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STAP細胞の懐疑点PART976 [無断転載禁止]©2ch.net

352 :名無しゲノムのクローンさん:2016/05/04(水) 12:26:37.01 ID:LXy1ccPA0
3 of 8 (つづき)

そして差し当たって一つの結論を先に述べるならば、例えばラッセルやウィトゲンシュタインのように論理学的な意味で“完全に合理的な論証法”を
求めるようなアプローチとは、「論理学」という範疇の中では意味があっても、実際の(自然科学/社会科学を包含した)諸科学の現場では無意味である。
ところが巷からは上記のような論理学的な知見にのみ基づいて、例えば「帰納法には、そもそも科学的方法としての価値があるのか?」などといった
因縁をつけてくる凡庸者(ポパーなど)が必ず出てくる。ここらで一応、こうしたことを“真顔で主張する者”の“頭の悪さ”をハッキリさせておく。

まず純粋に論理学的な意味で”完全”であるはずの演繹法だけで、諸科学の現場が機能しえるかどうか、を考えてみれば良いのである。
近代以降の科学の爆発的発展を成し遂げさせたものは、果たして演繹的思考様式だっただろうか?と。
結論から言えば、そんなものは数学の公理/法則のようなものを演繹する場合を除けば、ほとんど通用しない。その証拠に多くの科学の学説は、
時の経過とともに誤りが発見され修正されたり、廃棄されたりという
集合知/帰納的思考様式/弁証法的運動の機序に則って進歩/発展しているはずだ(理論 第三回 参照)。

特に生物・医学などを始めとした典型的な「実験科学」の世界では、実験/治験の結果が実質的な学説承認の決め手となる。
すなわち演繹的思考様式など端から問題にもされておらず、完全に帰納的思考様式が支配的な世界である。
すなわち基本的には数学や物理なんかの一部分を除いた、社会科学/生物・医・地・天文学などにおいて研究対象とする社会的事象/自然物は、
その構造/機能は極めて複雑であり、また研究対象とするものと関連を有する未知の領域/解明不能な要素はあまりにも多い。
そのために普通は、「まぁ、ザッとこんなもんだろ」的な帰納法的結論を持ってして「とりあえずは良し」とされるしかないのであり、
論理学的に厳密に正しい論証法など知っていたところで、それを実際に利用できる状況などは皆無なのである。
このことを“感覚的”に理解してもらうために以下に一例を挙げる。
(つづく)

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