、いや、リンゴ・スターのw
  Don't Pass Me By

  〜 The Beatles / Don't Pass Me By
  ttps://www.youtube.com/watch?v=QHDbtfAbYJc

  (小林)エヘヘw
  これ一日かかってね。
  12時間ぐらいかかって、仕上げたという。
  リンゴ・スターの Don't Pass Me By ビートルズ。
  やっぱり、リンゴ・スターっぽいです。
  僕はね実は、電話でね、リンゴ・スターにね、訊いたことあるんですよ。
  「一番好きな曲は何?」ったら「Blue Suede Shoes」って言ってましたからね。
  まあ、近いって言えば近いですかね。

350 :ジョン・キロックノン:2016/06/08(水) 22:44:08.58 ID:???0
□ストーリー
 ・昨年、2015年の4月1日、イギリスで一人の女性がこの世に別れを告げた。
  女性の名前はシンシア・レノン。享年75。
  彼女は生前、夫ジョンのことを中心にビートルズに関する一冊の手記を発表している。
  その内容は全て彼女が目の当りにしたこと。
  もしくは、ジョンやビートルズのメンバー、マネージャーのブライアン・エプスタインとそのスタッフのみんなから直接聞いたことだけで構成されている。
  今週もロックの歴史上、最も重要なアーカイブとも言えるこのシンシアの著作からお届けしよう。

  1964年2月、アメリカ進出を大成功のうちに終え、世界のアイドルグループとなったビートルズはロンドンに戻り。
  最初の主演映画「A Hard Day's Night」の撮影をこなし。
  7月にはイギリス中のセレブを招待しての プレミア上映を開催することになった。
  そのセレブの中には、英国王室を代表し、マーガレット王女も姿を見せたことは 今や伝説となっている。

  そんな嵐のような日々の生活の中。
  ジョンの妻シンシアもまた、ビートルズがリバプールのいわゆるローカルヒーローだった頃を懐かしく思い出していた。
  ロンドンに住む今では、もう、住まいの表には いつでも騒々しいファンの集団が待ち構えていて。
  シンシアも、まだ1歳の息子ジュリアンも、部屋に閉じ込められている状態。
  孤独を強いられた生活である。

  さらに悲惨な事に、通りの向かい側に学生相手のホテルがあって。
  そこのバルコニーからジョンと家族が住む部屋が丸見えであることが発覚した。
  それも、やはり熱狂的なファンが見つけたことであった。
  そういったファンの集団は、その部屋に滞在するフリをして、昼でも夜でもお構いなしに、バルコニーからこちらに向かって手を振ったり。
  シンシアやジュリアンの名前を呼んだりしているのである。
  当然 カーテンは開けられなくなり。
  ジョンの家では、昼も夜も関係なしに照明を灯けて過ごす生活を余儀なくされた。
  家を守るシンシアの精神状態は、いよいよ追い詰められて行ったのであった。

351 :ジョン・キロックノン:2016/06/08(水) 22:44:48.76 ID:???0
  〜 The Beatles / When I Get Home
  ttps://www.youtube.com/watch?v=D4iZ4N8mtvo
 
  〜 The Beatles / Baby's in Black
  ttps://www.youtube.com/watch?v=rVYuGVdGhhE

  (小林)2曲続きました。

  When I Get Home
  これは、1964年「A Hard Day's Night」

  そして Baby's in Black
  喪服を着ているわけですね。
  「僕は悲しいよ」っていう。
  これは、ジョンの親友と結婚したアストリッド。
  ドイツの女性ですね。
  彼女のことを歌っている、と言われています。

352 :ジョン・キロックノン:2016/06/08(水) 22:45:43.27 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「家の中を 常にファンから覗かれているという、プライバシーの無い生活。
  それはもう我慢の限界でしたが、このころ さらにもっとショッキングな事件があったんです」
  言葉の主はジョンの最初の妻シンシア・レノン。
  こうしたジョンとビートルズに関してのエピソードは全て、シンシアが遺した手記に綴られているもの。
  ロックの歴史上 最も重要なア―カイブとも言えるこの名著から続けてみよう。

  恐怖の瞬間、それはマンションの隣にある、ヒースロー空港行きの大型バスの発着所となっているターミナルから出火した大火事が襲ってきたこと。
  シンシアがまだ1歳の息子ジュリアンを抱きかかえて、部屋の中で立ち上がったまま様子をうかがっていると。
  夜空に向かって ものすごい火柱が上がった。
  風向きのせいで、火の粉がこちらに向かって降って来るので「もう逃げなくては危ない」と思った時。
  下の階に住んでいる写真家のボブが心配して階段を駆け上がって来てくれた。
  ボブはこう言った。
  「大丈夫だ、シンシア。火はこっちまでは届かないだろうから、とりあえずゆっくり、どこか安心できる所まで避難しよう」
  シンシアはボブの言うとおり気持ちを落ち着けて、ジュリアンをベビーカーに乗せ安全な所まで避難した。
  火事はすぐに収まり。
  少し焦げ臭くはあったが、家に戻ることが出来た。

  そしてこの騒動から数日後、忌まわしいイタズラ電話がしょっちゅうかかって来るようになった。
  もう我慢の限界である。
  外出できない。窓の外を見ることも出来ない。おまけに 電話にも出られない。
  無理やり訪ねてくるファンの中には、明らかに精神病院に入った方が良さそうな者もいた。
  もちろん、ジョンが帰宅する時も命がけである。
  ジョンは玄関で間違いなくファンの女の子にもみくちゃにされた。
  運転手のビル・コルベットという人物が大男であったため助かったが。
  それでも、もうこれは精神的にも限界であった。
  さて、レノン夫妻は、どういう方法でこの難題を解決したのであろう。

353 :ジョン・キロックノン:2016/06/08(水) 22:46:33.69 ID:???0
  〜 The Beatles / Don't Let Me Down(Naked)
  ttps://www.youtube.com/watch?v=jW4GL2wsJB4

  〜 The Beatles / Old Brown Shoe
  ttps://www.youtube.com/watch?v=XrvXGdDNYd4

  (小林)2曲続きました。

  Don't Let Me Down
  これは、2003年になってね、やり直した。
  「Let It Be」をやり直した「・・・Naked」の。
  だから、ボーカルも歌い方がちょっと違いますよ。
  こういうのが、ちょっとフリーな感じがするんですが。
  どうでしょうかね。

  それから、今聴いたやつは。
  Old Brown Shoe
  これは ジョージ・ハリスンがピアノ弾き語り。
  ま、それが中心の、デモバージョンですね。
  えーと「アンソロジー(Anthology)3」に入っていたバージョンですね。
  ジョージ・ハリスンもディラン(Bob Dylan)の影響を受けてますから。
  歌い方が・・・ディランの影響を受けたから、ジョージって様になってくるように、なってますね。

354 :ジョン・キロックノン:2016/06/08(水) 22:47:40.55 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「カーテンをほんの少しだけ開けて、外を見ると、道にはファンがいっぱい。
  おまけに向かい側のホテルのバルコニーからは、いつも誰かが覗いている状態。
  夜 ジョンが帰宅しても、毎日ファンとの揉み合いで、部屋に上がって来るまで、20分はかかる始末。
  私たちのストレスは、我慢の限界寸前でした」
  言葉の主は、もちろんジョンの最初の妻となった女性シンシア・レノン。
  こうしてお送りしているジョンとビートルズを取り巻くエピソードや史実のほとんどは、彼女の遺作となった手記にまとめられているもの。
  「作り話は一切なし」というこの名著から、もう少し続けてみよう。

  マネージャーのブライアン・エプスタインが雇ってくれた専属運転手のビル・コルベットという人物は 背も高く屈強な男性で。
  いつもジョンをガードしてくれたが、それでも、我を忘れたようにジョンに突進してくるファンには手を焼いていた。
  彼女たちはジョンにしがみついて、何か身に付けている物をむしり取って帰って行く。
  何かを持ち帰らないと、気が済まないのである。
  とうとうジョンは、マフラーを巻くのを諦めてしまった。
  すでに奪われたマフラーの本数は100を超えていた。

  さらに狂信的なファンの中には、レノンファミリーが部屋に入れないように、鍵穴にチューインガムを詰め込むという作戦に出る者もいた。
  これには、さすがのジョンも限界を感じた。
  もっと安心して暮らせる場所を探す潮時だったのである。

  会計士に「家を買いたい」という話しをした時。
  「今や、お金の事は問題にしなくても良い」ということが分かった。
  ものすごくお金持ちになっていたので、お金には糸目をつけず、ジョンとシンシアの夢の家をいくらでも選ぶ自由があるというのである。
  この頃 ビートルズの会計士がロンドン郊外のサリー州ウェイブリッジという所に住んでいたので。
  その会計士に会うために、そこまで訪ねて行った。
  ジョンもシンシアも、ウェイブリッジという土地が気に入ってしまった。
  とても穏やかで、しかも美しい場所。
  そのウェイブリッジで家を探し始めた二人は、ある運命的な家に出会うのである。

  ジョンとシンシアの夢のマイホームストーリーは、また来週、詳しくお送りしよう。

355 :ジョン・キロックノン:2016/06/08(水) 22:48:49.21 ID:???0
  〜 The Beatles / Good Morning Good Morning
  ttps://www.youtube.com/watch?v=juWyWBLLC8A

  〜 The Beatles / Hey Bulldog
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6j7iXLUtigY

  (小林)2曲 続きました。
    
  Hey Bulldog 
  これは「イエローサブマリン(Yellow Submarine)」
  「イエローサブマリン」のアルバムには あれですね、先週もやった「All Together Now」とか。
  こういうふうな、楽しいやつがw、けっこう入っています。
  ちょっと、アルバムの性格がね、違いますよね。
  
  そして、その前は
  Good Morning Good Morning
  これはあの「サージェント・ペパーズ(Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band)」の中に入っていました。

356 :ホワイトアルバムさん:2016/06/13(月) 18:22:40.40 ID:???0
こういうのってブログでやった方が良いんでない?

357 :ジョン・キロックノン:2016/06/13(月) 18:23:39.20 ID:???0
テスト

358 :ジョン・キロックノン:2016/06/13(月) 18:29:24.92 ID:???0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。

  (茅ヶ崎市/女性)
  春になって、4月になって、FMのラジオ番組、私の好きな番組が2つ終わってしまいました。
  一つは、ピーター・バラカンさんの、アナログ盤のみをかける番組。
  もう一つは、60年代70年代の洋楽を紹介する矢口さんの・・・
  どちらもお気に入り・・・          (小林)あ、そうか。茅ヶ崎だから[茅ヶ崎市/女性]さんは。
                              あっちの方ですね。
  なぜこのような良質な音楽番組が終わってしまうのか、理解できません。
  どうか、この大好きな「ビートルズから始まる」長く続けていただけますようお願いします。
  
  (小林)
  まあ[茅ヶ崎市/女性]さん、すごい曲にリクエストくれましたね。
  僕これ、ランディ・ニューマン(Randy Newman)ていうアーティスト大好きですよ。
  この人はねえ、やっぱり僕らとか、ジョン・レノンとか、ビーチボーイズ(Beach Boys)なんかと同じ世代だけどね。
  プレスリーだとか、ああいった人たちの影響はほとんど受けていないっていう。
  どちらかというと、ジャズの人なんですよね。
  この人の、だけど、作る音楽ていうのは、もうね、なんかこう上品な皮肉に満ち溢れていて。
  それ、ネガティブな意味じゃなくて。
  それで心が和んでくるような、不思議な魅力を持った人です。
  「この曲は、背の低い日本人を皮肉ったものなんでしょうか?」
  いや、日本人とは限りませんけども。
  まあ「背の低い人」つうか、確かですね。
  これは、当時アメリカのラジオで問題になったんですけど。
  だけど、向こうのマスコミは偉かった。
  「そんなの関係ないじゃん。この曲良いじゃん」ていうことでかかりました。
  ランディ・ニューマンです、Short People

  〜 Randy Newman / Short People
  ttps://www.youtube.com/watch?v=sX6I2NrguAs

  (小林)ランディ・ニューマンの Short People
  これは、1970年代のヒット曲ですよ。
  チャート10位ぐらいまで行った曲だと覚えておりますが。

359 :ジョン・キロックノン:2016/06/13(月) 18:30:24.45 ID:???0
  (習志野市/男性)50代
  克也さんこんばんは。毎週この番組を楽しみにしています。
  6月です。ジューンブライドの季節がやってまいりました。
  今回 私は竹内まりやさんの「うれしくてさみしい日」をリクエストさせていただきます。
  この曲は 娘を嫁がせる母親の気持ちを表現した いわゆる「花向けの歌」
  数あるウェディングソングの中でも、少し視点の違った曲として、リスナーの皆さんに紹介したいと思います。
  そういえば、まりやさんもビートルズにハマっていたとのこと。
  私はビートルズとまりやさんの両方にハマっています。

  (小林)はい、それじゃあ。
  竹内まりやです。

  〜 竹内まりや / うれしくてさみしい日(your wedding day)
  ttps://www.youtube.com/watch?v=8-UjaVKHBDo

  (小林)うれしくてさみしい日、your wedding day 竹内まりや。 
   ねえ、この世界に入ろうと思って聴いていたら。
  後半になると・・・山下達郎の、コーラスが聴こえて来てwww
  現実に戻るw
  「あっ、そうだ。達郎さんの嫁だった」っていうw 感じがしましたけどw
  やっぱり、二人はあれですよね、
  後年、世の中に残って「みんなにいつまでも歌ってもらえるスタンダード」みたいなのを目指してますからねえ。
  「人生の扉」といい、こういう歌といい、やっぱり、そういうことを願って作ってるんじゃないかと思います。

360 :ジョン・キロックノン:2016/06/13(月) 18:31:23.42 ID:???0
  (東京都府中市/男性)50代後半
  いつも、明日からの仕事の事を考えながら 拝聴しています。
  そして、いつもリクエストを採用していただきありがとうございます。(小林)何回目ですかねえ、あなたは。
  オリンピックの年は高校時代の同窓会が故郷で開かれます。
  思えば、その時代がビートルズに出会えた頃です。
  あれから40年。
  歳をとるはずです。   (小林)へへへw
  リクエストはやはり、故郷を思い出してのこの曲。
  BEGIN の「島人ぬ宝」からにしましょうか。
  いつまでも番組が続きますように。
  
  (小林)
  じゃあ、もうこれは、スタンダードになりましたよ。
  BEGIN です。

  〜 BEGIN / 島人ぬ宝
  ttps://www.youtube.com/watch?v=PVW1PXR5koI

361 :ジョン・キロックノン:2016/06/13(月) 18:32:16.40 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」今日はいかがでしたでしょうか?

  リクエスト、ほんとよろしくお願いしますね。
  リクエスト今日はビートルズかかりませんでしたけども。
  まあ、こういう日もあらあなw っていう感じですよw。
  で、「ビートルズから始まる」ですからね。
  また、ビートルズから始まる前のやつですよね。
  けっきょくビートルズが大きな事を始めましたけど。
  もう始まりはもうずっと昔かもわかりませんから。
  もっと古い曲でも、新しい曲でも、けっこうです。
  採用の方にはイシイのミートボールなどをセットにして送らせていただいています。
  メールは
  beatles@bayfm.co.jp
  
  そして、ジョン・レノンとシンシアが、初めて最初に手にするマイホームはどんな家なんでしょうか。
  来週をお楽しみに。
  小林克也でした。

362 :ホワイトアルバムさん:2016/06/14(火) 12:30:01.90 ID:???0
いつもありがとうございます

363 :ジョン・キロックノン:2016/06/14(火) 13:38:28.07 ID:FJ9pWiMY0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年6月12日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(6月12日)
 ・1964年。
  1964年、つまり、52年前の今日。
  オーストラリアのアデロイド(Adelaide)という所で、30万人の人たちがビートルズを街に出て迎えた。
  何のためか。
  その夜 センテニアルホールでコンサートがあった。
  メンバーがちょっと違うんですよ。
  ジョン、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン。
  そして、ドラムズは、ジミー・ニコル(Jimmy Nicho)という人間。
  一方この日、リンゴ・スターとマネージャーのブライアンは飛行機でアデロイドに到着。
  どういうことかと言うとですね。
  リンゴ・スターがイギリスの新聞サタデーイブニングポストの撮影中に 疲労で倒れてしまって、病院に緊急搬送されて。
  リンゴ・スターは扁桃腺炎、そして咽頭炎と診断され。
  しばらく「これは静養しなきゃダメだ」ってことで。
  ツアーが始まってるんだけど、ツアーができない。

  で、ジョージ・マーティンがですね、急遽。
  「それだったら、ビートルズのことをよく知ってる、音楽を知ってるジミー・ニコルというドラマーがいる」っていうことで。
  ジミー・ニコルを紹介して。
  ジミー・ニコルが臨時のビートルズのメンバーとして、オーストラリアのツアーに赴くわけですね。

  で、まあ、後になって「10日間ビートルズだった男」ていうことで、ジミー・ニコルが有名になるんですけども。
  もうジミーニコルは、ビートルズのカバーのバンドのドラマーをやってたこともあって。
  もう、嬉しくてしょうがない。
  で、コンサート・・・、メンバーは心配ですよね。ジョンやポールもね。
  で、ポール・マッカートニーがですね、「調子はどう?」って聞くと。
  ニコルは「うん。だんだん だんだん上手くなって、ビートルズにピッタリになってるよ」ていう意味を込めて
  「It geting beter」って応えた、ってありますね。

364 :ジョン・キロックノン:2016/06/14(火) 13:39:43.05 ID:???0
  で、1967年になって、ビートルズはあの「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」のアルバムを出すわけですが。
  その中に、ポール・マッカートニーが作った「It Getting Better」っていうのが入ってるんですよ。
  で、これは、ポールのインタビューによると。
  「オーストラリアで、ジミー・ニコルが『ゲティングベターだよ!』『上手くなってるよ!』って言うのがとても可愛いかった」
  それでこの歌詞になったw ってポールが言ってるんで。

  じゃあ、その曲を聴いてみましょうってことになりました。
  ビートルズで Getting better

  〜 The Beatles / Getting Better
  ttps://www.youtube.com/watch?v=QvMQWte5pik

  (小林)というわけで
  「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」の中に入っている
  Getting better
  ポール・マッカートニーたちがね「どう?」って訊いたら。
  「Getting better」じゃなくて、あれだね「It getting better. All the time!」つったんだよね。
  「ずーっと、良くなってるんだよ!」って。
  そこんところが やっぱりあれだったんだ、忘れられなかったんだ きっと。
  「It getting better. All the time!」って言ったんだと思う。うん。
  というわけで。
  ポール・マッカートニー、よく覚えてましたね。
  こういう曲になったと。
  トリビアでしたねw。

365 :ジョン・キロックノン:2016/06/17(金) 22:14:31.50 ID:???0
□ストーリー
 ・昨年、2015年4月1日、イギリスで一人の女性がこの世に別れを告げた。
  女性の名前はシンシア・レノン。75年の人生であった。
  彼女は生前、夫ジョンのことを中心にビートルズに関する一冊の手記を発表している。
  内容は全て彼女が目の当りにしたこと。
  もしくは、ジョンやビートルズのメンバー、マネージャーのブライアン・エプスタインとそのスタッフのみんなから直接聞いたことだけで構成されている。
  今週もロックの歴史上、最も重要なアーカイブとも言えるこのシンシアの著作からお届けしよう。

  今週はジョンとシンシアの夢のマイホームストーリー。
  1964年、アメリカ進出を切っ掛けに、ビートルズは世界制覇を成し遂げた。
  こうなるともう、ジョンとシンシア、そして一歳になったばかりの息子ジュリアンの三人でのマンション住まいには限界があった。
  ビルの1階、エントランスの路上には、いつも何十人かの熱狂的な少女ファンが張り込みをしている状態。
  ジョンがこういうファンにむしり取られたマフラーの数、100本を越え。
  おまけに窓のカーテンを開けると、道路をはさんだ向かいには、学生たちが宿泊できるホテルがあったが。
  そこには、明らかにジョン狙いのファンが宿泊し、そこのバルコニーから終始こちらを覗いている状態。
  一日中カーテンも開けられないシンシアは、ノイローゼ寸前。
  もう、我慢の限界であった。

  「こんな状態では、二人ともおかしくなってしまう。
  ロンドンの街中での暮らしは便利だけど、もう無理だよ。
  郊外に家を探そう。
  さっそく今週末、探しに行くからね。いいだろう? シン」
  もちろんこれはジョンの発言。
  そしてシンシアは応えた。
  「そうねえ。私もそれが良いと思っていたの。
  でも、ジョン。いくらビートルズが大成功を収めたと言っても。
  すぐに一軒家だなんて、少し贅沢過ぎるんじゃないかしら?」
  ジョンは切り返した。
  「なに言ってんだよw シン。
  俺たちビートルズは、もうリバプールのローカルバンドじゃないんだよ。
  どれぐらい大金持ちなのかよく判らないけど、すぐに顧問会計士に相談しよう。
  だいじょぶだ。なにも心配いらないから」

366 :ジョン・キロックノン:2016/06/17(金) 22:15:49.49 ID:???0
  〜 The Beatles / Drive My Car
  ttps://www.youtube.com/watch?v=trrepsAwcTg
 
  〜 The Beatles / Revolution 1
  ttps://www.youtube.com/watch?v=iUNoVcUAEs8

  (小林)これはすごい歌なんですよね。
  Revolution ていうのはね。
  まず、ボーカルを録ったりするのに、かなりジョンが苦労した。
  アチチュードはボブ・ディラン(Bob Dylan)みたいなもんですよね。歌の内容は。
  それを やさーしく、こう気楽〜に歌ってるところが、すっごい良い味を出してて。
  ちなみに「ナイキ」っていう会社がすごい勢いを増した時。
  第一号としてコマーシャルソングにこれを使って。
  許可を出したのはマイケル・ジャクソン(Michael Jackson)でした。
  マイケルがビートルズの曲を買ってたんでね。権利をね。
 
  そしてその前は、Drive My Car
  これは「ラバーソウル(Rubber Soul)」の中に入っていて。
  ポール・マッカートニーがケンウッドのジョン・レノンの家へ車で運転して行く途中で作曲して。
  で、着いたら。「まだ 歌詞が出来てないんだ」って。
  それじゃあ、ジョン・レノンが「ドライブ、マイカー」って言う。
  これ、「Drive my car」っていうのは あれなんですよね。
  ブルースにある、ちょっとセクシュアルな、隠喩、隠し比喩があるんですけど。
  女性に「俺の車を運転していいよ」っていう ・・・ わかる?
  
  2曲お送りしました。

367 :ジョン・キロックノン:2016/06/17(金) 22:17:03.91 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「なあに言ってんだよ、シン。
  俺たちビートルズはなあ、もうリバプールのローカルバンドじゃないんだ。
  どれくらい大金持ちなのか、よくわかんないけど。だいじょぶだ。なにも心配いらない」
  言葉の主は、ビートルズのリーダー=ジョン・レノン。
  こうしたジョンとビートルズに関してのエピソードは全て、シンシアの手記に綴られているもの。
  ロックの歴史を語るうえで最も重要なア―カイブとも言えるこの名著から続けてみよう。

  この頃、ビートルズの会計士がロンドン郊外サリー州のウェイブリッジという所に住んでいたので。
  週末、その会計士に会うために、そのウェイブリッジまで訪ねて行った。
  会計士に「家を買いたい」という話しをすると、こういう返事が来た。
  「今や、ビートルズはかなりのお金持ちになっています。
  超優良物件と言ってもいいでしょう。
  それも、今現在の預貯金がいくらか、ということじゃなくて。
  かなり先の、将来にまで渡って、多額の収入が続くことでしょう。
  ですから、お金には糸目を付けず、レノン様と奥様の夢の家を、いくらでも選ぶ自由があるんです」
  この答えには、ジョンもシンシアも驚いてしまった。
  つい2年前までは、貯金なんて無く。
  ただ与えられたライブのスケジュールをこなし。
  レコードデビューを目指す、田舎の、その他大勢のロックバンドのリーダーであったジョンが、
  今や、億万長者 というのである。

  さらに二人は、このウェイブリッジという土地が気に入ってしまった。
  とても穏やかで、しかも美しい場所。
  そのウェイブリッジで家を探し始めた二人が、ある運命的な家に出会った。
  「ケンウッド」という屋号の付いたその家は、セントジョーンズヒル・エステート、という私有の高級住宅地に建っていた。
  その家は15世紀から17世紀のイングランドにおける伝統的なチュダー様式の建物で、部屋の数は16。
  同じ住宅区域には、ジョンと同じロックシンガーのクリフ・リチャード(Cliff Richard)や、トム・ジョーンズ(Tom Jones)も住んでいた。
  それはまさに「運命的な出会い」という以外に言葉が見つからなかったのである。

368 :ジョン・キロックノン:2016/06/17(金) 22:17:48.91 ID:???0
  〜 Tom Jones / It's Not Unusual
  ttps://www.youtube.com/watch?v=yca2BCwAnBQ

  〜 Cliff Richard / Summer Holiday
  ttps://www.youtube.com/watch?v=rbNP5yqg7hc

  (小林)そうですね。
  ジョン・レノンと同じ地域に、その近所にいたトム・ジョーンズ。
  トム・ジョーンズはね、音楽ファンがね、ちょっと、なんていうんですか。
  ビートルズの存在があまりにもデカいから、別のモノだっていうふうに・・・
  だけど、アメリカから見るとね・・・
  アメリカ、ほら「イギリス人が攻めてきた」「ブりティッシュ インベージョン」がありましたね。
  その時に、ほらビートルズだとか、キンクス(The Kinks)だとかローリングストーンズ(Rolling Stones)だとかフー(The Who)とかいろいろ来た。
  その中の一派みたいな もんなんですよね。時期的に。
  イギリスから来て、アメリカでバカ売れ。
  ただ スタイルはぜんぜん違ってたわけですね。
  聴いてて分かったと思います。
  トム・ジョーンズの It's Not Unusual

  それから、クリフ・リチャード。
  これはイギリスで1963年、もうナンバーワン。
  Summer Holiday
  ただ、クリフ・リチャードは、イギリスでは天下を取ったけど、アメリカでは売れなかった。ね。
  その点、もうアメリカで売れたのは、もう初めてビートルズですからね。ええ。
  そんな中、クリフ・リチャードを お送りしました。

369 :ジョン・キロックノン:2016/06/17(金) 22:18:44.79 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「1964年、その当時のビートルズの会計士が、ロンドン郊外サリー州ウェイブリッジという所に住んでいたので。
  週末を利用してジョンと二人でそこを訪ねたんです。
  そして、家を探し始めてしばらくしてから紹介されたのが、その家でした。
  これこそ、まさに理想のお屋敷だったんです」
  言葉の主はジョンの最初の妻となった女性シンシア・レノン。。
  こうしてお送りしているジョンとビートルズを取り巻くエピソードや史実のほとんどは、彼女の遺作となった手記にまとめられているもの。
  「作り話は一切なし」というこの名著から、もう少し続けてみよう。
 
  「ケンウッド」という屋号の付いたその家は、セントジョーンズヒル・エステート、という私有の高級住宅地に建っていた。
  その家は15世紀から17世紀のイングランドにおける伝統的なチュダー様式の建物で、部屋の数は16。
  同じ住宅区域には、ジョンと同じロックシンガーのクリフ・リチャードや、トム・ジョーンズも住んでいた。
  それはまさに運命的な出会い。
  そこは、ジョンとシンシアが、それまでに見たことが無いような夢のような場所だった。
  家が背中合わせに建っているということはなく。
  何エーカーにも渡る 広大な森や野原が広がり、その中に控えめな感じで、まばらに家が建っている。
  家と家の距離があまりに離れているため、お隣さんがいることさえも忘れてしまうほどであった。
  この「ケンウッド」を初めて訪れた時は、ごちゃごちゃとあまりに凝りすぎた趣味の悪い装飾にあふれる家であったが。
  丘の上に建っているというところで、ポイントが高かった。
  そしてなにより、その空間の使い方と、そのオープンな感じが良かった。
  それまで、マンションで窮屈な思いをしてきたジョンとシンシアにとって、空間は何より重要なもの。
  
  そしてそのお値段は、1万9000ポンド。
  今の価値に換算すると、数億円は下らないという、超高級なお屋敷。
  この、ジョンとシンシアのマイホーム購入のストーリー、来週はその改修工事の巻き。
  乞うご期待。

370 :ジョン・キロックノン:2016/06/17(金) 22:19:52.42 ID:???0
  〜 The Beatles / Words of Love
  ttps://www.youtube.com/watch?v=Ay8y8MctiOw

  〜 The Rolling Stones / Not Fade Away
  ttps://www.youtube.com/watch?v=OWA6Fb8C1xM

  (小林)2曲 かかりましたが。
  これは、いずれもカバーです。
  ビートルズがカバーしたのが、バディ・ホリー(Buddy Holly)
  2曲ともバディ・ホリーの曲なんですが。

  Words of Love
  バディ・ホリーというね、アメリカのロックンローラーの草分けは。
  ビートルズやローリングストーンズに、すっごい影響を与えていますけど。
  Words of Love
  「ビートルズフォーセール(Beatles For Sale)」のアルバムに入っていましたね。
  
  で、この、Not Fade Away は、ローリングストーンズです。
  ローリングストーンズのアメリカデビュー曲、というのはバディ・ホリーの曲のカバーだったんですね。  
  「Words of Love」とか「Not Fade Away」バディ・ホリーの名曲。

  で、ジョンが初めて買った家がw もうひっかかるねw
  1万9000ポンドっていったら。
  直訳するとね、その当時のお金で、日本のお金で800万円ですよ。
  800万円だよ。
  今はほら、イギリスはご存知のとおり、アラブのお金だとか中国のお金が入って、おそらく何十億の家だと思いますけどね。
  その時、買っときゃ良かったねw
  みんな、買えた? www

371 :ジョン・キロックノン:2016/06/18(土) 15:18:43.48 ID:???0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。

  (船橋市/男性)50代
  この春 転職しました。
  慣れない新しい仕事に悪戦苦闘しています。
  今までは休みが不定期で、この番組も仕事しながら、仕事の帰りに聴きながら、ということも多かったんですが。
  今は 土日休みなので、毎週ゆっくり聴かせてもらっています。
  ということは、この番組を聴き終えると、休日も終わり。(小林)w
  また、仕事の、月曜日からの一週間が始まります。
  今日のリクエストは、今の気持ちにピッタリかもしれません。

  (小林)
  そうですね。
  英語のタイトルは「I Don't like monday」だからね。
  ハイ、[船橋市/男性]さんのリクエストは、ブームタウン・ラッツ(The Boomtown Rats)「哀愁のマンデー」

  〜 The Boomtown Rats / I Don't Like Mondays(哀愁のマンデー)
  ttps://www.youtube.com/watch?v=-Kobdb37Cwc

  〜 柳ジョージ / You Really Gotta Hold On Me

  (小林)いやあ、これはですね。

  (千葉市美浜区/男性)
  珍しくジョンとジョージがリードボーカルを取って。
  スモーキー・ロビンソン&ミラクルズ(Smokey Robinson & The Miracles)の You Really Gotta Hold On Me をビートルズが・・・
  同じジョージでも、柳ジョージとレイニーウッドのバージョンで。

  (小林)
  ていうことで、柳ジョージのバージョンを、お送りしましたが。
  「柳ジョージさんは オリジナルを聴いてカバーしたんでしょうか?」
  「ビートルズのを聴いてカバーしたと思いますが」ていう。
  まあ、両方聴いてるでしょうね。
  で、近いのは、オリジナルに近いようなフィーリングで歌っています。

372 :ジョン・キロックノン:2016/06/18(土) 15:19:48.19 ID:???0
  (大田区/男性)60代
  あとで調べてみたら、レノン・マッカートニーの曲であることを知り。
  「さすがビートルズ」と思った、思い出があります。
  それにしても、こんなに良い曲を自分たちでレコードをして出せば、ヒットしたこと間違いなしなのに。
  ピーターとゴードンに惜し気もなくプレゼントしてしまうなんて、気前が良いレノン・マッカートニーだと思ったものです。
 
  (小林)という[大田区/男性]さん。
  これはねえ、ポールの付き合ってた婚約者のお兄さん。
  つまり、義理の兄になるかもわからなかった ピーターね。
  ピーター・アッシャー、だったからあげたんですよw。
  ポールはw 曲を、ね。
  そうです、ピーター&ゴードン(Peter and Gordon)。
  ヘタすると婚約・・・結婚したら、ポールの親戚になったかも知れないピーターと、そしてゴードンの
  Nobody I Know

  〜 Peter and Gordon / Nobody I Know
  ttps://www.youtube.com/watch?v=et0JAl2jdfc

373 :ジョン・キロックノン:2016/06/18(土) 15:21:04.41 ID:???0
  〜 The Beatles / Two of Us
  ttps://www.youtube.com/watch?v=qv2z3uSMGgk

  (小林)
  ビートルズの Two of Us
  音を作ったのは あのプロデューサー=フィル・スペクター(Phil Spector)
  リクエストは・・・

  (横浜市/男性)

  (小林)60代になりましたか。
  [横浜市/男性]さん、この番組が始まった頃は、たしか40代だったよね。
  もう60代になりましたかw
  おめでとうございます。
  めでたいことですw

374 :ジョン・キロックノン:2016/06/18(土) 15:22:54.30 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがでしたか?

  物語りはねえ。
  ビートルズの出世物語り。
  すっごい面白いですよね。
  ジョン・レノンが、もう一年経ったら・・
  もう、なんての。
  今のお金でいうと、何十億の家が買えちゃうっていうことですからねえ。
  すごいですよ、このビートルズの成功物語りは。ねえ。
  これはまあ、普通の人も変わっちゃったり、人間が変わったりするんですけど、ねえ。
  その中を、彼らはたくましく生きて来た物語。
  この後も注目して頂きたいと思います。

  それから、リクエストもね。
  皆さん、もう、番組を長く聴いている方は分ると思いますけど。
  もう、60代70代からですね、中学生、高校生、大学生までの人たちがビートルズに関わってるわけですよ。
  ねえ、直接関わった人、間接的に関わった人、いろいろ、あると思いますけど。
  若い方も。
  それから、「私、ビートルズのことよく分からないんだけど」っていう方もけっこうです。
  自分の、自分なりのエピソードとか添えて、よろしくお願いします。
  また
  beatles@bayfm.co.jp
  こちらでね。
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてお送りしておりますからよろしく。
  小林克也でした。

375 :ホワイトアルバムさん:2016/06/18(土) 18:02:04.08 ID:???0
いつもありがとうございます

376 :ジョン・キロックノン:2016/06/21(火) 13:11:52.33 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年6月19日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(6月19日)
 ・1970年。
  今から46年前の今日。
  ビートルズはもう事実上解散しています。
  この日、46年前の今日。
  イギリスで、デラニー&ボニー(Delaney & Bonnie)の「On Tour」ライブアルバムが発売になっています。
  これ、若い方も、まあ、ポップスなんかに詳しい方も、ご存知ないかもしれませんが。
  デラニー&ボニーっていうのはですね。
  ロックの歴史で、重要な役割を果たしてるんですよ。
  正式なアルバムは「Delaney & Bonnie & Friends' /On Tour With Eric Clapton」
  これがなぜビートルズと関係あるかというとですね。
  ジョージ・ハリスンなんです。

  ジョージ・ハリスンは最初 インド音楽とかインドの思想に入りますよね。
  それで、ジョージ・ハリスンはボブ・ディラン(Bob Dylan)だとかエリック・クラプトン(Eric Clapton)なんかの影響もあって。
  アメリカの南部をルーツにした「スワンプロック」とか、「レイドバック」ていう言葉があの頃は流行るんですけど、70年代は。
  その、なんていうんですかね。ガンガン突っ込むようなロックじゃなくて。
  もうレイドバックした、ゆったりした、くつろいだような。
  それでいてファンキーな音楽、に入るるわけですよ。

  それで、デラニー&ボニーっていうのは南部出身で、そういう風な音楽をやっていた人たちなんですよ。
  それに、ジョージ・ハリスンがエリック・クラプトンを紹介して。
  1969年には、エリック・クラプトンが、とうとうですね「ジョージ、お前も行こうよ」っていうことで。
  イギリスのツアーで周るんです。デラニー&ボニー&フレンズ、ね。
  そうなんですよ。
  で、その頃のミュージシャン、ドラムスがジム・ゴードン(Jim Gordon)ね。
  ベースがカール・レイドル(Carl Radle)キーボードがボビー・ウィットロック(Bobby Whitlock)
  この三人、おそらく皆さん聞いたこが無いミュージシャンかもわかりませんが。

377 :ジョン・キロックノン:2016/06/21(火) 13:13:30.21 ID:???0
  実は、この三人はですね、ジョージ・ハリスンのソロデビューアルバムに、エリック・クラプトンと共にほぼ全面的に入っている。
  デビューアルバムは「All Things Must Pass」ですよね。
  そして、そのミュージシャン達は、エリック・クラプトンのデレク&ドミノス(Derek and the Dominos)
  ほら、「Layla」なんかが入っている名盤。
  あれと 同じなんですよ。
  だから、それがまた、ジョージ・ハリスントが作るトラベリング・ウィルビリーズ(Traveling Wilburys)なんかに・・・
  まあ、こういった人たちが参加しないですけども。
  そういう風な流れになって行く、っていう、ね。
  70年代は。
  70年代 80年代ね。

  さあ、というわけで、デラニーとボニーの「Things Get Better」という曲をちょっと聴いて。
  どういうグループなのか、感じてみてください。

  〜 Delaney & Bonnie & Friends / Things Get Better
  ttps://www.youtube.com/watch?v=gxwDw3vUAdI

  (小林)いかがですか?
  デラニー&ボニー、ライブです。
  「ディレイニー エンド ボニー」っていうんですね、英語ではね。
  Things Get Better all をお送りしました。

378 :ジョン・キロックノン:2016/06/22(水) 21:44:22.56 ID:???0
□ストーリー
 ・昨年、2015年の4月1日、イギリスで一人の女性がこの世に別れを告げた。
  女性の名前はシンシア・レノン。75年の人生であった。
  彼女は生前、夫ジョンのことを中心にビートルズに関する一冊の手記を発表している。
  その内容は全て彼女が目の当りにしたこと。
  もしくは、ジョンやビートルズのメンバー、マネージャーのブライアン・エプスタイン。
  そしてそのスタッフのみんなから直接聞いたことだけで構成されている。
  今週もロックの歴史上、最も重要なアーカイブとも言えるこのシンシアの著作からお届けしよう。

  365日24時間、熱狂的なファンに監視されているというロンドンでの暮らしに別れを告げるべく、郊外に家を持ちたいと物件を探していたジョンとシンシア。
  家を探し始めて数週間が経ったある週末、興味深いお屋敷を紹介された。
  「ケンウッド」という屋号の付いたその家は、セントジョーンズヒル・エステート、という私有の高級住宅地に建っていた。
  その家は15世紀から17世紀のイングランドにおける伝統的なチューダー様式の建物で、部屋の数は16。
  同じ住宅区域には、ジョンと同じロックシンガーのクリフ・リチャード(Cliff Richard)や、トム・ジョーンズ(Tom Jones)も住んでいた。
  それはまさに運命的な出会い。
  広大な私有地に家はポツンポツンとあるだけ。
  お隣までは歩いて数分はかかる、という、まさに浮世を離れた生活である。
  ジョンはこの家を1964年の7月15日に購入。
  1万9千ポンドという価格は、今の価値に換算すると数億円にもなると言われている。

  ジョンとシンシアの友人たちは口をそろえて「インテリアデザイナーを雇うべきだ」とアドバイスしてくれた。
  いくらジョンもシンシアもアートカレッジ出身だといっても、部屋数が16ともなるとこれはもう素人の手に負えるものではない。
  こういった事は、ビートルズのマネージャーのブライアン・エプスタインに相談するのが一番、ということで彼に電話をすると。
  すぐに、知り合いのデザイナーを紹介してくれた。
  さすがはハイセンスな男 ブライアン。
  ここでもその有能ぶりを発揮したのであった。

379 :ジョン・キロックノン:2016/06/22(水) 21:45:14.91 ID:???0
  〜 The Beatles / She Said She Said
  ttps://www.youtube.com/watch?v=uak04ySMbRo
 
  〜 The Beatles / Day Tripper
  ttps://www.youtube.com/watch?v=yyPCKgzoiVk
 
  (小林)2曲 続きました。

  She Said She Said
  これは「Revolver」
  66年のアルバムから。
  
  そして、Day Tripper はお馴染みかもわかりませんが。
  これ、知ってますか?
  「We Can Work It Out」と両A面にしたね。
  1965年、イギリスでもアメリカでもナンバーワンを獲得しています。

380 :ジョン・キロックノン:2016/06/22(水) 21:46:24.44 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「家を見つけて買ったまでは良かったんですが。
  部屋数が16ともなると、これはとても、素人の手に負えるものではありませんでした。
  となると、いつものブライアン頼り、ということで。
  ビートルズの敏腕マネージャーに相談したところ、すぐにインテリアデザイナーを紹介してくれたんです。
  ビックリするくらいの人脈でした」
  言葉の主はジョンの最初の妻シンシア・レノン。
  こうしたジョンとビートルズに関してのエピソードは全て、シンシアが遺した手記に綴られているもの。
  ロックの歴史上最も重要なア―カイブとも言えるこの名著から続けてみよう。

  ビートルズのマネージャーであるブライアン・エプスタインが インテリアデザイナーを紹介してくれて。
  そのデザイナーに初めて会ったジョンとシンシア。
  「さて、どうしたものか」と悩んでの結論は、「こういうことはプロフェッショナルに任せるのが一番」
  ということで、二人は契約書にサインしただけで、後はすべてデザイナーに委ねられた。
  つまり、シンプルに言うと「丸投げ」である。
  これはデザイナーにとっては夢のような話し。
  そのデザイナーは、クライアントが、つまりジョンとシンシアが、どんどん心配になって行くような奇抜なアイデアを次から次へと思い付いては、
  それを具現化して悦に入っていた。
  予算もかなりオーバーしたので、何度かお金を工面して 彼に渡した。
 
  敷地内にはプールも掘られていた。
  これはジョンの希望であった。
  ジョンはロックスターらしいことなら何でも取り入れたかったのである。
  工事の間の二人とジュリアンの住処は二間ある屋根裏部屋。
  屋根裏部屋であるから、当然階段を使って昇り降りしなくてはならない。
  途中、掘削職人、大勢の建築業者、内装業者などとすれ違う日を数えて、数ヶ月が過ぎて行った。

  シンシアもジョンも 工事の状況を少しは確認しておこうと、時々改修中の部屋を確認した。
  しかし、部屋を覗くたび、いつも彼らはティータイムであった。
  が、それも仕方のないこと。
  なんせ契約書にはサインをしていて、彼らはデザイナーの指示通りにゆったりとしたスケジュールで作業を請け負っていたのである。
  さて、いつになったら回収作業が終わるのか、ジョンもそろそろ切れる寸前であった。

381 :ジョン・キロックノン:2016/06/22(水) 21:47:09.30 ID:???0
  〜 The Beatles / It Won't Be Long
  ttps://www.youtube.com/watch?v=JtpQfDeeBd0

  〜 John Lennon / Gimme Some Truth
  ttps://www.youtube.com/watch?v=aDDJeM5R4PM

  (小林)また2曲 つながりましたね。
 
  It Won't Be Long
  これは「With The Beatles」63年です。
  初期のビートルズから。

  そしていま聴いたのは Gimme Some Truth
  1971年、ジョン・レノンのソロアルバム「Imagine」の中に入っていました。
  Gimme Some Truth

382 :ジョン・キロックノン:2016/06/22(水) 21:48:13.07 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「新居の改修工事は、インテリアデザイナーに丸投げした私たちにも責任はあるのですが。
  それにしても、このデザイナーの趣味は最悪でした。
  マネージャーのブライアンの紹介でしたから、間違いないだろうと思っていたのですが。
  完全なる失敗でしたね。残念」
  言葉の主はジョンの最初の妻となった女性シンシア・レノン。
  こうしてお送りしているジョンとビートルズを取り巻くエピソードや史実のほとんどは、彼女の遺作となった手記にまとめられているもの。
  「作り話は一切なし」というこの名著から、もう少し続けてみよう。

  「お金をかけ、さらに時間もかけた贅沢なデザインの中で、確かに気に入ったものも有った。
  が、ほとんどは、ジョンと私ならば絶対にこうはしないだろう、というような物ばかり。
  ある部屋のデザインなどは、ジョンをあやうく卒倒させるところだった。
  ある日レコーディングを終えてジョンが帰宅して、サンルームに行ってみると。
  窓がたくさんある明るかったはずの部屋が、深緑色の野外でのセレモニーのためにでも使いそうな分厚い布地で、ぐるり覆われていたのである。
  ジョンは怒り狂って、キッチンにハサミを取りに戻り、その布地をビリビリに切り刻み破いてしまった。

  1964年8月に、ビートルズが初の本格的な全米的ツアーに出発した時にも、依然レノン一家の住まいは屋根裏部屋であった。
  ジョンがいなくて寂しい毎日を送るシンシアであったが、一人息子のジュリアンもまだ一歳児。
  やっと歩き始めたばかりである。
  「母親が滅入っていてはいけない」と思い 気丈に振る舞っていた。

  そんなある日、シンシアは思い立って、リバプール時代からの親友フィルを自宅に呼んだ。
  フィルは昔から、シンシアが最も頼りにしている友人である。
  ジュリアンのことも、とても可愛がってくれた。
  シンシアとフィルは買い物に行ったり、美容院に行ったり、お互いの近況も教え合ったりして楽しい2週間を過ごしたのである。

  そのフィルが、このお屋敷を見ての感想がこんな具合である。
  「部屋が16もあるこんなお屋敷なのに、そのてっぺんにある屋根裏部屋に住んでるなんて、まるで笑い話しね」
  まさに言い得て妙であった。

383 :ジョン・キロックノン:2016/06/22(水) 21:49:04.64 ID:???0
  〜 The Beatles / Lady Madonna
  ttps://www.youtube.com/watch?v=YvKx9SOMNCU

  〜 The Beatles / I want to tell you

  (小林)いかがですか?

  お馴染みの Lady Madonna ね。
  これは、イギリスで1位、アメリカで4位
  1位にはなれなかった。

  で、I want to tell you ていう。
  これは「リボルバー(Revolver)」に入っている。
  ジョージ・ハリスンの作品。
  やっぱりジョージは、ポールやw ね、レノンとは全然違ってた、ていう感じですね。
  I want to tell you

384 :ジョン・キロックノン:2016/06/25(土) 14:05:42.95 ID:i/zAmRSJ0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。


  (柏市/男性)
  お久しぶりです。
  ビートルズと出会って半世紀。
  克也さんの番組は、初期の曲がよくかかるので大好きです。
  それに、曲の途中に天気予報とか道路情報が入らないので、良いよね。
   
  (小林)ていうw
  [柏市/男性]さんは60代後半に入っております。
  「今回のリクエストは、マイレコードから」  マイレコードw
  70年代のアメリカの、まあブルースをベースにしたロックの有名な兄弟の 弟の方ですね。
  エドガー・ウィンター(Edgar Winter)のアルバムより Rock And Roll Boogie Woogie Blues

  〜 Edgar Winter / Rock And Roll Boogie Woogie Blues
  ttps://www.youtube.com/watch?v=YlIXZ7oMLko

385 :ジョン・キロックノン:2016/06/25(土) 14:06:48.31 ID:???0
  〜 The Beatles / P.S. I Love You
  ttps://www.youtube.com/watch?v=FroDoCeYsv0

  (小林)いや、久しぶりに聴きましたね、これねw
  
  (市川市/女性)
  こんばんは。
  今日聴いた番組は、選曲の良さといい、当時の生々しいライブの演奏も盛りだくさんで、素晴らしく。
  一緒に歌って踊って「克也さん、ありがとう」って感動してしまい、今夜は眠れないかもです。トホホ。
  人は 本当に心底から感動すると、言葉を失ってしまうものですね。
  本当にニクい演出でした。
  リクエストは、愛する彼に P.S. I Love You をお願いします。
  
  (小林)
  普通、歌うってのはわかりますが、踊ったですか?w
  はい。

386 :ジョン・キロックノン:2016/06/25(土) 14:08:04.21 ID:???0
  (小林)ハガキでいただきました。60歳w。
  すみません、歳をバラして・・・。

  (船橋市/男性)
  拝啓。2年ほど前から、楽しく聴いております。
  「ビートルズから始まる」の影響で、中古ビートルズのCD、20枚ばかり集めました。
  僕は中学2年からのエルビスのファンでありまして。
  エルビスの曲があまりラジオから流れないのが少しさびしいです。
  リクエストは、Wonder Of You をお願いします。
  
  (小林)
  いやあ、これはw、この曲はほとんど流れないでしょう、FMでも。
  ええ、これ流しますよ。あなたのリクエストに応えて。
  エルビスの The Wonder Of You

  〜 Elvis Presley / The Wonder Of You
  ttps://www.youtube.com/watch?v=qwNpsNjUsUo

  (小林)エルビス・プレスリーの The Wonder Of You ね。
  エルビス・プレスリーは、あんまりツアーをした記録が無いんで。
  これはあれですね、ラスベガスだとか、ああいう所のライブだと思われますけども。
  どうですか? プレスリーはやっぱりすごかったですよねえ。
  僕も、実際にね 見たんですよ。
  まあ、昔の話しですけど、「見た、見た」って言うとね、見たことがない人が多いんで、これイヤミになって。
  「そんなこと 言わないで!」って よく言われたのを覚えております。

387 :ジョン・キロックノン:2016/06/25(土) 14:09:21.96 ID:???0
  (北海道/男性)
  日本最北の地で、毎週できるだけ聴いています。
  毎週、克也さんの語り口に、一喜一憂しております。  
  今年に入って たくさんのスーパースターが亡くなりましたが。
  あえて知りたくないのも本音にあり、複雑です。
  特に、デヴィッド・ボウイ(David Bowie)やプリンス(Prince)は、ウソでも生きていて欲しかった。
  近々、マイケル・ジャクソン(Michael Jackson)の命日、6月25日が来ます。
  私の心には、まだ信じられない、信じたくない気持ちがいっぱいです。
  亡くなってからも、新たな?ビデオをベストヒットUSAで見るたび
  マイケルのすごさを 痛感します。      (小林)これは「北海道/男性」さん。
  ビートルズを語るのにも欠かせないマイケルの曲で、初期の代表曲をリクエストします。

  (小林)
  まあ、マイケル・ジャクソンは、もちろんビートルズの影響 強く受けていますよね。
  それから、彼がいろんなチャリティなんかをやったりするっていうことも、やっぱりビートルズの影響。
  そして、ここ最近ちょっとマイケルがビートルズの曲を買っていたっていう・・・
  あれは、ポール・マッカートニーがマイケルに「ビートルズの曲買うと、お前、得だよ、これ。こんなに良いインベストメントは無いんだよ」って言って。
  マイケルが買っちゃって。
  「あれ、あいつに言わなきゃよかった」ていう。
  そう、初期のやつはマイケルの財団が持ってますからね、ビートルズの権利を。
  マイケルの、ジャクソンファイブ(The Jackson 5)じゃなくて、ジャクソンズ(The Jacksons)のこの曲も、なかなか。
  当時のマイケルの、二十歳前かな?、二十歳過ぎたぐらいかな?。
  その頃のマイケルが、なんか、裸で、いろんなエフェクトだとか、いろんな余計なことが、飾らないマイケルを感じることが出来ます。
  ジャクソンズの「今夜はブギーナイト」とういう。
  英語では「Blame It On the Boogie」

  〜 The Jacksons / Blame It On the Boogie(今夜はブギーナイト)
  ttps://www.youtube.com/watch?v=mkBS4zUjJZo

388 :ジョン・キロックノン:2016/06/25(土) 14:10:40.97 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」

  ジョン・レノンが新しく買った屋敷。
  改修、メチャクチャにされちゃった、ていうw ねえ。
  いやあの、彼の最初のケンウッドの屋敷あるあたりはね。
  とてもねえ、ほんとに、ここは住宅地か?と思っちゃう。
  なんか、畑とかいっぱいあるような感じがするんですよ。
  すっごい、だだっ広いから。
  僕は、実際ねえ、フィル・コリンズ(Phil Collins)がスタジオ持っていて。
  そのスタジオもねえ、もうなんての、周りが畑なんですよ。
  で、その中に大きな屋敷があって。
  その屋敷の中に、大きな建物があって。
  その建物が何だったのかって?。
  昔は馬車がいっぱい入っていたような所w スタジオにして。
  でも、周りはもう畑ばっかり。
  あれは、サリーという所でしたけれども。
  同じ所あたりですよね。
  
  リクエストよろしくお願いします。
  beatles@bayfm.co.jp
  こっちで待っています。

389 :ホワイトアルバムさん:2016/06/26(日) 20:41:29.43 ID:???0
裏番組の BarakanBeat で、1998年7月に
ピーター・バラカン氏がジョージ・マーティンにインタビューした時の
模様が放送されました。

内容は、こちらに載っているものと同様です。
http://erismedia.jp

ERIS 第15号
ピーター・バラカンの読むラジオ

390 :ホワイトアルバムさん:2016/06/27(月) 07:08:02.20 ID:???0
いつもありがとうございます

391 :ジョン・キロックノン:2016/06/27(月) 13:20:16.61 ID:???0
申し訳けありません。6月26日の「ビートルズから始まる」の録音に失敗しました。
新しい留守録ソフトの設定に失敗したようです。(´・ω・‘)

392 :ホワイトアルバムさん:2016/06/27(月) 21:39:06.93 ID:???0
ことし、3年ぶりの来日が決まった元ビートルズのメンバーと言えば?
(アルファベット5文字)
ttp://www1.axfc.net/u/3684285

393 :ジョン・キロックノン:2016/06/28(火) 22:09:59.70 ID:???0
>>392さん
ありがとうござました。
DLできました。

394 :ジョン・キロックノン:2016/06/28(火) 22:11:47.80 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年6月26日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(6月26日)
 ・今から50年前の今日。1966年。
  これは、もうビートルズファンは分かっていると思いますが。
  来日の年。
  それも、来日直前。

  ビートルズはドイツで、コンサートで周っています。
  で、50年前の今日は、ハンブルグに着いて、ハンブルグのエルン・メルク・ホールという所でコンサート。
  そして、ダウンタウンでは いっぱいのファンが出て来て、警察官と対面した、ていうw
  そういう情報。

  やっぱり、ビートルズはとうとうドイツへ行ったわけですね。
  何度も、ドイツ・ハンブルグではお世話になってるわけですけども。
  そこで、バンドとしての修業もしたビートルズですけども。
  なぜ、早く行かなかったのか? ていう話しになって。
  これは、その、ハンブルグには良い思い出と、悪い思い出がwあるんじゃないかってw
 
  当日もね、この当日も、「実はポールが…この子のお父さんなんです」っていうw
  訴える人もいたって言いますからね。
  でまあ、けっきょくこういうこともあって。
  これは、DNA検査したら「ポールはお父さんじゃない」ていうふうなこともあって。
  まあ、なんていうんですかね、ビートルズにも、思い当たることもいろいろあったんで、避けたんじゃないか?
  とか、いろいろ言われてます。

395 :ジョン・キロックノン:2016/06/28(火) 22:12:47.18 ID:???0
  で、ちょうどその50年前の今日。
  その日、あの大切なアストリッド・キルヒャー(Astrid Kirchherr)
  つまり、ジョン・レノンの親友だった。
  若くして亡くなった、スチュアート・サトクリフ(Stuart Sutcliffe)の婚約者であったアストリッド、とも出会っています。
  そして、アストリッドとは、1964年にジョン・レノンがハネムーンでパリに行った時にも会ったんですけども。
  実は その時は渡すことができなかったんだけど、預かっている手紙がある。
  これ、ジョン・レノンへの手紙かどうかは判らないんですけども。
  その手紙、それから遺品を、ビートルズ、ジョン・レノンに渡した、という記録があります。

  で、その後で、50年前の今日が、ハンブルグでしょ。
  そのあとで東京へ来た時、武道館では、実はアストリッドをイメージして書いた曲を演奏しています。
  これは「Baby's in Black」つまり「黒い衣裳」
  まあ、亡くなったっていう喪服という意味もあるんですけども。

  この頃、この人たちは もう流行の大先端を行ってましたね。
  ビートルズが ハンブルグに行った時に会ったドイツ人のアストリッドたちは。
  デザイン関係の、芸術関係の大学生だったり、仕事をしていたり。
  で、黒が、印象的だったんです。
  なんか、芸術っぽい人は 日本でもそうじゃない?
  ちょっと、黒ずくめの人って イメージない?w
  だから、ジョン・レノン 書いたんだと思うんですが。
  武道館でも演奏したナンバーを、さっそくお送りしましょう。
  Baby's in Black

  〜 The Beatles / Baby's in Black
  ttps://www.youtube.com/watch?v=rVYuGVdGhhE

  (小林)というわけで
  Baby's in Black
  紹介しました。
  50年前の今日は
  ビートルズはハンブルグにいたんですね。

396 :ジョン・キロックノン:2016/07/01(金) 18:24:16.40 ID:???0
□ストーリー
 ・昨年、2015年4月1日、イギリスで一人の女性がこの世に別れを告げた。
  女性の名前はシンシア・レノン。75年の人生であった。
  彼女は生前、夫ジョンのことを中心にビートルズに関する一冊の手記を発表している。
  その内容は全て彼女が目の当りにしたこと。
  もしくは、ジョンやビートルズのメンバー、あるいはマネージャーのブライアン・エプスタイン。
  そのスタッフのみんなから直接聞いたことだけで構成されている。
  今週もロックの歴史上、最も重要なアーカイブとも言えるこのシンシアの著作からお届けしよう。

  1964年の7月15日、ジョンとシンシアは ついに念願のマイホームを手に入れた。
  マイホームというと、こじんまりとした楽しい我が家というイメージを想い浮かべるが。
  そこは、全世界を制覇した あのビートルズのリーダーが購入した家である。
  庶民のものとはスケールが違った。
  その家があるのは、ロンドン郊外のサリー州の住宅地。
  住宅地といっても、ウェイブリッジという広大な土地に建っているのは ほんの数軒。
  そして、そのお隣さんもすごい。
  そこには、ビートルズ以前のイギリス最大のロックスター=クリフ・リチャード(Cliff Richard)
  そして やはりビートルズと同じ世代の国民的シンガー=トム・ジョーンズ(Tom Jones)などなど。
  もちろん、お隣さんといっても、その隣の家に行くまでには 歩いて10分以上。
  こういう立地条件だと、ほとんど隣近所は存在しないのと同じである。
  部屋数が16もあるこの家の屋号は「ケンウッド」というもの。

  とりあえずは、自分たちのお金がどのくらい有るのか知るために、ジョンが顧問会計士に尋ねたところ。
  「ああ、ビートルズには今、毎月ものすごい額のお金が入って来ています。
  この調子ですと、どんな家でも買うことが出来ますね。
  まったく心配はいりません」との答え。
  
  古い家ではあるので、インテリアデザイナーを雇い大改装をしたのであるが。
  これが大失敗。
  あまりに独創的なセンスを持つデザイナーの仕事が終わったあと。
  結局ジョンとシンシアと、また手を入れ直した。
  結局、避難場所でもある屋根裏部屋には9ヶ月もの間暮らすことになった。
  まるで、笑い話のような本当の話しである。

397 :ジョン・キロックノン:2016/07/01(金) 18:25:03.66 ID:???0
  〜 The Beatles / One After 909
  ttp://www.dailymotion.com/video/x2rgolx_one-after-909-beatles-rooftop-concert-tsrgp_tech
 
  〜 The Beatles / You're Going To Lose That Girl
  ttps://www.youtube.com/watch?v=BRsDOr4H0cs

  (小林)One After 909 そして You're Going To Lose That Girl

  One After 909 は「Let It Be」1970年のアルバムに入っていますが。
  ジョン・レノンは、もうビートルズが売れた頃書いた、初期の作品。

  そして You're Going To Lose That Girl
  「放っとくと、お前、彼女どっかへ行っちゃうよ」
  「ちゃんとデートしたりしなきゃ」っていう曲ですね。

398 :ジョン・キロックノン:2016/07/01(金) 18:26:10.73 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「結局、ケンウッドの屋根裏部屋では9ヶ月間暮らしました。
  ただ、それまで狭い家に住むことには慣れていたので、屋根裏部屋とはいっても、けっこう楽しく暮らしていたんです。
  ただ、ここからが大変でしたね」
  言葉の主はジョンの最初の妻シンシア・レノン。
  こうしたジョンとビートルズに関してのエピソードは全て、シンシアが遺した手記に綴られているもの。
  ロックの歴史上最も重要なア―カイブとも言えるこの名著から続けてみよう。

  新居であるケンウッドの部屋数は16。
  この広い家全体を「さあ 存分に使ってください」と言われても、ジョンとシンシアにとっては あまりピンとこないし。
  むしろ不思議な空間に感じられた。
  いずれにしても、ジョンやシンシアとは180度趣味の異なるインテリアデザイナーがいなくなって。
  今度は自分たちの手で 何とかしなくてはいけない。

  先ずは、全ての部屋のカーペットもカーテンも替え。
  デザイナーの趣味で置かれた赤いレザーの硬いソファーも、グリーンのベルベットの柔らかいものに交換した。
  こっちの方がずっと座り心地が良かった。
  いらなくなった赤いソファーは、ロンドンのフラットに住んでいたリンゴがもらってくれた。好都合である。
  メインの応接室とダイニングルームは、お客さんを招いた時にしか使わない。
  その他の時は、例のデザイナーによる改修直後のように、元のままで、足を踏み入れることも無いくらいであった。
  ジョンもシンシアも広々としたリビングルームでは、どうも落ち着きが悪く。
  結局は、奥の部屋に こじんまりとした居場所を作り、そこをファミリールームにして、家族で肩を寄せ合うようにして過ごすようになった。

  座り心地のいい古いソファーと、テレビと、食事をするテーブルと、一人息子のジュリアンのおもちゃだけが置いてある部屋である。
  なにか、もったいない気もするが、これがレノンファミリーの幸せな我が家だったのである。

399 :ジョン・キロックノン:2016/07/01(金) 18:28:01.05 ID:???0
  〜 The Beatles / Strawberry Fields Forever (Love Version)

  (小林)いつもと違うつなぎになっていますね。
  これは、覚えていますか?
  2006年の「LOVE」のアルバム。
  ジョージ・マーティン親子が、プロデュースして。
  まあこれは御墨付きをもらってね、ビートルズの。
  自分たちで遊んだ、好きなように、これはもうビートルズへの愛があふれる。
  そして彼らの才能があふれる。
  おそらくねえ、息子の方はポール・マッカートニーなんかのね、最近のアルバムなんかプロデュースしてますけど。
  このアルバムはあれですね、息子の意見も相当あったんじゃないかと思いますね。
  Strawberry Fields Forever から Within You, Without You そして、Tomorrow Never Knows
  まあ、その間にも、なんかちょっと遊びの・・・
  「おやおや!」って、「どこ行くんだ、どこ行くんだ?」 ってねw
  で、そこへ行くんですかw  Within You, Without You
  Tomorrow Never Knows ね。
  えーと、エピソードとしては Tomorrow Never Knows あれじゃないかな。
  「ダライラマが山の天辺から偉い言葉をのたまうような、声にしてくれ」とか、ジョン・レノンがね、リクエストした。
  そういうふうな曲までが、新しい音になって、その当時のね 2006年。
  「LOVE」の中からお送りしました。

400 :ジョン・キロックノン:2016/07/01(金) 18:28:43.65 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「ケンウッドと呼ばれる私たちの新居は、部屋数が16もある大邸宅でした。
  ただ、ジョンも私も小さな家に住むことに慣れていたので。
  結局は全員ファミリールームにいることが多くなったんです。
  大きな家の、小さな幸せでしたね」
  言葉の主はジョンの最初の妻となった女性シンシア・レノン。
  こうしてお送りしているジョンとビートルズを取り巻くエピソードや史実のほとんどは、彼女の遺作となった手記にまとめられているもの。
  「作り話は一切なし」というこの名著から、もう少し続けてみよう。
  
  ジョンは仕事をしていない時は、ほとんどファミリールームのソファに寝そべってテレビを見ていた。
  とにかく、起きている間はテレビは点けっ放しにしておくのが習慣。
  彼の目は、明らかにテレビに向いているはずなのに、心は百万マイルもはるか彼方の空想の世界へ旅をしていることがよくあった。
  話し掛けても聴こえはしない。
  もちろんこれは、今に始まったことではなかった。
  以前からジョンは、好きな時に周りの物を自分の世界から一切追放する能力を持っていた。
  忙しくなればなるほど、ジョンの「居るけど居ない状態」は頻繁に訪れるようになった。
  それでもシンシアはかまわないと思っていた。
  これが、日々のストレスに対するジョンの対処法なのだと、彼女なりに理解していたのである。
  そしてもちろんこの「居ない状態」は、創作のための大切なプロセスでもあった。
  ジョンはいつも1〜2時間もすると、おもむろにソファーから立ち上がり、ピアノのある部屋に行き、曲を書きはじめるのだ。

  そんな日々の中、大邸宅に暮らすようになったので、手伝ってくれる人が必要になった。
  「ドット」という愛称のドロシー・シャーレットは、以前このケンウッドに住んでいた家族のアイロン係をしていたので
  家の造りにも詳しいだろう、ということで、レノンファミリーのハウスキーパーになってもらうことにした。
  このドットは、心の温かい、仕事の良くできる、40代の女性。
  すぐに家族同然の存在となった。
  このレノンファミリーの新しい生活の物語は、来週も続けることにしよう。

401 :ジョン・キロックノン:2016/07/01(金) 18:29:21.64 ID:???0
  〜 The Beatles / Ob-La-Di, Ob-La-Da
  ttps://www.youtube.com/watch?v=SwvtpdDld_g

  (小林)だれもが知っている Ob-La-Di, Ob-La-Da
  これは例の「ホワイトアルバム(The BEATLES)」に入ってるんですね。
  こういう曲がアルバムに入っているから、すっごい奥行きが深いアルバムになっています。

402 :SEX PSITOLSが三宅洋平を応援!:2016/07/01(金) 21:08:28.80 ID:7ogmLtfD0
 これだ!https://www.youtube.com/watch?v=TXnoSQEZNnE&feature=youtu.be

403 :ジョン・キロックノン:2016/07/03(日) 00:26:01.59 ID:???0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどセットにしてプレゼント。

  (浦安市/男性)49歳
  いつも楽しく拝聴しています。
  先日ボクシングのモハメッド・アリ(Muhammad Ali)さんがお亡くなりになりました。
  アリさんも「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」のジャケットに参加していますね。

  (小林)
  まあ、アリは、あの頃はもう世界での、ビートルズと並ぶヒーローの一人で。
  「サージェント・ペパー」ばっかりじゃなくて。
  ビートルズが初めてアメリカへ行った時に、マイアミでフォトセッションで、二組で遊んでる写真は けっこう見た方が多いんじゃないかと思います。
  それから、モハメッド・アリは、現在ヒップホップの連中は、すごい尊敬してる、ヒップホップの元祖みたいな人ですよね。
  あの人の、リズミックな言葉。
  ようするに「蝶のように舞い、蜂のように刺す!」っていう
  あれ、韻を踏んだ、まるでラップのセリフみたい、ですからね。
  かなりヒップホップな、感覚的に新しい。
  そして、生き方もすごい人でしたね。
  あ、そうでしたw
  あなたのリクエストだw。
  A Day In The Life
 
  〜 The Beatles / A Day In The Life
  ttps://www.youtube.com/watch?v=usNsCeOV4GM

404 :ジョン・キロックノン:2016/07/03(日) 00:27:10.93 ID:???0
  〜 U900 / Here comes the sun
  ttp://recochoku.jp/song/S20335573/

  (小林) えー、ちょっと可愛らしい曲が聴こえてきますが。
  これ、リクエストはね・・・

  (宮城県/女性)
  初めまして。宮城からリクエスト。40代主婦です。
  ビートルズの曲 私が初めて知った曲は、中学の音楽の時間、リコーダーで吹いた「Yesterday」
  普段 自分でかけて聴くことはしないので、「ビートルズから始まる」で流れてくる曲を とても懐かしく聴かせていただいています。
  ありがとうございます。
  子供たちの人気の可愛いぬいぐるみのウクレレデュオ「U900」のビートルズのカバーアルバム「Here comes the sun」をお願いします。
  
  (小林)ということで、かけていますが。 

405 :ジョン・キロックノン:2016/07/03(日) 00:29:11.04 ID:???0
  (小林)もう一つ、長いお手紙のような。

  (千葉市/男性)50歳
  私は 一昨年 イギリスの外資系企業から、国内企業に転職し。
  「これで、英語から離れるのかなあ」と思っていましたら。
  それどころか、希少価値が高まって、毎年出張しています。
  現在、番組では ビートルズがアメリカで大成功を収める過程を、大変興味深くお話しをいただいており。
  偏見ながら、きっと当時のビートルズのメンバーも、私と同じく、アメリカはいずれの国でも、貧富の差はあれど。
  やっぱり土地が尋常なく広く、きっと木材 食糧、最近ではエネルギー資源も豊富にあるため、暮らす人々に余裕があり。
  また、当時のショービジネスの規模の大きさの違いも感じたのではないか、と勝手ながら想像しています。
  また、湿気の違いで、そういえば、グランドラピスはサラッと乾燥しており、芝生はどこでも有りましたが、苔(コケ)はまったく見かけませんでした。
  この乾いた空気と 土地の広さ、広く一直線の道路と地平線。
  あと、心の余裕がイーグルズ(The Eagles)など「テンポに余裕がある 乾いた感じの音楽を産んだんだな」と、遅咲きながら体験しています。
  今回のリクエスト、出張中アメリカで、3回近くFMで聴くことになった・・・

  (小林)えー、グランド・ファンク(Grand Funk Railroad)って書いてありますけど。
  レナード・スキナード(Lynyrd Skynyrd)ですよ[千葉市/男性]さん。
  Sweet Home Alabama
  この曲はねえ、ちょっと、ニール・ヤング(Neil Young)の「Southern Man」ていう曲があって。
  アメリカ南部のちょっと偏見をね、保守的な偏見を描いたメッセージがあるような曲なんですが。
  それに対抗して、レナード・スキナードが「なに言ってんだ。ニール・ヤングめ」みたいな感じで。
  そのニール・ヤングの「Southern Man」のことも、歌詞に出て来るんですよ。
  これ面白いですよね。アメリカっていう広い国って考えると、そういうふうな。 
  方や「お前、偏見だろ。南部」って。
  方や「なに言ってんだ。南部ほど良い所はないんだ」っていう。
  サザンロックのレナード・スキナードの Sweet Home Alabama

  〜 Lynyrd Skynyrd / Sweet Home Alabama
  ttps://www.youtube.com/watch?v=ye5BuYf8q4o

  (小林)
  レナード・スキナードの Sweet Home Alabama をお送りしています。

406 :ジョン・キロックノン:2016/07/03(日) 00:30:10.76 ID:???0
  (千葉市若葉区/女性)
  御茶ノ水の路上ライブで知った、村上紗由里さん。
  何気なく通っていたんですが、足を停めてしまうほど素敵な音楽でした。
  どれも、言葉のひとつひとつを大切に歌われているので、心に響きます。
  彼女のデビュー曲「燐寸少女、落陽」を、「燐寸少女 マッチショウジョ」の   (小林)映画ですね、これは。
  「落陽」をぜひお願いします。
  
  (小林)ていう。
  [千葉市若葉区/女性]さんのリクエストで「落陽」

  〜 村上紗由里 / 落陽
  ttps://www.youtube.com/watch?v=cEQMeoLDGpA

407 :ジョン・キロックノン:2016/07/03(日) 00:31:09.81 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」いかがでしたでしょうか?

  ねえ、ジョン・レノンが とうとう、大きな屋敷を買いました。
  これ、おそらく16部屋があるっていうことなんだけど。
  敷地はすっごいと思うよ。
  僕もサリーっていう所の・・・フィル・コリンズ(Phil Collins)が所有していた、ジェネシスのスタジオ行ったことがあるんですけど。
  スタジオといっても、あれだからね、昔の大きな馬車の駐車場。馬車が何台も入る所。
  だから、小さな体育館みたいな所が、スタジオになってるんだけど。ええw
  外へ行ったら、これ畑なのか、庭なのか、何なのか? みたいな広さで。
  隣の家は、ほんと見えないんだもんねw。
  そういう所を買っちゃった。ていう。
  どんな話しになって行くのか、お楽しみに。

  それから、リクエスト。よろしくお願いします。
  もう、どんな曲でも、自分が引っかかる曲はね。
  要領よく自分の体験なんかをまとめて、よろしくお願いします。
  採用の方にはイシイのミートボールなどをセットにしてお送りしています。
  お相手は小林克也でした。

408 :ホワイトアルバムさん:2016/07/03(日) 00:44:28.87 ID:???0
>>405
訂正
×=方や
○=片や(かたや)

409 :ジョン・キロックノン:2016/07/04(月) 18:39:58.61 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年7月3日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(7月3日)
 ・1969年。47年前の今日。
  例の第2スタジオ。ビートルズのスタジオ。
  3時から、今日は短いですね、スタジオ時間が。
  3時から8時半まで、夜のね。
  だから、5時間ちょっとに渡って作業をやっていたのは、何かというと。

  あの、ほら、ビートルズの「アビーロード(Abbey Road)」のアルバムの。
  あの頃はB面ですよね、A面があってB面。
  B面の方はメドレーがいっぱいあるの、ご存知ですか?
  えーと、まあちょっと言うと、A面は1曲づつ並んでいるわけです。
  B面にいくと、「Here Comes the Sun」ていう ジョージ・ハリスンの名曲があって。
  「Becaus」という、ぜんぜん価値観が違うような曲が、これも名曲ですよね。
  で、そのあとから「You Never Give Me Your Money 」から「She Came in Through the Bathroom Window」5曲がこれメドレーで並んでいるんだよね。
  これ、すっごい面白いの、ここ。
  で、そのメドレーがちょっとフェイドアウトすると。
  こんどは「Golden Slumbers」から「Carry That Weight」「The End」ていう。
  またもメドレーがあるんですよ。
  で、そのあとに、ポール・マッカートニーがアコギ一本で歌う「Her Majesty」ってのが、ちょっと始まって消えるっていう。

  このB面のねえ、これロックが始まって以来のことなんですよ。
  10曲もの書き下ろし曲をね、「メドレーにしちゃった」ていう。
  それで、これ一つ一つがぜんぜん違う世界なんだけど。
  このつながりがね、とても良いんですよ。
  これはだから、なんていうんですかねえ、ラジオなんかで聴くと「選曲がいいね」とか。
  曲を並べ替えるとね、いろんなことが生まれるんですけど。
  これ見事に、このB面ていうのは大成功してるんですよ。
  それの作業ですね。

410 :ジョン・キロックノン:2016/07/04(月) 18:41:37.80 ID:???0
  特に後半の「Golden Slumbers」から「Carry That Weight」「The End」っていうのを。
  その当時はチャンネル数が少ないんですよね。
  だから、そのチャンネル数を空けるためにどうしたかっていうと。
  例えば、ドラムスとベース、それを一緒にしちゃうわけですよね。
  一つのチャンネルにして。
  そうすると次に、次のやつに・・そうやると、一つのチャンネルが空くわけですよね。
  判りますかね?w
  で、そうやって、その開けた所へ、また違うものを入れたりするっていう。
  「ピンポン」って昔は呼ばれていたんですけども。

  それをやるとか、いろいろ苦労して、その5時間半を過ごしたのが。
  今から・・・何年前だ?
  今から、47年前の今日、ということで。
  
  それじゃあ、その完成品ね。
  メドレー、聴いてみましょうね。
  Golden Slumbers- Carry That Weight そして The End

  〜 The Beatles / Golden Slumbers,Carry That Weight,The End
  ttps://www.youtube.com/watch?v=Dv57zlpuSCE

  (小林)というわけで。
  だいたい、なんかちょっと短いドラマみたいに。
  映画でいうと、なんていうんですかね シーンが変わって行って、平和に眠る子供のイメージみたいなのから。
  ちょっとハードになったら、「人生の重荷を背負って生きていく」って。
  で、次になると「僕の夢になってくれないか?」
  子供への愛とか、人生だとか、そういうふうなものを・・・
  テーマが一つねえ、入っていますよね。
  それで、こう、色が変わりながら進んで行く、っていう。
  すっごいですよ。
  ビートルズ、こういうふうなことをやった。
  これがもう「最後の方のアルバムだった」ていうことですよね。

411 :ジョン・キロックノン:2016/07/07(木) 13:21:21.84 ID:???0
□ストーリー
 ・昨年、2015年4月1日、イギリスで一人の女性がこの世に別れを告げた。
  女性の名前はシンシア・レノン。75年の人生であった。
  彼女は生前、夫ジョンのことを中心にビートルズに関する一冊の手記を発表している。
  その内容は全て彼女が目の当りにしたこと。
  もしくは、ジョンやビートルズのメンバー、あるいはマネージャーのブライアン・エプスタインとスタッフのみんなから直接聞いたことだけで構成されている。
  今週もロックの歴史上、最も重要なアーカイブとも言えるこのシンシアの著作からお届けしよう。

  1964年夏、ロンドン郊外。
  サリー州ウェイブリッジにある通称「ケンウッド」という大邸宅に暮らすようになったジョンとシンシアは、手伝ってくれる人が必要になった。
  「ドット」という愛称のドロシー・ジャーレットは、以前このケンウッドに住んでいた家族のアイロン係をしていたので
  「家の造りにも詳しいだろう」ということで、レノンファミリーのハウスキーパーになってもらうことにした。
  このドットは、心の温かい、仕事の良く出来る40代の女性で。
  すぐに家族同然の存在となった。
  忠実で、信頼できて、ジョンが何週間も留守にすることになると、シンシアの良き友人として話し相手にもなってくれた。

  ジョンのことを描いたいろいろな伝記ものの中には、
  「ジョンが母親に恵まれない子供時代を過ごしたので、シンシアにはジュリアンを出来るだけ自分だけの力で育てるように要求していた」
  と書かれていたものがあるが。
  シンシアによると、それは全く逆で、実際には子育てに関しては、ジョンはシンシアに一任していて。
  ベビーシッターを雇うのも、そうしないのも、シンシアが決めていたのである。
  結果、彼女はベビーシッターを雇うことはなかった。

  シンシアにとってジュリアンは喜びの源(みなもと)。
  ジュリアンと過ごすのは掛け替えのない時間であり、毎日新しいことを覚えていく彼を見ているのは、母親としてのこの上ない喜びだった。
  こんなケンウッドでの、のびのび育って行く息子を見て過ごす毎日。
  レノンファミリーにとって、一番幸せな日々だったのかもしれない。

412 :ジョン・キロックノン:2016/07/07(木) 13:21:56.20 ID:???0
  〜 The Beatles / Because

  〜 The Beatles / You got to hide your love away
  ttps://www.youtube.com/watch?v=1I5hVWgPuO8

  (小林)2曲、かかりました。

  Because は、まあ、ビートルズのハーモニーを聴かせるメロディアスな・・・
  今日 冒頭で話した、「アビーロード(Abbey Road)」の2曲目。

  そして、今聴いたのは。
  「HELP!」に入っていました。
  ジョンの歌い方、ちょっとディラン(Bob Dylan)みたいな・・・
  曲もそうでしたね。
  You got to hide your love away

413 :ジョン・キロックノン:2016/07/07(木) 13:22:54.47 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「私にとって息子のジュリアンは喜びの源(みなもと)でした。
  よく『ジョンはベビーシッターを雇うことを許さなかった』と言われていますが。
  それは100%ウソ。
  そういった事は全部 私が決めていたんですから」
  言葉の主はジョンの最初の妻シンシア・レノン。
  こうしたジョンとビートルズに関してのエピソードは全て、シンシアが遺した手記に綴られているもの。
  ロックの歴史上最も重要なア―カイブとも言えるこの名著から続けてみよう。

  息子ジュリアンを育てることに 母親としてのこの上ない喜びを感じていたシンシア。
  もう一人ぐらい子供がいてもいいかな? とさえ思っていたのであるが。
  結果として、このあとジョンとシンシアには子供は出来なかった。
  だから、シンシアは「ジュリアンがいることだけでもありがたい」と思いながら育児に専念していた。
 
  子供の世話に関しては、ハウスキーパーのドットが いつでも手を貸してくれたし。
  リバプールのお母さんも 時々来てくれていた。
  このケンウッドと呼ばれる大邸宅には、気難し屋ながらも、並外れて腕が良く、良い仕事をする初老の庭師もいた。
  彼は自分の旦那様であるジョンやその妻であるシンシアのことなど まったく気にもせず、もちろん干渉することもなく。
  ただ黙々と仕事をした。

  運転手もいた。
  最初の二人は最悪であったが。
  最後に雇った、陽気なウェールズ人=レス・アンソニーは元ガードマンであり。
  ハウス・キーパーのドットと同じく、忠実で信頼できる存在であった。
  このケンウッドに引っ越して来た時は ジョンもシンシアも運転免許を持っていなかったので
  このアンソニーという運転手がいてくれることは、二人にとって正に生命線。
  レコーディングスタジオまでの送り迎え、ツアーに出る際にはヒースロー空港までジョンを乗せて行く。
  もちろん シンシアの買い物にも付き合う。
  という、無くてはならない存在となった。
  快適なケンウッドでの暮らしも、すっかり板についてきたのである。

414 :ジョン・キロックノン:2016/07/07(木) 13:23:33.06 ID:???0
  〜 The Beatles / We can work it out
  ttps://www.youtube.com/watch?v=QS276uYV0Uk

  〜 The Beatles / Taxman
  ttps://www.youtube.com/watch?v=wyk3g4tgals

  (小林)いやあw、ほんとに改めて思うけど。
  素晴らしい作品が続きますよねえw
  何回も聴いてて思うんですがw
  
  We can work it out
  これは「Day Tripper」とカップリングでしたね。

  そして Taxman は
  ジョージ・ハリスンのね。
  「リボルバー(Revolver)」に入ってる
  これも・・・「俺は、税務署の役人だ」っていう歌ですからねえw
  ええw

415 :ジョン・キロックノン:2016/07/07(木) 13:25:48.96 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「1964年夏からの、ケンウッドでの新しい生活は、日に日に素晴らしいものになっていきました。
  ハウスキーパーのドット、腕の良い庭師、そしてボディーガードにもなれる運転手のアンソニー。
  といった素晴らしい仕事人たちに囲まれ、素敵な毎日でした」
  言葉の主はジョンの最初の妻となった女性シンシア・レノン。
  こうしてお送りしているジョンとビートルズを取り巻くエピソードや史実のほとんどは、彼女の遺作となった手記にまとめられているもの。
  「作り話は一切なし」というこの名著から、もう少し続けてみよう。

  その部屋の数、なんと16部屋という大邸宅の改修もやっと完成した頃。
  ジョンは「どうしても、猫を飼いたい」といい出した。
  彼はいつも猫がそばにいるという環境で育ってきたので、それは当然のことであった。
  最初の猫は、猫好きの伯母様、そう、リバプールでジョンを育ててくれたあの伯母様にちなんで「ミミ」と名付けられた。
  その後、もう2匹、ケンウッドにやって来て。しまいには10匹ぐらいの猫が住みつくようになった。
  犬も 雑種を1匹飼って、ハウスキーパーのドットの夫の名前と同じ「バーナード」という名前を付けた。
  残念なことに、ジュリアンとも仲の良かったこの「バーナード」は一年ほどで亡くなった。

  このケンウッドに移り住んで間もなく、ジョージと恋人でモデルのパティが、近くのイーシアという場所に家を買った。
  続いて、リンゴと、やはり婚約者のモリーンも、ジョンとシンシアの住まいと同じ地区で、歩いても5分ぐらいの場所に「サニーハイツ」と名前の付いた家を買うことになった。
  リンゴと美容師のモリーンは、ロンドンとリバプールのいわゆる遠距離恋愛であったが、その絆は堅いものであった。
  まあ、リンゴもロックスターである以上、猛攻撃で迫ってくる女性ファンとの間に何も無かったか?ということになると弁解は難しいのであるが。
  賢いモリーンは、それさえも大目に見ていた。

  この頃になると、ポールと恋人で女優のジェーン・アッシャーも含め、メンバーがバケーションに彼女を連れて行くだけで各国からのパパラッチが付きまとった。
  有名税、あるいは、スーパーアイドルの宿命ではあるが、なかなか難しい段階にも入っていくのである。
  それだけ、ビートルズは超大人気バンドだったことは 言うまでもない。

416 :ジョン・キロックノン:2016/07/07(木) 13:26:57.66 ID:???0
  〜 The Beatles / Honey Don't
  ttps://www.youtube.com/watch?v=JKttZhDbw10

  (小林)どうですか?
  初めて聴いてる人 多いと思うよw
  ビートルズのこの Honey Don't てのは。
  もちろん、ボーカルはリンゴ・スター。

  僕はねえ、実はリンゴと電話で。
  彼がロンドンのガスステーション、サービスステーションていうのかな?
  車を停めて「ちょっと、お前、電話をかけろ って言われたからかけてんだよ」って言われて。
  もう ほんとに短い20分ぐらいの電話インタビューで「一番好きなのは 誰?」って聞いたらね。
  「カール・パーキンス!(Carl Perkins)」もう、すぐ答えたもんね。
  だから、あの「Blue Suede Shoes」なんかでお馴染みです。
  もうだから、リンゴ・スターは好きだから。
  これはもう 、ほんとに、歌いながら嬉しかったんじゃないかと思いますよ。
  カールパーキンスの「Honey Don't」という曲を
  リンゴが、リードボーカル取ってました。

417 :ジョン・キロックノン:2016/07/09(土) 17:07:08.88 ID:???0
□リクエスト
  メールは beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどをセットにしてプレゼント。

  (千葉市/女性)
  約1年ぶりの投稿です。
  受験生時代と変わらず、大学生になってからも やはりこの番組は私の栄養剤であり続けています。
  さて私は、この夏 イギリスのマンチェスター大学へ3週間留学に行きます。
  ビートルズの出身国イギリス、さらにはリバプールのお隣マンチェスターに留学できるだけでも幸せなんですが。
  驚くべきことに、プログラムの中に「ザ・ビートルズ」とういう講義があります。
  ビートルズ博物館、ビートルズストーリーを見学し、ビートルズの足跡をたどるという内容。
  私にとって まさに「天国」です。
  日本を出発するのは 約1ヶ月後。
  楽しみなのはもちろんですが、初めての海外旅行なので不安もあります。
  そんな自分へのエールで、大好きなこの曲を・・・

  (小林)ていう。
  ああ、ビートルズストーリーがあるから、あれだ。
  ここへ 応募しちゃったんだw。
  [千葉市/女性]さんのリクエストは Junior's Farm

  〜 Paul McCartney / Junior's Farm
  ttps://www.youtube.com/watch?v=twXj3Jprbcc

418 :ジョン・キロックノン:2016/07/09(土) 17:08:32.48 ID:???0
  〜 Ringo Starr / Love Me Do
  ttps://www.youtube.com/watch?v=vz3qJq954kE

  (千葉市/男性)
  7月7日は 孫娘とリンゴ・スターの誕生日です。 (小林)w
  ちなみに、孫娘の名前は「夜空」        (小林)夜の空とか,いいねえ。いい名前ですね。
  ビートルズ解散後のリンゴのソロアルバム「Vertical Man」から Love Me Do をお願いします。
  なぜ、リンゴはこの曲をカバーしたんでしょうか?

  (小林)
  やっぱり、あれじゃないですか?
  ほら、自分がスタジオ行ったら、違うドラマーが用意されていた。
  思い出の曲だしね。
  引っかかるわけじゃないですか。
  それを、余裕をもって歌っていますね。
  ちなみに、スティーブン・タイラー(Steven Tyler) 
  スティーブン・タイラー、エアロスミス(Aerosmith)がバックには入っていました。
  [千葉市/男性]さん、ありがとうございました。

419 :ジョン・キロックノン:2016/07/09(土) 17:09:50.04 ID:???0
  (市川市/女性)
  ビートルズ並みに古い曲になりますが。
  私が30年前、カリフォルニアに住んでいた時。
  ホストファミリーの姉が、ボーイフレンド恋人に、
  デビ―・ブーン(Debby Boone)の「You Light Up My Life」のかかるオルゴールをプレゼントしてもらい。
  アメリカ人て粋なことをするなあ、と思い。
  自慢気な姉が、この曲の意味を教えてくれて私も好きになったのを覚えています。
  古き良き時代のアメリカを象徴するかのような この曲をリクエストします。
  
  (小林)これは、
  まあ55歳以上の方は、歌ったこともあるんじゃないかな? という。
  パット・ブーン(Pat Boone)って、若い人知らないと思いますが。
  プレスリー(Elvis Presley)と、ひと頃は、ねえ・・・。
  ちょっと不良っぽいプレスリー、清潔なパット・ブーン、人気を二分した。
  パットブーンの娘さんのデビ―・ブーンが歌っておりました。
  10週ぐらいアメリカでナンバーワンになった大ヒット曲。
   You Light Up My Life 

  〜 Debby Boone / You Light Up My Life
  ttps://www.youtube.com/watch?v=KIT6HZTr0-0

420 :ジョン・キロックノン:2016/07/09(土) 17:12:22.30 ID:???0
  〜 The Beatles / All You Need Is Love
  ttps://www.youtube.com/watch?v=EKiqthx0GKw

  (小林)愛こそはすべて、ビートルズ。
  これは・・・ 

  (東京都江東区/男性)タクシードライバー
  いつもこの時間は 車を停めて、休憩時間にあて、集中して聴いています。 (小林)ありがとうございます。
  私事 大変恐縮ですが、6月6日 結婚25周年を迎えました。
  いわゆる世間で言う銀婚式ですが。
  今年は長男の就職活動真っ最中なため、特別にイベントはありませんが。
  内定が出たら、家族でユニバーサルスタジオへ行く予定があります。
  リクエストは、我々の披露宴の入場曲、ビートルズの「愛こそはすべて」
  
  (小林)
  いやあ[東京都江東区/男性]さん、選曲抜群。ね。
  ちなみに、皆さんはおそらく知らないと思いますけど。
  石井食品提供の「ビートルズから始まる」公開録音、いわゆる「スペシャルパーティ」
  小林克也の入場曲でもありますw 
  ええ、イイ曲だねえw

421 :ジョン・キロックノン:2016/07/09(土) 17:14:35.79 ID:???0
  BGM 〜 The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
  ttp://www.youtube.com/watch?v=44merHfG_K4

□エンディング  
  (小林)「ビートルズから始まる」

  話しは面白いでしょう? ねえ。
  ジョン・レノンの 最初の奥さんの、まあ伝記というか。
  ジョン・レノンのことを書いた本の中から、お送りしておりますが。
  僕はあれですねえ、ジョン・レノンが・・・・
  ほらよく、猫派、犬派、キャットパーソン、ドッグパーソンって。
  ジョン・レノンは猫パーソンだったんだね。
  そういうの忘れてた。
  あと、だから、ポール・マッカートニーはドッグなんだよね。
  まあ、ポール・マッカートニーの家には猫もいるらしいけど、犬がいっぱいいて。ねえ
  やっぱり、面白いですねえ、こういうふに、ビートルズなんかと、いろいろな人と係わるとね。
  そういうところから見てても、想像したりして、いろんなことが膨らんで来たりします。
  
  リクエストの方もよろしくお願いします。
  beatles@bayfm.co.jp
  採用の方にはイシイのミートボールなどをセットにして差し上げております。
  待っております。
  小林克也でした。

422 :ホワイトアルバムさん:2016/07/11(月) 12:10:03.81 ID:???0
いつもありがとうございます

423 :ジョン・キロックノン:2016/07/11(月) 19:09:55.84 ID:???0
このスレは500kbを越えています。
あと少しだと思いますが、続けます。

424 :ジョン・キロックノン:2016/07/11(月) 19:11:39.47 ID:???0
■石井食品Presents「ビートルズから始まる。」bayfm 78.0MHz
 2016年7月10日(日)18:00〜19:00 放送内容  DJ:小林克也

  BGM 〜 Instrumental / Eleanor Rigby
  ttps://www.youtube.com/watch?v=6W774VU8zW4

□ビートルズカレンダー(7月10日)
 ・1964年。あの年。
  ビートルズが、世界中で大爆発したw。
  大爆発だってw 日本語はいいね。
  今から52年前の今日、イギリスで「A Hard Day's Night」のLPと。
  当時はLPですよ、アルバムは。
  「A Hard Day's Night」シングルね。
  それから、同じくLPでジョージ・マーティン・オーケストラの「Off the Beatle Track」
  これは、インストゥルメンタルものです。

  そしてこの日に、映画「A Hard Day's Night」
  日本語の映画のタイトルは「ビートルズがやって来る ヤァ! ヤァ! ヤァ!」
  これのプレミア上映が行なわれています。
  まあ、この日は特別の日だったわけですよ。ねえ。
  すごいと思うよ、ビートルズファン、それからビートルズに携わった人たちは、もうほんとにこの日てのは忘れられない日ですよね。ええ。

  ビートルズの曲はですね、冒頭部分が すごい、こう引っかかるのがあるじゃないですか。
  「えっ!? こんな音で出てるの?」とか。
  それから、いわゆる、ロックの時代になって、イントロが8章節とか15章節とか、ヘタをすると1分近いイントロがあったりするんだけど。
  ビートルズの場合、勝負が速いよね。
  「ドカーン」と出て。
  その、「どんな音で出るのか?」っていうのが、とても楽しみだった覚えがありますけど。

425 :ジョン・キロックノン:2016/07/11(月) 19:12:40.24 ID:???0
  この「A Hard Day's Night」この出方は衝撃的です。
  まあ、これから改めて流しますので、聴いていただきたいと思います。
  いきなり「えっ!?」って言うような感じ。  
  ギターの音なんですけども。
  最初のギターのね・・・

  ギターに詳しい方、よく聞いてくださいねw
  詳しくない方もよく聞いてw。
  ずっとね「G7sus4」であると言われておりました。
  でも、ビートルズ研究家によるとですね。
  もっとめんどくさいもので、どうやら
  「Dマイナー7オンG」、これと「D7sus4オンF」 
  「この二つのコードを、2本の12弦エレキで同時に弾いてるらしい」ということです。
  そういう音がするらしいんですよね。
  さあどうでしょう? 行きますよ。  
  どうぞ!

  〜 The Beatles / A Hard Day's Night
  ttps://www.youtube.com/watch?v=09QJt9MBBUY

426 :ジョン・キロックノン:2016/07/14(木) 13:16:19.99 ID:njNpLlzD0
□ストーリー
 ・昨年、2015年の4月1日、イギリスで一人の女性がこの世に別れを告げた。
  女性の名前はシンシア・レノン。75年の人生であった。
  彼女は生前、夫ジョンのことを中心にビートルズに関する一冊の手記を発表している。
  その内容は全て彼女が目の当りにしたこと。
  もしくは、ジョンやビートルズのメンバー、あるいはマネージャーのブライアン・エプスタインとそのスタッフ。
  そして、友人たちから直接聞いたことだけで構成されている。
  今週もロックの歴史上、最も重要なアーカイブとも言えるこのシンシアの著作からお届けしよう。

  1964年夏、ロンドン郊外サリー州ウェイブリッジにある通称「ケンウッド」という大邸宅に暮らすようになったジョンとシンシア
  ここに移り住んで間もなく、ジョージと恋人でモデルのパティ・ボイドが近くのイーシアという場所に家を買った。
  続いて、リンゴと、やはり婚約者のモリーンも、ジョンとシンシアの住まいと同じ地区で、歩きでも5分ぐらいの場所に「サニーハイツ」という名前の付いた家を買うことになった。
  リンゴと美容師のモリーンは、ロンドンとリバプールの、いわゆる遠距離恋愛であったが、その絆は堅いものであった。
  リンゴが扁桃腺炎で倒れ、かなり深刻な病状だった時にモリーンはリンゴを看病するためにリバプールから飛んで来た。
  
  ビートルズがこれから、オランダ、ホンコン、オーストラリアに向けたツアーを開始しようとしていた矢先だったので。
  ビートルズにとっては、ちょっとした危機的な状況。
  最終的に、マネージャーのブライアンがリンゴ抜きで出発することに決め、リンゴはオーストラリアに数日遅れで乗り込み、他のメンバーと合流した。
  そして翌1965年1月には、モリーンが妊娠している事が判り、急遽2月11日にロンドンのカクストンホールで結婚式が執り行われることになった。
  出来ちゃった婚、いや、授かった婚、この情況はジョンとシンシアの時と、あまりに似ていたのである。

427 :ジョン・キロックノン:2016/07/14(木) 13:17:09.78 ID:???0
  〜 The Beatles / I Feel Fine
  ttps://www.youtube.com/watch?v=WWTC5nFgwUQ
 
  〜 The Righteous Brothers / You`ve Lost That Loving Feeling
  ttps://www.youtube.com/watch?v=4uZVwSlq8Qs

  (小林)いかがですか?
  2曲 同じ頃の大ヒット曲が続きました。

  1964年の11月、イギリスとアメリカでナンバーワン。
  ビートルズの、もちろん I Feel Fine

  そして、続いて I Feel Fine が1位の次はですね。
  ペトゥラ・クラーク(Petula Clark)という女性シンガーの「♪ダウンタウン〜」ていうのが大ヒットしたんですが。
  その次の1位が、これですね。
  いま聴いた、ライチャス・ブラザーズ(The Righteous Brothers)の、You`ve Lost That Loving Feeling

428 :ジョン・キロックノン:2016/07/14(木) 13:18:08.29 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「リンゴとリバプール時代から付き合っていた美容師見習いのモリーン・コックス。
  まさか、この娘まで出来ちゃった結婚になるなんて、驚きでした。
  ジョンと私の時と、あまりにも似ていたんです」
  言葉の主はジョンの最初の妻シンシア・レノン。
  こうしたジョンとビートルズに関してのエピソードは全て、シンシアが遺した手記に綴られているもの。
  ロックの歴史上最も重要なア―カイブとも言えるこの名著から続けてみよう。

  リンゴとモリーンとの結婚、それはジョンとシンシアの時と全く同じではなかった。
  違っていたのは、世界中のマスコミ連中が詳しいことを知りたくて、今か今かと待ち構えていたところだった。
  式の手配を全て仕切ったのは、ジョンの時と同じマネージャーのブライアン・エプスタイン。
  モリーンが妊娠していることは、関係者と ごく一部の親しい友人たちだけ。
  これこそまさに「トップシークレット」であった。

  マスコミの注目を逸らすため、式は朝8時から執り行うことで、結婚届けを受理する登記官も了承した。
  ポールとジェーンの婚約者はタイミングが悪いことに、北アフリカのチュニジアにバケーションに出かけていて出席は出来なかった。
  出席したのは、ジョージと恋人のパティ・ボイド、ジョンとシンシア、花嫁であるモリーンの母親、そしてリンゴの母親と、その再婚相手である義理の父親であった。
  ブライアンはジョンとシンシアの時と同じく、新郎の付添い役を務め。
  感動的な式のあと、全員がロンドンの中心にある高級住宅街ベルグレイヴィアのブライアンの自宅に招待され、お祝いのブランチをいただいた。 
  新婚カップルはイギリス南部の観光地としても有名なブライトンに隣接するホーヴという町に、たった3日間のハネムーンに出かけた。
  ロンドンに戻ったリンゴは、当然休む間もなく仕事に復帰。
  1965年、ビートルズが最も忙しかった頃のストーリーである。

429 :ジョン・キロックノン:2016/07/14(木) 13:19:05.38 ID:???0
  〜 Gary Lewis & The Playboys / This Diamond Ring
  ttps://www.youtube.com/watch?v=bKTOizdhan8

  〜 The Beatles / Eight Days a Week
  ttps://www.youtube.com/watch?v=n7wqTzONvaY

  (小林)いかがですか?

  ビートルズの Eight Days a Week
  一週間ねw 一週間8日になっちゃうわけですねw。
  1964年。
  これはアメリカだけのシングルカットで、アメリカで1位を獲得しております。

  そして、その前は。
  ビートルズと音は違っていましたけどねえ。
  これは、1965年の アメリカでの大ヒット。
  ゲリー・ルイス&プレイボーイズ(Gary Lewis & The Playboys)というグループで。
  ゲリー・ルイスは お父さんが有名なジェリー・ルイス(Jerry Lewis)という、まあ、アメリカ一のコメディアンでしたよ。
  その頃は、ジェリー・ルイスとディーン・マーチン(Dean Martin)というね、コンビで映画が何本も作られた時代です。
  ディーン・マーチンは知ってますかねえ? 知らないですかね?。ええw
  その、ジェリールイスの息子、ゲリー・ルイス&プレイボーイズ。
  これちょっとねえ、偉い人の息子だから、いろいろなスキャンダルがあったりした人ですけども。
  音楽の世界は 突っ走っていましたね。
  This Diamond Ring ヒット曲です.

430 :ジョン・キロックノン:2016/07/14(木) 13:19:58.44 ID:???0
□ストーリー(続き)
 ・「リンゴが、ロンドンとリバプールの数百キロをものともせず、長距離恋愛を実らせての結婚。
  それはもう幸せいっぱいのセレモニーでしたが、リンゴは忙しすぎました。
  ですから、新婚生活はほとんど無いに等しかったんです」
  言葉の主はジョンの最初の妻となった女性シンシア・レノン。
  こうしてお送りしているジョンとビートルズを取り巻くエピソードや史実のほとんどは、彼女の遺作となった手記にまとめられているもの。
  「作り話は一切なし」というこの名著から、もう少し続けてみよう。

  リンゴと結婚したリバプール出身の美容師見習いの妻モリーンは、この時まだ18歳になったばかり。
  マスコミの目には、リンゴの若い花嫁が「シャイで田舎者に見えた」といわれている。
  モリーンもシンシアと同じく、内助の功に徹するタイプで、インタビューすら受けたことがなかった。
  ハネムーンの時の本当に短い記者会見でも、レポーターを目の前にしたモリーンは、リンゴの手をギュッと握りしめて、ほとんど口を開かなかった。
  ある記事には「世界一有名な花婿が、世界一無名な花嫁と結婚」という見出しが付いた。
  でも、そういう夫婦の有り方が、リンゴもモリーンも望んでいたものであった。
 
  ジョンと同じように、リンゴも家族にはマスコミの目を向けられないようにして、そっとしておいて欲しいという願いを持っていた。
  家族を守り。安心して暮らせるようにするのが、自分の役目で、
  狂乱した状況に上手く対処するには、それが一番の方法だと認識していた。
  本当のモリーンは、マスコミが決めつけた「シャイで冴えない女の子」という印象からはほど遠く。
  おしゃべりが大好きで、よく笑い、とても愉快な子であった。
  シンシアの周りの人たちは皆、モリーンを大好きで。
  リンゴにはピッタリだと思っていた。
  ジョンもシンシアもこのカップルが近所に引っ越して来てくれて、とても嬉しかった。
  結婚当初は、リンゴが借りていたロンドンのモンタギュースクエアにあるワンルームのフラットに住んでいたが。
  しだいに、プライベートは生活と空間が必要になった。
  いつのまにか、リンゴはスーパースターになっていたのである。

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