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STAP細胞の懐疑点PART976 [無断転載禁止]©2ch.net

335 :名無しゲノムのクローンさん:2016/04/30(土) 13:41:35.18 ID:guSpuXHp0
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ブラックおかめ豚博士の社会人類学
「凡庸者化する戦後日本のエリート」

戦後日本が来し方を振り返れば、「民主主義」を「凡庸者専制」に据え替えたような戦後社会が、
途方もない“心の歪み”を各人に蓄積し続けてきたことが分かるのである。
日本は1945年以前は、「上」の者が厳格な教育を行い、上長を敬い体制・権威秩序に精一杯従う事の中に人間としての努力目標や自尊心を見出すような
社会だった。また刻苦勉励し能力を磨いた者は権威付けされ高い地位に置かれ尊敬を得た。例えば旧制高校生であった土屋祝郎は次のように記している。

「記念祭が近づいてきた。それは言うまでもなく三高の開校記念日なのであって、(中略)女学生たちは言うまでもなく、
商家の娘たちも祇園の舞妓さんも公家の流れを汲む深窓の令嬢たちも、桜花に三本の白線を引いた帽子は憧れの的であって、(中略)
構内に立ち入るべく待ち構えているのである。当の三高生にとっては、この日は開校記念祭なぞと言うべきものではなくて、エリートたることを天下に誇示し、
自分たちはいかに一般の人々とは、出来が違った人種であるかということを見せびらかす絶好のページェントだと心得ているのである。」

この引用文にあるように戦前の我が国の知的エリートたちは、若い女性たちから現在の芸能人/タレントの如くチヤホヤされるほどであり、
世間の畏怖の眼差しとエリートらしい矜持の中で生きることができた。

ところが国家や親、社会的強者といった上の立場のものが厳格な教育や秩序付けを行うという日本独特の階層型社会システムを、
GHQの占領政策において全て破壊され(旧制高校を大学1-2年次の教養課程に編入するという実質的な大学教育期間の短縮/農地解放による
地主層の消滅/華族制の廃止など)、そのために民主主義の解釈を“凡庸者中心主義”に履き違えさせられてしまうところから、戦後日本の復興が始まった。

この復興の最初期段階であらゆる物事が“凡庸者基準”で決められる「悪平等社会」へのレールが敷かれた戦後社会には、かつての帝大のような
国家指導者養成のための特別の任務を負った教育機関や「指導者にふさわしい人間力を養成するための外界から閉ざされた交歓の場」もなくなり、
(つづく)

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